カァカァと不気味な鳴き声がこだまする。
「ここが、旧本邸」
今でも何か出てきそうな雰囲気だ。
ガタン、と何かが崩れるような音がして後ずさる。
「な……何?」
キョロキョロと周りを見渡す。
「そう言えば」
阿矢女お義姉さんは危ないと言っていたけれど。
「私の行く場所なんてどうせないんだ」
ならばせめて確かめたい。
「禾守さま」
あんなに優しくしてくれた。守ってくれた。だけどそれは全て演技で、本当は全て分かっていて全てを裏で操っていたのだ。
「どうして……」
そんなの決まっている。
「禍神だから」
あらゆる厄災の根源。災いを招き穢れで覆い尽くす。禍神を野放しにすれば都は即座にあやかしたちに滅ぼされるであろう。
「どうして……」
どうして……こんなに涙が溢れるのだろう。
涙で進む道もままならない。
私はゆっくりと回廊の隅に縮こまる。
――――side:禾守
カンに言われたことが脳裏を離れない。一体いつまで俺は自らを偽る気か。
「禾守さま、思案ばかりされていては疲れますよ。ハーブティーを入れましたから」
「ああ、ナギ」
受け取ったハーブティーは優しい味がする。
「人の子は」
「はい?」
「人の子はこれを飲んだ時にどう思うのだ」
「阿矢女殿は優しい味だと」
「……」
「どうされましたか?カンに何か言われましたか?」
「ははっ」
「……禾守さま?」
「やっぱりお前らも双子だな」
「ええ、私たちは2柱でひとつですから」
「お前たちが2柱で生まれた理由が何となく分かる」
「ふふっ、兄さま」
「ナギ?」
「違います。兄さまのためですよ」
「……」
だが俺はそれ故に罪を犯した……。
「禾守さま」
「禾守ぃ」
その時、部屋の外から夫婦が揃って覗いていることに気が付く。
どうやらその隣にいるカンが通したようだ。
「どうした」
「伊吹ちゃんの姿が見えないのよ」
「伊吹の……?こんな夜遅くに……」
「にいが」
「神月?」
「にいが、……だって」
神月が指差したのは……。
「……!」
慌てて刻印の位置を辿る。アレを刻んだのは俺だ。故に分からぬはずがない。
「旧本邸に向かったのか!」
――――side:伊吹
少し落ち着いたろうか……。
ゆっくりと立ち上がり闇に包まれた先を見つめる。
「明かりがないと」
近くの部屋を覗けばテーブルの上にランプが置いてある。
手近な布でランプのホコリを取り、スイッチを入れる。
「うん、まだ使える」
ランプを持ち、暗がりの先へと進む。
ギシ……。
ギシ……。
「抜けない、よね」
ギィ……。
「ひ……っ」
これ、まずいやつだ。
「きゃあぁぁぁぁっ」
落ちる!落ちる!
死んじゃう……!
しかし恐れていた衝撃は来ない。
「どうなって……」
古い朽木がまるで受け止めるかのように私を包んでいる。
「……光ってる」
一度も光ったことのなかった刻印がまるで朽木に連動しているように。
「どうして……?」
禍神が助けてくれた……?いやいや、そんなはずがない。禍神がもたらすものが何なのか、知っているはずじゃないか。
「……ここ、どこだろう」
恐らくは地下だろう。しかし地下なのにほんのり明るい。明かりなんてないはずなのに、どうしてこんなにも。
そこには3つの祠が並んでいる。
「……ここ、来たことある?」
そんなはずないのに。ここは御形家だ。
「あれ……そう言えば私、どこで神月さまと出会ったの?」
合うとしたら料亭やどちらかの家か。
あそこは実家ではない。だとしたら……御形家?
「神さま」
あの時と同じ。
「どうか……どうかお救いください」
この期に及んで神頼みだなんて。
私の行く場所も生きる場所も神さまが与えてくれるはずもないというのに。
それでも。
「どうか私が、厄災を招かないように」
禍神に魅入られこんな刻印を得てしまったが故に、私は厄災を招く娘になってしまった。
だからせめて。
「また、神月さまたちを襲った厄災が起きないように」
少なくとも阿矢女さんと神月くんには幸せになってほしいから。
祠を後にすれば、ランプの明かりがなければ何も見えない。
「階段は……」
一度ここを訪れたことがあるのなら、上に上がる階段があるはずだ。
「あそこ……」
進みかけて立ち止まる。
「向こう側には何があるの?」
ゾクリと来る。だけど行かなくてはならない……そんな気がしたのだ。
ヒタヒタと先へ進む。
するとその先にあるものは見慣れたものだと気が付く。
「座敷牢?」
私と同じように閉じ込められていたひとがいたのだろうか。
いいや、珍しい話ではない。家にとって不都合なものを閉じ込める。昔からあったものである。
かく言う私もそうだった。
「誰も……いない、よね?」
そっと中を覗いた時。
ゾゾ……。
ゾゾゾゾゾ……。
「ひっ!?」
何かいる!?
私には霊力がないはずだ。
それなのに感じる……ここにいたらいけない!
急いで階段を駆け上がる。
必死で廊下を駆け抜ければ。
プシュッ。
「こんなタイミングで……ランプがっ」
消えてしまった!
どうすれば。
「月明かり」
急いで中庭に飛び出す。
真っ暗な屋内よりは少しだけ安心する。月明かりのお陰だろうか。
少しだけ……気持ちが落ち着いたような気がした。
ザッ。
ザッ。
ゾクリ、と背筋が凍る。
「伊吹」
声変わりをしている……が、何となく覚えがある。懐かしい響き。
「……」
恐る恐る、振り返る。
「伊吹、やっと会えたね」
「……神月、さま?」
「そうだよ」
「でも……どうして?一体今までどこに……」
「姿を隠すしかなかった」
「姿を?」
「伊吹も会ったろう?あれに」
「禾守」
「そうだ、禾守と名乗ってはいるがあれは間違いなく災厄を招く禍神」
「本当なの……?」
信じたくなかった。初めて私を必要としてくれた人に。いや……初めては。
「そうだよ。その通りだ」
「神月さま……」
「禍神は私の双子の弟を当主神月とし、御形家をいいように操っている。阿矢女もまた弟を夫だと思い込み操られているんだ」
「で、でも……操つってるようには……」
「双子の弟は……分かるだろう?あの子は……▓▓だ」
「……っ」
神月さまの口からそんな言葉を聞きたくなかった。
「そんな弟を禍神は利用している」
「何の……ために」
「復讐だよ。自身を封じ続けたこの御形家への」
「だけど……だけど御形家は禍神を祀っていたんじゃ……」
禾守さまがそう言っていた。
「そうだよ。御形家は禍神の災厄を恐れ祀ることで禍神の災厄から逃れようとした。しかしそれを院斎家に看破され、封じることとした」
だから御形家は……。
「禍神は自身を裏切った御形家を怨み、そのきっかけを作った院斎家を潰そうとしている」
「それなら私はまさか……」
「そのためにその刻印を刻まれたんだよ」
「……中から壊すために」
「そうだよ」
「でもそれならなんで禾守さまは私を院斎家から連れ出してくれたの!?」
「余興だよ」
「……」
「君の絶望した顔は禍神の糧となる」
「そん……な」
「そういて禍神は完全なる復活を遂げ、都を滅ぼすだろう」
「そんな……どう、すれば……」
全てが禍神の掌の上だったのだ。
「これを」
「……」
神月さまが差し出したのは短剣だった。
「これは神聖な社で祈祷し退魔の力を宿した剣だ。穢れた禍神には効果は覿面だろう」
「こんなのをどこで……」
「御形家がこんな風になって、禍神に乗っ取られ、長かった。私は社に匿われ禍神を倒す好機を待っていた」
「それってまさか……」
「ああ、今こそその時だ。まだ禍神はこのことに気が付いていない。伊吹が何食わぬ顔で戻れば禍神は油断するはずだ。その隙にこの短剣で禍神を倒すんだ」
「そん……な、禾守さまを?」
「そうだ。それしかない。禍神を怯ませることさえできれば、私がこの太刀でトドメを刺す」
「それは……」
何だか恐い刀だ。
「神殺しの太刀だ」
「……っ」
「諸悪の根源である禍神を滅ぼす。これが禍神に御形家を滅ぼされた私の復讐だ。だから伊吹」
「……神月さま」
「昔、約束したね」
「……」
「だから私のために協力してくれ」
「……」
「伊吹」
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「ああ、何だ」
「神月くんは……あなたの弟は、禍神を倒した後はどうなるの?」
「もちろん決まっている。あの子は世に出るべきではない。元通り座敷牢に戻し、本来の当主の座に戻る。そして君は兼ねてからの契約に則り、私の妻となる」
「……分かりました」
感情を顔に出さないようにギュッと柄を握りしめる。
「ああ、ありがとう!伊吹」
※※※
月明かりの下、中庭から前庭に抜ける抜け道を進む。
「伊吹!」
息せき切って駆けてくるのは……禾守さまだ。そしてナギさんとカンさん。
2人も恐らくは禾守さまの姿を知っているんだよね。
「伊吹、良かった!」
禾守さまが私を抱き締める。
ダメ……ダメだって分かっているんだ。
「い……吹き……」
禾守さまがよろけながら目を見開く。
「ど……して」
ずしゃり……と膝から崩れ落ちる。
禾守さまのみぞおちは真っ赤に染まっている。そして私の手も、刻印が血に飲まれていく。
これでいい……これで救われるんだ。
「ああ、良くやってくれた!伊吹!」
後ろから太刀を抜く音がする。
「よし……それでは用済みだ、伊吹」
頭上を覆う影にハッと顔を上げる。
そこには太刀を構える神月さまの顔がある。その顔はニヤリと醜く歪む。
「バカな女だ」
「……あなたは、神月さまじゃ……」
「アハハハハハッ」
狂った笑みが刃を突き下ろす。
「伊吹!」
禾守……さま。
「禍神は動けない!神具の影響でな!」
あなたは、愚かだ。
「阿矢女は私のものだあぁぁぁっ!」
阿矢女……お義姉さん。
「ふざ……けんなぁぁぁぁっ!」
「フゴッ」
鈍い音と共に雲を斬る咆哮が夜の帳を吹き消した。
「阿矢女お義姉さん!」
「おっ待たせ!」
ああ……来てくれた。
阿矢女お義姉さんも、禾守さまも。
「伊吹」
私を抱き締める優しい腕。
「伊吹!どうして自分を……っ」
「……か、がみ、さま」
みぞおちの痛みは刻印の痛みに比例するように増していく。
ああ、まだ私にはあなたの刻印が刻まれているのか。
ずっとずっとひとりだった。神月さまもいなくなった。あなたも私を見放すだろう。
そう思っていたのに。
まだあなたは私に刻印を刻んでいてくれるの……?
それならそれは、なんて、幸せな……。
「がはっ」
禾守さまが血を吐いた。
その胴からは太刀が突き出ている。
そん……な。
あれは神殺しの太刀だ。
そんな……嫌だ。嫌だ。
犠牲になるのは私だけで良かったはずなのに……っ!
「さぁ、禍神は死んだ!禍神の力は私のものだぁっ!」
嘘……でしょ?
私のやったことは……無駄だったの?


