――――ここは、夢の中?
何かが来る。思わず身震いをする。
「禍神に魅入られた」
「厄災の娘」
異形の手が伸びてくる。
「ひ……っ」
異形たちは怯え、こちらに伸ばした手を引っ込める。
「何が……そうだ」
誰かが私を抱きしめる。
分かってる。あなたは。
「禾守さま」
目を開ければ間近に優しく微笑む顔がある。あたたかい腕が私を温めて、恐いものから守ってくれたのだ。
「ありがとう」
「ああ、だから安心してお眠り」
禾守さまが守ってくださる。
禍神の刻印があろうとも。ああ、この刻印などなければ。
「い……っ」
刻印が痛む。
「大丈夫だ」
禾守が抱きしめてくれると、痛みが軽減する。
「どうして……」
「伊吹?」
「禾守さまが抱きしめてくださると、刻印の痛みが軽くなるの」
「ならそれは俺の霊力だ」
禍神の刻印すらも鎮めてしまうなんて、禾守さまは本当に何者?それにそれは双子の兄である神月くんもだ。恐らく2人とも私が想像もしてない莫大な霊力を持っているんだ。
――――その日、また夢を見た。
寂しい。そこは寂しい場所だ。
「ここは、祠?」
3つの祠がある。
「そうだよ、伊吹」
「神月さまは何の神さまがいるか知ってるの?」
「うん。ここには御形家の神さまがおられるんだよ」
「なら、おまいり?」
「うん。お願いする?」
お願いなんて、どうすれば。
神さまに手を合わせる。
「神さま」
神さま。
お願いなんて分からない。
だけど……ここは寂しいから。
また、来るからね。
だから寂しくないよ。
※※※
すぅっと瞼を開ければ、優しい笑顔がある。
「いい夢を見れたか?」
「うん、懐かしい夢を見たの」
神月さまとの思い出。もう神月さまとは会えないのだろう。だけど私は……神月さまのお嫁さんにならなかったことに安心しているの……。
「なぁ、伊吹」
「うん」
「今日は街に行こう」
「で……でも、刻印があるからあやかしを呼ぶんじゃ」
「呼ばないよ」
「でも」
「来てないだろ?院斎家のあれは誰かが呼んだんだ」
「誰か……何のために」
「これは阿矢女の見解だが、伊吹に刻んだ禍神の刻印が呪いであるとしらしめたい誰か」
「……これは呪いだよ」
「違う」
「だけど」
「そんな呪いなんて何処にもないんだ。全部全部、誰かが仕組んだものだ」
「どうしてそう言えるの?」
「だってここでは一度もあやかしを見てないだろ?」
「そう……いえば」
「神月の霊力結界の影響もあるが、その結界への干渉があれば俺も気が付く。それがない上に今あやかしの発生は落ち着いている」
「でも院斎家ではあやかしたちが私のせいで暴れてるってお兄さまが……」
「確かに院斎家の向かう所、門下、分家では荒れたな」
「それが私のせいなんじゃ……」
「有り得ない。禍神の専門家である御形家からしたら有り得ないんだよ」
「どうして?」
「禍神は……災厄や穢れを操る。だがあやかしを呼ぶ神じゃない」
「言われてみれば」
あやかしが襲うことを災厄と見なすこともできるが……何だかしっくりこない。
「だからさ、今日は俺を信じて街に行こう?」
「う……ん」
少しだけ、踏み出してみてもいいのだろうか?
※※※
街は活気に溢れている。まだ外に出してもらえた6年前よりももっと進歩しているのが分かる。
「阿矢女におすすめの服屋をピックアップしてもらったんだ」
「阿矢女お義姉さんに!」
「ああ、だから気に入ったのがあったら全部買っていい」
「そんなのできないよ!その、一着でいい」
屋敷で着回しできるものなら。
「そういうものか?」
選ぶのは……静かに読書をできそうな、落ち着いた一着。その服を選び服屋を後にする。
「俺には人の子の心が分からない」
ズキリ、どうしてか刻印が痛む。
「俺は不完全だ」
「禾守さま」
禾守さまは時折、どうしてか遠い存在に思えてしまう。こんなにも近くにいるのに。
気が付けば、自然と禾守さまを抱きしめていた。
「人の心が分からないわけじゃない。私が一番辛い時に抱き締めてくれたから」
「伊吹」
禾守さまの霊力が満ちたのだろうか。いつの間にか刻印の痛みも消えている。
「ありがとう、伊吹」
「ううん」
少しでも禾守さまが元気になれたなら、私は。
「……少しカフェにでも寄ろうか」
「う、うん」
目に付いたのはどこか異国の雰囲気のあるものの、懐かしさを感じる内装のカフェである。
そこで珈琲とおすすめの菓子を注文すれば、ウェートレスさんがエクレアと言う菓子を勧めてくれた。
「ん……美味しい」
「そうか。それはいい」
「その、禾守さまも」
「ああ。……世の人の子はこう言うものを好むのか」
「その……殿方は分かりませんが女の子なら好きかと」
「ふむ……」
「阿矢女お義姉さんも気に入るかも……あ、でも神月くんも」
甘い物は好きそうだ。
「ふふっ、そうかもな。だが神月はあまりこういった落ち着いた雰囲気の店では大人しくできない。当主の顔をさせている時も随分と無理をさせているからな」
確かに当主として振る舞う時と阿矢女お義姉さんとの普段の神月くんは随分と違う。
「神月はあの通り、不思議な子だ」
「不思議な……」
不思議なのは禾守さまもだ。禾守さまは自分の双子の兄の話なのに、どこか親のように話すのだ。
「人には見えぬものを見る。それは退魔師の家系だから……という言葉で片付けるには有り余る」
それを感じたのは私もである。
お兄さまや美ノ葉も霊力がある。しかしそれ以上のものを神月くんは見ている……そんな気がしてならない。
「そう言えばにぎ……とか、ににぎ、み?とか、どういう意味なのかしら」
「和御魂のことだろう」
「……!」
「あの子は魂の色や感情の状態まで見ているんだ」
「だから……」
みんなの心が落ち着いているときや楽しい時にそう告げたのだ。
「だからこう言う街を歩かせる時は特に注意しないと魂の様々な色や感情でごちゃごちゃになってしまう」
「そ、それじゃぁお土産はどうでしょう」
「え?」
「珈琲はナギさんに美味しいものを入れてもらって、お土産のエクレアと一緒に阿矢女お義姉さんと」
「ああ……それはいいかもしれない。持ち帰りが出来ないか、ちょっと聞いてくるよ」
「ええ!」
2人とも喜んでくれるだろうか?
――――昔、共に過ごした神月さま。
神月さまとは何処かの祠で共に詣でた記憶がある。
そしてその神月さまにそっくりだが違う神月くん。
阿矢女お義姉さんは2人はひとつなのだと言っていたけれど、それはどういう意味なのだろうか。
珈琲をずずっと啜る。
それでも神月くんが阿矢女お義姉さんと幸せなら私はそれで……。
「あーっ!お義姉さまよ!」
その時響いた声にビクンと肩が震える。
「外から見えた時はもしかしてと思ったけど、こんなカフェでまさかデート?私なんてお兄さまと高級ホテルのカフェで優雅なティータイムをしたのよ?」
「御形家は金がないのかケチなのか」
そうせせら笑う美ノ葉とお兄さまの姿に固まるしか出来なかった。


