呪われた刻印を刻まれたはずなのに、どうして溺愛されてるの?



――――ここは、どこ?もやもやと、ふんふわと定まらないが知らない場所。それだけは確かだ。

禍神(まがつかみ)に魅入られた」
恐ろしい声が響く。
「厄災の娘」
そう言って無数の異形の手が伸びてくる。

「ああ何と穢らわしい」
「だがその穢れは」
『我らの糧となる』

「い……嫌っ」
そんなものの一部になんてなりたくない!思わず差し出した手には禍神の刻印がある。
こんなものさえ無ければ。

ズキリ、刻印が痛み悲鳴を上げる。

「いや……ぁ、たす、けて」
誰か、助けて。助けて。
でも誰も助けてはくれない。
私は厄災を招く娘。禍神に魅入られた娘。
あやかしたちの釣り餌になるしか能がない。

霊力すらない、役立たず。だがこの禍神の刻印が厄災を呼ぶ。

こんなものさえ無ければ。

こんなものさえ無ければ。

私は禾守(かがみ)さまと幸せに……。

「伊吹!」
その声にハッと目を開ける。

「伊吹、大丈夫か」
枕元で覗き込んでくるその顔に安堵する。

「禾守さま」
「ああ、良かった。随分と魘されていたようだから」
「でも……禾守さまの声が聞こえたから」
「ああ、俺も呼ばれた気がしたよ」
禾守さまが鎮痛そうな表情を浮かべる。

「ごめんなさい……ごめんなさい」
私が禍神の刻印なんて刻まれてしまったから。

「いいんだ。伊吹。伊吹が俺の元にいてくれるたけで俺は幸せなんだ」
「禾守さま」
「だから伊吹、今はただ、幸せに過ごしておくれ」
「……はい」
現実に戻って来た。優しい禾守さまのもとに。だからもう、禍神に怯えないで済む。

※※※

朝食の席では広い食堂の中に阿矢女さんや神月(かづき)くんがいる。所々では寮生と見られる退魔師もいるようだ。

「神月くんは……その、別人なんですか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。だけどどちらの神月くんも2人でひとつの存在なの」
阿矢女さんの言葉はどういうことなのだろう?

「それより!せっかく嫁いできたんだから!かわいらしい服とかたくさん着せたいと思ってたの!ね、禾守さま、いいでしょ?」
「ふーむ、そうだな。それも酔狂だ」
「ええっ!?その、高いものは」
「そうか?」

「まぁ普段着ならそう言う値段ってものがありますから」
「なら阿矢女、そこら辺の候補は任せるぞ」
「お任せを!」
い……いいのだろうか?しかし阿矢女さんが見てくれるのならそれほど高級なものではなく庶民的なものにしてくれそうだ。

「そうだ伊吹ちゃん、デザートもどうぞ!」
「ええと……これは」
「プリンよ!とっても美味しいの!」

「俺も、好き!」
神月くんなんて顔がキラキラに輝いている。

それなら……。ドキドキしながら口に含めば。

「んんっ、美味しいっ!」
自然と頬がほころんてしまう。

「伊吹は笑顔が似合うな」
「禾守さま……っ」
私、いつの間に笑えるようになっていたんだ……。

※※※

――――禾守さまたちがお仕事の間与えられた部屋もふかふかなソファが用意された快適な部屋だ。そこで阿矢女さんが勧めてくれた本をめくる。簡単めな神話が中心のようだ。

――――その昔、禍神が生まれた時。世界を恐ろしい厄災が襲った。

「……の、話」
この刻印を刻んだ神の話だ。ええと、続きは。

――――その厄災が大きすぎたから、その厄災を正しく直すための直神(すがみ)が生まれた。それが神直神(かんすがみ)大直神(おおすがみ)。直神はその2柱だったから、別名双直神(そうすがみ)と呼ばれる。

「直神がいれば、禍神の刻印もどうにかなる……のかしら」
禍神の専門家ということは、禍神の力を抑える双直神にも詳しいのではないか?
とは言え……。

「私、本当にここにいていいのかしら」
恐ろしいと言われる厄災の神禍神(まがつかみ)に魅入られた私。

「もしかしたら御形家にも災いが振りかかるかもしれない」
――――ズキリ。刻印が痛む。
お兄さまが言うには私が刻印を刻まれてからあやかしと退魔師の戦いは激しくなったという。

「それもこれも……私のせいだ。私に何かできないだろうか……」
もっと色んな本を読んで正解を探さなきゃ!
すっくと立ち上がろうとした時だった。

「伊吹ちゃん」
「……ナギ、さん?」

「随分と思い詰めているようですね」
「そ……それは……」
「よければどうぞ。珈琲です。飲んだことはおありで?」
「いえ、初めてで」
「でしたら是非。とても美味しいのですよ。女性にも飲みやすいようにミルクを足してみました」
「ミルクを……」
コクの深そうな独特なかおりにミルクの温かいとろみ。恐る恐る口にすれば。
「んん……美味しい……!」
「でしょう?阿矢女ちゃんもお気に入りなのですよ」
「阿矢女さんも……」
「そうよ!」
「ひゃっ!?」
突然ナギさんの背後から現れた阿矢女さんにビックリする。

「ナギの珈琲は最高なの」
そう言ってぽすりと隣に座り珈琲を啜る。

「まだまだ慣れないことも多いでしょ?心配しないで。この館建てた時も私たちもドキドキだったもの!」
「えと……そう言えばここ、再建ではなくてですか?」
御形家も歴史ある一族のはずである。うちはまだまだ和風で、街のように西洋建築化はしていない。せいぜいお風呂などを新しくしているくるいか。

「あの、私にもっと御形家のことを教えてくれませんか!?」
「そうね……そう言えばこの館の近くには旧本邸があるのよ」
「旧……本邸?」
その言葉にナギさんが頷く。

「ええ。ですが、6年前の災厄で壊滅状態に。本家の御方ももう神月と禾守さましか残っておられません」
「そんな……それに6年前」
ナギさんの言葉に血の気が引く。2人を残して本家が壊滅してしまったのは。
「わ、たしの……せい?」
私が禍神の刻印を受けたから!御形家にまで災厄が降りかかった!?
「違うわ!伊吹ちゃん」
「だけど……私が、私が招いたんだ。この家に、災いを」
そんな私が御形家に嫁ぐなんて許される訳がない!
私のせいで!考えるよりも先に脚が動く。私はここにいちゃいけない!

「待って、伊吹ちゃん!」
「だけど……私のせい!私のせいなの!」
「違うわ!御形家が壊滅したのは……継子のせいなの」
「ま……まこ?」

「そうよ。神月くんの異母兄王輝(おうき)が、自らが嫡男の座を奪うために穢れを招いたもの。だから伊吹ちゃんとは関係ないの。むしろ伊吹ちゃんは……」
阿矢女さんが私の刻印を優しくなぞる。

「信じて。禾守さまが選んだあなたは、御形家を救ってくれる」
「私が……?」
分からない。呪われた私がどうやって……?
「少なくともあの神月くんが懐いているのなら」
阿矢女さんが私を優しく抱きしめる。
「あの子はね、神月さまにも王輝にも見えないものを見ているのよ」
神月くんが見ているもの……?それって一体何なのだろう?
「ほら、だから仕切り直しよ。私も伊吹ちゃんみたいなかわいい妹が出来て嬉しいのよ」
「妹……」
私にとっては呪いのような言葉だが。
「もちろん、虐められたら言ってよね。特にあれ、美ノ葉って言ったかしら?私の大切な妹を虐めたら、私がお姉ちゃんとして絶対に許さないんだから!」
「阿矢女さん……」
「お姉ちゃんでいいのよ」
ちゃん……はちょっと、いいのだろうか?
「あの、阿矢女お義姉さんはどうでしょう」
「いいわね!」
阿矢女お義姉さんがギュッと抱きしめてくれる。どうしてこんなにも安心するのだろう。私と美ノ葉は姉妹にはなれなかった。
だけど阿矢女お義姉さんとならと思えるのだ。
「ああでも伊吹ちゃん、ひとつ」
「阿矢女お義姉さん?」
「旧本邸は今整備中だから、近付いたらダメよ」
「え……ええ」
どの程度残っているのかは分からないが、勝手に入るわけにもいかないよね。

暫くすると、カンさんや神月くんと共に禾守さまが戻って来た。

「どうした?何かさっきよりも距離が近いような……?」
「もうすっかり仲良し姉妹なのよねっ!伊吹ちゃんっ!」
「はい、阿矢女お義姉さん」
「いやおい、いつの間に!?」
「禾守、焦ってる?」
神月くんが禾守の顔を覗き込む。

「いいや、お前はいいのか!?阿矢女が伊吹とあんなに……」
「ににぎ」
神月くんが私たちをピシッと指差す。
に……にぎ?何だろう? 

「禾守、いいににぎみ」
神月くんがにこりと笑む。
そんな様子に禾守さまがぴくんとこめかみを動かす。
「いいわけあるかぁっ!よし、決めた!」
「何を……です?」
「今日は伊吹と寝る!」
「ええぇっ!?」
「夫婦になるのだ、構わん。人の子は夫婦になると床を共にするのだ。お前たちもそうだろう」
禾守さまが阿矢女お義姉さんを見る。

「夫婦になったら……よ?」
「お前たちも祝言の前から共にしていたではないか」
「それは神月くんがひとりじゃ寝られないからよ」
「俺もだ」
いやいやその、強引な?
「伊吹、禾守、一緒でにぎににぎ」
その……神月くんの謎の呪文で全部がまるっとまとまってしまった気がするのはきのせいだろうか?

※※※

そうしてその夜は禾守さまのベッドに呼ばれてしまった。ベッドは広々としており、2人で寝ても充分に余るほどだ。

「あの、禾守さま」
「人の子は夫婦になるとこうするのだろう」
だからって、顔が近い!
「人の子は何をするのだろうな?」
そんなの決まって……まさか答えないといけないやつ!?

「伊吹はどうしたい?」
「その……な、並んで寝る、寝っ転がる……のでは」
少なくとも折り重なるとかそんなことはとてもじゃないが答えられない!
「ふむ、そうなのか?」
禾守さまがぽすんと隣に仰向けになる。

「人の子が夫婦になると何をするのか興味があった」
禾守さまも男の子ってことなのたろうか。
「阿矢女と神月は何をするのか気になってな。しかし神月に怒られて入れてもらえなかった」
あの神月くんが怒る……?あまり想像がつかないが、さすがに夫婦の夜だと怒ったりもするかしら。
むしろ怒るなら阿矢女お義姉さんの気もするのだが。

「禾守さまったら、ダメですよ」
「伊吹、お前も怒るのか」
「その……プンプン怒るわけじゃないですけど、夫婦の閨なのですから」
「なら、伊吹が教えてくれるか」
「そ……そう言うのは男の子同士で話してください!」
「ええ?」
「阿矢女お義姉さんに言い付けますよ」
「それは最強の呪文だぞ」
クスクスと禾守さまが笑う。
「ふふ、ふふふ」
どうしてか釣られて私も……。
「伊吹」
「……禾守さま?」
「伊吹はやっぱり笑顔の方が似合うよ」
そう言って優しく頬を撫でられる。

「さ、お眠り。俺と一緒なのだから、今晩は悪い夢など見ないから」
「……うん」
その言葉通り、優しい夜の帳が降りてくる気がする。こんなにも安堵する夜はいつぶりだろうか?
禾守さまの腕の中でなら、今夜は良い夢を見られそうな気がしたのだ。