呪われた刻印を刻まれたはずなのに、どうして溺愛されてるの?



――――神月(かづき)さまのお嫁さんになると知った時、悲しかった。

「伊吹、伊吹を幸せにするからね」
「う……うん」
私は幸せになれるのだろうか。
本当に神月さまのお嫁さんになっていいのだろうか。

分からない……分からない。

※※※

――――ガタゴトと、馬車に揺られる音で目が覚めた。

「伊吹、もうすぐ着くぞ」
「は、はい。禾守(かがみ)さま」

「ふふ、緊張してる?」
向かいの席からは阿矢女さんが微笑んでいる。

「は……はい」
私は本当に禾守さまのお嫁さんとして幸せになれるのだろうか。
いや……なる資格があるのだろうか。

「着いたようだ」
「私が先に」
「いや俺でいい。お前抜け駆けする気だろう、阿矢女」
「何でバレるかなぁ、神月くんじゃないのに」
「人の子の企みは日々学んどるわ、ナメるな!」
はて、この会話はどういう事なのだろう?

「ほら阿矢女」
先に降りた禾守さまがまずは阿矢女さんを降ろす。

シュタッと身軽に降りるさまは、エスコートがいるのかいらないのか迷うところである。

「ああ、もう。阿矢女、もう少し淑女らしく降りろ。伊吹が降り方が分からないだろ?」
「あ……しまった。普段は私が神月くんをエスコートしてるんだもん」
ええと……普通逆では?しかし先日神月さまは杖をついておられたから阿矢女さんが手を貸していたのだろうか。

「うふふっ、私の腕にちょこんと収まってお姫さま抱っこされる神月くん。かっわいいのよね〜〜っ」
え……と、お姫さま抱っこ?
どうしてか違和感ばかりが増幅する。似ている、そっくりだ。あれは神月さまに違いない。なのにこの違和感は何?

「はいはい、いいからいいから。ほら、伊吹。ゆっくりおいで」
禾守さまが手を差し伸べてくれる。手をそっと外に差し出せば何かがひらりと手首に舞い落ちる。

「……桜」
「ああ、ちょうど満開の時期だから」
ハッと顔を上げれば、そこには立派な洋館と桜のアーチが続いている。

――――春だ。
やっと、春が還ってきた。

「ほら、伊吹」
「禾守さま」
「ほら、馬車のここに足を乗せて」
「は、はい!」
慎重に慎重に……と思ったその時。

ぐらり、視界が廻る。
桜吹雪がふわりと身体を包み込む。

「きゃっ!」

「っと……想像以上に()いことをしてくれる」
桜のレースのその先に禾守さまの顔がある。そして桜吹雪に優しく包まれた身体はすっぽりと抱き締められていることが分かる。

「阿矢女よ。想像以上に良いな、これは」
「でしょ?お姫さま抱っこって最高よ?」
ひぃっ!?そうかこの体勢……お姫さま抱っこをされているのだ!

「あの……おろし……」
「ええ、もう少し堪能させてくれ」 
「そんな……っ。重いでしょうし」
「いいや全く?」

「あっはははっ!諦めな、伊吹ちゃん!」
「そんな、阿矢女さん!?」
「神月くんも最初は抵抗したけど、私のお姫さま抱っこしたいと言う涙に」
「え……っ」
お姫さま抱っこされる神月さまも抵抗しつつも阿矢女さんの涙に陥落する神月さまも想像つかない!?

「そうか、それが手か。俺もひらり涙を流そうか」
「あの、それはさすがに……」

「そうですよ、禾守さま。これができるのは、抱っこする側が女の子の時だけです!」
「く……っ」
本気で悔しがる禾守さま。しかしそんな2人のやり取りを見る間にもう玄関を通過していた。

「あの……西洋風なのですね」
「ああ。建て直す時にな。阿矢女がこの方が神月にいいって」
「椅子の方が過ごしやすいからね」
禾守さまの言葉に阿矢女さんが補足する。
それってもしかして神月さまの脚だろうか?だとしたらあの脚は怪我ではなく生まれつき……?

しかし昔の神月さまは普通に歩いたり走ったりしていたような気がする。

一体どういうことなのだろうか。

「西洋風ではあるけれど、靴は脱ぐのよ」
さすがに邸に上がれば降ろしてもらえ、草履を脱げば使用人の女性たちがそそくさと片付けてくれる。

「あ、ありがとう」
「もったいなきお言葉ですわ」
実家の使用人たちとはまるで違う。それに服も。

「あの、彼女たちはその、服は」 
「伊吹ちゃんは初めて?西洋から入って来たメイド服ってやつ。使用人の女の子に人気なのよ〜〜。ワンピースで良かったら伊吹ちゃんも着る?」
「いえその、お金が」

『気にすんなそんなもの』
ひいぃっ、2人してハモるなんて……っ。それにあまり贅沢はしたくない。実家のようになるのは勘弁である……。

「ついでに男どもは執事服ってやつね」
思えばみな洋服である。

「私たちもとりまお風呂入って着替えましょ。伊吹ちゃんもおいで」
「は、はい!」
ここは当主夫人の阿矢女さんに、このお家のことを教えてもらうべきだ。ついていこう。

「禾守さま、神月くんのことよろしくね」
「ああ。まぁナギたちがいるから心配いらねえと思うけどな」
ナギさん……退魔師のひとだろうか?それとも家人の方かな……?

「うちの説明だけど」
「はい、阿矢女さん」
「ここの大きな区画は私と神月くん夫婦、禾守さまや伊吹ちゃんが生活する区画。使用人たちもこちらで暮らしてるし、大浴場や食堂もあるわ」
「大浴場や食堂も……?」
私は座敷牢の側で簡単な湯浴みをさせてもらう程度だったから想像がつかない。

「ええ。この中心部の隣の区画は寮になってるの」
「寮……?」
「ええ。地方に散らばってる分家の子や派閥の門下の子が都に勉強に来たり、都で退魔師やりたいって子らが住んでるの。独身寮と家族寮もあるわ。あっちにもシャワーはあるけど、浴場使いたかったら私たちと一緒。食堂は基本みんな一緒」
「えっと……それって普通なんでしょうか」
「うちでは6年前からよ」
「6年前」
「ええ、その時からこの邸を建て直して制度を変えたのよ。だからかしら、地方でも都でも優秀な退魔師が活躍できるようになったわ。もちろん女の私もね!」
「は、はい!阿矢女さんは……女性として、カッコよくって」
「あはは。そう言ってもらえると嬉しいよ!さ、大浴場行こ!女湯と男湯に分かれてるから」
「はい!」
初めての大浴場。
お母さまがまだ生きていた頃は院斎家の本邸の浴場を使っていたが、これほどまでに広い浴場は初めてだ。
そして地方から来た分家の退魔師たちも使うんだよね。
院斎家では本家のものたちが住んでいるだけで分家は完全に別の家に住んでいたはずだから新鮮である。

久々の浴場に戸惑っていたものの、阿矢女さんが丁寧に教えてくれたお陰で何とか湯に浸かることができた。

「気持ちい〜〜」
「え、ええ!とっても!」
「あはは。気に入ってもらえて嬉しいな」
「こちらこそ!」
まさかこんな素敵な湯殿にも入れてもらえるなんて。
そして湯から上がればワンピースが用意してあった。

「着方は分かる?」
「ええと……」
「ふふ、お姉さんに任せなさい」
阿矢女さんがするりと着せてくれたワンピースは不思議とサイズがピッタリである。

「なんだか着物以上に下がスースーして……」
「ふふっ。すぐ慣れるよ」
一方で阿矢女さんは男性が着るようなシャツとゆったりとしたズボンである。

「退魔師家業の時は見栄えがあるからね。ある程度和服とか式服着るんだけど……普段はみんな好きな服を着ているよ。突発的な任務の時は洋服のままやるしさ」
「そ、そうだったんですね」
実家ではお兄さまも美ノ葉も和服が多かった。お兄さまはたまにシャツやズボンも身に着けていたが。

お風呂から上がれば、禾守さまが部屋に招いてくれる。
「禾守さまは和服なんですね」
「ああ、俺なは。こっちの方がしっくりくるからさ」
本当に自由な風潮のようだ。

「そういや伊吹」
「は、はい!」
「ワンピース、似合ってるよ」
「……!」
服を褒められたことなんて、いつぶりだろうか。さすがに不意打ちすぎる賛美に頬が熱くなる。

「伊吹?顔が赤いが、疲れたか?」
「いやその、大丈夫!」
「ふーん、それなら……」
禾守さまに通された部屋は椅子テーブルの置かれた広々とした部屋だ。
その中に神月さまと共に2人の洋服の青年がいる。
2人も2人でそっくりだ。

「紹介する。カンとナギた」
「おう、俺がカンだ」
そっくりだが、カンさんは兄貴肌のように見える。

「ぼくがナギですよ」
ナギさんは優しそうな青年である。

そして神月さまはどこかウズウズしたようにナギさんを見ている。

「神月、もういいですよ」
「ナギ!」
その言葉に顔を輝かせた神月さまに、どうしてか合点がいった。

「神月く〜〜ん!」
そして阿矢女さんが神月さまの側に近寄れば。
「阿矢女!」
幸せそうに抱き締める。

「会いたかったわ、神月くん」
「うん、俺も!あのね、阿矢女」
「うん」
「阿矢女、好き」
「ええ、私も神月くんが好きよ」
そのどこか幼い言動。表情、全てが。

「あなたは私が昔出会った神月さまじゃないのね」
神月さまは答えに困り阿矢女さんを見ると。
「……そうよ」
阿矢女さんがどこか悲しげに答えてくれる。

「だから私は神月さまに嫁がない……んですね」
「伊吹ちゃん」
「神月さまは……いないんですね」
何となくそんな気がした。この世界のどこにも私の知っている神月さまはいない。

「伊吹」
私の知らない神月さまは立ち上がり、杖をつきながら私に向かい合う。

「伊吹は、禾守が、幸せ」
そう言って片方の手を私の頬に乗せる。
まるで全てを見透かされているように。
「神月さま……いや、その、そう呼ばないほうが……いい?」
「なら、神月くんでどう?」
阿矢女さんが微笑む。
「うん、神月くん」
「ん、かんざし、戻って来た」
「ええ。ありがとう」
神月くんが見つけてくれたんだ。この簪を。

「あの、禾守さま」
私はもう、神月さまに嫁ぐことはない。
ここにはもう、神月さまはいない。

「結んだ契約通り、伊吹は俺に嫁ぐんだ」
「禾守さま」
「俺はお前がほしい」
「でも私は禍神に……」
その時に捨てられたものだと思っていた。空洞はとうの昔にあったはずなのに気付かないふりをしていたのだ。

「伊吹は俺が守る」
「うん……」
それはポッカリと空いた大きな穴を埋め尽くすほどに温かい腕だった。

※※※

――――side:美ノ葉

美ノ葉は卓に拳を叩き付けた。

「何で、何で何でよおっ!お父さま、新しい着物は」
「悪いが我慢してくれ」
「御形家からお金が入るんじゃなかったの!?」
「それは帝の命で強制的に借金の返済に回された」
「はぁ!?借金って何よ!」
「……」
父親は家長としてのプライドからその着物のためのものだと口を割いても言えなかった。
分家に命じ本家に金を入れさせた。その金のほとんどが後妻と溺愛する娘の美ノ葉に注がれた。
今までは伊吹の呪いに対する防衛だと嘯いたが、伊吹が御形家に引き取られていったせいで今後はそれもできない。
それよか分家が告げ口したのか分家から巻き上げた金を返すようにと帝からのお達しがあったのだ。

そのため御形家からの結納金は彼らへの返済に充てられたが、返済金はそれでも足りないくらいに膨れ上がっている。

「何でこんなことに……」
「ち、父上」
「何だ、日由牙(ひゅうが)
「派閥から離反者が」
「は!?」
退魔師の家系というのは大抵が二大退魔師家の派閥に入り活動している。そうすれば何か困った時に宗家から協力や資金援助を受けられるからだ。

「どうやら御形家の待遇の方がいいからと……」
「あやつらめ!恩を仇で返しおったか!うちの何が不満なんだ!あの家はそもそも……」

「ねえお父さま!着物着物着物!」
「分かった分かった!お前にもいい嫁ぎ先を紹介してやる!そうすればその家からお金が入る!」
未来の花嫁に投資しない門下などあるものか!

「わぁい!やったぁ!」
「ふぅ……」
父親は深く息を吐く。

「御形家は禍神を封じる家だ」
「お父さま……?それは一体……」
「あの男が何を考えているのかは分からないが、あの娘を引き込んだことで6年前の二の舞にならねびいいがな」
意味深に呟きながらも、父親は離反しなかった門下の中のひとつに目をつける。

「確か緋扇(ひおうぎ)家は跡継ぎに恵まれず、最近養子を迎えさせた……そしてそれまで溜め込んだ資金がたんまりとあるはずだ」
父親はニヤリとほくそ笑んだ。