――――9年ほど前。
神月さまと私は互いに9歳くらいだった頃の話だ。
「伊吹」
「神月さま」
神月さまが優しく私の手を引いてくれる。
「伊吹に紹介したい子がいるんだ」
「だぁれ?」
「ふふ、私の大切な子なんだ」
それは誰だったのだろう。
「なりません」
私たちの前を塞いだ影を見上げる。
「しかしばあや」
「伊吹さまはもう帰る時間です」
「そんな……」
しかしその迫力にどうにもこうにもいかなくなって。私たちは地上に通じる階段を登るしかなかった。
あれ以来、神月さまには会えずじまいだった。
それでも手紙は書いたが、12歳になったのを機に手紙のやりとりもなくなってしまった。
※※※
――――現在。
「覚えているか」
喋ったのは神月さまにそっくりな青年の方だ。
「神月のことを」
「……は、はい。だけどあなたは」
「禾守。神月の双子の弟だ」
異母兄がいる……というのは聞いたことがあるが、弟がいたなんて聞いてない。
「まぁまぁ、神月さま」
その時鈴の鳴るような声で美ノ葉がやって来る。そして自然な所作で神月さまの腕に抱きつこうとする。
「やめろ!」
その時禾守さまが神月さまを引き寄せ美ノ葉の手を叩いたのだ。
「いたぁい」
「おい、妹に何をするんだ!」
お兄さまが怒鳴り込んでくる。
「妹……?座敷牢の中にいるのもお前の妹ではないのか?」
「は……っ。こんな霊力もない能無し。さらには禍神に呪われた娘、妹でも何でもない!」
「……呪いね。呪われたからこんな鉄格子の中に?」
「当たり前だろ!処理を誤れば院斎家があやかしに狙われるのだぞ」
「退魔師家などあやかしに充分怨まれているだろ?」
「それ以上に禍神に呪われた娘など危なくて仕方がない!」
「ふぅん?それなら俺たちが引き受けよう」
「は……?」
「こちとら禍神の専門家だ」
御形家が禍神の専門家とはどう言う意味なのだろう?そんなの聞いたことがない。
「少し早いが……元々娶るつもりだったんだ。伊吹にこんな仕打ちをしているのなら、うちが伊吹を引き取ろう」
「彼女を牢の外へ」
「しかし当主殿、このような禍付きを牢から出せばあやかしを招きます」
告げたのは禾守さまだと言うのに、お兄さまは神月さまに答えを返す。
「院斎家はあやかし避けの結界も満足に張れないのか」
また禾守さまが問う。
「生意気だぞ、当主でもないくせに!私は院斎家の次期当主だぞ!」
「まだ当主でもないくせに、我らが当主と対等に話せるとでも思っているのか」
その言葉にお兄さまが黙りこくる。
「彼女を外へ。そちらが鍵を外さぬのなら無理矢理壊すが?」
む、無理矢理って……。
「く……っ、責任はお前が取れよ!」
お兄さまが乱暴に扉を開ければ、禾守さまが牢に入って来る。
「こんなところにいたのだな。伊吹」
「あの……禾守さま?」
禾守さまは初対面のはずなのに。どうしてかそう親しげに呼ばれて戸惑う。
「ああ。伊吹。今日は院斎家と御形家の契約に則り伊吹を花嫁に迎える準備に来たんだ」
「……え?」
私が……神月さまの花嫁に?いや……でも私は呪われて。
「そんなの聞いてないぞ!」
お兄さまが叫ぶ。
「はぁ……あのトンチキめ」
禾守さまったら口が悪い。しかしどうしてか憎めないのも事実である。
どうしてかこの調子が懐かしいような。
「どうやらいちから説明しないといけないようだ。まぁ、任せておけよ。伊吹」
「その……っ」
そう言われても……私にも何がなんだか分からない。
※※※
――――いつぶりの地上だろうか。
退魔師たちにあやかしの釣り餌に連れて行かれた時以来の院斎家だ。
とは言えあの時はゆっくり周囲を見ることなどなかったが。
地上ではお付きの女性が出迎える。
「お帰りなさいませ、神月さま。禾守さま」
「お待たせ、阿矢女」
禾守さまが阿矢女さんににこりと呼びかけ、阿矢女さんは神月さまに優しく寄り添う。
どこか2人はお似合いだ……そう感じた自分に首を振る。
「伊吹はこちらへ」
「はい……禾守さま」
どこか2人の間に入りづらくて、呼んでくださった禾守さまの優しさにホッと腰を下ろす。
そして暫くすると、何年かぶりのお父さまと義母を見る。
とは言え特別な感情など湧かないが、ここ数年で随分とやつれたように見える。
そしてお父さまの登場に禾守さまが改めて宣言する。
「もう時期伊吹は18歳になる。ゆえに交わした契約に則り伊吹を娶りに来た」
「その契約は伊吹が呪われた時点で反故では」
お父さまが告げるが。
「こちらは反故にした覚えもない。それとも院斎家は一度結んだ契約を一方的に破棄すると?そのようなことをすれば、帝からの信頼も揺らごう」
「貴様……っ」
お父さまが渋い顔をする。
「そもそもこちらで娶るべき大切な花嫁をあのような座敷牢に幽閉するなど有り得ない。そんな扱いをするのならば伊吹はうちで引き取る」
「しかし伊吹は禍神に呪われて……」
「ならば好都合。御形家は禍神の専門家だ」
やはり専門家とはどういうことなのだろう?
「そういや御形家に対して院斎家は近頃経営が苦しいらしいな」
もしかして私の呪いのせい……?
「帝のもとにもたびたび資金援助の話を持っていっているようだ」
お父さまの顔色が悪くなる。
そこまで深刻だと言うのならあの粗末な食事も分かるが……しかし美ノ葉は派手な着物を自慢してくるし、数年ぶりの義母は相変わらず派手な着物や簪を身に纏っている。どうにも経営難と言うのがしっくりこないのだが。
「このまま帝の信頼を失い支援金を打ち切られるか、うちから結納金をもらって凌ぐかどちらがいい?」
「貴様……っ」
「うちはそれなりに出すぞ。儲かってるからな」
「この……っ、6年前、本家が潰れたというのにつ」
本家が……潰れた?
「まぁ被害は受けたが分家や門下が頑張ってくれたもんでな。持ち直してるよ。お前らも分家が頑張ってくれるなら無理にとは言わんが」
「……」
お父さまが俯く。どうやら資金繰りの苦しさは分家にまで及んでいるようだ。
「それもこれも伊吹のせいだ!この呪われた娘のせいで!」
やはり私の……。
「だからうちで引き取るってんだろ?」
「たけどそれでは御形家が苦しくなるのでは」
「まさか」
禾守さまが笑う。
「そんなことは有り得ない」
ニカッと笑うその根拠は……?何も分からない。彼らを不幸にはしたくない。しかし禾守さまの差し出す手を振り解くなんて出来なくて。
「当主さまぁっ」
その時何処へ行っていたのやら、美ノ葉が浮足立ってやって来る。そしてその髪を見て固まる。
「あの簪……っ」
「伊吹、顔が真っ青だぞ」
「それは……」
この場で言っても、禾守さまを困らせるだけだ。
「当主さまぁっ!呪われたお義姉さまよりも霊力の高い私の方がよっぽどあなたさまに相応しいわ!」
しかし私の戸惑いなど気にもとめず、美ノ葉は神月さまに迫る。
――――しかしその時。
「ちょっと、そこまでにしてくださる?」
遮ったのは阿矢女さんだった。
「何よアンタ、使用人のくせに!」
「使用人?何を勘違いしておいでで?私は当主夫人として神月さまの供として参ったまで」
え……?神月さまの妻?
「は?妻?てことはアンタ愛妾?あっはっはっはっはっ!」
美ノ葉が私を振り向き笑う。義母も笑いが込み上げているようだ。
自分たちが愛妾から本妻の座を奪い取ったことをいいことに。
「何を言っているの?両家は院斎家の長女と御形家の男児での契約を結んだのよ」
「つまりは神月の嫁だなどと一度も言ってない」
どういう事……?私は神月さまの愛妾になるのではないの?
「だから伊吹は当主の双子の弟である俺の妻となる」
え……禾守さまの……っ!?
「どうせ嫁だなんてウソ!あやかしの餌にするつもりなんだわ!こんな呪いの刻印持ち!」
そんな……もしもこんな刻印さえなければ……っ。
刻印が激しく痛む。
「こんな時に……っ」
「伊吹!」
禾守さまが優しく抱きしめてくれる。
するとすうっと痛みが軽減するのが分かった。
「お前をあやかしの餌になんてしない」
「禾守……さま」
その優しさを肌で感じ、自然と目尻から涙が溢れた。


