呪われた刻印を刻まれたはずなのに、どうして溺愛されてるの?



禾守さまはカンさんと共に急ぎ旧本邸跡に向かったそうだ。

――――

足を踏み入れた途端、分かる。清浄な風がそよぎ、ないはずの花びらが舞う。

春伊比売(はないびめ)
くるくると舞う春の女神の名を呼べば。

(あに)さまぁー!」
ぱぁぁっと春が咲き誇る。

「見事なものだな。これなら……完全なる浄化ではないが、草木は育ち、花も咲く」
「やーっぱり!兄さまがこんなにしちゃったのね!カン兄さまたちは何してるのよ!」
非難は後ろを付いてきたカンにまで及ぶ。

「いや俺たちも仕事はしたし、そもそも直すことが俺たちの仕事であり浄化は範囲外だ」
「だから私が呼ばれたんじゃない!」
「それで来るお前もお前だ」
普段はどこをくるくると旅してるか知れないのに。

「兄さまが呼ばないからあの子が呼んでくれたの!それにほら、見て!」
春が指差した方角には。

「お前、本気でやったのか」
「うん、あそこだけね!あれならあそこには家も建てられるでしょ!私ね、カッコいい洋館がいいなぁ」
「おいおい待て、希望は当主と未来の当主夫人の意見を聞いてからだ」
「ええーっ、絶対いいと思ったんだけどなぁ。最近のは、や、り!」
その言葉通りこの妹はかなりハイカラだ。
いや、ハイカラよりもさらに個性的。

「でも楽しみにしてる!兄さまが気に入った子も気になるし……うんうん、楽しみがたっくさーん!じゃ、またねぇ、兄さまー!」
「あ、おい、春!?」
引き止める間もなく神出鬼没な女神はくるくると舞っていってしまう。

「はぁ、もう……」
「でもま、神月たちの願いはこれで叶うわけですか」
「……仕方ない。新たな屋敷には西洋風もどうかど阿矢女たちにも聞いておこう」
そしてそれは阿矢女の『神月くんにも過ごしやすいはず』と言う言葉で呑まれることとなったのだ。

ま、座敷に座るよりも椅子の方が神月にはいいか。

――――

「そんなわけで妹が」
「あ……春伊比売!」
「ん?知ってたのか?」
「うん、書庫で神話を読んでいた時に……あまり資料がなかったのだけど」
「神出鬼没だからなぁ。はは、アイツらしい」
話を聞いただけでも随分と自由な女神さま……のように感じる。

「ああ、あとな。洋館の完成間際の頃に……」

――――

「こわれたの、なおすの」
「そうね。地震で全部崩れてしまったもの」
「ん……!禾守、ナギ、カン、3人一緒。俺もにいといっしょ」
「ええ、もちろんよ」 
新たな居城の片隅で、神子たちがその手で祠を調える。

「ん……花の女神さま」
「いや、神月、アイツも?」
「でも、妹」
何でそんなことまで……いや、神月はそこまで分かるのだった。

「まぁいいか、完成した洋館も気まぐれに見に来るかもしれないしなぁ」
きっと彼女も……あの子を気に入るだろうし。
待ち人を迎えられるまで、もう少し。

「準備をして、待とうか。また会える日を」
楽しみにしている。

――――

「俺たちの祠も作られたんだ」
「もしかしてあの時の……」
「伊吹も見たか」
「うん、ゆっくりではなかったけど」
「ならおいで。案内してやろう」
「う、うん!」
ここも懐かしい。あの時は逃げるので必死だったけど。

「4つある」
「ああ。俺たち4兄妹のな」
「うん、春伊比売さまもいるんだね」
3兄弟だと思ったら、末の妹比売もいたとは。

しかしこうして詣でてみると改めて不思議な感覚だ。
あの時迎えに来た禾守さまは、どんな姿をしてただろうか。
思い出すのはもう、あの恐ろしい姿じゃない。

「禾守さま、あの、あの時」
「ああ」
「最初は……恐ろしかった気がするの」
「人の子は神を畏れるものだ」
「怒ってない?」
「まさか、それでも俺は伊吹が良かった」
「私……」
「ああ。伊吹のために刻印を刻むのが守ることだと思ったのだ」
この刻印は私を守るためのもの……?何から?いや、答えは決まっているような気がする。

――――王輝だ。

「王輝は大量のあやかしを配下に従えていた。退魔師たちに捕らえられた王輝が従えていたあやかしは百鬼夜行とも呼べるものだった」

「うん。あれほどのあやかしを従えるのは王輝の霊力と言うよりも……憎悪。神月さまに対する憎悪に他ならないよね」
王輝はそうまでしてずっと嫡子の……当主の座が欲しかった。

「ああ、それも神月によって一蹴されてたが」
「あれ、すごかったね」
そして全てを失った王輝はそれを信じられず道行くあやかしに隷属を強いたがそんなことができるはずもなく。あやかしに逆襲され、退魔師があやかしを狩るたびに王輝は絶望し遂には諦めたらしい。

牢屋で生涯蟄居が告げられた。彼が反省することはあるのかどうか。それは分からないが。

「うむ、たくさん話しすぎたかな。そろそろ飯時だ」
「そうだね」
食堂に入れば、寮で暮らす退魔師のみんなにおはようを言い、阿矢女お義姉さんと神月くんとの朝ごはんだ。

神月くんの側には今の成長した神月くんにそっくりな神月さまがそっと見守っている。

「伊吹?どうした」
「ううん、禾守さま」
ようやっと手にした平穏。
そしてもうすぐ私も……幸せになれるんだ。

「そうだ、今日は神月は俺と朝廷だから」
「朝廷って……大丈夫なの?」
下手すりゃ市井よりもエグい魂を見そうな気がする。

「平気平気。そう言う時は兄神月を降ろす」
「ええと、もしかしてだけど院斎家に来た時も……?」
「念のため降ろしておいた」
「ああ、だから神月さまだと思ったんだ」
「封じていたとは言え、伊吹も感じていたのか」
「そう……かも」
「……未練があるのか」
「え……っ?」
神月さまが阿矢女お義姉さんとデザートのお代わりに行くのと一緒に神月さまが遠ざかる。

禾守さまはその背中をもの言いたげに見つめる。

「なぁ、伊吹」 
「うん?」
「お前は俺でいいのか」
「何をいまさら……」

「兄神月が好きなのではなかったのか」
「……それはその、違うのよ」
「え……?」
「私、神月さまみたいなお兄さまが欲しかったの」
「は?」
「だからその、うちのお兄さま、クズじゃない?」
「まぁ阿矢女も言ってたな」
「だから神月さまみたいなお兄さまが欲しかったの。だから神月さまにあるのは恋愛感情じゃないのよ」
「それじゃぁ伊吹が好きなのは」
「禾守さまだけよ」
「……!なら……わざわざ見えないようにしなくても……」
あれ?もしかして私に見えないようにしていたのって。

禾守さまのかわいらしい嫉妬だったのかもしれない。

「伊吹、もうすぐ18になるな」
「う……うん」
「楽しみだな」
「……!」
そうか……そうだった。
ついに私は。

幸せになれるんだ。

※※※

――――そして。
18歳の誕生日を迎えた私は禾守と祝言を上げた。

禾守さまとの祝言なのに禾守さまの祠に詣でるの……?と感じてしまったが、しかし双直神のお2柱(ふたり)に報告すると思えば神前式には違いない。
そして春伊比売さまにも。

「ほら、伊吹」
「はい」
盃を飲み交わし、改めて。

「幸せにする」
「うん……でもね、私もだから!」
禾守さまには幸せでいてほしい。
私が最後に望むのはやっぱり、いつだって。

「ああ、ありがとう」
優しい腕が私を抱き締める。ああ、この優しい腕に抱かれて……。

阿矢女さんや神月くん、神月さま、屋敷の使用人や退魔師のみんなに祝福されながら。

「それから、伊吹」
「……禾守さま?」
「見せたい場所がある。今の時期ならきっと見ごろだ」
「見ごろ……とは?」
動きやすいドレスに着替え直し、禾守さまに付いていけば。確かそこは旧本邸跡……のはずなのだが。

「すごい……」
季節は初夏、美しい花々が咲き誇る一面の花畑だ。

「毎年、神月や阿矢女たちが退魔師たち集めて植えてんだ」
「神月くんたちが……!」
「もし伊吹も参加したかったら……」
「うん、私も!」
「ああ、きっとみんな喜ぶよ」
みんなが植えてくれた花畑もとてもきれいだ。来年は私も一緒に……こんな風に誰かを祝福出来るだろうか?

ふわりと花びらが舞う。

くるり、くるりと風に乗って。

それはあの時の花吹雪のように。

「あの……方は?」
「ああ、来てたのか」
禾守さまが愛おしそうに笑う。その笑みを向けるのは誰なのか、何となく知ってる。

「あれは花が大好きな女神だよ」
「何てお名前なんだろう」
春伊比売(はないびめ)
「あの方が」
禾守さまが末妹と言っていた、花の女神さま。

「そ。だから祝福に来てくれたんだろうな」
「う……うん!あの、春伊比売(はないびめ)さま!ありがとうございます!」
どうしてかあの温かいそよ風をずっとずっと知っていたような気がするのだ。

「ふふっ」
花のように笑う彼女は花吹雪に包まれながら、また次の旅路へと向かうのだろう。
春の風のように、花のように、自由な女神さま。

やっとお礼を言えた気がしたのだ。

※※※

――――そして祝言が終わり暫く経った頃。
院斎家が廃家になったと知らされた。

「最強の祓え神の伴侶を苦しめたんだぞ?ただで済むと思うな」
カンさんがバッサリと告げる。

「因果応報です」
ナギさんもこくんと頷く。

「それじゃぁあのひとたちは……」
「新たに二大退魔師家の相方となった家のお情けで、元当主と後妻は最低限の生活はさせてもらえるらしい」
禾守さまが教えてくれる。

「美ノ葉と言う娘と兄は……今度高みの見物にでも行くか」
うーん、何か企んでないかしら……?

「それから院斎家が衰退したことで、禍神を直神と正しく祀ることが大々的に出来るようになった」

「今ではこっそり祀っていた社も大々的に祀ってるんだって聞いたよ」
「ああ、ならまぁたまには働いてやってもいい」
「禾守さまったら」
もう、このひとは。

それでも禾守さまはまるで我が子のようにみなを見守り続ける。私もその隣で生きられることが何よりも幸せなのだ。