――――書庫。
傷を癒しながら、ゆったりと過ごす日々は少し前には考えもしなかった時間だ。
「また本を読んでいるのか」
「うん、禾守さま。色んなこと、勉強したくて。禾守さまのこと、御形家のこと」
「そうだなぁ……例えば6年前のことだが」
「旧本邸のこと?」
「ああ。轟音と共に崩れ去った災禍の地。その土地に降り立てば、見渡す限り荒れ果てた瓦礫と怨嗟の地だった」
そうだよね。あんな広い土地に建っていたお屋敷で生き残ったのは主犯の王輝と地下に囚われていた神月くんだけだ。
「それでも禍神の力が制御しているから悪さをすることはないが」
「うん」
「しかしどうしたものかね。途方に暮れるのも無理はないんだが。これはあのお転婆でも来ない限り……いやそれはそれで騒がしくて困るんだが」
あのお転婆……?うーん、何か引っ掛かるような。
「せっかく言葉を得たのに、弟神月は啜り泣くばかりだった。そこでカンとナギがな」
『兄さま、神子は人間だ』
『まずは残った神子を飢えさせないようにと』
「……とな」
カンさんとナギさんの言う通り。人の子は食わねば生きていけない。
『おーい、生き残った人間がいるぞ!』
「そう誰かが遠くで叫んで来た。『お前たちは誰だ?』そう問えば」
『誰……って、その、御形家の分家のものですが。あなたは……成長した神月さま?いや12の神月さまもいる……?』
「当時の姿は神月をベースに少し成長させたもの。いや……未来の俺が取る姿だ」
つまり今の禾守さまである。
「こうした方が良いかと見た目を12の神月に合わせれば」
『ひぃぃっ!?あやかしか!?』
「とか言うものだから『バカモノ!貴様らは祀る神を忘れたか。疑うのなら……あらゆる厄災穢れその他諸々見せつけてやろうか』と言ってやった」
「えええっ」
そんな恐ろしい。あれ、でもその場には。
『兄さま、俺らの前でいい度胸だ』
『いけませんよ、兄さま』
「そう、カンとナギがな?」
ああ、案の定。
「うぐ……っ、単なるハッタリだってのにあの弟ども!……しかし目の前の彼らには効果てきめんのようだった」
まぁ元々禍神を祀っていたのだもんね。
「『我のために社を用意するが良い』そう告げれば、社はすぐには無理だったが分家に案内してくれた」
まぁ、それが無難かも。
――――分家では客間とやらに通されたそうだ。
「俺は分家の当主には本邸で何があったかを伝えた。すぐに集まれる他の分家や門下を集めると言う。彼らが言うには今まで隠されてきた神月弟だが、都の分家は暗黙の了解として察知していたようだ」
そう言うのは家で隠されるもの。本家でも分家から使用人が来ていれば自ずと話は広がるか。
「王輝については既に手配を回していたそうだが……院斎門下が隠しでもしない限りはと言っていた」
院斎が隠すか……ま、あの家ならやりそうでもなくない。
「そして本家での生き残りが弟神月しかいないのなら、弟神月が当主となることになったが……」
――――
「しかしあの神月さまに当主が務まるのか」
「神月さまの霊力は比類なきものだ。さらには神子である」
「ですが……そうですね。ならば執政を行えるものを妻に」
――――
「そんな話が出たが俺が一蹴した」
「うん、そうだよね。神月くんには」
「ああ、相手はもう決まってたんだ。ま、肝心の本人はまだ見つからなかったんだが」
禾守さまが語るには。
――――
分家の当主の元を離れ、客間に戻って来た時だった。神月たちより幾分年上な少女がおにぎりを持ってくる。
「はい、神月さま」
少女が弟神月におにぎりを差し出す。しかし弟神月は塞ぎ込んだまま、何も食べようとしない。
あの子を怖がらせるものはないはずなんだがな。それに兄神月もずっと側にいると言うのに。
やはり人の子の全てを理解するのは難しい……。
「おにぎり、食べてくださいね」
「うう……やぁっ」
「食べないとおっきくなれませんよ?今日のおにぎりは、あやめが作った取っておきです!」
あや……め?
「あやめ」
神月が初めて顔を上げた。
「はい、阿矢女です、神月さま」
「神月」
「え?」
「阿矢女、神月」
「神月さまじゃ嫌なの?でも本家の方だし……そうだ、神月、くん?」
「……ん!」
神月は嬉しそうに目を輝かせる。
「はい、おにぎりどうぞ」
「あやめの、おにぎり?」
「そうですよ」
「ん」
神月は先ほどまでの塞ぎ込みがウソのようにおにぎりを頬張り始める。
「おいしい」
「わぁい!嬉しいです。また、作ってきますからね」
「ん!」
そうか……お前はずっと待っていたのだな。急ぎ当主を呼んだ。
――――
「そんなわけで阿矢女と無事に出会ったわけだ」
「うん!それが出会いだったんだね!」
まさに運命である。
「だが分家の当主ときたら」
まさか反対されたのだろうか?
――――
「いかがしましたか、禾守さま。今集まった分家と門下で今後のことを……あと、やはり神月さまには将来の縁談を見据えた後見が必要であると」
「神月の嫁ならもう見つけた。あの娘だ。阿矢女と言うそうだな」
「……いや、うちの娘なんですが何を勝手に!?」
「ふは……はははははっ」
「ちょ……何故笑うのですか!」
「お前、せっかくの好機だと言うのに自分の娘を売り込もうともしないし、自分が後見となって本家の特権を握ろうともせぬのだな」
「当たり前でしょう!阿矢女は大切な娘ですよ!?その嫁入り先となれば慎重にもなりますし、私が本家の特権って……一応本家の土地には一番近い分家ですが、門下の中ではさほど立場が上ではないのです!」
「上に上がろうとは思わないのか」
「そんなの柄じゃぁありません」
「ならその方がいい。お前は人の世の道理を我に教えよ」
「はい?」
「神月の後見は我が務めよう。文句があるなら裁きを下す。集まった輩にもそう申し伝えよう」
「そんな……っ!?」
――――
「そんな事があってな」
「それは……」
何とも心温まる親心。
「俺は当主の制止を遮り集まる門下どもに宣言した。神月は元々双子の兄の座っていた場所。あれは弟だが兄神月の籍に座らせ我が双子の弟と言うことでやろう……とな」
「それで今の形になったんだね」
「そう言うこと。まぁ他にも意見はあったが……」
――――
「文句があるなら一門を出ていくか?厄災が降り注いでも俺は知らんぞ」
「うーん、兄さまの意思の外で勝手に起こる厄災は」
「カン、ぼくたちも知るところではないね」
双直神と言う良心がそう言葉を下すと遂に満場一致の採択が下された。
「後、嫁は阿矢女だから」
「……他にも候補はおりますが」
「ああ、うちになら同い年の」
「阿矢女嬢は2つほど年上だし」
他の当主たちから声が上がるが。
「神が結んだ縁故に文句があるのなら縁結びの神に通報する!」
『おやめくださいそれだけは!!』
やはり彼らも娘の良縁を望む良き親ということか。
「ふむ、分かったのなら良い」
縁結びの神は怒らせると怖いからなぁ。
俺がいくら厄を除けても徹底的に縁を結んでくんないから。
――――
「縁結びの神さまさまってことだ」
「あ、ある意味縁結びの神さまもすごい」
「だろ?でもさ、神月と阿矢女が出会ったのは多分……結びつきかもしれないな」
「うん!」
そう考えると浪漫だなぁ。
「そういやあの後……」
「何かあったの?」
「ああ、実はな」
禾守さまが言うには。
――――
弟神月は無事に阿矢女と出会うことができた。さて……その後は。
「……?」
その時舞い降りた勘に神月の元へ急ぐ。
「おい、神月!何を呼んだ!」
「ううー……お腹、空いた」
神月はぶっ倒れていた。
「ああ、禾守さま!神月さまが急に誰かを呼んでいたと思ったら……」
阿矢女が涙目である。
「どうしてこうなった」
「その……今分家や門下の男衆が瓦礫を片付けてくれるでしょう?片付け終わったら、お花を植えたいって」
は……花?
「だけど今のままじゃ草木は育たない土地だから、せめて浄化が必要って教えてあげたんたけど……」
浄化……浄化?まさかっ。
「神月、何を呼んだ」
「兄さま、分かってるのでは?」
「神月は兄さまを間接的に呼んだことで、神を呼ぶことを覚えてしまったのですよ」
あの子の刻印を通じて神月は俺と繋がり、神を呼んだ。
「あれは神子や刻印を持つものを媒介したからあの程度ですんだのであって……っ」
ナギを呼ぶのなら弟神月。阿矢女が弟神月と結ばれるのなら、カンを呼ぶのなら代理神子となる阿矢女を介する必要がある。それもなしに……とは。
「阿矢女、取り敢えず立てるようになったらお前のおにぎり、食わせてやれ」
「ええと、はい!神月くんは大丈夫なんですか?」
「ナギの神子だ。あとはナギがやる」
目線を送れば愛弟から抗議が来る。
「ええ、兄さま、ぼくに投げるんですか!?」
「お前なら言葉じゃなくても伝えられる」
元来神子と神とはそういうものだ。
「もう無茶はさせんな」
「わ、分かりました」
ナギは神月が目を覚ますまで側に付き添うことにするようだ。
「カン、行くぞ」
「ええ、兄さま。久々の再会ですね」
「……はぁ、全く」
いつも突然やって来るのだから、あの末妹は。
――――
「そんなわけで、会いに行ったわけだ」
「うん……?」
しかし末妹……妹?


