――――side:???
人間の少女だ。霊力の片鱗もない。ただの少女だ。
あれならば利用できる。
あやかしに打ち勝つすべすらない、価値もない少女。
顔を上げて、血の気が引く。全身の汗が吹き出る。
ひとならざる、何かにゾッとその身を震わせる。
あやかしはもっと恐ろしいものが来たから逃げたのだ。
私はこんなに、求めていたのに。
「だ……れ」
少女は喉を震わせる。
「我は禍神」
「まが……っ」
その名を呼ぶことすら恐ろしい、厄災を招く神。
何故……何故なんだ。
禍神。禍神はどうして彼女の前に姿を現した。
「逢魔が刻に出歩くとは」
「その……わ、たし」
「ふむ、度胸のある娘だ」
「ひ……っ」
少女は息を呑む。
ああ……どうして、どうして……。
「だが、危なっかしいものだな」
禍神が尖った爪を向けて来る。あのような無能に、禍神は手を差し伸べる。
私はずっとあなたを求めてきた。
「お前が18歳になった時……我はお前を迎えに行く」
禍神は右手の甲を指差す。
「それがお前の印だよ」
右手の甲に恐ろしい刻印が刻まれていく。
嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!
嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!
私がずっと欲しかったものを、何故、あんな無能が!
「行け……命令だ!行け!」
脅えるなど許さない。この私の配下になった以上は私のために働くのだ!
――――しかし。
身体に激しい痛みが走る。
「あぁぁぁぁっ!」
「愚かな人の子」
「……」
ずっと欲しかった言葉は酷く冷めたもの。
あの少女に向ける言葉とはまるで違う。
「どうして……どうして、ですか」
「人の子よ」
「私はずっとあなたを求めてきた!禍神!」
「人の子よ、汝は禍神を何一つ理解していない」
「私はずっと祈ってきた。あなたに!災厄を!穢れを!」
「汝は知らぬのか」
「何を……」
「我は見てきた。人の子とは兄弟を愛でるものだ」
「は……?そんなわけがない!妾の子として生まれたというだけで本来の嫡子の座まで神月に奪われた!私よりも霊力も低い、愚鈍が!」
「お前は何の話をしている?我が話しているのはお前のことじゃない。我が弟たちが何代もに渡って見守ってきた、双子神子の絆はかくも興味深い」
「ふた……ご、まさか、神月と▓▓!」
「お前がそう呼ぶ弟神月はお前には遠く及ばぬぞ」
「……」
「お前も分かっているのだろう?」
「上手く……言ったはずだった!▓▓を蔑むものなら多くいた」
「あの子に災禍を仕組んだのはお前と妾の母親か」
「そうだよ……!あの憎き本妻が産んで隠した▓▓!そのくせその片割れは普通に嫡子だと……!?▓▓を生んだくせに生んだくせに生んだくせに!本来の嫡子は私だ!あれは私のものだ!禍神よ」
「何だ」
「私はあなたに祈りを捧げた。願った。あなたの本質を!」
「お前は何も分かっていない」
「は……?」
「お前は我が弟たちを愚弄し、祠を壊したな」
「……だって……あなたの本来の力を封じるのは、憎き双直神!その神子も痛めつけてやった!殺してやった!」
「だからだよ」
「は?」
「我はお前を許すことはない」
「そんな……そんな!禍神!禍神――――っ!」
男の悲痛な叫びに神は答えることはない。
※※※
――――side:伊吹、現在。
王輝は多くの退魔師に囲まれお縄についていた。
その中には院斎家から離反した退魔師家もいたと言うから驚きだ。
「まさか院斎家の門下に養子に入ってまで復讐を企むなんて」
離反した退魔師たちは堂々と絶縁状を突き付けたそうだが、王輝ほ違ったそうだ。
「ああ、そうだよ。あの院斎家の当主!神月の代わりに私が許嫁になってやると言っても頑として首を縦に振らなかった!」
「当たり前よ、神月くんが当主を継ぎ、契約を破棄しなかったんだもの!」
娘への情の欠片もないあの父親だけど、金と名誉のためならその権利を手放すはずもない。むしろその権利を私から美ノ葉に挿げ替えるのに必死だったのだろう。それがなされなければ私と王輝を婚約させるなんて有り得ない。あれ、でも今は?
「だが私には院斎家がある。私は美ノ葉と婚約を継ぎ付けた!」
それで院斎家の当主になるつもりなのだろうか。
「あの、院斎家はお兄さまが継ぐから無理だと思います」
「何だと!?私の方があの愚鈍よりも優秀だ!私に騙されたくせに生意気な!」
「騙されてませんよ」
「はぁ!?だが貴様、私を神月と」
「いやその……言わせたいのかなと」
「は!?」
「その……私と言って神月さまだと言わせたい……私私詐欺みたいな」
「ふふ、はははははっ」
「禾守さま!?」
「人の子は面白いものを考える。そのうち父ちゃん助けて詐欺も流行るかもな」
「や、やめてよもう」
私がお父さまにそんな詐欺するわけないし理由もない。お父さまも私になんて一銭も出さないだろう。
美ノ葉ならするかもしれないが……あの経営難じゃ無理だろう。
むしろ本当に潰れるか門下に取って代わられるだろうなぁ。
「だからね、あなたが院斎家を継ぐのは無理だと思う。お父さま、血にこだわるし」
美ノ葉が男の子だったのなら好機はあるがそれだと王輝は婚約できない。
だから美ノ葉が女の子だった時点で、嫡子はあくまでも長男のお兄さまだ。
「くそ……くそ、それなら!」
王輝が拘束を破る。まだそんな力が!
「さぁ私の百鬼夜行よ!全てを呑み込め!」
王輝が告げた瞬間、闇色の空から大量の異形が攻めてくる。
「しまった!みんな、臨戦態勢!」
「はい、阿矢女さま!」
「阿矢女、阿矢女」
神月くんが阿矢女お義姉さんの袂をくいっくいっと引っ張っている。
「神月くん……?」
「そーれ」
神月くんがすっと両手を空に掲げれば、空に薄い膜のようなものがかかる。
そしてその瞬間。
『ぎぃぁぁぁぁああ――――っ』
人ならざるものたちが断末魔の悲鳴をあげながら消え失せていく。
「うそ……」
まさかここまでだったとは。いや、そうだろう。
何故ならあの霊力は王輝の謀叛をも御形家の中に封じ込めた。そしてそのお陰で被害は都を呑み込むことはなく、三神はその中で穢れを直した。
「そんな……そんな!私がこの時のために集めた百鬼夜行が……」
王輝が力なく崩れ落ちる。
「すご……」
「さすがは当主さま」
「一瞬だったわ!すごいすごい!」
周囲からは神月くんを称賛する拍手で溢れかえる。
「俺、やった!」
「うんうん、偉い偉い」
阿矢女お義姉さんが神月くんの頭をなでなでしながら幸せそうだ。
「そんな……何でなんだ!何で!何で▓▓ごときが!」
「煩いわね!」
この期に及んでまだ神月くんをそんな風に愚弄する王輝に退魔師たちが一喝する。
「あんたに当主さまを悪く言う資格なんてあると思う!?」
「そうよ!あんたが御形家に何をしたか、忘れた人間なんていないのよ!」
「当主さまの力に露ほども及ばないくせに、それすらも分からん愚鈍が!」
「そんな……そんな……バカは▓▓の方だろ!」
「俺……」
神月くん……さすがに傷付いたよね?
「お腹空いた」
ぐぅー……。その場に緊張感の欠片もない平和な音が響き渡る。
「阿矢女、阿矢女、おにぎり!」
「そ、そうね!作ろうか!たくさん力使って疲れたよね」
「ん!阿矢女のおにぎり、行く」
神月くんはそう言うと阿矢女お義姉さんを現邸宅に引っ張っていく。
「お前」
禾守さまがはぁ……とため息をつく。
「相手にもされてねえじゃん」
ハハッと禾守さまに笑われ、王輝が悔しげに顔を歪める。
「所詮お前はそこまでってことだ」
「何で……何で!」
「そんなんで当主になるつもりだったのか?少なくとも神月はどちらも当主になる資質があった」
「そ、そんなのウソだ!あんな愚鈍にっ」
「お前は見てなかったのか?みながアイツを称賛するのを。アイツは兄貴の分もしっかりと役目を果たしてるよ」
その言葉に退魔師たちが頷く。
「私は……私はこんなところではっ」
また力を使う気!?どうやら根性だけは一丁前のようである。
「あの、禾守さま!」
「伊吹?」
「その、王輝の霊力を封じるとか取り除くってことは出来るのかな」
「ああ……弟神月から見えすぎる力をもらったみたいにか」
「うん!」
「そうだな……その力には制限もあるんだが」
制限ってことは難しいだろうか?
「俺の司る厄災や穢れに関連するものならばできる。弟神月は現にその見えすぎる力で厄災を見た」
「あ……だから禾守さまはそれを」
「ああ、俺が受け取ることができたんだ。他はアイツが正しいことに使ってるから俺の範疇じゃない」
いつもみんなを守るためにその力を使ってきたもんね。
「だがコイツの場合は……多くの厄災を招くために使ったわけだ。俺の範疇ってのは厄災、病気、穢れ……それから人間の心の歪みも含める」
「それじゃぁ……」
「ああ、完全に俺の範疇だな」
ニッコリと、最強の禍神が笑む。
「ひ……っ、禍神さま」
「喜べよ、罪深き人の子よ。お前は恋に焦がれた神により裁きを受けられるのだ」
「さ……裁きだなんてっ」
「とても名誉なことだろう?」
ニィと凄絶に笑む姿に王輝が震え出す。
「さーて、没収!」
禾守さまが告げれば、王輝の身体から何かが抜けていく。おどろおどろしく染まったそれは王輝がそれらを悪に等しいことに利用してきたことを示す。
「ありゃぁ酷い」
「ですが兄さまの手に渡ったのでしたら」
カンさんとナギさんが手を伸ばせば。
『直すのみ』
「はいはい、後好きにやってくれー」
最強の神はそれにはもう興味がないと言いたげに手を振る。
やがて淀んだそれは正され、更地になった跡地に吸い込まれていく。
「吸い込んじゃっていいの?」
「あれはもう悪しきものじゃない。ならば土に還せばここの復興も早い」
「この土地の復興って……」
「もう時期だ。もう時期浄化も終わるだろう」
ああ……だからここにはまだ何もなかったのか。
「初夏にもなれば、さらに良く分かる」
「……?」
どういう事だろう。しかし傍らにそっと覗く芽吹きを見つければ、何となくその答えが分かった気がするのだ。
――――そして、洋館に戻れば。阿矢女お義姉さんたちがおにぎりを作ってくれていた。
「ん、おいしい」
もぐもぐと阿矢女お義姉さんのおにぎりを食べる神月くんをみんなで微笑ましげに見守りながら、私たちもおにぎりを頬張る。
「おいしいね」
「ああ」
禾守さまとこうして美味しいものを食べられるのも幸せだ。
本当に、本当に……。
ポロポロと涙が溢れてくる。
「伊吹?」
「ううん、その……帰ってこられて良かったって」
「当然だ、俺がついていたんだから」
今も昔も、変わらず優しい禾守さまの腕に抱かれる。
安心するといつの間にか優しい腕に抱きかかえられていたが、うとうとと気持ちよくてついつい寝入ってしまっていた。


