山を一つ飲み込みそうなほど大きな入道雲。
燦々と照り付ける太陽は頭上になくとも、眩しくて自然と視線が下を向く。
バイト帰りの幸弘は自分の汗臭さに辟易しながら、ようやくマンションの下へとたどり着いたところだった。
朝の九時から六時間。
近所の定食屋でのバイトだ。
実働五時間半で、賄い付き。最高。
だが、食べ盛りである幸弘はすでに腹をすかせている。
家に帰って風呂に入って、冷蔵庫でも漁ろうと考えながらオートロックを開けた。
「ユキ!」
自動ドアが閉まろうとした瞬間、背後から太陽の声がして半歩戻る。
「うわ、走ってきたのか? 汗だくじゃん」
「ユキが見えたから。バイト先から直行してきた!」
太陽を招き入れ、並んでエレベーターを待つ。
ちなみに、太陽のバイト先は焼肉屋だ。賄いで食べられると三年間喜んでいる。
「先に風呂はいれよ。俺、その間に冷蔵庫漁っとく」
「え、ユキからでいいのに」
「太陽のほうが風呂早いじゃん」
「分かる。なんでだろうな。あ、おれだってちゃんときれいに洗ってるからな!」
何も言ってないのに、ムキになって弁明しているのはなぜなのか。
太陽母に思春期男子は臭いとでも言われたのだろうか。ご飯は美味しいが、なかなかに辛辣な人なのだ。
「あ、いいのあるわ」
昨日、ちょうど飲みに行った父が母の機嫌をとるためにコンビニスイーツを大量に買ってきていた。
そのおこぼれがある。
ようやく来たエレベーターに乗り込み、四階を目指す。
「……二人とも汗だくだとさぁ、密室はキツいなぁ。誰もいなくてよかった。あ、制汗剤ふっといたほうがいいかな」
「別に良くね? どうせすぐ消えるって。制汗剤の方が匂いのこって嫌がられそう」
「たしかに」
目的階にたどり着き、開いたエレベーターから降りる。
すぐそこの玄関ドアに鍵をさして、帰宅だ。
この家の良いところは、エレベーターを降りて一番近い部屋なところだ。
朝にエレベーターを待ってる間に忘れ物をしてもすぐに取りに行ける。
玄関で太陽の荷物を受け取り、風呂に押し込んで、着替えを置いててやる。
出てくるまでの間に、幸弘が食べても構わなさそうな物を探す。
ここで母の好きなものを食べれば、次の標的は幸弘なのだ。それは困る。
食べて良さそうなものにだいたい目星をつけて、一旦冷蔵庫を閉じ、ステンレス製のコップを二つ用意して氷を入れる。
冷房の入っていないリビングはサウナのようだが、すぐに自室にこもるため我慢だ。
太陽のリュックを開け、中を確認するとやはり飲みかけのペットボトルがあり、それを片方のコップに注いで、もう一つの方には自分の飲みかけを注ぐ。
太陽は緑茶だし、幸弘はウーロン茶なので見分けはつく。
荷物とともに、飲み物を自室に運び、冷房をつければ背後から間延びした声が聞こえてくる。
「暑い〜」
やはり、カラスの行水だ。早い。
「今、冷房つけたからお茶飲んでろ」
「あ、おれのお茶入れてくれた?」
「入れた。色で分かるだろ? ウーロン茶は俺のな。じゃ、風呂行ってくる」
着替えを取り、風呂に向かう。
ささっと入ってしまおう。
どうせ、今日はもうどこにも行かないし、明日はバイトもない。
つまり、今風呂に入れば夜は入らなくて良いのだ。
そう思うと、ササッと済ますには気が引けて、いつも通りの入浴時間になってしまう。シャワーだが。
風呂から上がり、冷蔵庫から二つ苺ソースの杏仁豆腐を貰い、部屋に戻る。
よく効いた冷房が火照った身体に心地よかった。
「あ、やっぱり遅かったな」
「夜入らなくていいしなって思ったから」
「だろうと思った。ま、おれはまた歩いて帰らなきゃだから、入らないといけないけどなぁ」
ベッドに寝転んで、幸弘が読みかけていた本を勝手に読んでいた太陽は幸弘の手にあるものを見てお行儀よく下に降りて座った。
出しっぱなしの簡易テーブルに、向かい合って座り、杏仁豆腐を手渡す。
「わぁ! 苺じゃん! いいのか? お前の母ちゃん、苺好きじゃなかったっけ?」
「苺は好きでも、杏仁豆腐はだめだから」
「え、でもさ、ユキの父ちゃんが買ってきたんだろ?」
太陽もなぜ自分にコンビニスイーツが提供されているのかは理解しているようだ。
「父ちゃん、母ちゃんの好きなの把握してるようで把握できてないから」
「……ユキの父ちゃん、ユキの母ちゃんのこと大好きなのに、未だに好み分かってねぇの?」
「そう。だからよく母ちゃんが怒ってる。いつになったら私のこと理解するの! って」
いい年して痴話喧嘩だ。
親のそういうのは見ていてむず痒い。
「ははっ! おれ、ユキの父ちゃん好き。面白いよなぁ〜。おれの父ちゃんも母ちゃんのこと好きだけど、どっちかってと母ちゃんのほうが、父ちゃんのこと理解してなくて泣いてるしな」
冷えたお茶に口をつけて、ようやく生き返った気がした。
「で、今日はどうしたわけ? いつもなら、バイト終わって、少し寝てからくるじゃん」
杏仁豆腐を口に運びながら問う。
やっぱり、苺のソースがかかっているのは格別だ。
「あ、そうそう。おれもコンビニで冷えた飲みもんかって、おやつ買ってから来ようと思ったんだよ。そしたら、遠目にユキが見えたからさぁ~」
そんなことを言いながら、リュックの中を漁り、二枚の紙と冊子を取り出した。
「……お前、恥じらいとかねぇの?」
「実はな、ちょっと恥ずかしい」
ははっ、と笑って渡されたのは、今持っている夏休みのしおりの一ページ目にあるリストと似たようなもので、上にはデカデカと「恋人としたいことリスト」と書かれてあった。
「これも七つ?」
「そう! おれの彼女としたかったことリストのユキバージョン」
「いや、俺バージョンって言っても……。だいぶ……、え、俺とこんなことしたいの? 本気で? 考えたか?」
「むっ、おれをバカだと思ってるだろ」
「それはいつも」
「おい!」
二人で杏仁豆腐をつつきながら、紙を見て、けどやっぱりいつも通りだ。
内容はだいぶ「本当にしていいのか?」と疑いたくなるものだが。
「だってよ、待ち合わせしてファミレスで課題。水族館、夏祭り、オープンキャンパス第二段、手をつなぐ、キス、……え、マジで言ってる? 最後にやばいのあるけど」
「そこまでできたら、きっとそういう好きってことだろうし、お試しじゃなくて、本格的に付き合えるだろ?」
「……お試しだった?」
「う~ん、無理なら戻ればいいってお試しと同じじゃん?」
「三か月の話は?」
「それは、相手の女の子のことって、知らないに等しいじゃん? いくら同じクラスになった、とか、体育祭で同じチームだったとか、委員会が同じだったとかでも、どういう家族構成で、どういうものが好きで、本当はどういう性格なのかって分かんないじゃん。で、おれなりにさ、誠実とはって考えて、分かるまでは何もしないって決めてたの。手は繋ぎたいし、ぎゅって抱き締めたりはするけどさ、それ以上はまだかなぁって」
意外と考えていたらしい男女間の誠実さに心の中で拍手を送る。
やはり、太陽はバカだけどバカではない。
けど、つまりそうか。経験はないのか。
「でもさ、ユキのことはおれ知ってるもん。だから、三か月とかかけなくてよくない? 好きって本気で思うなら触ってよくない?」
「やっぱ、バカ」
「え! なんで!?」
「まるで、お前が今はそうじゃなくても、俺のことそういう意味で絶対に好きになるみたいな計画の立て方じゃん。思い込もうとしてない?」
「……そうかな」
「そうだよ」
杏仁豆腐を口に運ぶ太陽が困ったように笑った。
けれど、否定も肯定もせず、言い訳もしなかった。
「まぁ、いいや。で、俺の一番の疑問はこれからのお前の俺への態度だけど」
「へっ?」
「ほら、太陽って付き合うまでは全力だけど、付き合ったら寝るじゃん? 俺も放置されんのかなって」
太陽があんぐりと口を開け、スプーンに乗っていた杏仁豆腐がつるりと落ちる。
容器に落ちたため、セーフだ。
「いや、待って待って。放置したつもりはなかったけど……。いや、放置だよな。うん。沙耶ちゃんにめっちゃ怒られたし……」
「あれは大体怒ってるから、そんなに気にしなくていいと思うけど……」
「放置はしてないつもりだけど、いつもそう言って怒られるのは理解してるんだよな。……けどさ、こう言ったらいい方が凄く悪いんだけど、ユキと女の子を一緒にできる訳がなくない?」
分が悪そうに、恥ずかしそうに太陽が言う。
「……保育園の時というか、小学二年生まで、おれ……ずっと泣いてたじゃん? ユキと離れたくないって」
「うん。だいぶ長いこと俺欠乏症だった」
「いまだって足りてるわけじゃないんだけど……」
「は……? 泣くの?」
「いや、泣きはしないけど……、帰るの寂しいし。夏休みはバイトない日は朝から晩までいっしょに入れるのが嬉しい分、帰りが寂しい……」
あまりの告白に今度は幸弘の杏仁豆腐が落ちてしまう。
「だから、ユキはそんなこと心配しなくていいよ。今まで通りだよ……。おれは毎日ユキに連絡するし、会いに来るし、遊びに誘う。逆に、ユキがおれを避けないでな」
「なんで、俺がお前を避けんの」
「ほら、だいぶおれが我儘言って付き合ったじゃん」
いつもと変わらない態度に、太陽の中での認識は変わっていないかと思っていたのに、きちんと「付き合っている」という認識はあったらしい。
「はぁ……。お前の我儘だけで、付き合うとか無理だから。俺が太陽の言葉をかみ砕いて、自分で理解して、選んだの。ただ、このリスト見て、お前がこれを俺と本当にしたいのか確認しただけ」
落ちた杏仁豆腐を再び掬い上げ、今度は逃がさないように食べる。
甘酸っぱくて、未だに火照った口内にはちょうど良かった。
「確認してどう?」
「だいぶバカだったから、最初の四項目だけ埋めていこう」
「え、おれ考えたのに」
「したいと思った時にすればいいんだよ。わざわざ、これやろうって言って、恋人の真似事する必要ない」
「……なんだそれ、大人ぶりやがって」
「残念、お前よりは大人~」
「……は!? どの項目だ! え、いつの彼女? え、それどの段階!? A? B? C? どこ!?」
太陽が身を乗り出して幸弘を問い詰めてくる。
目がガン開きだ。
「ABCって……古い」
「なぁ! ユキ! 幸弘! なぁってば!」
ギャーギャーと騒ぐ太陽の口に杏仁豆腐を突っ込み、黙らせる。
ものを口に入れたら太陽はお行儀よくもぐもぐしだすので、これはよく使っている手である。
「で、明日は待ち合わせでファミレス?」
「ユキぃ……。うぅ、教えてくれない……」
「ほら、明日は?」
「……駅前で待ち合わせして、そこから一緒にファミレスで課題しよ」
諦めたらしい太陽が渋々といったように、明日の予定を教えてくれる。
そして、自分のしおりの一ページ目のリストの上に新しいリストを張り付けた。
「よし。日記のために余分に製本しててよかった~。これで、四項目増えたって、日記が書けるな!」
「夏休みが終わったら交換? それとも、リストが全部埋まったら交換?」
「あ、そうだよな。う~ん、どうしよっかなぁ……。新しく製本してこればよかったかな。そうしたら、青春リストは夏休みが終わったら交換できるし……。よし、そうしよう」
太陽は何のためらいもなく、今貼ったばかりのリストをべりっとはがし、リュックにしまった。
「ユキの分も明日作ってくるからな」
「……普通に、百均でノート一冊買えば?」
幸弘の言葉にその手があったか、というような顔をした。
だが、すぐさま「手作りだから意味があるんだ!」と言い放ち、作ってきてくれるらしかった。
時刻は夕方の四時。
徐々に空は真っ青から、黄色、オレンジ、紺色、黒、と色を変えていくだろう。
今日も太陽は帰るとき、寂しいと思うのだろうか。
そんなことを思った。
『恋人リスト達成日記 初日』
これを太陽が見るってことは、きっと「そういう意味」で両思いになったんだと思う。
だから、読まれない前提で書いとこうかな。
太陽って本当にバカだなって思う。俺のこと知りすぎてるくせに、一番大事なこと知らないし。
なんで、俺が付き合うことを了承したと思ってんだろうって、このリスト渡された時に思った。
やっぱバカ。アホ。
俺はお前がちゃんと好きなのに。
幸弘
燦々と照り付ける太陽は頭上になくとも、眩しくて自然と視線が下を向く。
バイト帰りの幸弘は自分の汗臭さに辟易しながら、ようやくマンションの下へとたどり着いたところだった。
朝の九時から六時間。
近所の定食屋でのバイトだ。
実働五時間半で、賄い付き。最高。
だが、食べ盛りである幸弘はすでに腹をすかせている。
家に帰って風呂に入って、冷蔵庫でも漁ろうと考えながらオートロックを開けた。
「ユキ!」
自動ドアが閉まろうとした瞬間、背後から太陽の声がして半歩戻る。
「うわ、走ってきたのか? 汗だくじゃん」
「ユキが見えたから。バイト先から直行してきた!」
太陽を招き入れ、並んでエレベーターを待つ。
ちなみに、太陽のバイト先は焼肉屋だ。賄いで食べられると三年間喜んでいる。
「先に風呂はいれよ。俺、その間に冷蔵庫漁っとく」
「え、ユキからでいいのに」
「太陽のほうが風呂早いじゃん」
「分かる。なんでだろうな。あ、おれだってちゃんときれいに洗ってるからな!」
何も言ってないのに、ムキになって弁明しているのはなぜなのか。
太陽母に思春期男子は臭いとでも言われたのだろうか。ご飯は美味しいが、なかなかに辛辣な人なのだ。
「あ、いいのあるわ」
昨日、ちょうど飲みに行った父が母の機嫌をとるためにコンビニスイーツを大量に買ってきていた。
そのおこぼれがある。
ようやく来たエレベーターに乗り込み、四階を目指す。
「……二人とも汗だくだとさぁ、密室はキツいなぁ。誰もいなくてよかった。あ、制汗剤ふっといたほうがいいかな」
「別に良くね? どうせすぐ消えるって。制汗剤の方が匂いのこって嫌がられそう」
「たしかに」
目的階にたどり着き、開いたエレベーターから降りる。
すぐそこの玄関ドアに鍵をさして、帰宅だ。
この家の良いところは、エレベーターを降りて一番近い部屋なところだ。
朝にエレベーターを待ってる間に忘れ物をしてもすぐに取りに行ける。
玄関で太陽の荷物を受け取り、風呂に押し込んで、着替えを置いててやる。
出てくるまでの間に、幸弘が食べても構わなさそうな物を探す。
ここで母の好きなものを食べれば、次の標的は幸弘なのだ。それは困る。
食べて良さそうなものにだいたい目星をつけて、一旦冷蔵庫を閉じ、ステンレス製のコップを二つ用意して氷を入れる。
冷房の入っていないリビングはサウナのようだが、すぐに自室にこもるため我慢だ。
太陽のリュックを開け、中を確認するとやはり飲みかけのペットボトルがあり、それを片方のコップに注いで、もう一つの方には自分の飲みかけを注ぐ。
太陽は緑茶だし、幸弘はウーロン茶なので見分けはつく。
荷物とともに、飲み物を自室に運び、冷房をつければ背後から間延びした声が聞こえてくる。
「暑い〜」
やはり、カラスの行水だ。早い。
「今、冷房つけたからお茶飲んでろ」
「あ、おれのお茶入れてくれた?」
「入れた。色で分かるだろ? ウーロン茶は俺のな。じゃ、風呂行ってくる」
着替えを取り、風呂に向かう。
ささっと入ってしまおう。
どうせ、今日はもうどこにも行かないし、明日はバイトもない。
つまり、今風呂に入れば夜は入らなくて良いのだ。
そう思うと、ササッと済ますには気が引けて、いつも通りの入浴時間になってしまう。シャワーだが。
風呂から上がり、冷蔵庫から二つ苺ソースの杏仁豆腐を貰い、部屋に戻る。
よく効いた冷房が火照った身体に心地よかった。
「あ、やっぱり遅かったな」
「夜入らなくていいしなって思ったから」
「だろうと思った。ま、おれはまた歩いて帰らなきゃだから、入らないといけないけどなぁ」
ベッドに寝転んで、幸弘が読みかけていた本を勝手に読んでいた太陽は幸弘の手にあるものを見てお行儀よく下に降りて座った。
出しっぱなしの簡易テーブルに、向かい合って座り、杏仁豆腐を手渡す。
「わぁ! 苺じゃん! いいのか? お前の母ちゃん、苺好きじゃなかったっけ?」
「苺は好きでも、杏仁豆腐はだめだから」
「え、でもさ、ユキの父ちゃんが買ってきたんだろ?」
太陽もなぜ自分にコンビニスイーツが提供されているのかは理解しているようだ。
「父ちゃん、母ちゃんの好きなの把握してるようで把握できてないから」
「……ユキの父ちゃん、ユキの母ちゃんのこと大好きなのに、未だに好み分かってねぇの?」
「そう。だからよく母ちゃんが怒ってる。いつになったら私のこと理解するの! って」
いい年して痴話喧嘩だ。
親のそういうのは見ていてむず痒い。
「ははっ! おれ、ユキの父ちゃん好き。面白いよなぁ〜。おれの父ちゃんも母ちゃんのこと好きだけど、どっちかってと母ちゃんのほうが、父ちゃんのこと理解してなくて泣いてるしな」
冷えたお茶に口をつけて、ようやく生き返った気がした。
「で、今日はどうしたわけ? いつもなら、バイト終わって、少し寝てからくるじゃん」
杏仁豆腐を口に運びながら問う。
やっぱり、苺のソースがかかっているのは格別だ。
「あ、そうそう。おれもコンビニで冷えた飲みもんかって、おやつ買ってから来ようと思ったんだよ。そしたら、遠目にユキが見えたからさぁ~」
そんなことを言いながら、リュックの中を漁り、二枚の紙と冊子を取り出した。
「……お前、恥じらいとかねぇの?」
「実はな、ちょっと恥ずかしい」
ははっ、と笑って渡されたのは、今持っている夏休みのしおりの一ページ目にあるリストと似たようなもので、上にはデカデカと「恋人としたいことリスト」と書かれてあった。
「これも七つ?」
「そう! おれの彼女としたかったことリストのユキバージョン」
「いや、俺バージョンって言っても……。だいぶ……、え、俺とこんなことしたいの? 本気で? 考えたか?」
「むっ、おれをバカだと思ってるだろ」
「それはいつも」
「おい!」
二人で杏仁豆腐をつつきながら、紙を見て、けどやっぱりいつも通りだ。
内容はだいぶ「本当にしていいのか?」と疑いたくなるものだが。
「だってよ、待ち合わせしてファミレスで課題。水族館、夏祭り、オープンキャンパス第二段、手をつなぐ、キス、……え、マジで言ってる? 最後にやばいのあるけど」
「そこまでできたら、きっとそういう好きってことだろうし、お試しじゃなくて、本格的に付き合えるだろ?」
「……お試しだった?」
「う~ん、無理なら戻ればいいってお試しと同じじゃん?」
「三か月の話は?」
「それは、相手の女の子のことって、知らないに等しいじゃん? いくら同じクラスになった、とか、体育祭で同じチームだったとか、委員会が同じだったとかでも、どういう家族構成で、どういうものが好きで、本当はどういう性格なのかって分かんないじゃん。で、おれなりにさ、誠実とはって考えて、分かるまでは何もしないって決めてたの。手は繋ぎたいし、ぎゅって抱き締めたりはするけどさ、それ以上はまだかなぁって」
意外と考えていたらしい男女間の誠実さに心の中で拍手を送る。
やはり、太陽はバカだけどバカではない。
けど、つまりそうか。経験はないのか。
「でもさ、ユキのことはおれ知ってるもん。だから、三か月とかかけなくてよくない? 好きって本気で思うなら触ってよくない?」
「やっぱ、バカ」
「え! なんで!?」
「まるで、お前が今はそうじゃなくても、俺のことそういう意味で絶対に好きになるみたいな計画の立て方じゃん。思い込もうとしてない?」
「……そうかな」
「そうだよ」
杏仁豆腐を口に運ぶ太陽が困ったように笑った。
けれど、否定も肯定もせず、言い訳もしなかった。
「まぁ、いいや。で、俺の一番の疑問はこれからのお前の俺への態度だけど」
「へっ?」
「ほら、太陽って付き合うまでは全力だけど、付き合ったら寝るじゃん? 俺も放置されんのかなって」
太陽があんぐりと口を開け、スプーンに乗っていた杏仁豆腐がつるりと落ちる。
容器に落ちたため、セーフだ。
「いや、待って待って。放置したつもりはなかったけど……。いや、放置だよな。うん。沙耶ちゃんにめっちゃ怒られたし……」
「あれは大体怒ってるから、そんなに気にしなくていいと思うけど……」
「放置はしてないつもりだけど、いつもそう言って怒られるのは理解してるんだよな。……けどさ、こう言ったらいい方が凄く悪いんだけど、ユキと女の子を一緒にできる訳がなくない?」
分が悪そうに、恥ずかしそうに太陽が言う。
「……保育園の時というか、小学二年生まで、おれ……ずっと泣いてたじゃん? ユキと離れたくないって」
「うん。だいぶ長いこと俺欠乏症だった」
「いまだって足りてるわけじゃないんだけど……」
「は……? 泣くの?」
「いや、泣きはしないけど……、帰るの寂しいし。夏休みはバイトない日は朝から晩までいっしょに入れるのが嬉しい分、帰りが寂しい……」
あまりの告白に今度は幸弘の杏仁豆腐が落ちてしまう。
「だから、ユキはそんなこと心配しなくていいよ。今まで通りだよ……。おれは毎日ユキに連絡するし、会いに来るし、遊びに誘う。逆に、ユキがおれを避けないでな」
「なんで、俺がお前を避けんの」
「ほら、だいぶおれが我儘言って付き合ったじゃん」
いつもと変わらない態度に、太陽の中での認識は変わっていないかと思っていたのに、きちんと「付き合っている」という認識はあったらしい。
「はぁ……。お前の我儘だけで、付き合うとか無理だから。俺が太陽の言葉をかみ砕いて、自分で理解して、選んだの。ただ、このリスト見て、お前がこれを俺と本当にしたいのか確認しただけ」
落ちた杏仁豆腐を再び掬い上げ、今度は逃がさないように食べる。
甘酸っぱくて、未だに火照った口内にはちょうど良かった。
「確認してどう?」
「だいぶバカだったから、最初の四項目だけ埋めていこう」
「え、おれ考えたのに」
「したいと思った時にすればいいんだよ。わざわざ、これやろうって言って、恋人の真似事する必要ない」
「……なんだそれ、大人ぶりやがって」
「残念、お前よりは大人~」
「……は!? どの項目だ! え、いつの彼女? え、それどの段階!? A? B? C? どこ!?」
太陽が身を乗り出して幸弘を問い詰めてくる。
目がガン開きだ。
「ABCって……古い」
「なぁ! ユキ! 幸弘! なぁってば!」
ギャーギャーと騒ぐ太陽の口に杏仁豆腐を突っ込み、黙らせる。
ものを口に入れたら太陽はお行儀よくもぐもぐしだすので、これはよく使っている手である。
「で、明日は待ち合わせでファミレス?」
「ユキぃ……。うぅ、教えてくれない……」
「ほら、明日は?」
「……駅前で待ち合わせして、そこから一緒にファミレスで課題しよ」
諦めたらしい太陽が渋々といったように、明日の予定を教えてくれる。
そして、自分のしおりの一ページ目のリストの上に新しいリストを張り付けた。
「よし。日記のために余分に製本しててよかった~。これで、四項目増えたって、日記が書けるな!」
「夏休みが終わったら交換? それとも、リストが全部埋まったら交換?」
「あ、そうだよな。う~ん、どうしよっかなぁ……。新しく製本してこればよかったかな。そうしたら、青春リストは夏休みが終わったら交換できるし……。よし、そうしよう」
太陽は何のためらいもなく、今貼ったばかりのリストをべりっとはがし、リュックにしまった。
「ユキの分も明日作ってくるからな」
「……普通に、百均でノート一冊買えば?」
幸弘の言葉にその手があったか、というような顔をした。
だが、すぐさま「手作りだから意味があるんだ!」と言い放ち、作ってきてくれるらしかった。
時刻は夕方の四時。
徐々に空は真っ青から、黄色、オレンジ、紺色、黒、と色を変えていくだろう。
今日も太陽は帰るとき、寂しいと思うのだろうか。
そんなことを思った。
『恋人リスト達成日記 初日』
これを太陽が見るってことは、きっと「そういう意味」で両思いになったんだと思う。
だから、読まれない前提で書いとこうかな。
太陽って本当にバカだなって思う。俺のこと知りすぎてるくせに、一番大事なこと知らないし。
なんで、俺が付き合うことを了承したと思ってんだろうって、このリスト渡された時に思った。
やっぱバカ。アホ。
俺はお前がちゃんと好きなのに。
幸弘

