君と埋める八の項目

夏休み初日、太陽は朝の八時にやってきた。
幸弘の両親が仕事に出て行った、数十分後のことだ。
惰眠を貪ろうと、スマホのアラームも消して、マナーモードにしていたというのに、家のインターホンで起こされるなんて誰が思っただろうか。

冷房が効いてひんやりと涼しい自室から、朝なのにムワッと熱気が広がる廊下に出てインターホンのモニターを覗けば見慣れた姿。
溜息を吐きながら、オートロックを開けて、玄関のカギも開けておく。
上がってくる間にキッチンで二人分のコップに麦茶を注いでいると、ガチャリ、という音と共に、ドタドタという喧しい音が聞こえてくる。

「おはよう!」

「……はよ」

朝の八時に元気だったのは何歳までだっただろうか。
幸弘はもう覚えていない。

「早いじゃん……。どうした」

「ほら、おれって青春しないといけないから!」

そう言えば、昨日そんな話をしたような気がする。
まだ朝だと言うのに、額に汗を滲ませて火照っている太陽に麦茶を渡せば、一気飲みしてしまった。
再び、コップに並々ついで、二人は幸弘の部屋へと向かう。

「あ、そうだ! 母ちゃんから、ユキにって」

バッグから何かを取り出し、幸弘に渡してくる。
それは、拳ほどあるおにぎりだった。太陽母特性のばくだんおにぎりだ。
中身は毎回ランダムだが、幸弘の好物である。

「やった」

簡易の折り畳みテーブルを出し、コップを置いて、おにぎりを頬張る。
寝起きだが、やっぱりこれは食べられる。美味しい。

「で! ユキは考えてくれたか?」

「……あにを?」

口に入ってる時に話すのは行儀が悪いと分かっているが、太陽しかいないしいいだろう。

「ひどい! 宿題って言ったのに!」

「……あぁ、青春の定義ってやつ?」

麦茶で一回口の中を空にしてからそう言えば、嬉しそうに太陽が頷く。
そして、鞄の中から一冊の本を取り出した。
ガタガタして、本の形を保っているだけのそれは手作り感満載の冊子。
その表紙には「夏休みのしおり」とでかでかと書いており、小学生の頃を思い出した。

「じゃ~ん。作った!」

えらく気合が入っているな、とおにぎりをもぐもぐ頬張りながら他人事のように太陽を見る。

「懐かしくない?」

「うん。すっげ―、懐かしい」

ペラりと表紙をめくれば、一ページ目には七つの項目が書いてある。

「あ、待ってよ。まず、ユキの青春の定義ってなに」

せっかく開いたページは太陽によって閉じられてしまった。

「……楽しいこと? ほら、有名な検索エンジンの先生は心身ともに活力に満ち溢れた青年時代ってあるし、特別なことでもないんじゃないかって思い始めてきた」

「なわけないだろ! その心身共に活力に満ち溢れた時代にいかに楽しむかじゃん!」

せっかく調べたのに、文句を言うなら聞くな。
けれど、太陽の言っていることも納得ではある。
心身共に活力に満ち溢れるなんて、ほとんど誰しも平等にあるわけで、太陽が欲しいのはきっとその先なのだ。

「え、ならやっぱりその時代にする楽しいこと?」

「青春ってさ、なんか夏って感じすんだよ! 分かる?」

「なんとなく」

きっとそれは、部活の青春マンガが多いからではないだろうか。
野球は甲子園が夏にあるし、やっぱり夏休みは長いから、部活も充実する、のではないか。
幸弘は部活に入ってはいないが、そう思っている。

「だから、夏は青春にふさわしい季節で、これを逃したらおれの青春は終わるわけ」

「大袈裟だな」

今日の爆弾おにぎりの中身は甘辛唐揚げとシーチキンとおかかだ。最高。

みみみみみ、という蝉の鳴き声が外からは聞こえてくる。
太陽の言う通り、この音を聞くと青春という言葉が似合うような気がしてくる。
というか、この音を聞いていることが青春でいいのではないか。
そんなことを幸弘が思っていると、太陽がようやく冊子の一ページ目を開いた。

「ファミレスで宿題、映画と買い物、海、夏祭り、オープンキャンパス、天体観測、日帰り旅行……」

青春がどうの、で幸弘の定義には文句を言っていたくせに、本人の中の青春はこれである。解せない。

「……普通の夏休みじゃん」

「……だってさぁ、おれの青春って彼女とすることだったんだもん。これ見て」

そう言って、差し出されたノート。
開いた一ページ目には「彼女としたいことリスト」と書かれており、そこにも七項目書いてある。

「待ち合わせ、海、夏祭り、オープンキャンパス……」

その続きに書いてあることは本当に見てよかったのだろうか。
幸弘のおにぎりを頬張る口元が楽し気に弧を描く。

「恋人繋ぎ」

「え」

「キス」

「まって、見ないでいい! ちょ――」

「エッ――」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

大声で叫んだ太陽がノートを幸弘から取り上げて、真っ赤な顔して眉を吊り上げている。

「やめろって言ったらやめろ!」

「俺が悪いの? 何が書いてあるか覚えてなかったお前じゃなくて?」

笑いなら言えば、唇を尖らせた太陽が小さく言い訳をしている。
残り少なくなってしまったおにぎりをお腹におさめ、幸弘は「夏休みのしおり」の二ページ目を見る。

「ふ~ん、日記付き?」

「そう! 二冊作ったからな、それはユキの分。おれはおれで日記を書くから、ユキも書いてな。で、夏休みが終わったら、交換しよ。これも青春ぽい?」

青春というより、子供っぽいというか、女児っぽいが、突っ込まないでいてやろう。

「まず、今日はファミレスで宿題しよ!」

幸弘の都合など聞きもせずにそんなことを言う太陽。

「俺、明日は朝から昼間でバイトだけど」

「知ってる! ちゃんと、共有スケジュール見て作った!」

高校に入って、部活をするよりもバイトを始めた二人は、流石にバイト先までは同じにしなかった。
理由は、同じバイト先だと休みを被せづらいからだ。
だが、毎回いつが休みか聞く太陽に幸弘がスケジュール共有をはじめ、今ではシフトが出るたびにアプリで共有している。

「まず、夏休みの宿題を親友とファミレスで終わらせる! の実行!」

「え、終わらせるのか? どんだけ長い間いるつもりだよ……」

「……夏休み中使って、この項目は終わらせよう。あ! カラオケでも宿題しような!」

もはや娯楽である。

「というわけで、ユキ。着替えろ」

「早くね? まだ八時じゃん」

「ユキの準備は遅いから、今から始めるの!」

幸弘の部屋を把握している太陽が、クローゼットを勝手に漁り、Tシャツとジーンズを投げてくる。
腹が満たされて、再び眠くなってきた幸弘は眠たい目をこすりながらそれに着替え、そとの蝉の声に耳を傾ける。
今日も暑そうだ。