君と埋める八の項目

街路樹がしなり、鈍色の雲が流れていくスピードはいつもよりもだいぶ早い。
夏の風物詩である台風が迫ってきていた。
雨が降るのも時間の問題だが、幸弘の中では電車が止まるのも時間の問題だと、そちらの方に気を取られて、せっかくのオープンキャンパスに身が入らない。

そんな幸弘の隣で、瞳を輝かせて構内を探索している太陽。
先日見学した大学よりも大きく、新しい建物はおしゃれで、心なしか通っている学生までもがおしゃれに見えてくる。
そもそも、ここは何だろうか。
よく新作がどうのとか言われているコーヒーの大型チェーン店の様な内装で、あちらこちらでノートパソコンを広げた学生が何かをしている。

「おしゃれだなぁ~。学内カフェってこんな感じなんだ。すっげぇ」

太陽がパンフレットを見ながら、見学者でいつもより賑わっているだろうカフェ内を見渡す。

「やっぱ、地方の大学と地方は地方でも栄えてるところにある大学は違うなぁ」

「そもそも、建て替えがあったとしてもあそこは年季の入った大学だからな」

「建て替えた時に、こんな風にしたらよかったのにな。そしたら、入学生増えるんじゃないか?」

「これ以上増えても、定員だろ」

そんな話をしながら、カフェを出てその隣に在る、これまたガラス張りの洗練された空間に入る。

「ここなに?」

パンフレットを持っている太陽に問えば、

「学生ラウンジだって。なんか、あっちのカフェとこっちのラウンジがここの大学の目玉みたいだ。空コマで使われたり、自習したり、昼寝してもいいらしい。飲食可って書いてあるから、弁当持ってきたりする人はこっちで食べるんじゃないか?」

「食堂もあったのに?」

「あっちも綺麗だったよなぁ。学食自体も美味しかったし」

前回と同様、説明やらなんやら座っている間は死にそうな顔をしていたくせに、食事の時間は顔を輝かせて「美味しい、美味しい」と食べていた。

「ただ、量が少なかったよなぁ。ちょっと高いし」

「生活費ってお前持ちなの?」

「ユキと一緒。ほら、学費どうするか問題を母ちゃんたちが話してたことあったろ? 多分、小学生くらいの頃」

「あった、あった。その頃に、俺言われたもんな。学費は出す。そのほかは、自分で頑張れって」

「学費出してくれるのはありがたいんだけど、おれらが部活とかしてたらどうしてたんだろうなぁ。部活してないからバイトできるわけで……。で、そのバイト代から一人暮らしの初期費用とかが出ていくじゃん?」

「中学の頃に、一人暮らしはこのくらいかかりますが、お前はどうする? って聞かれたしな……。どうするって、なにってなった」

「……おれは部活も続かなかったし、たまに将棋教室に顔出すくらいしか続かないじゃん? ユキは何で部活しなかったの? 受験とかに有利なのに」

ラウンジの空いているソファに腰を下ろし、ひとまず休憩する。
カフェでコーヒーでも買ってみたらよかったかもしれない。

「おれが何も続かないから、ユキはおれに合わせてくれたのかな、なんて……」

太陽が申し訳なさそうにそんなことを言いだし、幸弘は呆けるしかない。
太陽がそんなことを考えているなんて思いもしなかったのだ。

「……お前は運動神経がいいけど、俺は普通だろ?」

「そうかな? ユキだって運動できると思うけど」

「いや、お前ほどはできないよ。しかも、スポーツの楽しさって分かんないんだよなぁ。太陽とするキャッチボールは楽しいし、二人でするサッカーも楽しい。授業でするテニスも楽しいと思うけど、別に毎日グラウンドを走って、筋トレして、先輩後輩の中で揉まれて、顧問に怒られてって考えるだけで嫌だし。そこまでの熱量を部活に出せない」

だからこそ、部活を頑張っている同級生は尊敬するのだ。
太陽は飽き性だが、幸弘は自分がしたいと思えるもの以外に熱量が向かないタイプだ。

「きっと、お前が部活をしてたって、俺は部活に入らないし、今と同じでバイトしてる。……少しでも一人暮らしの生活レベルを上げたいし」

バイトしてなかったらどうしてたんだろう。
太陽のその問いの答えは、選べると思うな、だ。
幸弘の母が、少しでも引っ越し初日から自分の好きな環境を持ちたければ、頑張って貯金するしかないのよ、と言っていた。
足りない分は出す。それは親としてする。
けど、そこにお前の意思や欲しいが乗ると思うな、だそうだ。

「ずっと気になってたんだ。ユキって何で部活しないんだろうって。おれがなんも続かないから遠慮してんのかなって。……一緒にいたいって、おれ泣くし」

「別に……。別にさ、そうだとしても太陽が気に病むことじゃないだろ? 仮にそうでも、俺が太陽といたいから部活をしなかっただけだし、いいんだよ」

「え、おれといたかったから部活しなかったのか?」

「仮にって言ったろうが」

変なところを切り取るな。

ガラス張りのラウンジはきっと、天気がいい日はとてもきれいなのだろう。
澄んだ青に、白くて大きな入道雲。
秋には紅葉が見れるのかもしれないし、向こう側には桜の樹が見える。
一年を通して、ここは季節を楽しめる場所なのかもしれない。

ただ、今日は強風で今にも折れてしまいそうなほどしなる樹と揺れる電線が恐ろしい。
早く見学を切り上げて帰宅したほうがよさそうだ。

「あ、ユキ」

「ん?」

「電車止まったっぽい」

「え、マジで?」

家まで新幹線で二時間の距離。
電車が止まったら、帰るすべはない。

「ホテルって、親の同意書がないと止まれないんだっけ?」

太陽とそんなことを話していると、やはりラウンジ内が一気に騒がしくなる。
同じように県外から来た人や、通学手段が電車の学生もいるのだ。

「う~ん……。ちょっと、ホテルに電話して聞いてみよう。埋まってるかもしれないし、早めがいいよな」

太陽と手分けして、駅から近いホテルや、少し離れてはいるが、行けなくはないホテルを当たる。
やはり、天気も相まって、親の同意のない高校生を泊めてくれるホテルはなかなかなかった。
そうして、ようやく、無理だと思って後回しにしていた駅チカのホテルがチェックイン時に親と連絡が取れるなら、と予約が取れた。

二人はすぐさま親に連絡を取り、スマホの前でスタンバイしといてとお願いした。
大学内はあらかた回り、最後に学内カフェとラウンジを見に来ただけだったので、もう用は済んだ。

「早く行こう。……太陽はもう見たいのない? 気になるところとか、相談しておきたいこととか」

「ん? さっき、いっぱい聞いたし、見たし、もう満足」

いつの間に聞いたんだろう。幸弘がお手洗いに行っている間だろうか。
雨が降らない内に、と足早に大学を後にする。

湿気を含んだ生ぬるい風が頬を叩くような勢いで吹いていく。
吹き飛ばされると楽し気な太陽を横目に、幸弘は無意識に息を吐いた。
知らない場所、知らない街、知らない風景なのに、幸弘にはここに楽し気に通う太陽の姿が嫌というほど想像できてしまった。
そして、その隣に自分はいなかった。

◆◇

ホテルにチェックインする前に、駅に隣接しているデパートで着替えやら夕食やらを購入し、予想外に薄くなった財布に心が痛い。
デパートと言っても、その中にあるファストファッションブランドだ。
どうせ、夏休みの間に日帰り旅行でもしようと言っていたのでそのために貯めていたものを使った。

太陽は「楽しいけど、こんなの旅行じゃない!」と騒いでいた。
旅行だと振り切った二人は、どうせなら晩御飯も少しだけいいものにしようと地下のお惣菜売り場で少しお高めな弁当と、夜に食べるデザートを買った。
これがデパ地下か、なんて言いながら。

そうして、ようやくホテルについた頃には雨が横殴りで振ってきたのだった。
受付けで親と連絡を取り、無事にチェックイン出来て、ようやくホッと肩の力が抜けた。

「え、ユキ! すごいぞ! これ全部無料!」

ホテルのロビーに、宿泊者用に並べられたアメニティ。
ここは、部屋ではなくてロビーで自分で持っていく方式らしい。

「なんかいるもんあるの?」

「ある! コーヒーだろ、紅茶だろ、緑茶だろ……あと、身体洗うやつ!」

飲み物類と圧縮されたボディスポンジを二人分取った太陽がニコニコ笑う。
ずらりと並ぶアメニティに未だ動こうとしない太陽を引きずってエレベーターに乗り込む。

「え、これ凄いな。おれたち目的階のボタン押してないのに、勝手に行くんだ。すげぇ」

「お前の素直さがすげぇよ……」

「そう? てかさ、ここ別にそんなに高くないのに凄いな」

「安いプランで泊まるだけで、高い部屋はそれなりにしたぞ」

「あ、つまり、おれらはおこぼれ組か」

「言い方な」

目的階に付き、エレベーターを降りる。
暫く、シンと静まり返る廊下を歩き、カードキーに書かれた番号と同じ部屋を見つけ解錠する。
入った瞬間に照明がつき、思った以上に綺麗な部屋に二人は入り口で足が止まる。

「え、やっぱ、すげぇきれい」

「ビジネスホテルの相場がわかんないけどさ、一泊七千五百円って、安いのかな……」

「おれ、それ以上出したくない」

そんなことを言い合いながら、荷物を降ろし、各設備を見て回る。
まるで修学旅行だ。

「風呂もきれいだな。広いし、トイレも一緒だけど、一応仕切られてる。……意味あんのか?」

「あるだろ。すぐそこにあるやつより使いやすい」

「ユキが風呂は入ってる時に腹痛くなったら地獄じゃん」

「そんなこと言ってると、本当にそうなるぞ」

「いやだ!」

トイレと風呂を確認し、ベッドの上で各々買ったものを開封する。
下着や服のタグを切り、明日も履くためさっさとズボンは脱いでしまう。

「さすがに、下の着替えまでは買えないよなぁ」

「汗かいてるけど、ズボンならいいかっていう謎の信頼がある」

「分かる。てか、最近のパジャマ高くね? 普通に三千円した」

「冬に三千円は分かるけど夏は二千五百円だな」

「だよなぁ」

同じように色違いで買ったパジャマのタグを切りながらぼやく。
今年の夏休みの豪遊はこれにて終了だ。

「先に飯食う? それとも風呂?」

「汗かいたし、風呂行こうかな〜」

「先入ってこい。あ、ゆっくりでいいからな」

はーい、と間延びした返事をして、太陽がタグを切ったばかりの下着とパジャマを持って浴室に消える。
ベッドの上にはゴミが散らかされたままだ。
幸弘はため息をつきながら、それを回収しテーブルに放置されたままのペットボトルとデザートを冷蔵庫に入れる。

時折、浴室の方から「わ、すげぇ」だの「うわぁ」だのと聞こえてくる。
風呂に騒ぐことがあるのだろうか。

幸弘は肩をすくめて、リュックの中から夏休みのしおりを取り出す。
今のうちに書いてしまおう。

ガタガタと音を立てる窓に激しくぶつかる水滴に明日、本当に帰れるのだろうかと疑問が湧く。
けれど、そんな不穏な音より風呂場から聞こえる楽しげな鼻歌が幸弘の憂鬱を消してくれる。
幸弘は太陽がいれば、どこでも楽しいのだ。



『恋人リスト達成日記 オープンキャンパス』

やっぱり、南央大学は凄かった。
特に、食堂、カフェ、ラウンジみたいに、自由に過ごせるところに金がかかってた。
すごいな、とは思うけど、自分が通うかと言われたら、ないな、と思う。
一人暮らしを考えるとやっぱりちょっとだけ、物価は高いし、この辺の家賃も高め。
少し先に家を借りるって考えると、ほかの大学のほうがいいなって思う。
太陽はここがいいのかな。
たしかに、ここは太陽の第一志望だし、俺もここに太陽が通う未来は容易に想像できた。
太陽は、俺がいない大学生活をどんなふうに考えてる?
俺はやっぱり、つまらない。

幸弘