BAR Balalaikaー恋はあせらずー

 週の半ばはのんびりと時間が過ぎるから、お客様との会話もゆっくり楽しめる。
 他愛のない話でも、みんないろんなことを感じ、考え、行動し、生きてるんだなと、なんか哲学じみたことを思ったりして。

 そこに貴也がやって来た。
 彼も店の外では仕事をして、寝て食べて、誰かと話し、笑ったり泣いたり……それは想像できないけど、生きてるんだなって思う。

「どうした?」
「すみません。いらっしゃいませ」

 考え事をしてしまってたわ。
 慌てて挨拶をする。
 きのうの忘れ物を渡したいけど、他のお客様もいることだし、帰り際でいいかな。

「今日のロック、なにになさいますか?」
「ロックばかりじゃ芸がないか……」
「いいえ。ウイスキーといってもそれぞれ特徴がありますから、お好きなのを見つけるだけでもかなり楽しめますよ」
「なら、その棚のボトル全部制覇してみようかな」
「香ヶ崎さんなら3日で制覇できそうですね」

 貴也は笑いながら、ジンのロックをオーダーした。
 キンキンに冷やしたタンカレージンを出し、ロックグラスに注いだ。
 とろみのある液体が氷を覆っていく。

「あら、貴也さん」

 その声に、ボトルがわずかにずれて少し零れてしまい、ダスターで丁寧に拭きあげる。

「あ、こんばんは。先日は楽しい時間をありがとう」
「こちらこそ。とても楽しかったわ」

 先日貴也に声をかけた女性だ。よくいらっしゃる佐竹さん。
 で、また貴也の隣に腰掛けた。
 えっと……? 名前呼び? ん……と、先日ってこの前のことだよな?
 まさか、外で会ってるのか?
 いや、別にお客様同士、どうなろうが関係ないけど。
 おれはタンカレーを貴也に出し、すぐにチェイサーを添える。

「佐竹さんはなにになさいますか?」

 佐竹さんに笑顔を向け声をかけたが、声が上擦って咳払いをしてしまった。

「貴也さんはお強いのを飲まれてるのね。わたしにも飲めるかしら?」

 おれではなく貴也に問いかける。
 笑った顔がピクリと引き攣った。
 貴也は気にせず答える。

「食事はされました?」
「いえ、まだなの」
「それなら軽めのお酒がいいですよ。ね?」

 貴也がおれに話を振る。
 わざわざおれに話しかけなくてもよくない?
 ふたりで話せばいいのに。
 とはいいつつ、またにっこり笑って答える。

「そうですね。空腹に強いお酒は胃に負担をかけてしまいますので」
「あら。そうなの? 残念」

 なにが残念なんだ?
 佐竹さんはお酒そんなに強くはないから、いつも旬の果物を使ったロングばかりなのに。
 邪推をしながら貴也に視線を向けると、柔らかく微笑み彼女を見つめる。
 あー、これは。既視感。

「でも、強いの飲みたいわ」
「そうですね……」

 なんとなくおもしろくない。いっそ佐竹さんをとことん酔わせてやろうかと思ったりして。
 ニコラシカでも出してやろうかな。
 まあそれは冗談だけど、彼女はそれを望んでそう。

「それならブルームーンとかどうです?」

 貴也が口を挟む。
 強いの勧めるなぁ。
 彼女の色香に食指が動いたのか?
 結局はそうなのかよ。

「おいしいの?」
「まあまあ強いですよ。それか——」

 思いめぐらす貴也の目が合う。
 貴也はわずかに目を細め、イタズラな目つきになった。

「度数は低いですが、シャンディガフとかどうです? おなかのためにもおすすめですよ」
「なら、そのシャンなんとかを」
「かしこまりました」

 淡々と仕事をこなしていく。言われるがままにカクテルを作った。
 結局ブルームーンもオーダーされ、追加でクロンダイクハイボールまで。
 佐竹さんは貴也の言うがままどんどん飲み干した。
 貴也はなにを考えてんだって。
 ほろ酔いを通り過ぎた彼女はじわじわと貴也にしなだれていく。
 かなりピッチ早かったもんな。
 ——まさかそれを狙ったのか?

 見てられないんだけど。

「香ヶ崎さん、佐竹さんもう限界かもです」
「ああ……そうだな」
「え……帰りたく……ないです」
「今日はやめておきましょう。送りますよ」

 佐竹さんとおれの目が見開いた。

「本当?」

 マジか?

「ええ。歩けますか?」
「あ、はい」
「チェック頼む」
「あ、かしこまりました」

 え、ええ? 送る? どこに? え?
 いや。
 なんでおれ動揺してんだ?

「ありがとう。——佐竹さん、行きましょう」
「ありがとう……ございました」

 おれは呆然と寄り添うふたりを見送った。