BAR Balalaikaー恋はあせらずー

 金曜日、すでに日付は変わった深夜。
 ようやく落ち着いた。
 世間では給料日だったらしい。
 ありがたい週末だわ。
 カウンターのカップルを遠目に、おれは黙ってグラスを洗う。

 ひとりでも回せるほどの狭い店だが、たまに人手が欲しくなる。
 それはそれで面倒だったりする。
 もう少しうまく回せたらいいんだけど……

 そういえば、今日は恋愛ごっこ出来なかったなぁ。
 ん? ここ数日考えてなかったな。
 忙しかったからか。
 あんなに楽しんでやってたのに忘れるてるとか、そんなに忙しかったかな?

「マスター、チェックを」

 会計が終わりカップルが出ていくのと入れ替わりに、人が入ってきた。

「まだ入れる?」
「はい、どうぞ……!」

 顔を見て何とも言えない気持ちがよぎった。

「今日は来られないと思ってました」
「寂しかった?」
「いえ」

 にっこりと貴也に笑いかけた。
 いつもの声を殺した笑いを口元に湛え、いつもの席に座る。

「ライラを」
「かしこまりました」
「いや……バーボンをロックで」

 珍しく目を伏せた貴也に軽く首を捻る。
 オーダーの変更とか珍しい。

「仕事お忙しかったんですか?」
「……どうして?」

 いつものハリがないんだよ。
 ピシッとした身なりはいつも通りなんだけど、どこか抜けた感じ?

「お疲れ? みたいな?」

 自分でもよくわからない違和感に首を傾げた。

「疑問形?」

 また貴也が笑いを堪えている。

「あ。失礼しました」
「いいよ、堅苦しくしないで」

 貴也は自分以外いないカウンターを眺めて、上目遣いで向き直る。

「ふたりきりだしね」
「そう、ですね」

 視線の熱さを躱して、グラスに氷をいれた。
 スポットライトの下、ステアリングすると氷が滑らかに溶ける。
 水を捨て、ノブクリークを注いだ。
 深い琥珀色のバーボンが鈍く光って流れる。

「お待たせしました」
「ありがとう」

 貴也の意味深な口元を無視して、シンクのグラスを拭いた。

「もう終わり?」
「そうですね」
「この後は?」

 なんだ?
 あきらかに口説きにきてないか?

「やっぱりお疲れですか?」
「どうして?」
「香ヶ崎さんらしくないようなので」
「香ヶ崎……か」

 貴也が軽くため息をついた。
 本人はわからないようにしたつもりだろうけど、隠せてないよ。
 前にも言ったよね。名前で呼ぶつもりはないって。
 あれ? 言ったよな?
 それはともかく、距離を詰められたところで、おれは恋愛なんてするつもりはないんだよね。
 それが誰であっても……

「この後あいてる?」
「店は閉めます」
「いや、理都、君自身がだよ」
「空いてないですね」

 にっこり接客の笑顔を向けた。
 これで勘違いはしないだろう。