BAR Balalaikaー恋はあせらずー

 また目の前に貴也が座っている。
 今日で5日目。今週皆勤賞だよ。
 毎日目の前に鎮座していて、もう貴也専用席になりつつある。

「今日はなにを?」
「カシスソーダを」
「かしこましました」

 フィリップ・ド・ブルゴーニュ カシスを取り出した。
 ここ数日で、貴也が肥えた舌の持ち主だとわかった。
 手軽に作れるカクテルでも、その材料に気をつけた。
 もちろん、すべてのお客様に対して手は抜かないけど、なんか、貴也には隙を与えたくないというか、舐められたくないというか。

「カシスソーダです」

 いつものように、貴也は礼を言ってグラスに口をつける。
 グラスを持ち上げた腕には、見るからに高そうな腕時計が収まっている。
 指にはなにも飾りがなくその痕跡もない。
 ということは、独身だな。
 スーツもスリーピースで無駄な余白がない。たぶんオーダーメイドだろうな。触れたことはないけど、肌触りのいい生地ってことは見ただけでもわかる。
 身なりもお酒の飲み方も綺麗だし、これまでも交わした会話を思い出しても洗練した雰囲気を醸しだしている。
 最初連れてきた女もそうだが、そんな貴也を見ればみんなあんなふうになるのも頷ける。
 もしかして、セレブなのか?
 たぶんそうだな。

 ふと目が合った。
 貴也が口元に笑みを浮かべ、目を細める。

 あぁ……ジロジロと見すぎた……失敗。

「すみません」
「なにが?」

 くくっと笑いながら問われる。

 イジワルだなぁ。

 眉間にシワがよるのをくっと堪え、殊勝な態度で謝ってみせた。

「いえ、素敵なスーツだといつも思っていましたから、じっと見てしまいました。不快に思われたでしょう?」

 気まずそうにしてみる。
 しばらく貴也の人間観察はやめとこう。

「それはないよ」

 貴也はコースターに置かれたカシスソーダをずらし、身を乗り出して肘をついた。

「思う存分見てくれて構わない」

 猛禽類に似た目つきに、思わず仰け反った。
 おっと……また色を纏ったか……

 こんなあからさまな態度は苦手だ。

 今日の恋人ならいいんだよ。その瞬間、その夜だけだから。
 でも貴也は違う。
 おれが気を緩めたら一気にこじ開けに来そうだ。
 それは確定な気がする。

 だって5日間もこんな状態になったら、いくら鈍感でもわかるって。

 ほんと、ムリだから。やめろ。