土曜日ということもあって、店に訪れるのは常連さんばかり。おかげでのんびりと居心地良く仕事ができる。
日課になった今日の恋人。
残念だが、今日はできそうにないな。
けれどそんな設定よりも、常連さんとの会話の方が気軽で逆に癒してくれる。
早い時間にひとり、ふたりと店を後にする。
「今日はクローズかな」
客がはけた店内で、軽く背伸びした。手元の時計を見ると12時にもなってない。
帰って観たかった映画でも観るか。
鼻歌が出る勢いでシンクを片付けた。
外のネオンを消そうとカウンターから出ようとした時、扉が開いた。
映画はお預けか……
頭に過ぎる言葉を噛みしめて笑顔をつくる。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは先日訪れたタカヤだった。
「いいかな?」
「どうぞ」
クローズにしようとしたことなど、おくびにも出さずカウンターの隅の席に案内した。
「こっちでいい?」
タカヤがおれの目の前の椅子を指さす。
「どうぞ」
にっこりと答えたが、うーん、目の前の席かぁ。
今日の恋人失格の男を目の前に座らせるとか、なんとも居心地が悪い。
まあ、仕方ない。
「なにになさいますか?」
タオルを渡しながら聞いてみる。
目が合い、さり気なく視線を外す。
「アメリカンレモネードを」
「……アメリカンレモネード?」
思わず聞き返してしまった。
素っ頓狂な声だった自覚はあるが、声を殺して笑うことはないだろ。
「ああ、お願いできるかな」
「かしこまりました」
気を取り直して、赤ワインのハーフボトルをカウンターに置いた。
フルボトルを開けてしまうと、さすがにもったいない。
ハーフボトルならひとりでも飲める量だ。
映画を観ながら飲むとするかな。
冷蔵庫からレモンを取り出しペティナイフで半分にする。
果汁を絞り、ブルゴーニュのワイングラスにいれた。
シロップと水を入れしっかりステアする。ゆっくり氷をいれて軽く混ぜて、ようやくワインの栓を抜いた。
混ざらないようにバースプーンに沿わせ注ぐ。
薄黄と深紅のコントラストが美しい。
「アメリカンレモネードです」
タカヤの前にすべらせた。
「ありがとう」
タカヤはグラスを捧げると空に乾杯をする。
軽く口をつけ「うまい」と呟いた。
「軽いカクテルですので物足りないのでは?」
「いや、十分満足だよ」
掴めない男だな。
ザルのくせに、こんな可愛らしいカクテルで満足だなんて。
「そのワイン」
タカヤの言葉でワインに視線を移した。
「君も飲まないか?」
「よろしいんですか?」
「ああ」
前もそうだったが、この男、気を配るのが得意なようだ。
それがワインだからとわかっての気配りかどうかはわからないけど。
少し小さめのワイングラスを取り出し注ぐ。
「ありがたく、いただきます」
軽く持ち上げお礼をする。
素早く振り混ぜて口に含んだ。
チリワインのミディアムボディ。おれの好きなカベルネ・ソーヴィニヨン。
お手軽なワインだけど、満足する深い味わいだ。
「いい顔するね」
「え」
ふいに微笑みかけられ動揺したが、ワインのせいにする。
「久しぶりにいただいたんですが、とてもおいしいですね」
「なら、俺も1杯もらおうかな」
アメリカンレモネードを一気に飲み干すと、タカヤは空のグラスを差し出した。
やっぱりタカヤには、アメリカンレモネードはレモネードだったようだ。
また新しいワイングラスを取り出し、軽く拭きあげワインを注ぐ。
「どうぞ」
「ありがとう」
毎回ちゃんとお礼をいうんだよな。
妙に感心してしまう。
陶器のプレートを取り出し、3種類のチーズを並べた。
「ゴーダ、コンテ、ミモレットです」
「うまそうだな」
タカヤはゴーダチーズを齧りワインを口に含んだ。
まろやかな口当たりに満足したようで、タカヤの目元が細くなった。
「ここは長いの?」
それは雇われ店員と思ってのことか、店自体のことかわからなかったから、両方を答えてみる。
「わたしは7年目ですが、店は父から数えると35年になります」
「そんなに長く……」
タカヤが後ろを振り返り、店内を眺める。
「こんないいバーがあるなんて、知らなかったよ」
「ありがとうございます」
タカヤの言葉に素直に喜んだ。
大げさだけど、父さんの遺志をちゃんと引き継げていると実感できた気がした。
「君も7年というと……」
年齢を聞かれてるのか? 隠すことでもないけど。
「去年30になりました」
「え? ごめん、もっと若いかと」
「よく言われます」
にっこり笑ってやる。
すべてにおいて経験豊富そうな相手にそう言われると、舐められた気がするのは器量の狭さかな。
「いや悪い。歳が近くて驚いたんだ」
「そうなんですか? 落ち着いてらっしゃるので10歳ほど上の方かと——」
間違いない。おれは器量が狭いな。
おれの言葉に今度こそ、タカヤが大笑いする。
「あ、失礼しました」
「いやいいよ。とても楽しい」
まだ肩を震わせるタカヤを見て、こんなところが経験の差なのかと思う。
胸ポケットからカードケースを取り出したタカヤが、一枚の名刺を差し出した。
「これからもよろしく、バーテンダーさん」
おれは慌ててレジに置いていたバーのショップカードを持ってきた。
「こちらこそ、お願いします」
最大の営業スマイルを向けた。
「本條理都……さん」
「あ。はい」
名刺の裏をみて名前を言われる。
フルネームで呼ばれることって病院以外ないから、なんか新鮮だな。
おれも渡された名刺を見る。
ごめん、英語だらけで読めないんだけど。
ディ……ディレクター?
とりあえず名前は漢字も書いてるから助かった。
「香ヶ崎貴也……さま、ですね」
「貴也でいいよ」
「それは……」
ちょっと、とつぶやいた。
無理だろ。
「ぜひ常連になっていただければ、いつか」
笑いながら伝えると、タカヤは口元を引き上げ俯いた。
「それは楽しみだ」
今日の恋人失格者相手に、ファーストネームとか。
ずっと言わないだろうけどな。
日課になった今日の恋人。
残念だが、今日はできそうにないな。
けれどそんな設定よりも、常連さんとの会話の方が気軽で逆に癒してくれる。
早い時間にひとり、ふたりと店を後にする。
「今日はクローズかな」
客がはけた店内で、軽く背伸びした。手元の時計を見ると12時にもなってない。
帰って観たかった映画でも観るか。
鼻歌が出る勢いでシンクを片付けた。
外のネオンを消そうとカウンターから出ようとした時、扉が開いた。
映画はお預けか……
頭に過ぎる言葉を噛みしめて笑顔をつくる。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは先日訪れたタカヤだった。
「いいかな?」
「どうぞ」
クローズにしようとしたことなど、おくびにも出さずカウンターの隅の席に案内した。
「こっちでいい?」
タカヤがおれの目の前の椅子を指さす。
「どうぞ」
にっこりと答えたが、うーん、目の前の席かぁ。
今日の恋人失格の男を目の前に座らせるとか、なんとも居心地が悪い。
まあ、仕方ない。
「なにになさいますか?」
タオルを渡しながら聞いてみる。
目が合い、さり気なく視線を外す。
「アメリカンレモネードを」
「……アメリカンレモネード?」
思わず聞き返してしまった。
素っ頓狂な声だった自覚はあるが、声を殺して笑うことはないだろ。
「ああ、お願いできるかな」
「かしこまりました」
気を取り直して、赤ワインのハーフボトルをカウンターに置いた。
フルボトルを開けてしまうと、さすがにもったいない。
ハーフボトルならひとりでも飲める量だ。
映画を観ながら飲むとするかな。
冷蔵庫からレモンを取り出しペティナイフで半分にする。
果汁を絞り、ブルゴーニュのワイングラスにいれた。
シロップと水を入れしっかりステアする。ゆっくり氷をいれて軽く混ぜて、ようやくワインの栓を抜いた。
混ざらないようにバースプーンに沿わせ注ぐ。
薄黄と深紅のコントラストが美しい。
「アメリカンレモネードです」
タカヤの前にすべらせた。
「ありがとう」
タカヤはグラスを捧げると空に乾杯をする。
軽く口をつけ「うまい」と呟いた。
「軽いカクテルですので物足りないのでは?」
「いや、十分満足だよ」
掴めない男だな。
ザルのくせに、こんな可愛らしいカクテルで満足だなんて。
「そのワイン」
タカヤの言葉でワインに視線を移した。
「君も飲まないか?」
「よろしいんですか?」
「ああ」
前もそうだったが、この男、気を配るのが得意なようだ。
それがワインだからとわかっての気配りかどうかはわからないけど。
少し小さめのワイングラスを取り出し注ぐ。
「ありがたく、いただきます」
軽く持ち上げお礼をする。
素早く振り混ぜて口に含んだ。
チリワインのミディアムボディ。おれの好きなカベルネ・ソーヴィニヨン。
お手軽なワインだけど、満足する深い味わいだ。
「いい顔するね」
「え」
ふいに微笑みかけられ動揺したが、ワインのせいにする。
「久しぶりにいただいたんですが、とてもおいしいですね」
「なら、俺も1杯もらおうかな」
アメリカンレモネードを一気に飲み干すと、タカヤは空のグラスを差し出した。
やっぱりタカヤには、アメリカンレモネードはレモネードだったようだ。
また新しいワイングラスを取り出し、軽く拭きあげワインを注ぐ。
「どうぞ」
「ありがとう」
毎回ちゃんとお礼をいうんだよな。
妙に感心してしまう。
陶器のプレートを取り出し、3種類のチーズを並べた。
「ゴーダ、コンテ、ミモレットです」
「うまそうだな」
タカヤはゴーダチーズを齧りワインを口に含んだ。
まろやかな口当たりに満足したようで、タカヤの目元が細くなった。
「ここは長いの?」
それは雇われ店員と思ってのことか、店自体のことかわからなかったから、両方を答えてみる。
「わたしは7年目ですが、店は父から数えると35年になります」
「そんなに長く……」
タカヤが後ろを振り返り、店内を眺める。
「こんないいバーがあるなんて、知らなかったよ」
「ありがとうございます」
タカヤの言葉に素直に喜んだ。
大げさだけど、父さんの遺志をちゃんと引き継げていると実感できた気がした。
「君も7年というと……」
年齢を聞かれてるのか? 隠すことでもないけど。
「去年30になりました」
「え? ごめん、もっと若いかと」
「よく言われます」
にっこり笑ってやる。
すべてにおいて経験豊富そうな相手にそう言われると、舐められた気がするのは器量の狭さかな。
「いや悪い。歳が近くて驚いたんだ」
「そうなんですか? 落ち着いてらっしゃるので10歳ほど上の方かと——」
間違いない。おれは器量が狭いな。
おれの言葉に今度こそ、タカヤが大笑いする。
「あ、失礼しました」
「いやいいよ。とても楽しい」
まだ肩を震わせるタカヤを見て、こんなところが経験の差なのかと思う。
胸ポケットからカードケースを取り出したタカヤが、一枚の名刺を差し出した。
「これからもよろしく、バーテンダーさん」
おれは慌ててレジに置いていたバーのショップカードを持ってきた。
「こちらこそ、お願いします」
最大の営業スマイルを向けた。
「本條理都……さん」
「あ。はい」
名刺の裏をみて名前を言われる。
フルネームで呼ばれることって病院以外ないから、なんか新鮮だな。
おれも渡された名刺を見る。
ごめん、英語だらけで読めないんだけど。
ディ……ディレクター?
とりあえず名前は漢字も書いてるから助かった。
「香ヶ崎貴也……さま、ですね」
「貴也でいいよ」
「それは……」
ちょっと、とつぶやいた。
無理だろ。
「ぜひ常連になっていただければ、いつか」
笑いながら伝えると、タカヤは口元を引き上げ俯いた。
「それは楽しみだ」
今日の恋人失格者相手に、ファーストネームとか。
ずっと言わないだろうけどな。

