BAR Balalaikaー恋はあせらずー

 貴也からめずらしく電話がかかってきた。

「しばらく行けない」

 別に約束してる訳じゃないのに律儀だよね。
 でも……
 半月以上の顔を出さないとなると、ちょっと心配になったかもね。そう、ちょっと。
 プライベートの電話やLINEを知ってるわけじゃないから、貴也から連絡がないとそれっきりなんだな。
 貴也も店の電話しか知らないから、ここがなくなればもう貴也に会うこともできなくなるのかもしれない。

 るぅちゃんと話してから少し貴也について考えてみることにした。

 貴也の仕草や声を思い出すたび心が揺すぶられるのを、否定せずに受け止めてみた。
 雑念を取っ払って、ただ貴也だけを想って——
 
 もう認めるしかないってくらい満たされてしまう。
 ずっと『そうじゃない』って思い込もうとしてたんだ。
 すでに胸の奥にずっしりと貴也が座ってたのに。

 それなのに、あの電話以来貴也は訪れなかった。
 毎日、毎時間、扉が開くたび、その姿が現れるのを心待ちにしてしまってる。
 以前なら飛びついてた今日の恋人候補が現れても、なんにも思わなくなってる。よく、かぼちゃにしか見えるとか言うのを聞くけど、まさにそれ。
 指摘された接客も、改善されてると思うんだけど。

「理都——」
「いらっしゃいませ」

 うまく言えたかな。
 待っていた人が目の前にいる。
 破裂しそうなくらい脈打つ鼓動に、平静を保つのが難しすぎる。
 
「その笑顔はダメだよ」

 その意味がわからず頬に手を当てた。

「みんなが勘違いする」
「そんなことは——」
「無自覚?」
「……ではないと思っているんですが」

 久しぶりの貴也との会話に胸が踊る。
 なんてことない会話なのにな。

「今日はわたしから1杯プレゼントさせてもらえますか?」
「プレゼント?」

 貴也は目を見開いてその白い歯を覗かせた。

「理都からとか、初めてだね」

 おれはうなずくだけにして、ロックグラスに大きな氷を入れた。
 ウォッカとペルノー。
 シンプルで強烈なカクテル。

「お待たせしました。ウォッカアイスバーグです」
「ありがとう」

 貴也はグラスに手を添え、飲まずにおれを見上げた。

「意味、わかってる?」
「——はい」

 噛み締めるような微笑みに少し恥ずかしくなった。

「キザだって言ってなかったかな?」
「……言いましたね」

 やっぱり、ウォッカアイスバーグの意味を知ってるんだな。
 やってて恥ずかしいけど、それを言葉にするのは、まだおれにはハードルが高すぎるんだよ。
 キザと思われてもいいさ。

「それ前向きに受け取っていいかな?」
「——はい」

 ここから始めたいと願ってる。
 不安ではあるけど、たぶん貴也ならなにがあってもやっていけそうな気がするんだ。

 信じてみたいんだ、貴也を。

「では俺から理都にお返しをしよう」

 すごくベタだけど、貴也からのプレゼントだと思うと作る手が震えてしまう。

「お待たせしました。XYZです」
「理都に贈ったんだが?」

 カクテルグラスがふたつ。
 乳白色のお酒がなみなみとつがれている。

「一緒にいただきませんか?」

 最初で最後の本気の恋。
 貴也もこれが最後だと思ってくれるのか——
  
 貴也が目を細めて見つめる。
 いつもの色艶のある視線が居心地が悪いのに、それ以上に失いたくないって思うんだ。
 いつまでもおれだけ……を見ていてくれるって、信じるよ。

「乾杯」

 今、新しい扉が静かに開く——