BAR Balalaikaー恋はあせらずー

 今日は雨のせいかお客様が少ない。
 すでに日を越えようとしてるのに3人のみのご来店だ。
 まあ、そんな日もある。

 けど、ちょっと今厄介な感じになってて困ってんだよな。

「いいじゃん、教えてよ」
「電話ならそこに書いているので……」
「じゃなくてLINE。やってるでしょ?」

 さっきから2度目のご来店のお客様に絡まれてて、もう辟易してるところ。
 これ、おれも悪いんだけどな——
 先日、初めて来店されたとき、今日の恋人認定で合格したお客様だったんだ。
 おれはその日限定で、相手に悟られずにやってたつもりだったんだけど、どうも認識の相違があったようだ。
 簡単に言えば勘違いだよ。
 そう。貴也にも発動してしまったアレ。

 こうなると、おれ、ずっとうまくやれてなかったんじゃないかって、ちょっと反省してる。
 反省で済めばいいけど、危険なことやってたのかもと恐怖を感じてる。
 実際、今、まさに今、ギリギリのところで躱し続けてる。

「すみません。プライベートなことにはお答えできなくて……」
「プライベートにすればいいじゃん。あんたもその気があるんだろ?」

 舌なめずりするようにねっとりと見つめられる。
 やっば。気持ち悪。
 こいつを今日の恋人にしたの誰だよ。まったく。

 おれだよ。

 反省したところでもうどうすることもできない。

「お客様に寄り添った接客を心掛けておりますが、それが誤解を招くような態度でしたら、本当に申し訳ありません」
「なんだよ、それ。マニュアルでもあるの? そういえば俺が引くとでも思った?」

 くっそ……
 話が通じねぇ……
 他にお客様がいればどうにかなるのに、今日に限って誰もいないし。
 とりあえず、穏便に帰ってもらうしかないんだけど。

「そういわれましても、本当に誤解なので、お気持ちにお答えできないんです。ごめんなさい」
「じゃあさ。一晩だけでも付き合ってよ」

 食い下がるなぁ。
 こんな奴に限って、手に入れたら後は知らん顔か、モラハラ突入か、どっちかなんだよ。
 ロクな奴じゃない。
 丁寧に相手をすることもないかなぁ。

 でも、こいつに邪険な接客したら速攻SNSで拡散するんだろな。

「申し訳ございませんが、そろそろ閉店となりますので、今日のところはお引き取りいただけますか?」
「店終わり? ならこのあとアフターで付き合ってよ」
「——そんなサービスしてません」
「サービスじゃなくて、プライベートでだよ」

 めんどくさい!

「ではプライベートならば、わたしには恋人がおりますからここに呼んでも構いませんか?」
「……はぁ?」
「お客様と思って応対しておりましたが、プライベートならば、当事者の恋人も一緒にお話しましょう。どうです?」

 男はギロリとにらんで黙り込んだ。

 嘘なんだけどな。
 ここで引いてもらわなきゃ、ちょっと困る。

 おっと。迷いなく頭に浮かんだのは貴也だった。
 先日あれだけのことがあったんだ。仕方ないとは思うけど、でも今呼び出すって都合よすぎだしなぁ。

 そういえば貴也もおれの遊びを本気にしてしまったんだっけ?
 なんでかな。貴也だとここまで嫌悪しなかったのに、目の前の男は全身で拒絶してる。
 滲み出る人としての魅力ってのが、やっぱりあるんだろうな。
 おれにはもったいないくらいってわかる。
 そんな人が恋人になりたいって、贅沢だとは思うよ。
 だから、余計に躊躇してしまうんだ——

「呼べば?」

 おぉ。脳内が貴也だったから、目の前の男がいたのをすっかり忘れていた。

「呼ぶ?」
「俺がどんな奴か見てやるわ」

 おい。人の恋人を審査するとか、なに様なんだって。
 いや、それより……どうしよう…… 

 カラン……

 扉が開く。

「まだやってる?」

 ご近所のガールズバーのお姉さま3人組だ。
 助かった——!!
 最高の助っ人がやって来た。

「いらっしゃいませ、まだやってますよ」
「1杯だけいいかなぁ?」
「もちろん」

 おれは最上の笑顔でカウンターに案内した。

「あれ? 西田さん?」

 ひとりのお姉さまがウザ絡みの男に声をかけた。

「あ、るぅちゃん?」
「やだ西田さん、今日来てくれるって言ってたのに。待ってたのよ」
「ご、ごめん。用事があってさ」
「ここ、来てんじゃん」
「いや、たまたま……で……」

 おれはちらりと、口だけ男に目を向けた。
 一瞬目が合うとすぐに逸らされた。
 さあ。そろそろお帰りだな。

「マ、マスター、チェックを……」
「ありがとうございます」

 おれは深々とるぅちゃんに頭を下げた。