BAR Balalaikaー恋はあせらずー

 当然のようにおれの前に座っている男が、ずっと視線を絡ませてくる。

「仕事やりにくいです」
「意識してくれてうれしいよ」
「そういうことじゃなくて」

 貴也は楽しそうに目を細めた。
 貴也の本心を聞いてから、ずっとその挙動に惑わされている。

 勘違いとは思っていない——

 自信満々の貴也の言葉に気持ちが揺らぐ。
 気を引き締めて接客していても、明らかに敵意を感じる視線にまた意識が持っていかれる。

「ほんと、やめてください」
「雄として敵を遠ざけるのはごく自然なことだよ」

 まったく本能を隠さなくなった貴也は無敵になってしまった。

「貴也さん、こんばんは」

 あ……佐竹さん……

「お隣いいかしら?」
「ああ、すまない。恋人が嫉妬するのでご遠慮いただけますか?」

 思わずグラスを落としそうになる。
 ちらりと視線を投げた貴也が、またうれしそうに口元を上げた。

「え? 恋人?」

 絶句する佐竹さん。
 そりゃそうだわ。この前あれだけ親密そうにしていたんだから。
 そのときのことを思い出し、もやっとしてしまう。

 人たらしなところがあるのは知っているけど、勘違いさせるのもどうかと思うぞ。
 あ——それって、おれもか……

「恋人って誰のことだかわかってるだろ?」

 佐竹さんが離れたのを見て、貴也がささやいた。

「誰でしょうね」

 ふふっと笑われた。
 まだ、貴也の気持ちに追いつけてないのに、そんなこと言うなよ。

「でも、この前はおふたりで帰られてましたよね」
「ああ、そうだったな」

 ラフロイグのグラスに口をつけて、鋭い目つきで見据えてきた。

「気になる?」
「いえ、別に」
「あの後、朝まで一緒だったよ」
「え?」

 朝、まで?
 思わず、カウンターの隅にいる佐竹さんに目を向けた。
 ふたりが、朝まで? それって——

「その反応、勘違いじゃないって証明してるって気づいてる?」

 しばらく動けなかったことに気づいて、慌てて咳払いをしてみたけど、おれ騙された?

「嘘つきました?」
「悪い。試すようなことをした」
「冗談きつすぎます」

 おれの答えに目を丸くして、はぁ、っと貴也が深いため息をつく。

「ねえ。気づいてる?」
「なにがですか?」
「——理都には悪いが、嘘をついてよかったよ」
「よくないです」

 本当に嘘とかつくなよ。冗談にもほどがあるだろ。
 心臓に悪いんだって。

「ねえ、理都」

 今まで以上に色が滲んだ目を向けてきた。
 これからずっとこの丸出しの欲望を向けられ続けるのかな。
 受け入れるとどうなるんだろう。
 こんなわかりやすい熱情を向けられたことがないから、ちょっと怖い……
 
「冗談ではなく、俺は理都と朝を迎えたいと思ってるよ」
「お断りします」

 そんな返事は想定内だとでもいうように、余裕のある目で見つめられる。
 なんか悔しいんだけど。
 
「そうだな。その前に、自分の気持ちに正直になってもらわないといけないな」
「正直ですよ。いつでも」
「——そういうことにしておくよ」

 なんだ? その顔。
 まるですべてを見透かしたような落ち着きが、本当にムカつく。

「時間はたっぷりあるんだ。たくさん楽しませてもらうよ」

 ふざけるなよ。おれは貴也のおもちゃじゃないんだからな。

 ……けど
 
 貴也の執着が心地よく思ってるって、ちょっと気づいちゃったことは黙っておくよ。