最初、惹かれた理由なんてなかった。
視覚的な美しさや耳障りのいい声とか、五感が刺激されて……なんて、そんな軽いものではない。
本能的な、直感的な。
もう理由を見つける間もなく、俺は一瞬で理都に惹かれた。
たぶんそれだけなら、今までの恋人たちとな同じだったかもしれない。
欲を満足させるだけなら、別に誰でもいい。
どうせ、俺のステータスに目が眩んで近づいてくる奴ばかりだ。
俺がなにを考え、なにを望んでいるか……
そもそも俺がどういう人間か、誰も気に止めてはないのだから。
俺というモノは二の次なんだ。
だが、理都は違った。
初めて会った日。
その洗練された振る舞いに興味を持った。
しかし、続く試すような仕草や声色に、こいつもか、と嘆息した。
まあ、それでもいい。
それまでのガツガツした恋人たちとは毛色の違うタイプの彼のと時間を楽しむのも一興だ。
そう思った矢先。
笑顔の中に胡乱な陰りをその目に見た。
にわかに距離を置こうとする態度や言葉に、初めて人に対して違和感を覚えた。
そのくせ、するどく俺の核心に触れ、それが当然のように振る舞う。
それはバーテンダーという仕事柄なのか?
それでも俺を見透かすような男がいることが刺激的だった。
本気で手に入れたいと思った。
今までの経験から、簡単に俺のもとにきてくれると疑わなかった。
それなのに、近づいても近づいても、理都はするりとすり抜けていく。
またそれが、俺を刺激した。
駆け引きなんてことを俺にさせるなんて、ますます理都が頭から離れない。
あからさまな口説きなんてやるもんじゃない。
わかってるが、そうしなければ理都はずっと俺を躱し続けるんだろう。
手ごたえはあった。それは間違いない。
他の客との甘い会話をよくしていた。
楽しんでいても、理都はその薄く強固な壁を越えようとはしなかった。
遊びを楽しんでいる。
たぶん気づいているのは俺だけだ。
それが『接客』とわかっていても嫉妬で気が狂いそうなほど完璧だった。
けれど、俺に対しては違っていた。
まったくと言っていいほど、甘く蕩ける対応はされたことが無い。塩対応というやつだ。
その中で、理都は誰にも向けたことのない表情を薄らと浮かべる。
それが恥じらいなのか、切なさなのか……
ただ、俺しか知らない理都だ。
それに理都は気づいてないようだが、本心を隠すとき営業スマイルで乗り切ろうとする。
隠したい感情がそこにあるということだ。
俺に知られたくない感情が……
ようやく理都に手が届く。
そう確信したのに……
今日の理都は自然に俺に笑いかけ、そして魅惑的な笑顔を別の男に投げかけた。
もう俺に本心を隠す必要がなくなったのか?
理都が俺を気にしてくれている——
そう思っていた俺は、ただ勘違いしていたというのか?
店を出てタクシーを拾い乗り込む。
このままでいいのか?
勘違い? 本当に勘違いか?
あの恥じらいも、動揺を隠す笑顔も、勘違いだなんて冗談だろ?
なぜか、取り返しのつかないことになりそうだと胸がざわつく。
タクシーを断り、俺は踵を返した。

