サマー・エンド・プロトコル ― 幼馴染との最後の夏、僕らは秘密を共有した

中学三年の夏。

県大会のメンバーを決めるセレクションが行われた。
俺たちの所属するサッカークラブにも、大会出場のチャンスが巡ってきたのだ。
監督はポジションごとに一対一をさせたり、何度もチームを組み替えた試合をしながら、一人ひとりをじっくり見極めていった。

監督の目に留まるように。
少しでも、チャンスを得られるように。

俺たちはとにかく勝つこと、見せ場を作ることに必死で、試合に臨んでいた。

この時、奇しくも俺も彼方も同じポジション────ミッドフィルダーのサイドハーフ────をお互い狙ってた。

「次の試合のメンバーは、この試合で決める」

何度か練習試合をした後に監督は宣言した。
途端に空気が張り詰める。
この時の練習試合のメンバーは皆スタメン候補ばかり。
彼方は、敵チームだった。

(絶対、負けられない)

俺はギュッと拳を握った。

最近の彼方は、身長もぐんと伸びた。
勉強でも俺を追い越して、周りから一目置かれる存在になっている。

だからこそ、サッカーでは負けたくなかった。
俺はドリブルが得意で、上手く敵を欺いてパスを繋ぐのに定評があった。
だからこそミッドフィルダー(中盤の要)は未那都が安定。
そんなチーム内の評価を得ていたのだ。

思わず敵チームの彼方を見つめる。
彼方はいつもの涼しげな視線で、俺の方を見つめ返していた。

「────試合開始!」

監督のホイッスルとともに試合が始まった。
ボールが投げられ、フォワードが前線へとボールをつなぐ。

「右走れ!」
「こっちだ!」

メンバー皆、スタメンがかかっているから血眼だ。

それにはまず、勝利を。

それがわかっているから、とにかく皆ボールキープしたがった。

「任せた、未那都!」
「おう!」

勢いよく味方から受け取ったボール。
それを前線に走っていた味方フォワードにロングパスして──── 通った!

そう思った直前。
視界の先に、彼方が現れた。

「………え」

その瞬間、嫌な予感がした。
変な声が出て、冷や汗が出る。

必死で俺も走った。
それでも彼方がそのまま一人で、ガラ空きだった左エリアを三人抜きしてゴールまで決めるのを──── 止められなかった。

やがてゴールネットが大きく揺れ、歓声が弾ける。
ホイッスルが鳴った。

「よっしゃあ!」
「榊、やっぱりスゲー!」
「クソがッ」
「なんだよあの俊足…」

敵、味方の様々な声が入り混じる中。
俺も、これからどうすればいいか必死で考えていた。

(彼方は、俺があそこでロングパスを出すのをわかってた。…分かっててあそこに走り込んでた。あの目は、わかってた目だった…)

あの、ボールを奪った時。
その目はこちらを捉えていた。

その目を見た時、俺は瞬間的にわかってしまっていた。

俺は彼方には敵わない、って。

*******

「試合終了!結果は後日伝える。今日は解散!」
「「「ハイ!!!」」」

どうせ俺は無理だろう。
そう、落胆した気持ちで着替えて、サッカーコートを後にしようとした。
その帰り道。

「…未那都!」
「彼方」

後ろから彼方に声をかけられる。
…一番会いたくない奴に会いたくないタイミングで会っちまった。
そんな鬱鬱とした気持ちで、横に並ぶ彼方を恨めしげに見た。
俺はそれでも「悔しい」なんて顔を絶対に見せないように。
目一杯の作り笑いを顔に貼り付けた。

それは俺の、なけなしのプライドだった。

「今日お前絶好調だったじゃん。
俺のパス読んでさ、流石だよな。
次の試合もメンバー、お前に決まりだなってうちのチームでも話してたよ」

「あの…それなんだけど」

矢継ぎ早に話す俺に、彼方は珍しく言葉を選ぶように視線を落とした。
そして意を決したように顔を上げる。

「次の試合、辞退しようかと思ってる」

「……は?」

一瞬、意味がわからなくてポカンと彼方を見た。
彼方は俯いてぽつぽつと話し始めた。

「今日の活躍、監督にも褒められてさ…フォワードに抜擢したいって言われたんだ。
でも、アレは今までずっと一緒にやってきた未那都の思考パターンがわかったから成し遂げられただけ。
監督に聞いたら、未那都はスタメンじゃないって言われたから…それじゃ意味ないなって」

「なんだよ、それ…」

呆然と呟く俺を他所に、彼方は熱意を込めて話し続けた。

「未那都がいるから、サッカーも楽しくて、頑張れるんだって最近気付いたのもあってさ。
監督には考えさせてください、って言ったけど…俺は辞退するつもり。
もしそうなったらさ。
未那都がポジション、入れるかもしれないし」

そう言って小さく笑う彼方に。
俺のプライドは粉々に崩れた。
その瞬間、俺の口からは言葉が出ていた。

「──── いいよ。俺、サッカー辞めるから」

「え?」

今度は彼方がポカンとする番だった。
俺は作り笑顔を貼り付けたまま、言葉を続けた。

「向いてない、ってさ。
今日の試合で思い知った。
それに、高校に入ったら勉強も頑張りたいと思ってたし。
ちょうどいいタイミングかなって。
だから、辞める」

そんな俺に彼方は一歩、こちらに近づき訝しげな顔で言い募った。

「未那都…今までそんな話、してなかっただろ。
この前まで、大会に出るために頑張りたいって…なのに、そんな」

「だから今日わかったって言ってんだろ!!!」

急に出した俺のデカい声に彼方はビクッと肩を振るわせた。
ショックを受けたような顔。
それに一抹の哀れみもなく、俺は言い放つ。

「…試合、辞退なんか絶対すんな。
それなら俺、もうお前と口聞かねえから」

そして彼方が何か言う前に、俺は彼方に背を向けていた。そして何も言わずに家に帰った。

こうして俺は、サッカーをやめた。

*******

信哉さんと〝あの事〟があった日。
あの後普通に帰ったけど、次の日、俺は父さん母さんに「二泊三日で友達の家に行くことになった」と言った。
あっさり許可は出た。
そして俺は信哉さんの家にほぼ三日入り浸った。
ゲームは隣で攻略してたから、かなり進んだ。

けれど、それ以外の時間は本当に爛れた生活をしていた。
初めて知る体温や距離に戸惑いながらも、求められるたびに俺は応えてしまって。
最初は違和感があったけど、この三日ですっかり俺の身体は書き換えられてしまっていた。

「…ねえ、本当に今日帰っちゃうの?」

ワンルームの部屋。
肌を重ね合わせたベッドの上で、名残惜しそうに信哉さんは言った。
俺はどこかボーッとした頭で、それでもしっかり答える。

「…はい。親にもそう言ってますし、帰らなきゃ」
「…わかった。残念だけど、またすぐ会えるよね。
…家のあたりまで送るよ」

そう言って、信哉さんは車で家の前まで俺を送ってくれた。

「またね」

信哉さんはそう言って、最後に俺にキスした。
ブロロ、とエンジンを鳴らしながら遠ざかる車を見ながら、ぼんやり考える。
───どちらからも『付き合おう』とか、そういう話は出なかった。
なぜかはわからない。
でもそれは俺もどこか他人事というか───残念だとか、やっぱり付き合いたいとか、そういう気持ちも湧いてこないのが不思議だった。
あんなにドキドキして、求め合って、欲をぶつけ合ったのに。
薄膜のような壁、とでもいうのだろうか。
俺たちの間には、どこか越せない境界線が確かにあった。

でもそれを寂しいとも思わないのもまた、不思議だった。

***

次の日。朝、彼方からラインが来ていた。

『陸上部の合宿終わったから、また宿題しよう』
『どうせやってないだろ』
『少し話したいこともあるし』

(…話したいこと?)

最後の一言に引っ掛かりを覚えながらも俺は『わかった』と返信をしてから身支度をして、彼方の家に向かった。
晴天の空の下、池の鯉達が涼しげに泳いでいるのを横目に庭を通る。
家の門をくぐり、玄関を開けるといつも通り開いていた。

勝手知ったる我が家のように靴を脱いで、声を掛ける。

「お邪魔しまーす」

上から、うん、と声がしたから、いつも通り急な階段を上がり彼方の部屋に入った。
冷房がガンガンに効いて、炎天下の外と反して寒いくらいだった。
俺は宿題が入ったカバンを置いて彼方に話しかける。

「うわ、涼し〜。なあ、陸上部の合宿ってどうだった?蒜山(ひるぜん)ってやっぱ涼しかった?」

「…まあ、うん」

「?」

どこか上の空の返事に違和感を感じて顔を上げると、こちらをじっと見る彼方と目が合う。
何も悪い事をしたわけじゃない。
なのに見透かされているようにドキリと胸が速くなった。
不意に彼方が立ちあがって、俺が中途半端に閉め切らなかったドアを閉めた。
バタン、という音にも緊張が走る。

彼方は先ほどとは違い、俺の隣に座った。

「…何?」

いつもと違う雰囲気に、おそるおそる声を出すと、彼方は話し始めた。

「…昨日、帰ってきた時にさ。
未那都んちにお土産持ってったら、おばさんに『遊びに行ってたお友達って彼方君じゃなかったのね』って。
『未那都ならここ三日、お友達のうちに遊びに行くって言って今日戻ってくるのよ』って言われたんだよ。
それで…夕方、うちの前に見慣れない車通ったからさ。
未那都んちまで走って見に行ったら、そこで…」

「……」

彼方は言葉を切って黙り込む。
俺は彼方に何を見られたのか見当がついた。

部屋は、冷房のゴウゴウという音と、蝉の音だけが遠く響いている。

彼方は暫く沈黙していたが、不意に顔を上げて怖い目でこちらを見た。

「アレ、ゲームで知り合った大学生だろ?
なんでリアルで会ったりしてんだよ。
俺気をつけろって言ったよな?」
「そ…それは…っ、でも、危険なこととかは、してないし…」
「じゃあどんなことしたんだよ?
キスしてただろ⁉」

大きい声にビクッと身体を震わせる。
彼方が怒ってる。
そんな姿を見るのが初めての俺は、なんだか目の前の彼方を信じられない思いで見つめる。

彼方は落ち着かない様子で視線を彷徨わせた。

「…ごめん。
でも、おばさんの話だとここ数日、未那都アイツといたんだろ?
しかも車でさ、帰り際にあんなことするなんて…未成年淫行ってやつだろ」

「え?未成年、いんこう?」

聞き慣れない単語に俺はロボットのように聞き返す。
それに彼方は、いつもみたいに俺に説明しはじめた。

どこか怖い顔で。

「大人がさ、俺たちみたいな未成年にキスしたり…そういうことするのは犯罪なんだよ。
判断できない相手を、都合よく扱うのを止めるために。だからあれは立派な犯罪だよ」

「え…それ、だったら、どうなんの…?」

部屋は寒いくらいなのに、俺は変な汗をかき始めていた。

「警察に言えば、あいつは捕まるだろうな。
ニュースでもあるだろ。
教師が生徒に手出して、逮捕されたってやつ」
「……」

言葉を失う。
逮捕。
そんなことになったら家にも警察が行くし、信哉さんは大学生活をまともに送れなくなってしまう。
俺のせいで。
───まずい。
事態が大ごとになる前に、止めなきゃ。

俺はそんな心境になっていた。

「彼方…その、あれは俺も、悪かったっていうか…その…だから…」
「……」

彼方は黙ってた。

逮捕なんてことになったら。
多分俺の家にも警察が来る。
話を聞かれる。
父さん母さんにも迷惑がかかるかも。

そんな最悪の想像までしてしまって、俺はもう泣きそうになりながら、彼方の腕に縋り付いた。

「あの…っ、黙ってて、ほしい…。大ごとにしないで…俺、なんでもするから…っ」

「あのさ」

彼方の冷たい声にハッと顔を上げる。
その顔は怖いくらいに整っていて、無表情で。
何を考えてるかわからなかった。

「…合意とか合意じゃないとか関係ないんだけど。
あれ…未那都も顔、大人しく寄せてたように見えた。
嫌じゃなかった、合意だった…って事だよな」
「え…」

次の瞬間。
彼方の表情が崩れた。

「前に、俺がしようとしたら…避けたのに」
「…っ」

その言葉で、俺は理解した。

あの時───彼方はなんでもないように振る舞って、俺たちはいつもの友達に戻ったけど。
それに俺は、ほっとしてたけど。
───彼方は傷付いてたんだってことに。

俺は何も言えずに、ただ黙っていた。

だが次の瞬間。
彼方は泣きそうな顔を一変して、先ほどの冷たい目でこちらを見た。

「…なんでもするって、さっき言ったよな」
「え…うん」

その雰囲気に気圧されながら俺は頷いた。

「じゃあアイツとした事、全部俺にしてよ」
「…え?」

言葉の意味がよく飲みこみきれない俺に、彼方は嘲るように言葉を吐いた。

「もしかして、もうアイツと付き合ってるから出来ない?」
「いや、それは…付き合って、ないけど…」

一瞬、彼方の顔に複雑な色が浮かんだ。
でもそれはすぐに消え、彼方は真っ直ぐに俺を見つめた。

「じゃあ、できるだろ?」
「……」

俺は黙った。
彼方の顔を見る。

その顔はギリギリのところで均衡を保っているような、何かを堪えるような顔だった。
何故か、胸がギュッと締め付けられるような気持ちになる。

でも、俺には後がない。

意を決して、瞳を閉じて彼方に顔を寄せる。
───初めて触れた彼方の唇は、薄くて少し冷たかった。
すぐ離れる。
目を開けると、同じくこちらを見つめる目と目が合った。
その強さに、思わず目を逸らして俯く。

だが次の瞬間。
強引に引き寄せられ、唇を強く塞がれた。

「…ッ」

逃げ場を奪うみたいに、強く押し付けられる唇。
舌で乱暴にこじ開けられ、そのまま深く吸われる。
驚きに身体が強張るのに、彼方の腕はさらにきつく背を引き寄せてきた。

「っ…」

離れようとした瞬間、追いかけるように唇が重なる。
角度を変えながら何度も繰り返されるそれは、まるで貪るようだった。
不意に唇が離れたかと思うと───彼方は俺の顔を見て、もう一度ゆっくりと唇を寄せた。
さっきまでとは違って、今度は優しく唇が落ちる。

優しく喰むようなそれに、俺はそっと唇に舌を差し込んだ。

「…ッ」

途端に彼方が驚いたように唇を離す。
そして堪えるような顔をして、言った。

「こんな事まで、してたの?」
「…」

それに何も答えられずにいると、彼方は顔を歪ませて、また奪うように唇を落とした。

結局この日。
俺たちは宿題もせずに夕方俺がうちに帰るまで、行為に耽っていたのだった。

***

その次の日も、俺はゲームにログインした。

正直信哉さんとは顔を合わせづらかった。
でも信哉さんはいつものように声を掛けてきて、ラインの返信を俺がしてないことに一切触れずに、ゲーム攻略の話をしてくれたからありがたかった。

「今日はいよいよ第四層か〜。
このまま最上階まで行けたらいいね」
「そうですね…」
「結構カード揃ってきたから、勝負かけるのもありだけど…」

そんな話をしていたら目の前から二人ペアが現れた。───まずい!

「…っ、未那都くん!」
「はい!」

戦闘パートでは先手必勝。
これまでのバトルでそれは痛いほど身に染みていた。
攻撃されるか〝ガード〟で護るか。
それをどちらが先に仕掛けるかが勝負だから。
バトルフィールドが展開される。
相手を見て俺はまさか、と思った。

(…彼方⁉)

黒の外套と、同じく漆黒の銃。
その出立ちは、彼方のアバターだった。驚く間もなくカードを使われる。
彼方の手からカードが浮かび上がり、光が弾け───次の瞬間、俺は目を疑った。
隣の信哉さんがいなくなっていたから。

事態を飲み込む前に、画面に表示が浮かび上がる。

《〝リンクブレイク〟カードの効果により、ペア状態が解除されました》
《LOSE》

敗北の表示とともにブラックアウト。
俺は一つ下の第三層に戻っていた。

(まさかリンクブレイク使われるとか…)

意地悪なカードだとは思ってた。
でもまさかここで使われるとは───しかも彼方に。

(これからペアとか見つかるかな…ペア相手と仲違いした人とか探すしかないか)

そんな風に考えて途方に暮れていると、目の前にシュン、と人影が現れた。彼方だった。

「え…彼方?」
「…あそこから負けて転送されるならここかと思って。リコールのカードでここまで来た」

リコール。
一度通った場所なら行けるレアカード。
あまり使うことないだろ、って思ってたけど。

「いや、こんなことに使うなよ…」

思わず心の声が出てしまう。
それに彼方は小さく笑った。

「まあね、便利なカードだから取っときたかったけどさ。…未那都とペア組みたくて。watawataさんとペア解消もしてきたし」
「…え?」

聞き捨てならないセリフに俺が間の抜けた声を出すと、当たり前みたいに顔を顰めながら彼方が言った。

「じゃないとアイツとまだ接点持つことになるだろ?…俺、嫌だし。
watawataさんにも『未那都がとんでもない奴とペア組んでるから、解消させたい』って頼み込んだら快く了承してくれたよ。
『第一フィールドで助けてもらった恩を返す時ですね!』って」
「いやいやいや…」

どこから突っ込んでいいかわからない言葉に思わず俺は後ずさるも、彼方は一歩、ずいっと俺の前に近づいた。

「…未那都。ペア無しのこのフィールド、詰むってわかってるだろ」

彼方が強い口調で言う。
俺はそれでも釈然としなかった。いつもの榊彼方の戦略には乗らない。
そう思って、俺は口を開いた。

「…あのさ。
ゲーム攻略とか、とんでもない奴とつるんで、とかさ。
全部正論っぽく彼方は言うけど。本当は全部…後づけみたいな気がするんだけど。どうなの?」
「……」
「彼方」
「…最初に言ったじゃん。嫌だって」

急かすように言うと、ポツリと彼方は言った。

「今日一日。俺がどんな思いでいたと思う?
あんなこと未那都としてたヤツと…一緒にしておけるわけ、ないだろ」
「……」
「だって俺…未那都のこと…」

泣きそうな声が溢れた後。
それきり、沈黙が落ちる。
俺は小さい時、彼方がシカトしてきたことを思い出した。
彼方がごめんと言って、なんに対してのごめん?って俺が聞いて、彼方は答えなかった。

その時に近い気分だった。俺は口を開いた。

「いいよ。ペア組むよ」
「……」

そう俺が言うも、彼方は釈然としない顔をしていた。

「俺も、お前がいいから」
「…えっ」

俺がそう言うと彼方は顔を上げ、こちらを見た。
その目は驚きに見開かれている。

「彼方はさ。色々背負いすぎだし、考えすぎなんだよ。
それなのに正論振り翳して人や物事を簡単に変えようとするし、手に入れたものをなんでもないみたいにあっさり俺に譲ろうとしたり…俺にとっちゃお前は訳わかんないヤツだよ、昔から」
「それは…」

彼方が口籠る。

「でもさ」

その先を遮るようにして、俺は殊更はっきり声を出した。

「お前が人一倍努力して、考えて、いつも自分の大事なものを守ろうとしてんのは最近分かってきたから。
だから俺はこのフィールド…お前とペアでクリアしたい」

「……!」

「よろしく、彼方」

そう言うと《ペア申請が来ました》と通知が来た。
《YES》を押す。
《ペアが成立しました:PAIR NUMBER 154》と来る。

「ありがと、未那都」

その声は嬉しそうで、心なしか震えてた。

「お前、頭良いしさ。
クリアするのもぶっちゃけ近道だと思う。
もう道筋考えてんだろ?」

茶化すようにそう言うと、彼方は得意げに言った。

「…勿論。
話していいけどさ、アイツのラインとか全部削除してよ。
連絡手段全部絶って」
「…はいはい」
「未那都」
「分かったよ、そうするから」

怖い声で言われて、俺は頷いた。
心苦しいが、仕方ない。
だけどどこか、心は出口を見つけたみたいに晴れやかだった。

そして俺たちは、足を止めることなく進んだ。
彼方は構造変化の規則を読み取っていた。
行き止まりがあれば、構造変化のタイミングで《ロック》を使って、袋小路を通れる道に変えていく。
主要な行き止まりポイントだけに《リバースキー》で通路を反転させ、最短ルートを作る。

さらに第三層で手に入れた《コアキー》で最深部へと一気に侵入し───そのまま走り抜けた。

俺としては成程、こうすれば最低限のカードでマップを攻略できるのかと驚くばかりだった。
かくして変化する迷宮をカードで上書きするように突破し、迷うことなく最深部へ辿り着いたのだった。

目の前の扉を開けると、静かな空間の中央に一枚のカードが浮かんでいた。
彼方が手を伸ばし《コアカード》を掴む。その瞬間、迷宮全体が低く軋み、崩壊を始めた。
目の前には微かな光が差し込んでいる。

「行くよ」

短い一言に頷いて、俺たちは同時に駆け出す。崩れかける通路を抜ける。

そして光に包まれた先で───パンパカパーン、と祝いのBGMとともにクラッカーが弾けた。

《SYSTEM MESSAGE : Congratulation!》
《CLEAR : KANATA.S / MINATO.S 》
《第二フィールド: SELECT CARD LABYRINTHの攻略を確認。

コアカード取得、および迷宮突破を記録しました。
次のフィールド解放までしばらくお待ちください。》

***

そして、画面は暗転した。俺はゆっくりヘッドセットを外す。

ホッと息を吐く。
どっと疲れていた。
まるで本当に迷宮に迷い込んだような気分の二週間だった。

───ふと考える。
なんで、俺は素直に彼方を受け入れられないんだろう。
なんで、回り道をする必要があるんだろう。

───でもそれは、本当は全部分かっていた。
それは多分。

〝あの夏〟の彼方が、頭にいるからなんだろう。