サマー・エンド・プロトコル ― 幼馴染との最後の夏、僕らは秘密を共有した

彼方の家はあまり家族仲が良くなさそう、っていうのに気付いたのは、小学校高学年のときだ。

「未那都んちはいいよな、家族仲よくてさ。うち、いつも喧嘩ばっか」

彼方は未だに岡山弁に馴染めない俺のためか、俺と話すときは標準語で話すことが多くなっていた。
小学校に上がってからはたまに違うクラスにもなったけど、地元のサッカーチームに所属した俺たちは、いつも練習終わりに一緒に帰っていた。
長く話したい時は、神社に寄って階段に座って話し込んだりもした。
これは小学5年に上がった夏の夕暮れ時、茜色の空の下。
ひぐらしが鳴いていたのを覚えている。

「昨日もさ、俺が布団に入った後にオレ以外の三人でずっと喧嘩してんの。じいちゃんと、父さんと母さん」

彼方は、いつもと同じ調子でそう言った。
愚痴というより、今日の練習きつかったな、くらいの温度で。

「じいちゃんがさ、また怒鳴ってて。
戦争終わって帰ってきて、ワシがどれだけこの土地を立て直した思うとるんじゃ、とか、庄屋の縁も全部繋ぎ直してやったのに、お前はそれを潰す気か、とか。
榊の名前に泥を塗るな、って。
鉄も車も、この町はワシが動かしてきたんじゃって」

「……」

出てくる単語はところどころわからなかった。
それでも重苦しい雰囲気は伝わってきて、俺は何も返せなかった。
彼方は石段の上で、膝を抱えたまま地面の小石をつまんで投げる。
言い方だけ聞けば、どこか芝居みたいだった。

「父さんはさ、最初は黙って聞いてるんだけど、だんだんキレてきて」

彼方は、少しだけ笑った。

「父さんが、今は時代が違うんじゃ、そのやり方じゃもう通用せんって。
受注も減っとるし、このままじゃ持たん、って言い返して。
そしたらじいちゃんが、じゃけぇお前は甘いんじゃってまた怒鳴ってさ。
ワシの頃は何もなくても這い上がったんじゃ、お前は最初から全部あるくせに、何を怖がっとる!って」

論点がズレてるだろ、と思う。
でも子どもが口を挟めるような空気でもないのは、なんとなく分かった。

「で、母さんがさ、間に入るんだけど。
余所者のお前は黙っとれって、じいちゃんに言われて。
父さんもお前は口出すなって言うし。
結局母さんが一番損してるんだよな」

そう言って、彼方はまた小石を投げた。
今度は少し強く。
カラン、と乾いた音がして、石段の下に転がっていく。

「俺、寝ようとしても普通に聞こえてくるじゃん?
壁薄いし。
ていうか声デカいし。
だからさ、イヤホンしてゲームしてんだけど、それでも聞こえてくるんだよな」

ふっと、彼方は笑う。

「マジでうるせーの」

俺は、自分が言われたわけじゃないのに、まるで自分がその光景を見て、聞いたかのように胸がぎゅっとなった。
それでも横にいる彼方に、なんて言えばいいのか分からなかった。

「…そっか」

やっと出てきた言葉は、それだけだった。
彼方は「うん」とだけ答えて、また前を向く。
茜色だった空は、いつの間にか少しずつ暗くなっている。
ひぐらしの声も、どこか遠くに引いていくみたいに弱くなっていた。
その横顔は前と変わらないはずなのに、なぜかやけに大人びて見えた。

彼方が急に遠く感じて、俺は無性に寂しかった。

その一年後。
榊のお爺さんは亡くなった。
肺炎をこじらせてそのまま逝去したらしい。

その葬式は、池谷口のほとんどが来たんじゃないかってぐらい盛大なものだった。
町一番に大きい葬儀会館は黒ずくめの人で溢れた。

まるで町全体が喪に服し、一つの時代の終わりを告げているようだった。

俺と父さんと、母さんも出席した。
受付のところに小さく立っている彼方と、彼方のお父さんとお母さんを見た。

三人とも疲れてやつれて見えたけど、どこかほっとしたような顔に見えたのは、気のせいじゃなかったと思う。

***

今日は7月28日。
第一フィールドを終えてから、第二フィールド開始の8月まではまだ3日ぐらいあった。
俺たちはそれまでに夏休みの宿題さっさとやろうと、彼方の家に二人でいた。
田舎は蝉がとにかくうるさい。
そんな夏のBGMを背に、冷房をガンガンに掛けた部屋で俺たちは宿題を広げていた。

「…多くね?」

思わず声に出すと、向かいでノートを広げていた彼方が顔も上げずに答えた。

「多いな。まあでも毎年こんなもんだろ」

淡々とした声。
シャーペンを走らせる音だけが、エアコンの低い唸りに混じって響く。
俺はため息をついて、プリントの束をぱらぱらとめくった。

「英語のワーク一冊丸々に、古文の書き写し、現代文の感想文に……数学は問題集一周? ふざけてんのか」
「自由研究もあるぞ」
「それ小学生のやつだろ⁉」

思わずツッコむと、彼方がくすっと小さく笑った。

「理科のレポート。テーマ自由ってやつ」
「ああ…あれか…」

一気に現実感が増して、俺は机に突っ伏す。

「マジでだる…。
なんで夏休みなのに勉強しなきゃいけないんだよ」
「やらないと後で死ぬから」
「もう既に死にそうなんだけど」

ぼやく俺を横目に、彼方は変わらず淡々と手を動かしている。
英語の長文にさらさらと書き込みながら、まるで雑音みたいに俺の文句を聞き流していた。

「てかお前、早くない?」
「普通」
「いや普通じゃないだろ。まだ一日目だぞ?」
「三日で終わらせるって言ったのお前だろ」

ぐ、と言葉に詰まる。
確かに言った。
言ったけど。

「…いやでもさ、もうちょいこう、休憩とか挟まない?」
「さっきアイス食っただろ」
「それはノーカンだろ」

言い返すと、彼方がようやく顔を上げた。
窓の外の強い光を背にして、その目が少しだけ細められる。

「じゃあ何。ゲームやる?」
「……」

一瞬、言葉に詰まる。
頭に、あのフィールドの光景がちらついた。

「…いや、いい」

思ったよりも、はっきりした声が出た。
彼方が一瞬だけこちらを見る。

「今日はやめとく」
「…そう」

それだけ言って、彼方はまた視線をノートに落とした。
蝉の声が、一層大きくなる。
俺はペンを握り直して、ぐしゃぐしゃになりかけていたプリントに視線を戻した。
少しの沈黙。
シャーペンの音だけが続く中で、不意に彼方が口を開いた。

「なあ」
「ん?」
「大学、どうする?」

一瞬、何の話か分からなかった。

「…は?」
「進路」

淡々とした声。
俺は手に持っていたペンをくるくると回す。

「どうするって…まだ高二だぞ」
「もう考えてるやつは考えてるよ」
「うわ、真面目かよ」

軽く笑って誤魔化そうとする。
でも彼方は笑わなかった。

「で?」
「……」

少しだけ、間が空く。
窓の外で、蝉がけたたましく鳴いている。

「…分かんね」

正直にそう言うと、彼方はあっさり頷いた。

「ふぅん。俺も」

その一言がやけにあっさりしていて、思わず顔を上げる。

「え、お前もかよ。なんかもう決めてんのかと思ってた」
「別に」
「成績いいやつの〝別に〟は信用できないんだよ」

ジト目で睨むと、彼方は少しだけ口元を緩めた。

「未那都は決めてんの?」
「だから分かんねって。なんとなく大学行くんだろうな、くらい」
「ふーん」

興味なさそうな返事。
でもそのくせ、彼方はペンを止めていた。

「…まあ、まだいいんじゃない」

そう言って、またノートに視線を落とす。

「だな」

俺も適当に返して、プリントに目を戻した。

先のことなんて、何も分からない。

3日後に始まるフィールドの方が、よっぽど現実的に思えた。

***

8月1日。

俺は少し焦ってた。
サマー・エンド・プロトコルにログインしたら、第一フィールド終了時点の順位が発表されていたから。

32位 KANATA.S Lv.81

87位 MINATO.S Lv.31

最上階で女王を助けなかった事がこんなに差になるなんて。
それに彼方の場合、決闘をしてカズマからレベルを引き継いでるのも大きい。
しかも、戦闘でも俺より経験値を稼いでる。
選択に後悔はないが、またこうして差ができた事に地味に気分が沈む。

(また負けんのかな)

───嫌だ。
絶対に勝ちたい。
そんな気持ちが湧いてくる。
この夏こそは、彼方の上に立つ。
そう気持ちを新たに、俺は《チュートリアル》を開いた。

《TUTORIAL:SELECT CARD LABYRINTH》
ようこそ、第二フィールド《セレクト・カード・ラビリンス》へ。本フィールドは、構造が変化する迷宮型エリアです。

《LABYRINTH : 迷宮構造について》
迷宮は第五層まであり、一定時間ごとに構造が変化します。
通路の接続や配置は固定されておらず、進行中にも変動が発生します。
ただし、変化には一定の規則性が存在します。
また、一部の変化はカードの使用によって固定、または強制的に変更することが可能です。

《BLESSING AND CURSE : 祝福と呪縛》
プレイヤーは第一フィールドで選択した〝祝福〟又は〝呪縛〟特性を引き継ぎます。

【祝福プレイヤー】
周囲のマップ情報を可視化することができます。
この可視化範囲は、カード効果により拡大・縮小します。
ただし、祝福単独でカードの種類を見分ける事および使用はできません。
そのため、祝福単独では戦闘およびフィールドへの直接干渉能力は大きく制限されます。

【呪縛プレイヤー】
カードを使用した戦闘、罠設置、フィールド干渉が可能です。
対モンスター戦闘および対人戦において高い適性を持ちます。
ただし、マップ情報を取得することはできません。
そのため呪縛単単独では、位置把握およびルート選択は困難となります。

※重要:進行制限について
本フィールドに存在する多くのギミックは、〝マップ情報〟と〝カード操作〟の同時使用を前提として設計されています。そのため、
・祝福プレイヤー単独では戦闘が成立せず
・呪縛プレイヤー単独では進行ルートの把握が困難となります

結果として、単独での攻略は極めて困難です。

《PAIR SYSTEM : ペアシステムについて》
そのため本フィールドでは、プレイヤー同士で〝ペア〟を組むことが可能です。
ペア成立後は、祝福と呪縛の能力を完全に共有することができます。
これにより、マップの可視化とカードによる干渉の両立が可能となります。
※ペアはどちらからでも自由に解消するとこができます。

《CARD SYSTEM:カードシステムについて》
本フィールドには、全12種類のカードが存在します。カードは探索、モンスター討伐、対人戦によって入手・使用が可能です。また、入手難易度が低い順にC(コモン)、R(レア)、SR(スーパーレア)に分けられます。カードは以下の二種類に分類されます。

・フィールドカード(迷宮構造・情報への干渉)
・バトルカード(戦闘・対人干渉)

【フィールドカード(迷宮干渉)】
迷宮の構造、ルート、マップ情報に影響を与えるカードです。
探索の効率を高める一方で、使用時に位置露見や構造変化などのリスクが発生します。

■フィールドカード(迷宮干渉)
《コモン(C)/オープンキー》
扉属性の壁を解錠する。
《コモン(C)/マッピング》
一定時間、広範囲のマップを可視化する。
《レア(R)/リンクキー》
可視できる二地点間に通路を生成する。生成された通路は他プレイヤーも利用可能。
《レア(R)/リバースキー》
行き止まりの地点を起点に、壁と通路の配置を入れ替え、新たなルートを生成する。発動後の迷宮構造は固定され、再変更はできない。
《レア(R)/ロック》
迷宮構造の変化を一定時間停止する。
《レア(R)/イジェクト》
対象を外壁の指定地点へ転送する。
《レア(R)/リコール》
通ったことのある場所であれば、マップを展開した上で任意の一地点へ瞬時に移動できる。ただし、移動先は自分が実際に到達・認識済みの地点に限られる。
《スーパーレア(SR)/コアキー》
迷宮構造を無視し、一階層を飛ばしたゴールへと近い地点への転送を可能にする特殊キー。

■バトルカード(戦闘干渉)
《コモン(C)/ブレイク》
防御を無視した攻撃を行う。
《コモン(C)/ガード》
使用後、三ターンはカードの効果及びダメージを無効化する。
※ブレイクとガードが同時使用された場合、使用が早かった方が優先となります。
《レア(R)/スティール》
対象からカードを一枚奪取する。
《スーパーレア(SR)/リンクブレイク》
相手ペア間の能力共有を解除し、使用者任意のペア片方を、迷宮の別の場所へと転送する。

■初期配布カード
チュートリアル開始時、以下の四枚のカードが配布されます。
《コモン(C)/オープンキー》《コモン(C)/マッピング》《コモン(C)/ブレイク》《コモン(C)/ガード》

《BATTLE SYSTEM:対人戦について》
ペア同士で戦闘が発生した場合、勝敗により以下の効果が適用されます。

【勝利】
・ゴールに近い地点へ転送
・相手のカードを任意で一枚奪取
【敗北】
・ゴールから遠い地点へ転送
・カードを一枚ロスト

《GOAL:勝利条件》
最深部に存在する〝コアカード〟の取得。ペアでゴールした場合、二名ともクリア扱いとします。

協力するか、利用するか。
信じるか、切り捨てるか。

選択は、すべてプレイヤーに委ねられています。

***

(カードバトル要素のある迷路か。
なんか難しそうだけど、とりあえずやってみるか)

迷路、と聞いて俺は根拠のない自信があった。
かなり前に島根旅行に行った時、家族で巨大迷路に入った事があったからだ。
まだ小学生だった俺は、行きたい方に進んでは行き止まりになって、癇癪を起こしかけてた。
そんな俺に、父さんは優しく笑って言った。

「迷路はな、未那都。
片手の法則ってのがあって、どっちかの手が触れてる方に進んでいくと出口につけるんだ」

その通りにしたらすんなり迷路を出る事ができて、スゲー!と俺はびっくりした。

(なんか、その時に似てるんだよな)

目の前のフィールドは、黒の壁に青い線の光るサイバーパンクな世界観を醸していて、あの時のトタンの壁に囲まれた、ちゃちな迷路とは違う。
けれども壁に囲まれた通路を進んでいくのは、どこか似た感覚を覚えた。

(右手に沿っていくか、とりあえず)

そう決めて進み始める。
黒い壁に手を触れ、そのまま離さないようにして歩いていく。
だが、すぐに行き止まりにぶつかった。

(沿っていけば大丈夫か)

引き返して、同じように壁沿いに進む。
だが、しばらく歩いて気づく。さっき通った場所だ。

(…まさか、これ…壁に囲まれてる?)

頭の中に、さっきのチュートリアルがよぎる。
レアカードの中には、壁を破壊する《ブレイク》や、外壁の外側へ転移できる《リコール》があった。
もし、この先に進むには壁の外側に出る必要がある構造なら、今のままではどうしようもない。
立ち止まりマップを開く。
表示されているのは、おそらく全体の四分の一、いや六分の一にも満たない一部だけ。
ゴールの位置は矢印で示されているが、あくまで方角だけだ。
しかもその方向へ進んでも、さっきみたいに行き止まりにぶつかる。

(ってことは…)

むしろ別の方向に進んだ方が、結果的に近づける可能性もある、ということか。

(まずいな…早くも迷い始めた?)

少し焦ってきて、ふと手元のカードに目を落とす。
裏も、表も、真っ黒に塗り潰されたまま。先ほどのチュートリアルを思い出す。

『祝福単独でカードの種類を見分ける事および使用はできません』

その言葉が、じわりと現実味を帯びのしかかってきた。

(とにかく早く呪縛のペアを見つけないといけないな…でも)

周囲を見渡す。
だが、今のところ他のプレイヤーの姿は見えない。
どうしよう、と思ったその時だった。
視界の端に、人影が映る。黒いマントを目深に被り、渦を巻くような装飾の木の杖を手にした男。
まるで黒魔術師のような出で立ち。
なんか呪縛の人っぽい。

そう思った次の瞬間、視界の端に通知が浮かぶ。

《Shin.msさんから通話申請が来ました。許可しますか?》

すぐさま《OK》を押すと、音声が届く。

「こんにちは。祝福の人ですか?」
「はい。でも俺、今入ってきたばかりでまだ全然勝手とかわかってなくて…」
「はは、俺もですよ〜。なんかいきなり頭脳系になっちゃいましたね」
「そう!なんか難しそうで、カードとかペアとか何が何やらわかんなくって」
「多分やっていくうちにわかっていく感じだと思うけどね」

イヤホンから届く物腰柔らかな声に、俺は自然と不安を吐露していた。
なんかいい人そう。
俺より少し上だろうか?そんなことを考えていたらShin.msさんは窺うように声を窄めた。

「…あの、いきなりで申し訳ないんだけど…ペア組まない?このゲーム、とにかくまずペア組まないと始まらない感じだから、まず組んでどんな感じなのかを試したいんだよね」
「それは…もちろん!よろしくお願いします!」

一瞬、彼方の顔がよぎる。
だけども約束もしていないし、なんとなく第二フィールドは別々にやりたい。
そんな気持ちになっていた。
だから二つ返事で応えるとShin.msさんは安心したように息を吐いた。

「良かった〜。じゃあペア申請するね!俺はシンヤっていいます。君は…ミナト君、でいいのかな」
「はい!よろしくお願いします、シンヤさん」

そう自己紹介をしているとペア申請が飛んできた。

《Shin.msさんがペアを申請しました》
《承認しますか?》

《YES》を選ぶと《ペアが成立しました:PAIR NUMBER 035》と表示された。

ペアナンバーは成立した順だろうか。
35番ということは既に70人はペアが成立していることになる。
第二フィールドが公開されてすぐだというのに、ログイン率の高さに俺は驚いた。

「もう結構みんなペア出来てるんですね」
「そうみたいだね。
まあ第一フィールドも面白かったしね。
あれ最後、ミナト君は女王様を助けた?他の願い叶えた?」

二人でフィールドを歩き始めながら、何気なくシンヤさんは俺に聞く。
一瞬だけ言葉に詰まるが、少しだけ間を置いて続ける。

「いや…俺は意識不明状態のギルドメンバーがいたんでそっち助けたんですけど、メンバーの他の奴がその選択肢選んでたんで、結末は知ってます」

開く棺と、朽ちた骸。
彼方の横顔、物語の真相。
それらが頭をよぎる。
ふと、あれは他のプレイヤーも同じだったのだろうか?そう思って口を開く。

「あの…俺たちの場合、女王はもう亡くなっていたって終わり方だったんですけど、シンヤさんもそうでしたか?」

「うん。まあ最初見た時はビックリしたよね、話が違うじゃん!って。
他のギルドメンバーも驚いてたし。
でもさ、俺はただお姫様を助けてハッピーエンド、って話より好きだったかも」

「…そうですか?」

「そうだね。実は俺、将来教師になりたくて教職を取っててさ。大学で児童文学の読み方の授業もあるんだけど、それでちょっと思い出したんだ。
『ピーター・パン』」

「ピーター・パン?」

ティンカー・ベルっぽい妖精出てきたのも確かに似てたかも。
と思っていたら、シンヤさんは続けた。

「うん。みんな知ってるピーター・パンは、主人公のウェンディがピーター・パンとネバーランドに行って、帰ってきておしまいだろ?
でもあれって『ピーターとウェンディ』っていう長編小説で、続きがあるんだ」

「続き?」

「ああ。ウェンディはピーターに恋をするけど、でもピーターは子どものままでいないとネバーランドにいられないし、そもそもそういう感情を理解できないんだ。
そしてウェンディは大人になって、ネバーランドには行けなくなる。
で、久しぶりに現れたピーターは、そのことも分からないまま……今度は彼女の娘を連れていってしまうんだよ」

「ええっ⁉なんですかそれ⁉」

ピーター・パンといえば、ネバーランドに行ってフック船長と戦って、タイガー・リリーを助ける平和なファンタジーだった筈だ。
そんな悲しい結末だったなんて、と驚いているとシンヤさんは笑った。

「ビックリだよね。
児童文学って子供が読んでも問題ないよう、かなり削ぎ落とされてる内容もあるんだ。
だからあの話も、女王が妖精たちに死を悟られないようにっていう親の愛を感じたし。
見たまま、読んだままが全部じゃない。
あのゲームの結末も、俺たちが見てる世界って結局は主観でしかないんだなって…そう思わせてくれる体験だったなって思うよ」

「なるほど…」

俺としてはただ釈然としないバッドエンドだったが、知識のある人から見るとこうも違う受け取り方もできるなんて。
俺は素直に感心する。
先ほどの教師を目指しているという情報も相まって、シンヤさんはすごく大人なしっかりした人だという印象を持ち始めていた。

シンヤさんは更に続けた。

「あと俺の住んでるとこがさ、桃太郎伝説発祥の地だからそれも思い出したな〜。
桃太郎の童話は桃太郎視点だけどさ、退治された鬼って元々は平和に住んでた渡来人って説が濃厚だから、あれって鬼視点で読むとただ悲惨で残酷な話だよな、って」

「え?桃太郎って…もしかして岡山ですか?」
「うん、そう。あれ、もしかして近い?」
「近いってか、俺も岡山住みですよ。
池谷口ってわかります?」

まさかの岡山民同士という状況に内心俺はテンションが上がる。
シンヤさんの声も心なしか少し高くなった。

「わかるわかる、てか岡山市じゃん!
俺、岡山大学の三年で大学の近く住んでるから。近いね!」
「え、岡大ですか⁉頭いいんですね…」

岡山大学といえば、県内の高校生なら一度は考える憧れの大学だ。
勿論県外には大阪や九州の大学だってあるし、県外進学を考えてるやつもちらほらいる。
でも岡山にずっといる前提で、就職も考えるなら一番は岡大だ。
県外に行くにはお金も親の許可もいるし、池谷口高校の連中も、ほとんどは県内進学を考えている。
俺はと言うと───まだまだ、県外と岡山の大学で考えが揺れていた。

「そんなことないよ。ミナト君は高校生?」
「はい。高二でそろそろ受験とかも考えないとなんですけど、全然で」
「まあまだ大丈夫っしょ。俺もそんな感じだったし」

笑いながら言うシンヤさん。
それにも優しいな、なんて思ってると、彼はふと目の前の突き当たりの壁を指差して言った。

「あ、ねえ、ここなんか鍵穴があるから扉属性の壁なんじゃないかな?」
「え?」

その壁をよく見ると、確かに壁に鍵穴みたいな小さな引っ掛かりのようなものがあった。
それにふと思い出す。

「そうだ、カードの中には扉属性の壁を開ける《オープンキー》ってのがありましたよね?でも俺、カード見れなくて…って、え⁉見える!」

手元のカードを見返すと、柄が浮き上がっていて先ほどの黒塗りが見えるようになっていた。
俺のそんな様子にシンヤさんは笑う。

「ペア組んだからもう使えるよ。
とりあえず俺の使って開けるね」

シンヤさんの手元からカードが光と共に消える。
そして目の前の扉が消えた。
これで閉じ込められてた状況からは脱出できた。
俺はほっと胸を撫で下ろす。

「やった!閉じ込められてる、ヤバいって思ってたからどうしようかと…」
「俺も似たような感じだよ。ここ開けようかと思ったけど、更に袋小路に入っていってたらカード無駄に消耗するだけだしさ。
さっきペア組んでからマップ確認したら、ここから先は続いてそうだし。
この第二フィールド、本当ペア無しじゃ詰むね」

「ほんとそうですね…。シンヤさん、組んでくれてありがとうございます!」

元気よくそう言うと、シンヤさんは柔らかく笑って言った。

「こちらこそありがとう。ミナトくん」

***

この夜、俺は彼方と電話していた。

「え、じゃあ彼方のペアってwatawataさんなの?」

ビックリして俺は言った。電話の向こうで彼方が頷く気配がした。

「うん、偶然ばったり会ってさ。
でもあのフィールド、ペア組まないと始まらないから。
本当は未那都と組みたかったけど、仕方ないなって」
「だから無理に俺待たなくても……まあ、でも良かったじゃん。watawataさん、いい人だしさ」
「まあね。
正直このフィールド、ペアの人との相性で決まると思うから。
まずマトモな人じゃないと進まないし、そこは良かったかも。…未那都は?」
「俺もペアの人、いい人だよ。
初めて昨日話したけど、めちゃ頭いいし」
「へえ。良かったじゃん」

平坦な声で彼方が言う。
それにふと思い出して俺は話題を変えた。

「あのさ、前に話したじゃん、進路の話。
でさ……岡大目指すのって、どう思う?」
「え?」

彼方が意外そうな声を出す。
この前二人で宿題をしていた時に出た、進路の話。
わかんねー、なんて言ってた俺が急に岡大って言い出した訳だ、無理もない。
彼方は困惑した声で続けた。

「なんで急に。…まあ、未那都なら頑張れば行けると思う、けどさ。もしかしてそのペアの人が岡大の人とか?」
「うん、そう。
その人が教師目指してるみたいで、色々知っててすげえって思ってさ。
俺は先生とか無理だけど、なんか授業とか楽しそうって思ったっていうか…うちからも通えるし」
「…」
「彼方?」

電話口から少し重苦しい空気を感じた俺は訝しげに彼方の名前を呼んだ。
すると彼方は慌てて取りなすように言う。

「ああ、俺も岡大は考えた事あるよ。今は第一志望にしてるし」
「そうなんだ」

意外でも何でもなく、彼方はそうだろうなとは思ってた。

「でも先生には、県外も視野に入れても良いんじゃないとは言われてるんだよね。大阪とかさ」
「え…それ、お母さんは?」

咄嗟に口をついて出た問いに、彼方は特に気にした様子もなく答える。

「まだ言ってない。まあまだ…先の事だし」

先といっても一年後にはもう受験だ。
それは俺も、彼方も多分わかってたけど、暗黙の了解のように俺は一言だけ返した。

「…そっか」
「まあでもさ。近い人ってそれだけ仲良くもなるかもしれないけど…変な人かもしれないし、気をつけてよ」
「…変な人?」

訝しげに聞き返すと、彼方は言葉を探すように一瞬黙り込む。

「その…詐欺とか、闇バイト持ちかけられたりとかさ。そうじゃなくても…変な勧誘、とかさ…」

言い方が妙に真剣で、思わず吹き出してしまった。
安心させるように、取りなすように俺は言う。

「ないない!めっちゃ真面目で優しい人だから、シンヤさん。大学生っていっても、そういうワルい感じとかチャラい雰囲気とか、一切ないし」
「…俺はそういう奴の方が信用出来ないけど。
まあ、気をつけてよ。
未那都は人がいいからすぐ信用しちゃうかもしれないけどさ、所詮ゲームの中の関係なんだから」
「…気をつけるって。なんか彼方、母さんみてえ」
「…未那都が心配なだけだよ」

それきり、話が途切れた。

「もう寝る」

俺は少し子供扱いされた気になって、ぶっきらぼうに言って通話を切った。
するとすぐにラインの通知が鳴る。

『ごめん。でも気をつけてほしいのは本当。心配だから。おやすみ』
『わかったよ。おやすみ』

短く返して、ぼすん、とベッドに横たわり考えた。
所詮ゲームの中の関係。
そう彼方は言う。
でも、それなら俺たちだって〝学校が一緒なだけのただの幼馴染〟なんじゃないか?
たとえば彼方が遠くの大学に行ったら、それこそ接点は無くなるように思う。
それはどこか寂しいと思ったし、想像できなかった。

彼方のいない岡山。
彼方のいない日常。

比較されるのが嫌だったはずなのに、いなくなることを考えたらこんなに息苦しいなんて。

矛盾した自分の思考に辟易しながら、俺は目を閉じた。

***

「シンヤさん、スゲ〜〜〜っ!ありがとう!」

俺は声を上げた。

この日は初めての別ペアとのバトル。
相手はかなりレベルが上のペア011。
相手ペアは〝スティール〟でこちらのカードを盗もうとしてきたが、シンヤさんが先回りして〝ガード〟を仕込んでいたから効果を相殺することができて、かつ〝ブレイク〟で攻撃を貫通して一発で仕留めることができた。

俺たちはバトルでも、いい連携ができていた。

「ミナトくんの回復魔法も効いたよ。じゃないとHPヤバかったかも」
「そりゃ、あの状況なら回復かけるっしょ」
「それでも、助かってるよ。ありがとう」

その言葉に俺はどこか照れくさくなる。
ぎこちない沈黙が流れた後にふと、シンヤさんは言った。

「あの、突然なんだけどさ…もしミナトくんが良かったら、リアルで会わない?」
「…えっ?」

思いがけない提案に俺は驚いて声が出る。
シンヤさんは続けた。

「近いし、せっかくならって思ってさ。
大学の授業にも興味持ってたし。
どんな学部があるかとか、時間割も見せて教えられるし。
岡山駅で待ち合わせした後、大学見にこない?」
「え、行きます!」

オープンキャンパスとかもあるけど、実際に通ってる人に話を聞く方がいい。
願ってもない提案に、俺は息巻いて返事した。
シンヤさんは嬉しそうに笑う。

「良かった。
じゃあ早速明日の昼1時に桃太郎像前で待ち合わせでいい?」
「ハイ!」

威勢よく返事して、俺たちはこの日ゲームからログアウトした。

夕飯の後、彼方に電話でこうなった、って伝えようと思ったけど、丁度彼方は陸上部の合宿に行ってていないんだった。
と思い出して、やめた。