サマー・エンド・プロトコル ― 幼馴染との最後の夏、僕らは秘密を共有した

俺たちが小学校に上がった、すぐの頃だ。

「あれ?なんでコウタ、あそこに座ってるの?」

その日、春日神社脇の公園に行くとサッカーをするみんなより離れたところに、コウタがポツンと神社の階段に座ってた。
前から少し気になってた。
たまに忽然といなくなるやつがいるって。
でも、だいたい他のやつに聞くとはぐらかされて、いつの間にかそいつは戻ってきていた。

でもこの日。
俺の訝しげな言葉に、彼方はなんてことないように答えた。

「ああ、アイツ最近生意気じゃけぇさ。
未那都のことも悪う言うとったし。
じゃけぇ一日シカトしとるんよ」

その言葉に俺は、状況を理解した。
確かに埼玉の保育園でもあった。
アイツうぜーから、話すのやめよう。
無視しよ。
そうして始まる、暗黙の了解。

俺はそれが、嫌だった。

それをする周りも、同じくシカトされるのが怖くて何もできない俺も。
そして何より、この時。
大好きな彼方がそんな事をしているのが、堪らなく嫌だった。

だから気付いたら、声が出てた。

「…やめろよ、そういうの」

気づいたら、口に出していた。
彼方がこちらを見る。
ぽかんと、完全に虚をつかれた顔をしていた。
だが、次の瞬間。

「は?お前も逆らうんか」

険しい顔に、未だかつて聞いたことのなかった低い声。
彼方は俺より背も高い。
怖いと思った。
でも、それ以上に嫌だった。

「そういうの、俺嫌いだから」

震える声で、振り絞るように言い切る。
周りの空気が固まった。
少しの沈黙。
その後、憎々しげに彼方は搾り出すように言った。

「…ほんなら、お前もじゃ」

そう言われてショックだったけど、俺は彼方に黙って背を向けた。
そして神社の階段に座った。
コウタはなんで、と言う目でこちらを見てきたけど、何も言わなかった。
輪の中に入らずに見るサッカーは、想像以上に寂しかった。
でも不思議と後悔はなかった。

次の日。
またシカトかなと思って神社の階段の方に向かおうとしたら、彼方が俺の前に立った。
そして当然みたいな顔で言う。

「仲間に入れてやるけぇ。謝れ」
「嫌だ。俺、間違ったことしてない」

間髪入れずに返した。
また、沈黙が落ちる。
彼方はしばらく何も言わなかった。

その沈黙に耐えきれなくなりそうになった、その時。

「ごめん」

小さな声で言葉を発したのは───彼方だった。

「…え?」

びっくりして思わず声が出る。
そして、聞き返した。

「それ、何に対してのごめん?」

彼方は答えなかった。
目を逸らしたまま、黙っている。
その様子を見て、これ以上責めるのは違う気がして俺は息を吐いた。

「…いいよ。でも、もうやんなよ」
「…わかった」

少しだけ間を置いて続ける。
すると彼方は一瞬だけこちらを見て、小さく笑った。
どこかほっとしたような笑い方だった。

その顔を見て、ふと思った。

もしかしたら、彼方は本当はああいうことしたくなかったんじゃないか。
誰かに止めてほしかったんじゃないか。

そう、思った。

***

そして俺たちはその後しばらくレベル上げ、欠片集めに勤しんだ。

その中である洞窟の中で大型モンスターを倒した際に二個目の〝解放の欠片〟をゲットし、俺たちは順調に城への入場券を手にした。
喜ぶ俺に、

「祝福の人間が一緒にいるとドロップ率が上がる、とかあるんじゃないかな。俺一人で収集やる時より、未那都と集める時の方が、欠片もアイテムも良いのが落ちるから。やっぱり俺たち組んでよかったよ」

なんて言ってた。
そして第一フィールド終了の一週間前を狙い、ようやく辿り着いた城の前。
すでに何人も、強化は済んでいるが〝解放の欠片〟が見つけられなかった奴らが城の前で(たむろ)していた。

(結構いるんだな…)

そうして俺たちがその中に入っていくと、一斉に通話通知が来た。

「これ、多分許可したら一気にアピールされるヤツだね。…一回グループ通話で話聞いてから、二人で個別に通話して仲間にするメンバー決めよう」
「…わかった」

二人通話でそっと話す。
攻略には、城に入る前にギルドを組む方がいいことは彼方もわかっていた。
だからこの前あったみたいな騙し討ちみたいなのはもう無さそうかな、と思う。
その上で城前でギルドメンバーを追加するのは俺も了承済みだ。
そして《グループ通話をしますか?》に《YES》を選ぶと、一斉に声が耳から入ってきた。

「欠片持ってたらギルド組もう!昨日持ってたやつらにギリ選ばれなかったんだよ、クソッ」
「アタシなんてもうレベル67!モンスター狩り飽きた〜城入れて♡」
「持ってる?持ってる?」
「うお…っ」

十人ぐらいの重なる声に耳が痛くなる。
そんな中、凛とした彼方の声が響いた。

「解放の欠片は二つある。だけどスキル見させてもらって、話してから、こっちでギルドに入れるやつは決める」

そして彼方は二人通話に切り替えた。
一人一人に話しかけ、順番にスキルを見る。
そして最後の人と話した後、彼方は俺との二人通話に切り替えた。

「どう思った?未那都」
「うーん…みんな強いけど、似たり寄ったりだな。あ、でもwatawataさんはレベル低めだけどいい人そうだったな」

watawataさん。
早口で「自分は社会人だけどゲーム大好きで、絶対このゲームもクリアしたいッス!」と熱弁してくれた。
他のやつらがいかに自分が強いか、役に立つかをアピールする中、俺は好感を持ったのだった。

「あー…光属性の彼ね。祝福だからたぶん強くはならないけど、回復要員は未那都以外も必要だと思ってたから、入れとこうか」

そして話すこと二十分ほど。
結果、俺の風属性と彼方の闇属性と相性のいい光属性のwatawataさん、炎属性のgoat.bさん、水属性のlovely♡cat さんの三人とギルドを組むことになったのだった。

そしていよいよ、5人で城へと入城をした。

***

城に足を踏み入れた直後、視界の中央に半透明のウィンドウが浮かび上がった。

《城でのチュートリアルを開始します》

『【GOAL:勝利条件】
城の最上階へ到達し〝願いの欠片〟を使用して世界の歪みを正せ。
〝願いの欠片〟は提示された複数の〝願いメニュー〟の中から、持ち主が任意に選択した願いを叶えることができる。

【ABOUT CASTLE:城について】
城は各階にモンスターが出現する高難度ダンジョンであり、討伐することで〝星の欠片〟に封じられた城に住む妖精を解放できる。

【CATSLE RULES:特殊ルールについて】
城内部では特殊ルールが適用される。
HPがゼロになったプレイヤーは〝意識不明〟状態となり、その場から行動不能となる。
意識不明状態のプレイヤーは回復は不可能。
ギルドメンバーのいずれかが勝利条件を達成するか、全員が行動不能となるまで当該状態は継続される。意識回復時、プレイヤーは城一階へと転送される。
なお、一度城外へ退出した場合、再入場には再度〝解放の欠片〟を消費する』

「前から思ってたんだけどさぁ、クリア条件みんな納得してんの?アレ変じゃない?」

lovely♡catさんが、軽い調子でそう切り出した。

「願いの欠片って、願いメニューからすごい願いも叶えられるんでしょ?
でも〝世界の歪みを正すこと〟ってさ、つまり閉じ込められてる女王サマ助けることじゃん?
でもさぁ、せっかくそんな願い叶えてくれるレアアイテム手に入れても、女王サマ起こしたらそこでゲーム終了ってことでしょ?
だったら自分に使いたくない?武器とかレベル上げとかさぁ」

軽く笑いながら言うその言葉に俺も、一理あるかも、と思ってしまった。
watawataさんも釈然としない顔で言う。

「他の願い選んだら、クリアにはならないってこですかね?」
「それはないと思う。
もしそうなら、他の願いが全部無意味になる。
多分、最上階で欠片を使えばクリア扱いで、その中でも〝女王を助ける〟のが一番評価が高い、ってバランスなんじゃないか」

彼方がすぐに答えた。
それはいつも通り、落ち着いた口調だった。

「まだフィールドも残ってるしな。
今の順位を気にするより、ここで装備やレベルを整えるって選択もある」
「なるほどねぇ。
じゃ、アタシはレベル上げ優先かな!」

あっさりと言い切るlovely♡catさんに、場の空気が少し緩む。
けれども改めてチュートリアルを思い返すと、妙に引っかかる部分もあった。
HPがゼロになれば〝意識不明〟となり、回復もできず、ただその場に残される。
誰かがクリアするまで、あるいは全員が倒れるまで。

「てか外にも出れるとかも書いてあったけどさぁ。
今さらそんなめんどくさいことするわけないじゃん⁉
ま〜た外で欠片探しとか無理無理!
最後の一人になっても、この城攻略するし!」

lovely♡catさんが肩をすくめて笑う。
軽口のようでいて、その言葉はこのルールの本質を突いていた。

一度入れば簡単には引き返せない。
そして最上階で手に入る〝願いの欠片〟。
それは女王を救うだけでなく、他の願いも叶えるという。
どこまで叶うのかは分からないが、それでもこの時の俺たちの思いは一つ。
絶対に欠片を手に入れてフィールドをクリアする。

そんな思いを胸に、俺たちは城へと足を踏み入れていった。

***

「いや、lovely♡catさん強いけどアクも強すぎ」

この日、ゲームの後に彼方と通話していた。
今日で城に入って三日。ちょうど二階を攻略しているところだ。

最近、俺たちは前よりよく話すようになっていた。

「まあ先陣切ってくれるから助かるけどね。あだ名つけてくるのはちょっと面倒くさいかな」
「そうそう。俺がミナちんで、彼方がカナちんで……脈絡なさすぎだろ」

そしてgoat.bさんがゴーちゃんでwatawataさんがわたぼう。
彼女が付けた渾名を思い出し、顔を顰める。
しかも日替わりだったりするから微妙にややこしい。

「しかも技名、いつも長いよな?ラブリーアクアティックトルネード何ちゃら…」
「ラブリーアクアティックトルネードスピンアタックね」
「そう。それそれ」
「まあいいムードメーカーにはなってるかもしれないけどね…。あのさ、未那都には個人チャット来てないよね?」
「は?何それ」

聞き慣れない〝個人チャット〟という言葉に俺は訝しげに聞き返す。
すると彼方はほっと息を吐く気配がした。

「来てないならいい」
「なんだよそれ、教えろよ」

そう食い下がると、暫くの沈黙の後。
渋々と言った調子で彼方は口を開いた。

「繋がりませんかって。あの人他のオンラインゲームもやってるから、その情報交換したいからライン教えてって来た」
「え…それって」

オンラインでのナンパみたいなのか。
そういうのあるんだ、なんで他人事みたいに俺は思った。

「いや俺他のゲームとかしないんでって断ったんだけど、そしたら今度はリアルで一回会いたいとか言ってきて。
遠いんで無理ですねって、それも適当に流したけど」
「へ、へぇ…」

彼方はゲーム内でもリーダー的な立ち位置だ。
アバターもほとんど本人と同じイケメンだし、戦闘でもうまく立ち回るしセンスがあると思う。
そんなところにlovely♡catさんも惹かれたんだろう。
中学でも高校でも彼方はモテるな、なんて思ってたけど、現実でもVR空間でも俺はモテない事を突きつけられた気分になった。
俺は劣等感からか、少しモヤモヤした気持ちになって軽口を叩く。

「良かったじゃん、VRの中でもモテモテでさ」
「…未那都はさ。ああいう子、いいと思う?」
「…。えっ⁉」

不意に聞かれて俺は大きな声を出してしまった。
慌てて口を塞ぐ。
そんな俺に彼方は思わずといった調子で笑った。

「動揺しすぎ。クラスのやつなんてどこのラブホが良いとかって話で盛り上がってんのに」
「へ?ら、らぶほ?」

動揺する俺に、彼方は電話の向こうで少し笑った。

「うん。須藤と別のクラスの川崎、付き合ってるから。あいつがいつも話してるんだよ」
「え…そ、そうだったのか…」

知らなかった。
なんだか俺だけが高二になって取り残されてる気になって、急に焦りが湧いてくる。

「それは良いんだけどさ。聞かせてよ、未那都の好きなタイプ」

言われて、少し考える。好きなタイプ、なんて聞かれてもよくわからない。
けどクラスの連中みたいにすぐ答えられないのも、なんか負けてる気がした。

「…普通に、可愛い子とかじゃね?」

投げやりに当たり障りのない答えを返すと、スマホから意外そうな声が返ってきた。

「へえ。顔重視なんだ」
「いや、別に顔だけじゃないけど…あとは明るい子とか、話してて楽しい感じの子とか…」

必死に考えて言いながら、なんとなく言葉を選んでる自分に気づく。
正解っぽい答えを探してる感じがいかにも未経験者な感じがして、少しだけ居心地が悪くなる。

「じゃあさ、長谷川さんは?人気じゃん」
「え?」

言われて頭の中に顔が浮かぶ。
長谷川寧々。
確かに明るいし、クラスで一番可愛いって言われてるのもわかる。でも。

「いや…ちょっと違うかな」

長谷川さんが好きなの、彼方だし。
彼方がいない時に長谷川さん、めっちゃ彼方の話してキャーキャー言ってたし。
隣の席でよくそれを聞いていた俺は、彼方に白けた答えしか返せなかった。
もし長谷川さんが俺のことを好きだったらと考えるけど、それでも好きになるかどうかはよく分からない。
結局俺は、恋愛については全くの門外漢だった。

「じゃあクラスで言ったら誰?佐々木?小川?」
「お、俺は良いんだよ!彼方は?どんなタイプが好きなんだよ?」
「俺?」

意外そうな声が返ってくる。
それで俺は、彼方と今まで恋バナをしたことがなかったことに気づく。

「未那都、気になるの?」

少し楽しそうな声が聞こえる。
俺は少し平静を装って答えた。

「え、まあ。彼方モテるし。どういう子が好きなのかは気になるだろ」
「そうだな…」

彼方は勿体ぶって言い淀んだ。しばしの沈黙の後。

「秘密」

その一言に俺はカチンときた。

「は?ふざけんなよ、また明日な」
「あ、ちょっ」

言葉の途中で通話を切る。
馬鹿正直に考えて答えた俺がアホみたいじゃないか。
そんな憤りを感じていたらライン通知が来た。

『ごめん』
『俺が好きなのは、未那都みたいな裏表のない子かな』
『明日も城攻略頑張ろう。おやすみ』

「俺みたいなって…」

なんだか照れくさい気持ちになった後、ふと長谷川さん及び女子連中が近くの席で話していたことを思い出す。

『榊くんって、なんか思わせぶりな感じがメロいんよな〜!』

なるほど、こういうことか。
モテる男は友達に対する返しすら違うのかも。
女子にもこういうのをサラッと言ってるからモテるんだろう。

俺はまた差を見せつけられたからか、ムカムカした気持ちになってもうさっさと寝ることにした。