夕方の5時。
彼方との約束の時間に合わせて、俺はログインすることにした。
胸を弾ませ、昨日と同じ手順でパソコンでログインページを開く。
すると昨日とは全く様子が変わっていた。
「〝フォールン・フェアリーズ・ユートピア〟……?」
思わず浮かび上がるロゴを読む。パソコン画面に広がっていたのは、鬱蒼とした森。
だが暗さはなく、木々の隙間から柔らかな光が差し込でいる。
足元には色とりどりの花が咲き乱れ、淡く光る妖精たちが舞う。
その中心には一人の美しい女性が立っていた。
長いブロンドの髪を揺らし、薄水色のドレスを着た彼女は凛と前を見据えている。
輝くティアラを冠した姿はどこか現実離れしていて〝妖精の女王〟という言葉が一番しっくりきた。
(これが第一フィールド……ファンタジーRPGか)
その美しさ、魅力に思わず息を呑む。
───ヤッバ、めちゃ面白そう!
心臓の音が早くなる。
俺はすぐにゴーグルを装着し、ログインボタンを押した。
***
光の粒子に包まれる演出の後、文字が浮かび上がる。
《WELCOME TO SUMMER END PROTOCOL》
《1st FIELD: FALLEN FAIRIES UTOPIA》
(きたきた!)
逸る気持ちを抑えながらコントローラーを握る。
すると不意に辺り一面がブラックアウトし、暗転。
静寂に包まれる中───横をふっと、光が横切った。
辺りにぽわ、ぽわと光が灯る。
それはまるで夜闇に浮かぶ蛍のようで、だがよく見れば小さな手足がある。
妖精だ。
やがて、俄かに陽の光が差し込み、辺りが明るくなる。
そこは、鬱蒼とした森だった。
鳥の囀りに、川のせせらぎ。静かな音に満ちた空気に、新緑の匂いまで感じられる気がする。
(本当に森にいるみたいだ…よく出来てんな、VR)
そんなことを思いながら辺りを見渡していると、不意に目の前に文字が浮かび上がった。
《ここは妖精達の楽園。
それはかつて、美しく気高い女王が支配する楽園だった》
次の瞬間。
視界いっぱいに、臨場感あふれる映像が展開されていった。
『妖精達の楽園。
この楽園の女王はある日、闇の魔法使いにより城の最上階の棺に封じられた。
同時に妖精達もまた〝星の欠片〟へと姿を変えられ、森の各地へと散らされた。
あるものは森や洞窟の片隅に落ち、あるものはモンスターの魔力を増幅する依代となった。
かつて美しく秩序を保っていた森は、今や混沌に覆われている。
この森を救うべく召喚されし勇者達よ。
闇の魔法を解き、女王を助け出し、失われた平和を取り戻せ───』
そうして映像は終わった。
成程、ここからゲームに入っていくわけか。
そう思っていると、突然コマンドが現れた。
《BEFORE BIGINNING OF THE GAME, PLEASE MAKE A CHOICE : BLESSING OR CURSE》
《ゲーム開始の前に、一つ選択をしてもらいます───祝福と呪縛。
どちらを選びますか?》
(……え?)
不意を突かれて俺は戸惑う。
まだ世界観しか説明されていないのに、いきなり選択を迫られるとは。
目の前には〝祝福〟と〝呪縛〟───白と黒に包まれた文字がそれぞれ浮かび上がり、タイマーは30秒に設定されている。
考えている時間はあまりない。
それを自覚しながら、俺は考えを巡らせた。
(よくわかんないけど、祝福は白だから回復魔法が得意とか?呪縛は呪いとか黒魔術が得意そうな感じだよな。どうしようか……)
どう考えても、呪縛の方が強そう。
RPGだし、最初だし、どう考えても攻撃が強そうな呪縛を選ぶべきか。
そう思った。でも───
(なんか、呪縛って言葉がイヤだな)
呪い、の漢字も入ってるし。
強くなれても後でしっぺ返しがきそう。
字と、取り巻く黒いモヤからそんなおどろおどろしい雰囲気が出ている。
対する〝祝福〟は、もしかしたら攻撃系はあまり強くないのかもしれない。
でも、後ろめたい気持ちのようなものを抱えてプレイするよりも───俺はこっちでいいかな、と思った。
だから残り5秒のあたりで、俺は白の〝祝福〟を選択したのだった。
《YOUR CHOICE: BLESSING》
《OK?》
《〝祝福〟でよいですか?》
〝YES〟を選ぶ。
瞬間、辺りは光に包まれた。
次の瞬間。
徐々に明るくなる視界の中、俺が立っていたのは美しい森の湖畔だった。
右下に白くマップが点滅している。
《BLESSING SKILL:GUIDE MAP》
《祝福のスキルにより、マップ表示が可能となりました》
(マップ見れるってかなり有利なんじゃ?祝福選んで良かった!)
そう思っていると、また説明のアニメーションが展開された。
***
《FIELD GUIDE:STAR FRAGMENT》
《星の欠片について》
これより先、あなたは《フェアリーズ・ユートピア》の深部へと足を踏み入れる。
この世界では、すべての妖精が〝星の欠片〟へと姿を変えられ、森の各地に散らばっている。
あるものは大地に落ち、あるものは洞窟に沈み、あるものはモンスターの内に宿る。
欠片を見つけ、手にした時───その妖精はあなたに力を貸す。
それは加護となり、スキルとなり、魔法となる。
あなたは戦う術を得るだろう。
だが、忘れてはならない。
その力は、他者から奪うこともできる。
この世界に存在する〝星の欠片〟は有限だ。
総数、18,380個。内訳は以下の通り。
・光の欠片 8,000個
回復、持久戦に特化した加護を与える。
・進化の欠片 6,000個
成長を促進し、レベルの上昇を加速させる。
・魔力の欠片 4,000個
スキルおよび魔法の発動に関与する。
・解放の欠片 180個
2個収集で城への入場が可能になる、特別な欠片。
・願いの欠片 200個
城の中に眠る欠片。最奥にて使用される、選択の鍵。
《COMMUNICATION:交流について》
プレイヤーは単独でも、複数でも行動可能。
ギルドを結成し、共に攻略することもできる。
ギルドの最大人数は5人。
既知のプレイヤーとは、ID検索によって接続が可能。
通信、協力、あるいは裏切り───そのすべては自由だ。
城へ辿り着く方法は二つ。
〝解放の欠片〟を手にするか、それを持つ者と共に門をくぐるか。
《GOAL:勝利条件》
城の最上階へ到達して〝願いの欠片〟を使用し、世界の歪みを正すこと。
※ 願いの内容に応じて、フィールドクリア時の評価及びランキングが変動します。
《IN THE END:最後に》
───選択は、すでに始まっている。
進むか。奪うか。
それとも、守るか。
あなたの物語を、ここから開始せよ。
***
この説明は、設定画面より何度も確認が可能───という注釈とともに文字が消え、視界は再びフィールドの森の湖畔へと戻る。
そしてふと、視界に星型の光る石のようなものが落ちているのに気付く。
これが欠片か、と、それに近づきボタンを押す。
すると拾うことができ、コマンドが出てきた。
《欠片を使いますか?》
目の前に現れた選択肢に、少しだけ考えてから《YES》を押した。
《選んでください───自身か、剣か》
一瞬迷って、俺は〝剣〟を選ぶ。
祝福を選んだ分、攻撃力が低い気がしたからだ。
次の瞬間、星の欠片が淡い黄色に光を帯びた。
やがてそれは強く煌めき、形を変えて小さな妖精へと変わる。
まるで某ファンタジーアニメのティンカー・ベルのような妖精はくるん、と俺の目の前で舞い、懐の剣にぶつかり小さな星を散らして消えた。
《進化の欠片を使いました》
《シルフ・ブレード 攻撃力+10 防御力+10 アップしました》
(なるほど、こういう仕組みか)
少しずつゲームの形が見えてきた。
欠片を集めて、城へ行く。
そして女王を助け出してハッピー・エンド。
ただ少し、気になることがあった。
(城に入れる人数、少な過ぎないか?)
さっきの説明を思い出しながら、もう一度整理する。
解放の欠片は全部で180個。
しかも、城に入るには2個必要。
(ってことは…90人?)
思わず眉を顰める。
ギルドを組めば多少は融通が利くにしても、最大5人。
それでも500人いるプレイヤー全員が城に入れるわけじゃない。
さらに、クリア条件。
願いの欠片は200個限定。
(…これ、クリアできる人数もかなり絞られるんじゃ)
そこまで考えた時だった。
不意に、目の前に通知が浮かび上がる。
《通話申請を受信》
《許可しますか?》
(通話申請とかも出来るのか…彼方かな)
先ほどの説明にあった『既知のプレイヤーとはID検索によって接続が可能』という一文を思い出す。
俺はとりあえず《承認》を選んだ。
ピッ、という軽い音。
次の瞬間。
彼方の少し低めの声が、耳元に流れ込んできた。
「未那都、今チュートリアル終わったとこ?」
「うん。てか通話申請なんて出来たんだな」
「未那都のIDは覚えてたから。
なんか色々操作してたら出来た。
それで思ったんだけどさ、二人でギルド組まない?」
「え?」
唐突な提案に目を丸くする。
俺は今さっきゲームの設定を読み取れたところで、いきなりギルドを組むだなんて発想はなかった。
そんな俺に、彼方は間を置かずに続ける。
「ギルド組んだ方が便利だって。
二人ならさ、解放の欠片も早く見つけられるかもしれないし、ドロップも共有できる」
「いや、でも…いきなりすぎだろ。まだ始まったばっかだし」
「だからだよ」
彼方は俺の言葉を遮るように、即答した。
「最初に組んだ方が動きやすい。途中からだと、強い奴らはもう固まってるだろうし」
確かに、それはそうかもしれない。
けど、ゲームの中でも彼方と一緒なんて。
それに俺は躊躇して、苦し紛れに一言発した。
「…別に、もっと強くなった後に他のやつと組めばいいだろ」
ぽつりとそう返すと、彼方は通話先で少し沈黙した後。
諭すような、努めて冷静であろうとするような口調で俺に語りかけた。
「…未那都は、それでいいの?
知らない奴といきなり組んでさ。連携取れると思う?
それにこのゲーム…さっきの説明聞いたらかなり厳しいよ。
ギルド組まなきゃ、多分城にも入れない。
つまり連携なしで攻略は無理ってこと。
それに、俺は未那都と組みたい」
「…なんでだよ」
「やりやすいから」
「…それだけ?」
一拍置いて、沈黙が落ちる。
だが少しの後に、彼方は観念したように息を吐いた、気配がした。
「いや…そもそも俺が未那都をゲームに誘ったのもさ。二人でこの夏になんか思い出作りたいってのもあったからなんだよね。だから…最初から一緒にやれたら楽しいよな、って思ったから誘った。
迷惑だったら、ごめん」
寂しそうに言う彼方に罪悪感が湧いて、俺は慌てて謝る。
「あ、いや…別にそれは、いいよ」
「本当?じゃあギルド組んでくれる?」
「まあ…うん」
「ほんと⁉やった!じゃあギルド申請するね!」
パッと彼方の声が明るくなる。
俺たちはいつもこう。
彼方が理詰めでこうした方がいい、って言って、俺が渋っていると最後は俺はこう思ってて…と、情で落とされる。
10年以上の付き合いだから分かりきってる、榊彼方の対人戦略。
説得されかかってるから、最後の一押しでまあいいかとなってしまう。
後で考えると、もっと渋るべきだったんじゃ?とか思ったりするんだけど、大抵後の祭りだ。
そんなことを考えてるうちに、いい感じに物事が進んで、まあいいか、となってる。
そんなことをぼんやり思っていると、次の瞬間、俺の前にウィンドウが展開された。
《ギルド招待:KANATA.S》
「申請送ったから。承認押して」
「はいはい…」
浮き足立つような彼方の声に軽くため息をつきながら、指先でその表示に触れる。
途端、文字が浮かび上がった。
《ギルド結成:SUCCESS》
《ギルド名は何にしますか?》
「なんにする?未那都」
問いかける声に、考えて言う。
「かなみな、とかでいいんじゃね」
「名前くっつけただけじゃん。まあいいけど」
適当な俺の言葉にも嬉しそうに笑う彼方。
何も操作していなかったら《ギルド名:KANAMINA》で承認されていた。
(まあ、別にいっか。彼方の言う通り…まず城に行けなきゃ、意味ないし)
そう思って俺は視線を前に戻す。
夜の闇の中、森の中を光が一筋過ぎった気がした。
こうして俺達はギルドを結成した。
そしてこの後少し周辺探索をして、星の欠片を集めて、この日ゲームを終えたのだった。
***
一番最初に俺たちが出会ったのは、5歳の時。
俺が埼玉から引っ越してきた時の事だった。
倉敷に住んでる母方のばあちゃんが足腰を悪くして、母さんがお世話をしなくちゃいけなくなったから。
父さんが会社に打診した結果、決まったのが岡山転勤だった。
埼玉で仲良い友達もいた俺は、勿論反対した。
泣きじゃくった。
母さんはそんな俺を諭した。
仕方ないのよ、決まった事なのよ、と。
俺はそれでも泣いた。
号泣した。
でも、現実は覆らなかった。
「空気も綺麗だし、ご飯も美味しい。未那都もすぐ気にいるよ」
そんな慰めにもならないことを父親に言われながら長い新幹線に揺られた、次の日。
幼稚園に初めて登園した日に、俺は彼方と出会ったのだった。
「坂上未那都くんです。みんな仲良くしましょうね」
「「「はーい!」」」
そんな威勢のいい返事をしながら、殆どの幼稚園児は散り散りになってそれぞれ好きな遊びをし始めた中。
彼方だけがキラキラと輝く笑顔で俺に駆け寄って、話しかけてきた。
「なあ、みなとってどっからきたん?」
「さいたま」
「さいたまって、とうきょー⁉」
「ちがうよ、さいたまはさいたまだよ。
とうきょうはちかいけど」
的外れなことを言う5歳の彼方は、俺の言葉にキラキラと目を輝かせていた。
「すげー!おれ、おまえきにいった!
なあ、みなとってサッカーするん?」
「え?サッカー?」
サッカーは埼玉でもやってた。
浦和レッズの試合も見に行ったことがあった。
そんな俺に彼方は満面の笑みで頷いた。
「うん!」
「まあ、やるけど…」
「じゃあきまりな!かすがじんじゃわきのこうえんしゅーごーで!」
そんな、どこか有無を言わさないような言葉に俺は頷くしか無かった。
***
二、三日の間。
俺たちは二人して森の中を欠片集めに奔走していた。
ゲームの中の時間はその時によって変わるのだが、今は夕暮れ時。
日が傾いて森の中を赤く染め上げている。
「なあ、プロトコルって何か知ってる?」
俺は何気なく聞いたのだが、彼方はしれっと答えた。
「本来は手順とか、共通のルールって意味のIT用語だよ。
ほら、ネットのアドレスってhttpって全部つくだろ?アレがプロトコルなんだって。
つまりネットの中ではある手順が決まってて、httpって入れたらその手順通りに通信が走ってネットが開く…みたいな仕組みができてるんだ。
他にもいろんなのがあるらしいけど、ゲームのタイトルのサマー・エンド・プロトコルは…夏を終わらせる方程式、みたいなニュアンスの意味なんじゃないかな?」
「へえ…よく知ってんな」
そんな俺の言葉に彼方は苦笑いした。
「このゲームのタイトル見てから調べたってだけ。
あ、回復の欠片あったよ。未那都使って」
「あ、ありがと」
彼方が俺に回復の欠片を差し出す。
さっきのモンスターとの戦闘で俺のがHP削れたからか。
そう思って俺は素直に受け取る。
そしてHPを回復。
夕暮れの森の中、緑の柔らかな妖精の光が俺の体を包んだ。
《HP 500回復》
「お、結構回復する。この欠片いいやつだったんじゃね?彼方、よかったのかよ?」
「うん。さっきの戦闘で、彼方の方が攻撃されてたし」
「でも…」
そんなことを話していた時。
茂みの奥で、何かが動いた。
次の瞬間、低い唸り声とともに影が飛び出してくる。
《ワイルド・ウルフが現れました》
「───来た!」
通知に反射的に剣を構える。
青い狼のような姿のモンスターが地面を蹴り、一直線に突っ込んできた。
「未那都、右!」
彼方の声。言われるより早く、身体が動いていた。
《シルフ・ブレード》が淡く光り、空気を裂く。
一撃、二撃。
斬撃に合わせて小さな風が巻き起こる。
ここ二、三日で集めた〝進化の欠片〟を使った《シルフ・ブレード》は、魔力も攻撃力も上がっていた。
(…いける!)
攻撃を受けて瀕死のモンスターが、牙を剥いて飛びかかる。
それを、横から走り込んできた彼方が銃で弾き飛ばした。
「ナイス」
面白そうに言う彼方の声にそのまま連携するように、もう一度踏み込む。
最後の一撃が決まった瞬間、モンスターは光の粒になって弾け、消えた。
《ワイルド・ウルフを討伐しました》
「…毎回思うけど、すげー」
思わず、声が漏れる。
息は上がっていないのに心臓の音が早い。
現実じゃないのに、身体がちゃんと戦った感覚になる。
楽しい───素直にそう思った。
ふと、昔のことを思い出す。
小学生の頃、春日神社脇の公園にあるグラウンドに集まってサッカーをしてたこと。
彼方と、コウタと、ユウキと、いつものメンバーでボールを追いかけてた。
勝っても負けても、ただ走って、笑って。
(…そういえば。あいつら高校に入ってから、見かけなくなったな)
別の学校行ったのかな。
ぼんやりとそんなことを考えながら、隣を見ると彼方がいた。
さっきと同じように、少しだけ息を整えながら立っている。
少し前は夕暮れ時だったフィールドも、今はすっかり夜の帳が下りていた。
「あ、欠片だ」
見たら先ほどのモンスターがいた場所に欠片が落ちていた。
しかも色は紫。コレは。
「魔力の欠片だ。スキル上げられるやつじゃん」
俺は少し興奮した。
そうしたら彼方は間髪入れずに言う。
「よかったじゃん。未那都が見つけたんだから、未那都が使いなよ」
「え…」
その言葉に俺は引っかかる。
彼方は本当ににこやかに、なんてことないように言っている。でも。
「いや、さっき俺回復のも使ったじゃん。お前使えって」
「でもさ、いま持ってんの未那都だし」
「お前、自分はクリアできなくていいの?」
俺は自分でもわかるくらい少し苛立っていた。
「彼方が誘ったのにさ。どうでもいいわけ?」
「そうじゃないよ。ただ俺は…」
そう彼方が言葉を切った後。
よくわからない沈黙が2秒くらいあった。
だがそれが無かったかのように、彼方はにこやかに言葉を続けた。
「未那都がそう言ってくれるなら、俺が使うよ。ありがと」
そうして彼方は魔力の欠片を使った。
《ネメシス・リボルバーの魔力が+30上がりました》
淡い紫の光に銃が包まれる。
それを見て俺は問いかけた。
「彼方が選んだのってさ、呪縛?」
それを聞いて驚いたように彼方はこちらを見たが、ゆっくり頷いた。
「うん。やっぱりRPGだと攻撃力強そうな方がいいかなって。未那都は?」
「俺は…」
なんとなく言い淀む。
そんな俺に彼方は笑って言った。
「祝福、だよね。マップ見れてたりするしわかってたよ。呪縛は火力高いけど、祝福は回復魔法に強いしマップ見れたりするみたいだし、賢い判断だと思う」
「……」
彼方が言ってるのはゲーム内でのメリットのことだったが、なんか俺は釈然としなかった。
「…呪縛ってさ。なんかこう、強くなったら代償求められる、みたいなのないの?」
「え?…うーん。あるっちゃあるけど、秘密兵器みたいな感じで使わないならそれは発動しないよ」
「そうか…」
言いながら俺は自分でも何を気にしているのかわからなかった。
そんな俺に彼方はどこか嬉しそうに言った。
「もしかして未那都さ。心配してくれてる?」
「な…そんなわけないだろ!自惚れんな!」
カッと頬が熱くなる。
これはVRに反映されてない、はず。
そう思っていると、彼方はまた嬉しそうに言った。
「わかってるよ、ありがとう。俺は大丈夫だから」
そう言って笑う彼方。
何かを巧妙に隠すような、こんな顔を見せるようになったのはいつからだろう?
そんなことを思っていた矢先、ゲームの制限時間が来た。
そしてこの日は、そのままお開きになった。
***
「コイツはみなと!おれのダチじゃけぇ、なかようせんとゆるさんで!」
「わかった!」「おー!」
彼方の元気な声と共に紹介された日から、俺は池谷口の一員になった。
そしてサッカーをしたら、いつの間にか緊張も解けて仲良くなって。
彼方がいてくれて良かったと思った。
だからサッカーを終えて一緒の方面に二人で帰る時、そっと言った。
「あの…ありがと。さそってくれて」
「べつに?おまえサッカーうまいし。おれもたのしいし、さそってよかったわ!」
ニコッと無邪気な顔で笑う彼方。
この時。
不安だったけど、彼方と一緒なら新しい場所でもやっていけそうだ。
そんなことを、思ってた。
***
「うわ!海じゃん!!!」
燦々と降り注ぐ陽射しの下、視界が一気に開けた。
どこまでも澄み切ったターコイズブルー。
光を弾く水面はガラスみたいに透き通って、白い砂浜が眩しく反射している。
波は穏やかに寄せては返し、そのたびにきらきらと光って、まるで異国のリゾートみたいだった。
日本じゃない、どこか遠い海。
ナポリとか、そういう場所のイメージがそのまま目の前にあるみたいで思わず声が弾む。
「うん。綺麗だね」
横を見ると、彼方が静かに海を眺めていた。
同じ景色を見ているはずなのに、どこかその目は遠くを見ているみたいだ。
自分だけが浮かれているみたいで、少しだけ気恥ずかしくなる。
「なんだよ、テンション低」
不貞腐れたようにそう言うと、彼方は一度だけこちらを見て、少し困ったように笑った。
「あ、いや、綺麗だとは思うよ。でもさ、玉野の海も俺は好きだから」
「は?」
「ほら、中学のとき行っただろ。渋川の防波堤のとこ」
一瞬、言葉に詰まる。
頭に浮かぶのは、薄い水色と濁った緑色が混じったような重い色の海と、ところどころ砂浜に落ちてるゴミと、生々しい潮の匂い。
今日みたいに日差しもなくて茫漠とした、どこか暗い海。
「田舎の海と全然違うだろ…」
俺が思わずそう言うと、彼方は少しだけ目を細めた。
「そうかな。俺は、ああいう海が落ち着くけど」
静かに言うその横顔は、どこか遠くを見ているみたいだった。
風が吹く。
目の前の海の表面がきらきらと揺れる。
潮の匂いすらしないその水は、現実味がないくらい透き通っていて、ひたすらに綺麗だった。
俺はやっぱりこっちがいい、そう思いながら口を開く。
「リアルじゃないからかもしれないけどさ。こんなに綺麗なら、こっちの方がいいだろ。あんなゴミだらけで臭い海より」
「はは、それは確かにあるかもな。…じゃあ、いつか行こうよ。こういう海に」
「え?」
その声音は柔らかかった。
振り向くと、彼方は穏やかに笑っている。
「海外でも、日本でもいいからさ。遠くに行こう」
言われてみると、それもいいかもなと思った。
遠出らしい遠出は、中学の修学旅行ぐらいしか記憶にない。
「いいけど」
「やった!約束だから。覚えててよ」
そう答えると、彼方は子どもみたいに嬉しそうに笑った。
「はいはい」
軽く流したつもりなのに、胸の奥が少しだけざわついた。
(なんかデートみたいだな、この空気)
浮かんできた思考に俺はハッとして頭を振る。
海に二人きり、というシチュエーションだからだろうか。
幾ら綺麗な光景だからって、それは無い。
───ふと、あの時を思い出す。
少し前に、彼方の部屋に二人でいた時に起きたこと。
もしかしたら俺だけが気にしてるのかもしれない。
でも今はあの時と違って、VRだから変なことにはならないから安心だ。
「あ、未那都。あれ欠片じゃない?」
「え?」
ふと砂浜の端にキラキラと輝くものが見えた。
それは岩陰に隠れるように光っていて、確かに星の欠片に見えた。
しかも、色は海と同化して見えるほど綺麗な青。
今まで見たことのなかった欠片の色だ。
自然と笑顔になる。
「もしかしてすげえ欠片なんじゃ⁉なあ、彼方!」
「…うん」
興奮する俺を他所に、彼方は静かだった。
欠片に近い所にいた彼方がそれを拾う。
するとそれは触れた瞬間、淡い光が弾けた。
《特殊欠片を取得しました》
《解放の欠片:城への入場条件をひとつ満たしました》
「…え、なにこれ。城…?ってことは、あと一つ集めればもう次行けるってことか?」
思わず声が漏れる。
興奮気味に振り返るが、彼方は静かなままだった。
「…そうだね」
彼方はどこか、少しだけ考え込むような顔をしている。
「すげえじゃん!一気に進んだな!」
「…うん」
俺が笑うと、彼方は一瞬だけこちらを見て短く頷いた。
なんか変だ。
解放の欠片を見つけられたなら、もっと喜んだっていいのに。
不可解な彼方の様子に訝しんでいると、海に面した森の中から一人の男が飛び出してきた。
それはマッチョな筋肉質に、強そうな銀のアーマーを装備した剣士の男だった。
「わっ!え、なにこの人?」
「…」
驚く俺と対照的に、彼方は静かだった。
そんな中コマンドが立ち上がる。
《通話申請がありました》
《許可しますか?》
「まあ、話聞いてみるか。な、彼方?」
「…うん」
彼方の態度には釈然としなかったが、頷く様子に俺は《YES》を選ぶ。
途端に、威勢のいい声が耳に届いた。
「俺カズマ!今森の影から見てたんだけどさ、それ解放の欠片だろ⁉今まで他は手に入れたからわかるよ〜!あと見つけてないのは解放の欠片と願いの欠片だけ。だからすぐわかったんだよね!なぁなぁ、お前らのギルド入れてよ!」
「うぉ…」
「………」
見た目に反して幼く、だがでかい声に耳がキーンとなりながら、彼方の方を見る。
その顔は何を考えているのかわからない、無表情だった。
「俺さ、こういうゲームやり慣れてるからレベルも上がってんだよ。俺はレベル43で、武器は54!結構すげえだろ⁉」
「え⁉それは強いな⁉」
俺たちどっちも、自分も武器もレベル30くらい。
カズマ自身も武器もかなり強そうに見える。
ギルドに入れてもいいんじゃ?そう思って、俺は彼方の方を見た。
「いいんじゃない?」
「え?」
すると彼方は拍子抜けするぐらいあっさり頷いた。
俺の方が面食らうくらいに。
「マジ⁉やったぁ!よろしくな!」
そんな俺達を他所に、カズマは両手を挙げて喜んだ。
ギルド申請が来る。
《Kazumaxxx.15のギルド参加を承認しますか?》
出てきたコマンドにとりあえず《YES》を押すと、彼方も承認したタイミングで《Kazumaxxx.15がギルド: KANAMINAに参加しました》と出た。
彼方がカズマに温和に話しかける。
「よろしく。その前に、これから連携とか取る訳だし色々教えてよ。武器はそれ、炎タイプ?強そうだけどなんてやつ?」
「コレはフレイム・アックス!
見ての通り炎タイプで、パワーが売りなんだよね!」
「そうか、タイプ被らないなら連携しやすそうだな。
ところで俺たちもう今日のログイン時間少ないからさ、また明日探索するでいい?」
「勿論!あ、俺ももうほとんど時間ねえや。じゃあまた!よろしくな!」
「…よろしく」
「じゃ!」
そう言ってカズマは先にログアウトしていった。
俺と彼方は砂浜に取り残される。
俺は少し引っかかって、そっとフォローすることにした。
「カズマ、いい奴そうだな。
なんか強そうだし、ギルドも人数増えた方が城も攻略しやすくなるし、俺も安心かも」
「…そう。良かった」
どこか言葉少ない様子に、これは何か考えてるな、とはと思った。
でも12年の付き合いの勘で、この彼方に何聞いても無駄だってことがわかってた。
だから時間があまりない事をいい事に、この日はさっさと切り上げる事にした。
「じゃ、また明日な」
「うん」
そう言って、俺たちは通話を切った。
***
次の日、俺はいつも通りログインした。
昨日と同じ海岸は、夕暮れの色を映して赤紫の光に包まれている。
(サンセットビーチっていうのかな?こういうのも綺麗だよな)
そんな呑気なことを考えながらギルド画面を開いて、ふと違和感を覚えた。
(…あれ)
カズマの名前が、ない。
昨日あれだけテンション高く、ギルドに入れてもらえて嬉しいと騒いでいたのに。
(もう抜けた?いや、でも変だろ。城に入るために、俺たちのギルドに入ったのに)
そう思ったとき、森の影から彼方が現れた。
もう先にログインしていたらしい。
「彼方!ギルドの一覧からカズマいなくなってるんだけど。お前、何か知ってる?」
思わず駆け寄ってそう言うと、彼方は表情も変えずに答えた。
「決闘したから。あいつ、ギルド抜けたよ」
「…え?」
聞き慣れない単語に、頭が一瞬止まる。
彼方はそんな俺を見て、目を瞬かせた。
そして静かな声で続ける。
「未那都は祝福だから知らないか。
呪縛には、通常メニューに出ない制度がいくつかあるんだよね。決闘もその一つ」
「制度…?」
「うん。相手は普通のプレイヤーでも、ギルドメンバーでもいい。申請された側は、受けるかどうかを選べる。何を賭けるかも、その場で決める。そこで俺とカズマは、スキルとレベル。それからアイテム一式を賭けた」
「は…?全部ってこと?」
ぽかんと呆気にとられる俺に、彼方は無表情で頷いた。
「うん。それで────勝った。あいつはリセットされて、レベル1。装備もスキルもなし」
淡々としたその言葉で、現実が一気に押し寄せてくる。思わず彼方のステータスを開く。
レベル73、武器84。
昨日より、明らかに跳ね上がっていた。
「……」
言葉が出なかった。
彼方はそんな俺を気にも留めず、続ける。
「バトルやる前、アイツの方がレベル上だから見くびって総取りできるって喜んでたよ。
解放の欠片だけでよかったのに、俺の武器も欲しがって全部賭けてきた。欲張りすぎだよね。レベル上げに必死で回復の欠片も集めてないの丸分かりだったし、近距離しか取り柄ないのにあの条件で受けるのは無謀だ。
結構簡単に勝てたよ」
淡々と言う彼方に俺は冷たい汗が伝う。
「なんで…そんな事」
「え?」
彼方が大した事じゃないと思ってるのは分かった。
でも、俺は言わざるを得なかった。
「アイツだって、ゲーム楽しんでたじゃないか!それをわざわざ奪うことしなくたっていいだろ⁉なんで、そんなこと…っ」
「だって」
彼方は静かに言葉を切る。
その冷たい瞳に俺は一瞬、言葉を飲み込んだ。
「俺、未那都と二人が良かったから」
「え…」
先ほどの冷たい口調から繰り出された、不貞腐れたような言葉に俺は面食らう。
「少なくとも、城に入るまでは。ああいうのにギルド入られるの、正直嫌だったし。何するか分かんないし。どうせ足引っ張るだけだよ」
言い募る彼方に、ああ───と。
彼方って、こういう奴だった、と俺は過去のことを思い出してた。
そして、言葉を選びながら俺は言った。
「言いたいことは分かるけど、なら、あの時断れば良かっただろ?」
そう言う俺に、彼方は少し言葉に詰まった後に口を開いた。
「…未那都は、綺麗に生きすぎるんだよ。言いたいことは分かる。みんなで楽しくゲームして勝てたら一番だ。でもゲームは順位がつくし、まずここをクリアすることが最優先だよ。それを考えるなら、俺が勝てそうなアイツに決闘申し込んで強くなるのも当然だろ?」
「……」
今度は俺が黙り込む。
確かに昨日とは桁違いに、彼方は強くなった。
戦略的にはベストなやり方。
俺にもそれはわかる。
でもどうしても、俺はそれが正しいとは思えなかった。
「…それでも…。そんな事するくらいなら、俺は仲間なんて、いらなかったし。強くもならなくていい」
「……」
「誰かの犠牲で成り立つ強さなんて、強さじゃないだろ」
俺は真っ直ぐに彼方を見据えて言った。
それに彼方はハッと息を呑んで、眩しそうに目を細め───ふっと、寂しそうに笑った。
「うん。未那都はやっぱりそういうやつだよね。知ってたよ、昔から」
「……」
今度は俺が沈黙する番だった。
そんな俺に、彼方はあっさり頭を下げた。
「ゴメン。次からは…なるべくこんなことしない。未那都にも相談するから。許してくれない?」
「…別に。許すも何も、もうギルドには俺とお前しかいないんだから、二人でやってくしかないだろ」
その言葉に彼方はパッと顔を上げて笑った。
「良かった!じゃあ今日も欠片集め、がんばろ!」
「…ちゃんと反省しろよ」
「してるって!」
そんな軽口を叩きながら、俺は先ほど思い出した過去の事を思い出していた。
彼方との約束の時間に合わせて、俺はログインすることにした。
胸を弾ませ、昨日と同じ手順でパソコンでログインページを開く。
すると昨日とは全く様子が変わっていた。
「〝フォールン・フェアリーズ・ユートピア〟……?」
思わず浮かび上がるロゴを読む。パソコン画面に広がっていたのは、鬱蒼とした森。
だが暗さはなく、木々の隙間から柔らかな光が差し込でいる。
足元には色とりどりの花が咲き乱れ、淡く光る妖精たちが舞う。
その中心には一人の美しい女性が立っていた。
長いブロンドの髪を揺らし、薄水色のドレスを着た彼女は凛と前を見据えている。
輝くティアラを冠した姿はどこか現実離れしていて〝妖精の女王〟という言葉が一番しっくりきた。
(これが第一フィールド……ファンタジーRPGか)
その美しさ、魅力に思わず息を呑む。
───ヤッバ、めちゃ面白そう!
心臓の音が早くなる。
俺はすぐにゴーグルを装着し、ログインボタンを押した。
***
光の粒子に包まれる演出の後、文字が浮かび上がる。
《WELCOME TO SUMMER END PROTOCOL》
《1st FIELD: FALLEN FAIRIES UTOPIA》
(きたきた!)
逸る気持ちを抑えながらコントローラーを握る。
すると不意に辺り一面がブラックアウトし、暗転。
静寂に包まれる中───横をふっと、光が横切った。
辺りにぽわ、ぽわと光が灯る。
それはまるで夜闇に浮かぶ蛍のようで、だがよく見れば小さな手足がある。
妖精だ。
やがて、俄かに陽の光が差し込み、辺りが明るくなる。
そこは、鬱蒼とした森だった。
鳥の囀りに、川のせせらぎ。静かな音に満ちた空気に、新緑の匂いまで感じられる気がする。
(本当に森にいるみたいだ…よく出来てんな、VR)
そんなことを思いながら辺りを見渡していると、不意に目の前に文字が浮かび上がった。
《ここは妖精達の楽園。
それはかつて、美しく気高い女王が支配する楽園だった》
次の瞬間。
視界いっぱいに、臨場感あふれる映像が展開されていった。
『妖精達の楽園。
この楽園の女王はある日、闇の魔法使いにより城の最上階の棺に封じられた。
同時に妖精達もまた〝星の欠片〟へと姿を変えられ、森の各地へと散らされた。
あるものは森や洞窟の片隅に落ち、あるものはモンスターの魔力を増幅する依代となった。
かつて美しく秩序を保っていた森は、今や混沌に覆われている。
この森を救うべく召喚されし勇者達よ。
闇の魔法を解き、女王を助け出し、失われた平和を取り戻せ───』
そうして映像は終わった。
成程、ここからゲームに入っていくわけか。
そう思っていると、突然コマンドが現れた。
《BEFORE BIGINNING OF THE GAME, PLEASE MAKE A CHOICE : BLESSING OR CURSE》
《ゲーム開始の前に、一つ選択をしてもらいます───祝福と呪縛。
どちらを選びますか?》
(……え?)
不意を突かれて俺は戸惑う。
まだ世界観しか説明されていないのに、いきなり選択を迫られるとは。
目の前には〝祝福〟と〝呪縛〟───白と黒に包まれた文字がそれぞれ浮かび上がり、タイマーは30秒に設定されている。
考えている時間はあまりない。
それを自覚しながら、俺は考えを巡らせた。
(よくわかんないけど、祝福は白だから回復魔法が得意とか?呪縛は呪いとか黒魔術が得意そうな感じだよな。どうしようか……)
どう考えても、呪縛の方が強そう。
RPGだし、最初だし、どう考えても攻撃が強そうな呪縛を選ぶべきか。
そう思った。でも───
(なんか、呪縛って言葉がイヤだな)
呪い、の漢字も入ってるし。
強くなれても後でしっぺ返しがきそう。
字と、取り巻く黒いモヤからそんなおどろおどろしい雰囲気が出ている。
対する〝祝福〟は、もしかしたら攻撃系はあまり強くないのかもしれない。
でも、後ろめたい気持ちのようなものを抱えてプレイするよりも───俺はこっちでいいかな、と思った。
だから残り5秒のあたりで、俺は白の〝祝福〟を選択したのだった。
《YOUR CHOICE: BLESSING》
《OK?》
《〝祝福〟でよいですか?》
〝YES〟を選ぶ。
瞬間、辺りは光に包まれた。
次の瞬間。
徐々に明るくなる視界の中、俺が立っていたのは美しい森の湖畔だった。
右下に白くマップが点滅している。
《BLESSING SKILL:GUIDE MAP》
《祝福のスキルにより、マップ表示が可能となりました》
(マップ見れるってかなり有利なんじゃ?祝福選んで良かった!)
そう思っていると、また説明のアニメーションが展開された。
***
《FIELD GUIDE:STAR FRAGMENT》
《星の欠片について》
これより先、あなたは《フェアリーズ・ユートピア》の深部へと足を踏み入れる。
この世界では、すべての妖精が〝星の欠片〟へと姿を変えられ、森の各地に散らばっている。
あるものは大地に落ち、あるものは洞窟に沈み、あるものはモンスターの内に宿る。
欠片を見つけ、手にした時───その妖精はあなたに力を貸す。
それは加護となり、スキルとなり、魔法となる。
あなたは戦う術を得るだろう。
だが、忘れてはならない。
その力は、他者から奪うこともできる。
この世界に存在する〝星の欠片〟は有限だ。
総数、18,380個。内訳は以下の通り。
・光の欠片 8,000個
回復、持久戦に特化した加護を与える。
・進化の欠片 6,000個
成長を促進し、レベルの上昇を加速させる。
・魔力の欠片 4,000個
スキルおよび魔法の発動に関与する。
・解放の欠片 180個
2個収集で城への入場が可能になる、特別な欠片。
・願いの欠片 200個
城の中に眠る欠片。最奥にて使用される、選択の鍵。
《COMMUNICATION:交流について》
プレイヤーは単独でも、複数でも行動可能。
ギルドを結成し、共に攻略することもできる。
ギルドの最大人数は5人。
既知のプレイヤーとは、ID検索によって接続が可能。
通信、協力、あるいは裏切り───そのすべては自由だ。
城へ辿り着く方法は二つ。
〝解放の欠片〟を手にするか、それを持つ者と共に門をくぐるか。
《GOAL:勝利条件》
城の最上階へ到達して〝願いの欠片〟を使用し、世界の歪みを正すこと。
※ 願いの内容に応じて、フィールドクリア時の評価及びランキングが変動します。
《IN THE END:最後に》
───選択は、すでに始まっている。
進むか。奪うか。
それとも、守るか。
あなたの物語を、ここから開始せよ。
***
この説明は、設定画面より何度も確認が可能───という注釈とともに文字が消え、視界は再びフィールドの森の湖畔へと戻る。
そしてふと、視界に星型の光る石のようなものが落ちているのに気付く。
これが欠片か、と、それに近づきボタンを押す。
すると拾うことができ、コマンドが出てきた。
《欠片を使いますか?》
目の前に現れた選択肢に、少しだけ考えてから《YES》を押した。
《選んでください───自身か、剣か》
一瞬迷って、俺は〝剣〟を選ぶ。
祝福を選んだ分、攻撃力が低い気がしたからだ。
次の瞬間、星の欠片が淡い黄色に光を帯びた。
やがてそれは強く煌めき、形を変えて小さな妖精へと変わる。
まるで某ファンタジーアニメのティンカー・ベルのような妖精はくるん、と俺の目の前で舞い、懐の剣にぶつかり小さな星を散らして消えた。
《進化の欠片を使いました》
《シルフ・ブレード 攻撃力+10 防御力+10 アップしました》
(なるほど、こういう仕組みか)
少しずつゲームの形が見えてきた。
欠片を集めて、城へ行く。
そして女王を助け出してハッピー・エンド。
ただ少し、気になることがあった。
(城に入れる人数、少な過ぎないか?)
さっきの説明を思い出しながら、もう一度整理する。
解放の欠片は全部で180個。
しかも、城に入るには2個必要。
(ってことは…90人?)
思わず眉を顰める。
ギルドを組めば多少は融通が利くにしても、最大5人。
それでも500人いるプレイヤー全員が城に入れるわけじゃない。
さらに、クリア条件。
願いの欠片は200個限定。
(…これ、クリアできる人数もかなり絞られるんじゃ)
そこまで考えた時だった。
不意に、目の前に通知が浮かび上がる。
《通話申請を受信》
《許可しますか?》
(通話申請とかも出来るのか…彼方かな)
先ほどの説明にあった『既知のプレイヤーとはID検索によって接続が可能』という一文を思い出す。
俺はとりあえず《承認》を選んだ。
ピッ、という軽い音。
次の瞬間。
彼方の少し低めの声が、耳元に流れ込んできた。
「未那都、今チュートリアル終わったとこ?」
「うん。てか通話申請なんて出来たんだな」
「未那都のIDは覚えてたから。
なんか色々操作してたら出来た。
それで思ったんだけどさ、二人でギルド組まない?」
「え?」
唐突な提案に目を丸くする。
俺は今さっきゲームの設定を読み取れたところで、いきなりギルドを組むだなんて発想はなかった。
そんな俺に、彼方は間を置かずに続ける。
「ギルド組んだ方が便利だって。
二人ならさ、解放の欠片も早く見つけられるかもしれないし、ドロップも共有できる」
「いや、でも…いきなりすぎだろ。まだ始まったばっかだし」
「だからだよ」
彼方は俺の言葉を遮るように、即答した。
「最初に組んだ方が動きやすい。途中からだと、強い奴らはもう固まってるだろうし」
確かに、それはそうかもしれない。
けど、ゲームの中でも彼方と一緒なんて。
それに俺は躊躇して、苦し紛れに一言発した。
「…別に、もっと強くなった後に他のやつと組めばいいだろ」
ぽつりとそう返すと、彼方は通話先で少し沈黙した後。
諭すような、努めて冷静であろうとするような口調で俺に語りかけた。
「…未那都は、それでいいの?
知らない奴といきなり組んでさ。連携取れると思う?
それにこのゲーム…さっきの説明聞いたらかなり厳しいよ。
ギルド組まなきゃ、多分城にも入れない。
つまり連携なしで攻略は無理ってこと。
それに、俺は未那都と組みたい」
「…なんでだよ」
「やりやすいから」
「…それだけ?」
一拍置いて、沈黙が落ちる。
だが少しの後に、彼方は観念したように息を吐いた、気配がした。
「いや…そもそも俺が未那都をゲームに誘ったのもさ。二人でこの夏になんか思い出作りたいってのもあったからなんだよね。だから…最初から一緒にやれたら楽しいよな、って思ったから誘った。
迷惑だったら、ごめん」
寂しそうに言う彼方に罪悪感が湧いて、俺は慌てて謝る。
「あ、いや…別にそれは、いいよ」
「本当?じゃあギルド組んでくれる?」
「まあ…うん」
「ほんと⁉やった!じゃあギルド申請するね!」
パッと彼方の声が明るくなる。
俺たちはいつもこう。
彼方が理詰めでこうした方がいい、って言って、俺が渋っていると最後は俺はこう思ってて…と、情で落とされる。
10年以上の付き合いだから分かりきってる、榊彼方の対人戦略。
説得されかかってるから、最後の一押しでまあいいかとなってしまう。
後で考えると、もっと渋るべきだったんじゃ?とか思ったりするんだけど、大抵後の祭りだ。
そんなことを考えてるうちに、いい感じに物事が進んで、まあいいか、となってる。
そんなことをぼんやり思っていると、次の瞬間、俺の前にウィンドウが展開された。
《ギルド招待:KANATA.S》
「申請送ったから。承認押して」
「はいはい…」
浮き足立つような彼方の声に軽くため息をつきながら、指先でその表示に触れる。
途端、文字が浮かび上がった。
《ギルド結成:SUCCESS》
《ギルド名は何にしますか?》
「なんにする?未那都」
問いかける声に、考えて言う。
「かなみな、とかでいいんじゃね」
「名前くっつけただけじゃん。まあいいけど」
適当な俺の言葉にも嬉しそうに笑う彼方。
何も操作していなかったら《ギルド名:KANAMINA》で承認されていた。
(まあ、別にいっか。彼方の言う通り…まず城に行けなきゃ、意味ないし)
そう思って俺は視線を前に戻す。
夜の闇の中、森の中を光が一筋過ぎった気がした。
こうして俺達はギルドを結成した。
そしてこの後少し周辺探索をして、星の欠片を集めて、この日ゲームを終えたのだった。
***
一番最初に俺たちが出会ったのは、5歳の時。
俺が埼玉から引っ越してきた時の事だった。
倉敷に住んでる母方のばあちゃんが足腰を悪くして、母さんがお世話をしなくちゃいけなくなったから。
父さんが会社に打診した結果、決まったのが岡山転勤だった。
埼玉で仲良い友達もいた俺は、勿論反対した。
泣きじゃくった。
母さんはそんな俺を諭した。
仕方ないのよ、決まった事なのよ、と。
俺はそれでも泣いた。
号泣した。
でも、現実は覆らなかった。
「空気も綺麗だし、ご飯も美味しい。未那都もすぐ気にいるよ」
そんな慰めにもならないことを父親に言われながら長い新幹線に揺られた、次の日。
幼稚園に初めて登園した日に、俺は彼方と出会ったのだった。
「坂上未那都くんです。みんな仲良くしましょうね」
「「「はーい!」」」
そんな威勢のいい返事をしながら、殆どの幼稚園児は散り散りになってそれぞれ好きな遊びをし始めた中。
彼方だけがキラキラと輝く笑顔で俺に駆け寄って、話しかけてきた。
「なあ、みなとってどっからきたん?」
「さいたま」
「さいたまって、とうきょー⁉」
「ちがうよ、さいたまはさいたまだよ。
とうきょうはちかいけど」
的外れなことを言う5歳の彼方は、俺の言葉にキラキラと目を輝かせていた。
「すげー!おれ、おまえきにいった!
なあ、みなとってサッカーするん?」
「え?サッカー?」
サッカーは埼玉でもやってた。
浦和レッズの試合も見に行ったことがあった。
そんな俺に彼方は満面の笑みで頷いた。
「うん!」
「まあ、やるけど…」
「じゃあきまりな!かすがじんじゃわきのこうえんしゅーごーで!」
そんな、どこか有無を言わさないような言葉に俺は頷くしか無かった。
***
二、三日の間。
俺たちは二人して森の中を欠片集めに奔走していた。
ゲームの中の時間はその時によって変わるのだが、今は夕暮れ時。
日が傾いて森の中を赤く染め上げている。
「なあ、プロトコルって何か知ってる?」
俺は何気なく聞いたのだが、彼方はしれっと答えた。
「本来は手順とか、共通のルールって意味のIT用語だよ。
ほら、ネットのアドレスってhttpって全部つくだろ?アレがプロトコルなんだって。
つまりネットの中ではある手順が決まってて、httpって入れたらその手順通りに通信が走ってネットが開く…みたいな仕組みができてるんだ。
他にもいろんなのがあるらしいけど、ゲームのタイトルのサマー・エンド・プロトコルは…夏を終わらせる方程式、みたいなニュアンスの意味なんじゃないかな?」
「へえ…よく知ってんな」
そんな俺の言葉に彼方は苦笑いした。
「このゲームのタイトル見てから調べたってだけ。
あ、回復の欠片あったよ。未那都使って」
「あ、ありがと」
彼方が俺に回復の欠片を差し出す。
さっきのモンスターとの戦闘で俺のがHP削れたからか。
そう思って俺は素直に受け取る。
そしてHPを回復。
夕暮れの森の中、緑の柔らかな妖精の光が俺の体を包んだ。
《HP 500回復》
「お、結構回復する。この欠片いいやつだったんじゃね?彼方、よかったのかよ?」
「うん。さっきの戦闘で、彼方の方が攻撃されてたし」
「でも…」
そんなことを話していた時。
茂みの奥で、何かが動いた。
次の瞬間、低い唸り声とともに影が飛び出してくる。
《ワイルド・ウルフが現れました》
「───来た!」
通知に反射的に剣を構える。
青い狼のような姿のモンスターが地面を蹴り、一直線に突っ込んできた。
「未那都、右!」
彼方の声。言われるより早く、身体が動いていた。
《シルフ・ブレード》が淡く光り、空気を裂く。
一撃、二撃。
斬撃に合わせて小さな風が巻き起こる。
ここ二、三日で集めた〝進化の欠片〟を使った《シルフ・ブレード》は、魔力も攻撃力も上がっていた。
(…いける!)
攻撃を受けて瀕死のモンスターが、牙を剥いて飛びかかる。
それを、横から走り込んできた彼方が銃で弾き飛ばした。
「ナイス」
面白そうに言う彼方の声にそのまま連携するように、もう一度踏み込む。
最後の一撃が決まった瞬間、モンスターは光の粒になって弾け、消えた。
《ワイルド・ウルフを討伐しました》
「…毎回思うけど、すげー」
思わず、声が漏れる。
息は上がっていないのに心臓の音が早い。
現実じゃないのに、身体がちゃんと戦った感覚になる。
楽しい───素直にそう思った。
ふと、昔のことを思い出す。
小学生の頃、春日神社脇の公園にあるグラウンドに集まってサッカーをしてたこと。
彼方と、コウタと、ユウキと、いつものメンバーでボールを追いかけてた。
勝っても負けても、ただ走って、笑って。
(…そういえば。あいつら高校に入ってから、見かけなくなったな)
別の学校行ったのかな。
ぼんやりとそんなことを考えながら、隣を見ると彼方がいた。
さっきと同じように、少しだけ息を整えながら立っている。
少し前は夕暮れ時だったフィールドも、今はすっかり夜の帳が下りていた。
「あ、欠片だ」
見たら先ほどのモンスターがいた場所に欠片が落ちていた。
しかも色は紫。コレは。
「魔力の欠片だ。スキル上げられるやつじゃん」
俺は少し興奮した。
そうしたら彼方は間髪入れずに言う。
「よかったじゃん。未那都が見つけたんだから、未那都が使いなよ」
「え…」
その言葉に俺は引っかかる。
彼方は本当ににこやかに、なんてことないように言っている。でも。
「いや、さっき俺回復のも使ったじゃん。お前使えって」
「でもさ、いま持ってんの未那都だし」
「お前、自分はクリアできなくていいの?」
俺は自分でもわかるくらい少し苛立っていた。
「彼方が誘ったのにさ。どうでもいいわけ?」
「そうじゃないよ。ただ俺は…」
そう彼方が言葉を切った後。
よくわからない沈黙が2秒くらいあった。
だがそれが無かったかのように、彼方はにこやかに言葉を続けた。
「未那都がそう言ってくれるなら、俺が使うよ。ありがと」
そうして彼方は魔力の欠片を使った。
《ネメシス・リボルバーの魔力が+30上がりました》
淡い紫の光に銃が包まれる。
それを見て俺は問いかけた。
「彼方が選んだのってさ、呪縛?」
それを聞いて驚いたように彼方はこちらを見たが、ゆっくり頷いた。
「うん。やっぱりRPGだと攻撃力強そうな方がいいかなって。未那都は?」
「俺は…」
なんとなく言い淀む。
そんな俺に彼方は笑って言った。
「祝福、だよね。マップ見れてたりするしわかってたよ。呪縛は火力高いけど、祝福は回復魔法に強いしマップ見れたりするみたいだし、賢い判断だと思う」
「……」
彼方が言ってるのはゲーム内でのメリットのことだったが、なんか俺は釈然としなかった。
「…呪縛ってさ。なんかこう、強くなったら代償求められる、みたいなのないの?」
「え?…うーん。あるっちゃあるけど、秘密兵器みたいな感じで使わないならそれは発動しないよ」
「そうか…」
言いながら俺は自分でも何を気にしているのかわからなかった。
そんな俺に彼方はどこか嬉しそうに言った。
「もしかして未那都さ。心配してくれてる?」
「な…そんなわけないだろ!自惚れんな!」
カッと頬が熱くなる。
これはVRに反映されてない、はず。
そう思っていると、彼方はまた嬉しそうに言った。
「わかってるよ、ありがとう。俺は大丈夫だから」
そう言って笑う彼方。
何かを巧妙に隠すような、こんな顔を見せるようになったのはいつからだろう?
そんなことを思っていた矢先、ゲームの制限時間が来た。
そしてこの日は、そのままお開きになった。
***
「コイツはみなと!おれのダチじゃけぇ、なかようせんとゆるさんで!」
「わかった!」「おー!」
彼方の元気な声と共に紹介された日から、俺は池谷口の一員になった。
そしてサッカーをしたら、いつの間にか緊張も解けて仲良くなって。
彼方がいてくれて良かったと思った。
だからサッカーを終えて一緒の方面に二人で帰る時、そっと言った。
「あの…ありがと。さそってくれて」
「べつに?おまえサッカーうまいし。おれもたのしいし、さそってよかったわ!」
ニコッと無邪気な顔で笑う彼方。
この時。
不安だったけど、彼方と一緒なら新しい場所でもやっていけそうだ。
そんなことを、思ってた。
***
「うわ!海じゃん!!!」
燦々と降り注ぐ陽射しの下、視界が一気に開けた。
どこまでも澄み切ったターコイズブルー。
光を弾く水面はガラスみたいに透き通って、白い砂浜が眩しく反射している。
波は穏やかに寄せては返し、そのたびにきらきらと光って、まるで異国のリゾートみたいだった。
日本じゃない、どこか遠い海。
ナポリとか、そういう場所のイメージがそのまま目の前にあるみたいで思わず声が弾む。
「うん。綺麗だね」
横を見ると、彼方が静かに海を眺めていた。
同じ景色を見ているはずなのに、どこかその目は遠くを見ているみたいだ。
自分だけが浮かれているみたいで、少しだけ気恥ずかしくなる。
「なんだよ、テンション低」
不貞腐れたようにそう言うと、彼方は一度だけこちらを見て、少し困ったように笑った。
「あ、いや、綺麗だとは思うよ。でもさ、玉野の海も俺は好きだから」
「は?」
「ほら、中学のとき行っただろ。渋川の防波堤のとこ」
一瞬、言葉に詰まる。
頭に浮かぶのは、薄い水色と濁った緑色が混じったような重い色の海と、ところどころ砂浜に落ちてるゴミと、生々しい潮の匂い。
今日みたいに日差しもなくて茫漠とした、どこか暗い海。
「田舎の海と全然違うだろ…」
俺が思わずそう言うと、彼方は少しだけ目を細めた。
「そうかな。俺は、ああいう海が落ち着くけど」
静かに言うその横顔は、どこか遠くを見ているみたいだった。
風が吹く。
目の前の海の表面がきらきらと揺れる。
潮の匂いすらしないその水は、現実味がないくらい透き通っていて、ひたすらに綺麗だった。
俺はやっぱりこっちがいい、そう思いながら口を開く。
「リアルじゃないからかもしれないけどさ。こんなに綺麗なら、こっちの方がいいだろ。あんなゴミだらけで臭い海より」
「はは、それは確かにあるかもな。…じゃあ、いつか行こうよ。こういう海に」
「え?」
その声音は柔らかかった。
振り向くと、彼方は穏やかに笑っている。
「海外でも、日本でもいいからさ。遠くに行こう」
言われてみると、それもいいかもなと思った。
遠出らしい遠出は、中学の修学旅行ぐらいしか記憶にない。
「いいけど」
「やった!約束だから。覚えててよ」
そう答えると、彼方は子どもみたいに嬉しそうに笑った。
「はいはい」
軽く流したつもりなのに、胸の奥が少しだけざわついた。
(なんかデートみたいだな、この空気)
浮かんできた思考に俺はハッとして頭を振る。
海に二人きり、というシチュエーションだからだろうか。
幾ら綺麗な光景だからって、それは無い。
───ふと、あの時を思い出す。
少し前に、彼方の部屋に二人でいた時に起きたこと。
もしかしたら俺だけが気にしてるのかもしれない。
でも今はあの時と違って、VRだから変なことにはならないから安心だ。
「あ、未那都。あれ欠片じゃない?」
「え?」
ふと砂浜の端にキラキラと輝くものが見えた。
それは岩陰に隠れるように光っていて、確かに星の欠片に見えた。
しかも、色は海と同化して見えるほど綺麗な青。
今まで見たことのなかった欠片の色だ。
自然と笑顔になる。
「もしかしてすげえ欠片なんじゃ⁉なあ、彼方!」
「…うん」
興奮する俺を他所に、彼方は静かだった。
欠片に近い所にいた彼方がそれを拾う。
するとそれは触れた瞬間、淡い光が弾けた。
《特殊欠片を取得しました》
《解放の欠片:城への入場条件をひとつ満たしました》
「…え、なにこれ。城…?ってことは、あと一つ集めればもう次行けるってことか?」
思わず声が漏れる。
興奮気味に振り返るが、彼方は静かなままだった。
「…そうだね」
彼方はどこか、少しだけ考え込むような顔をしている。
「すげえじゃん!一気に進んだな!」
「…うん」
俺が笑うと、彼方は一瞬だけこちらを見て短く頷いた。
なんか変だ。
解放の欠片を見つけられたなら、もっと喜んだっていいのに。
不可解な彼方の様子に訝しんでいると、海に面した森の中から一人の男が飛び出してきた。
それはマッチョな筋肉質に、強そうな銀のアーマーを装備した剣士の男だった。
「わっ!え、なにこの人?」
「…」
驚く俺と対照的に、彼方は静かだった。
そんな中コマンドが立ち上がる。
《通話申請がありました》
《許可しますか?》
「まあ、話聞いてみるか。な、彼方?」
「…うん」
彼方の態度には釈然としなかったが、頷く様子に俺は《YES》を選ぶ。
途端に、威勢のいい声が耳に届いた。
「俺カズマ!今森の影から見てたんだけどさ、それ解放の欠片だろ⁉今まで他は手に入れたからわかるよ〜!あと見つけてないのは解放の欠片と願いの欠片だけ。だからすぐわかったんだよね!なぁなぁ、お前らのギルド入れてよ!」
「うぉ…」
「………」
見た目に反して幼く、だがでかい声に耳がキーンとなりながら、彼方の方を見る。
その顔は何を考えているのかわからない、無表情だった。
「俺さ、こういうゲームやり慣れてるからレベルも上がってんだよ。俺はレベル43で、武器は54!結構すげえだろ⁉」
「え⁉それは強いな⁉」
俺たちどっちも、自分も武器もレベル30くらい。
カズマ自身も武器もかなり強そうに見える。
ギルドに入れてもいいんじゃ?そう思って、俺は彼方の方を見た。
「いいんじゃない?」
「え?」
すると彼方は拍子抜けするぐらいあっさり頷いた。
俺の方が面食らうくらいに。
「マジ⁉やったぁ!よろしくな!」
そんな俺達を他所に、カズマは両手を挙げて喜んだ。
ギルド申請が来る。
《Kazumaxxx.15のギルド参加を承認しますか?》
出てきたコマンドにとりあえず《YES》を押すと、彼方も承認したタイミングで《Kazumaxxx.15がギルド: KANAMINAに参加しました》と出た。
彼方がカズマに温和に話しかける。
「よろしく。その前に、これから連携とか取る訳だし色々教えてよ。武器はそれ、炎タイプ?強そうだけどなんてやつ?」
「コレはフレイム・アックス!
見ての通り炎タイプで、パワーが売りなんだよね!」
「そうか、タイプ被らないなら連携しやすそうだな。
ところで俺たちもう今日のログイン時間少ないからさ、また明日探索するでいい?」
「勿論!あ、俺ももうほとんど時間ねえや。じゃあまた!よろしくな!」
「…よろしく」
「じゃ!」
そう言ってカズマは先にログアウトしていった。
俺と彼方は砂浜に取り残される。
俺は少し引っかかって、そっとフォローすることにした。
「カズマ、いい奴そうだな。
なんか強そうだし、ギルドも人数増えた方が城も攻略しやすくなるし、俺も安心かも」
「…そう。良かった」
どこか言葉少ない様子に、これは何か考えてるな、とはと思った。
でも12年の付き合いの勘で、この彼方に何聞いても無駄だってことがわかってた。
だから時間があまりない事をいい事に、この日はさっさと切り上げる事にした。
「じゃ、また明日な」
「うん」
そう言って、俺たちは通話を切った。
***
次の日、俺はいつも通りログインした。
昨日と同じ海岸は、夕暮れの色を映して赤紫の光に包まれている。
(サンセットビーチっていうのかな?こういうのも綺麗だよな)
そんな呑気なことを考えながらギルド画面を開いて、ふと違和感を覚えた。
(…あれ)
カズマの名前が、ない。
昨日あれだけテンション高く、ギルドに入れてもらえて嬉しいと騒いでいたのに。
(もう抜けた?いや、でも変だろ。城に入るために、俺たちのギルドに入ったのに)
そう思ったとき、森の影から彼方が現れた。
もう先にログインしていたらしい。
「彼方!ギルドの一覧からカズマいなくなってるんだけど。お前、何か知ってる?」
思わず駆け寄ってそう言うと、彼方は表情も変えずに答えた。
「決闘したから。あいつ、ギルド抜けたよ」
「…え?」
聞き慣れない単語に、頭が一瞬止まる。
彼方はそんな俺を見て、目を瞬かせた。
そして静かな声で続ける。
「未那都は祝福だから知らないか。
呪縛には、通常メニューに出ない制度がいくつかあるんだよね。決闘もその一つ」
「制度…?」
「うん。相手は普通のプレイヤーでも、ギルドメンバーでもいい。申請された側は、受けるかどうかを選べる。何を賭けるかも、その場で決める。そこで俺とカズマは、スキルとレベル。それからアイテム一式を賭けた」
「は…?全部ってこと?」
ぽかんと呆気にとられる俺に、彼方は無表情で頷いた。
「うん。それで────勝った。あいつはリセットされて、レベル1。装備もスキルもなし」
淡々としたその言葉で、現実が一気に押し寄せてくる。思わず彼方のステータスを開く。
レベル73、武器84。
昨日より、明らかに跳ね上がっていた。
「……」
言葉が出なかった。
彼方はそんな俺を気にも留めず、続ける。
「バトルやる前、アイツの方がレベル上だから見くびって総取りできるって喜んでたよ。
解放の欠片だけでよかったのに、俺の武器も欲しがって全部賭けてきた。欲張りすぎだよね。レベル上げに必死で回復の欠片も集めてないの丸分かりだったし、近距離しか取り柄ないのにあの条件で受けるのは無謀だ。
結構簡単に勝てたよ」
淡々と言う彼方に俺は冷たい汗が伝う。
「なんで…そんな事」
「え?」
彼方が大した事じゃないと思ってるのは分かった。
でも、俺は言わざるを得なかった。
「アイツだって、ゲーム楽しんでたじゃないか!それをわざわざ奪うことしなくたっていいだろ⁉なんで、そんなこと…っ」
「だって」
彼方は静かに言葉を切る。
その冷たい瞳に俺は一瞬、言葉を飲み込んだ。
「俺、未那都と二人が良かったから」
「え…」
先ほどの冷たい口調から繰り出された、不貞腐れたような言葉に俺は面食らう。
「少なくとも、城に入るまでは。ああいうのにギルド入られるの、正直嫌だったし。何するか分かんないし。どうせ足引っ張るだけだよ」
言い募る彼方に、ああ───と。
彼方って、こういう奴だった、と俺は過去のことを思い出してた。
そして、言葉を選びながら俺は言った。
「言いたいことは分かるけど、なら、あの時断れば良かっただろ?」
そう言う俺に、彼方は少し言葉に詰まった後に口を開いた。
「…未那都は、綺麗に生きすぎるんだよ。言いたいことは分かる。みんなで楽しくゲームして勝てたら一番だ。でもゲームは順位がつくし、まずここをクリアすることが最優先だよ。それを考えるなら、俺が勝てそうなアイツに決闘申し込んで強くなるのも当然だろ?」
「……」
今度は俺が黙り込む。
確かに昨日とは桁違いに、彼方は強くなった。
戦略的にはベストなやり方。
俺にもそれはわかる。
でもどうしても、俺はそれが正しいとは思えなかった。
「…それでも…。そんな事するくらいなら、俺は仲間なんて、いらなかったし。強くもならなくていい」
「……」
「誰かの犠牲で成り立つ強さなんて、強さじゃないだろ」
俺は真っ直ぐに彼方を見据えて言った。
それに彼方はハッと息を呑んで、眩しそうに目を細め───ふっと、寂しそうに笑った。
「うん。未那都はやっぱりそういうやつだよね。知ってたよ、昔から」
「……」
今度は俺が沈黙する番だった。
そんな俺に、彼方はあっさり頭を下げた。
「ゴメン。次からは…なるべくこんなことしない。未那都にも相談するから。許してくれない?」
「…別に。許すも何も、もうギルドには俺とお前しかいないんだから、二人でやってくしかないだろ」
その言葉に彼方はパッと顔を上げて笑った。
「良かった!じゃあ今日も欠片集め、がんばろ!」
「…ちゃんと反省しろよ」
「してるって!」
そんな軽口を叩きながら、俺は先ほど思い出した過去の事を思い出していた。
