サマー・エンド・プロトコル ― 幼馴染との最後の夏、僕らは秘密を共有した

最終フェーズ当日。

結局昨日のあれから彼方とは話さないまま、一日悩んでこの日を迎えた。
ログイン直後、空はすでに赤く染まっていた。
カウントダウンが、静かに進んでいる。

防衛に行く方が、確実にミッションの成功確率は高い。
それでポイントも入るし、無駄にはならない。
それで、いいはずだ。

「…」

なのに、指が動かなかない。
選択画面の前で、俺は立ち尽くした。

防衛ルートと、討伐ルート。

どっちも目の前にあるのに。
頭の中に浮かぶのは、昨日の彼方との会話だった。
あの声。
あの顔。

(なんで、あんな顔で言うんだよ)

ぐっと、手に力が入る。
胸がじわじわと焦れたように熱くなる。
モヤモヤしたまま、答えが出ないまま。
カウントダウンだけが進んでいく。

でも指は動かなかった。

「…っ」

息を吐く。

防衛に行けばいい。
自分で決めたはずだ。

それが正しい。
安全で、確実で、間違ってない。
それなのに、決定的に何か違う気がしていた。

何が違うのか自分でもわからない。
でも、これじゃないって感覚だけははっきりしていた。

「……」

ゆっくりと、顔を上げる。
視線の先には、あの巨大な影。
〝ワールド・コア〟。

あそこに、彼方が行く。───一人で。

「……は」

それに気付いた時、思わず短く笑いが漏れた。
何やってんだ、俺。
そんなの決まってるだろ。

迷う必要なんて───最初からなかった。

指を動かす。選択画面に触れる。

《討伐ルート(LAST STRIKE)選択》

次の瞬間、機体が加速する。

空を裂くように、一気に高度が上がる。
風圧が機体を叩く中、俺は前だけを見た。
行く先は一つだ。
敵群を抜けて、上空へ。

巨大な外殻の影が、どんどん近づいてくる。その手前で、見覚えのある機体を見つけた。

「…いた」

あいつ、本当に一人で来てる。
呆れた。
でも、だからこそ。

スロットルを押し込む。
一気に距離を詰める。

「───彼方!」

通信を開く。
一瞬のノイズのあと、声が返ってきた。

「…未那都?」

驚いたような声。
そりゃそうだ、さっきまで俺は防衛行くって言ってたんだから。

「…やっぱ、討伐行く」
「…なんで」

短い問い。
責めるでもなく、ただ理由を聞く声。
その声に、ほんの少しだけ迷いそうになる。でも。

「……」

一瞬だけ目を閉じて、すぐに開く。
もう、決めたんだ。

「お前と一緒に行きたいから」

それだけ言った。
余計な理由はいらなかった。
通信の向こうで彼方が息を呑む気配がした。

「…そっか」

少しの沈黙の後。
小さくそう返ってきた言葉はどこか嬉しそうだった。

「…悪いかよ」
「いや」

少しだけ、笑う気配。

「いいと思う」

昨日と同じ言葉。
でも、あの時とは全然違う響きだった。

その瞬間、機体のシステムが反応する。

【LINK CONFIRMED】【PAIR BONUS ACTIVATED】

視界の端に、表示が走る。
機体の出力が、一段上がる。

「…よろしく」
「ああ」

短い返事。
それだけで十分だった。
もう迷いはない。
並んで、同じ方向を見る。
目の前には、圧倒的な敵。それでも。

「行くぞ!」
「ああ!」

二機同時に、加速する。

巨大な外殻へと、一直線に。世界の終わりへ向かって───二人で。

***

「でも、意外だった」
「え?」
「最初、未那都が防衛選ぶって言ったとき。なんとなく、討伐の方行くと思ってたから」

その言葉に少しだけ目を見開く。

「俺の方が驚いたって。彼方は…防衛選ぶかな、って思ってたし」
「え…そうなの?」
「うん。現実的に、確実にポイント貰う方がいいだろとかって言うと思ったし」
「…それってさ。俺に合わせようとしてくれたって事?」

なんだか緊張したように言われたその言葉に、数秒ほど思考が止まる。
意味を理解して、ぶわわ、と顔が赤くなった。今、ちょうど顔が見えなくてよかった。

「そ、そんなわけないだろ! 彼方が前に言ってたこと、あれも一理あるなって思っただけで…別に、合わせたとかじゃないし!」

そう必死に言っていたら、彼方が小さく笑う声が聞こえた。

「…でも、良かったよ。未那都が来てくれて」
「…そうかよ」
「うん。一人でも討伐行くつもりだったけどさ、ペアも他のヤツと組むつもりもなかったし。撃墜されて終わりかなって思ってた」
「…やっぱ、来て良かった」

なんとかなる、なんて言いながら。
結局こいつは一人で突っ込んで、勝手に終わるつもりだったんだろう。
そういう奴だ、彼方は。

口には出さなかったが気配で伝わったのか、彼方は小さく笑った。

「でも、本当に。未那都が来てくれて嬉しかった。今なら、何でもできそうな気がする。…ありがとう」
「…そうかよ」

そんないつもの軽口を叩きながら、俺たちは〝ワールド・コア〟へと向かった。

***

そこから先は、もうほとんど死闘だった。

外殻を守る敵群は数え切れないほど多く、俺たちだけじゃなく、討伐を選んだプレイヤーたちが次々に撃墜されていった。

何度もシールドが割れ、警告音が耳を焼く。彼方の機体が前に出て、俺がその背を守る。
俺が敵に囲まれれば、彼方が無理やり突破口を開く。

そうやって、何度も落ちかけながら進んだ。

《OUTER SHELL BREAK》《CORE DEFENSE SYSTEM:解除開始》

中枢防御に入ってからは、さらにひどかった。
ワールド・コアはまるで空そのものを敵にしたみたいに、光の槍を雨のように降らせてきた。
味方の機体が一機、また一機と光に呑まれ、仮死状態のログが流れていく。

それでも誰も引かなかった。

防衛に残ったプレイヤーたちが時間を稼いでいる。
その間に、俺たちが〝ワールド・コア〟を壊すしかない。

「未那都、合わせろ!」
「わかってる!」

二機の照準が、同じ一点に重なる。

《PAIR STRIKE:READY》

最後の一撃。
それは、ほとんど祈りみたいだった。
ありったけの出力を注ぎ込んで、彼方と同時にトリガーを引く。

光が、空を貫いた。
一瞬、世界が真っ白になる。

次に視界が戻った時、ワールド・コアは音もなく崩れていった。
巨大な影がほどけるように消え、空を覆っていた赤い亀裂が、ゆっくりと閉じていく。

《WORLD CORE:DESTROYED》《FINAL FIELD CLEAR》

その表示を見た瞬間、全身から力が抜けた。

「……勝った、のか」

誰かの声が通信に漏れる。
次の瞬間、あちこちから歓声が上がった。
撃墜され、仮死状態になっていたメンバーたちも、復帰ログとともに戦線へ戻ってくる。
消えかけていたエリアの表示が、ひとつ、またひとつと安定していく。

世界は、終わらなかった。

《全プレイヤーの最終スコアを集計します》
《ランキング発表まで、しばらくお待ちください》

赤かった空は、いつの間にか、夏の終わりの夕方みたいな薄い青紫になっていた。
俺はその空を見上げながら、隣に並ぶ黒い機体を見る。彼方も、何も言わなかった。

ただ同じように、終わりゆく、終わらなかった世界を見ていた。

***

《FINAL RESULT:ランキング集計完了》

空に巨大な光のパネルが展開され、最終順位が一斉に表示された。
流れていく名前の中に、見慣れたものを見つける。

25位 KANATA.S Lv.112

48位 MINATO.S Lv.68

「…やっぱ、すげえな」

思わず呟く。
第一フィールドでは32位だった彼方が、ここにきてさらに順位を上げた。
対して俺も、87位からここまで上がってきたが、それでも彼方の方が上だ。

(…結局、勝てなかったな)

俺は少しの落胆と、それでもやり切った満足感で胸がいっぱいだった。
横を見ると、彼方はその順位を静かに見ている。
その顔からは、感情は読み取れなかった。

けど、その直後。

《ADDITIONAL CALCULATION:呪詛ポイントによる補正を開始します》

突如、画面が赤く染まる。

「え?」
(呪詛ポイント、ってなんだ?)

その疑問に呼応するように、ディスプレイに説明が表示された。

《呪詛ポイント───呪縛プレイヤーのみ使用可能な決闘・掠奪・リミッター解除などの行為により減点されるポイントです。これより総合評価より減点を行います》

「彼方お前、これ知ったのかよ⁉」

俺の言葉に彼方はあっさり頷いた。

「…うん。最初から俺たち呪縛プレイヤーには説明されてたよ。
その上で能力を使うか、選択を任されてた」

次の瞬間、ランキングが動き出す。
呪縛プレイヤーの黒い名前の横の数字が書き換わり、ランキングが下がっていく。
相対的に、祝福プレイヤーは上がっていった。

そして数字が止まった時。
ランキングは大きく変わっていた。

45位 MINATO.S Lv.68
46位 KANATA.S Lv.112

「…俺の方が、上?」

呆然と呟く。
ほんのわずかだけ、逆転している。

「………っ」

隣で小さく息を詰める彼方の声を聞いた瞬間。
俺は思い出した。

決闘して、ギルドから他メンバーを追い出したこと。
ペアを組んでから、カードをいっぱい持ってる彼方に「なんでそんなに持ってるんだ?」って聞いたら「未那都と組んだ時困らないように、他のやつから取った」と言ってたこと。
最後の決戦の時、リミッター解除を使って俺が傷付かないよう、周囲の敵を殲滅してくれたこと。

そして俺は気付いた。
彼方が今まで俺に譲ってきたもの。

ポジションも、勝負も、選択も。

俺はどこかで、それを「いらないものだから切り捨てられるんだ」と思い込もうとしていたのかもしれない。
───違う。
欲しかったんだ。
勝ちたかったんだ。
悔しいと思えるくらい、大事だった。

それでも彼方は、俺を選んできてくれた。

《MESSAGE FROM CREATOR》

高い電子的な声が、空に響いた。

『この世界は、まもなく消えます。
ですが、あなたたちがここでしてきたことは消えません。
───何を選び、何を諦め、何を奪ったのか。
それは、あなたたち自身の中に残ります。
ゲームは消えます。
だけど、これからの生き方は変えられる。
それをどうか、よく考えてください』

その言葉を聞きながら、俺はようやく気づいた。

縛られていたのは、彼方じゃない。
俺だった。

池谷口にも、この土地にも。
地下にいる、あの人にも。
幼馴染っていう関係にも。

全部に縛られて、動けなくなっていたのは、俺だ。
捨てる勇気を見せて、俺を選んできてくれた彼方に───俺も、全部捨てて、さらけ出すべきなんじゃないか。
世界が消えていく中。

最後の望みみたいに、俺は彼方の方を見た。

「…あのさ。なんでもって、言ったよな」

彼方がこちらを見る。
何も言わずに頷く。
その目は、ゲームが始まる前の約束をちゃんと覚えていた。

「なら───」

俺の言葉に、彼方は目を見開いた。