サマー・エンド・プロトコル ― 幼馴染との最後の夏、僕らは秘密を共有した

クラス外の廊下には、期末テストの結果が貼り出されていた。
英語、国語、数学に理科社会。上から下まで、学年全員の名前と点数。
興味ない奴らまで見に来ていたから、廊下はごった返していた。
みんな群がって、最悪だ、思ったより良かった、と喧しく騒いでいる。
だが、俺の頭の中は水を打ったように静かだった。
その視線は一点に縫い止められている。

岡山県立池谷口(いけやぐち)高校二年 クラス共通期末テスト 総合順位
一位 (さかき)彼方(かなた) 449点
二位 坂上(さかがみ)未那都(みなと) 441点

(頑張ったのに)

そんな言葉が頭に浮かんで、それをいや、と否定する。
多分アイツは俺以上に頑張ったんだ。それか、単純に俺より頭がいい。
前から知っていた事実を上書きして突きつけるように、女子の嬌声が耳に入ってきた。

「ねえ榊くん一位だって!すっご!」
「イケメンで頭もいいとかマジハイスペすぎん?」

好き勝手なことを言って騒ぐ女子の会話に、胸はまた冷えていく。
ミーハーな女子グループの会話をこれ以上聞いていたくなくて、俺は掲示板に背を向けた。
今日はもう、さっさと帰ろう。
そう思って廊下を一人とぼとぼと歩を進める。
胸を押し潰す、言いようのない憂鬱。
その理由を探すように俺は道すがら考えた。
───本当は高校ではサッカー部に入りたかったけど、中学で辞めた手前入りづらかった。
その原因もアイツだ。
だから高校からは真面目に勉強しよう。
そう思って今回のテストも頑張ったのに、また結局勝てなかった。
女子の弾んだ黄色い声が頭に反響する。

『イケメンで頭もいいとか───』

知ってる。
彼方と並んで女子と喋ると、絶対に女子は彼方の方を見て頬を染めて、笑みを浮かべて俯くから。
その様子は、いつも俺なんて視界に入ってないみたいだ。
自分以外の、強烈に秀でた誰かと比較され続ける人生。
しかもそれは幼稚園から一緒の幼馴染。
そんな人生を歩む人間が、この世にどれだけいるのだろうか。

「未那都!」

後ろから声を掛けられて振り向くと、俺の憂鬱の種もとい、榊彼方が駆け寄ってきた。
彼方は俺の陰鬱とした気分なんて歯牙にも掛けない、爽やかなイケメン顔で話しかけてくる。

「今日セブン寄ろ。あと、少し話したい」
「…まあ、いいけど」

俺はまだ不機嫌が滲んだ顔でポツッと返事をした。
彼方が話したいと言う時は、大体清輝橋(せいきばし)沿いのセブンでパンとかアイスとかを買って、旭川沿いを食べながら歩く。
いつものことだから今日もそうなるんだろう。
そう思っていると、彼方は憎らしくなるくらいの綺麗な顔でニコッと笑った。

「良かった。早く行こ!」
「あ、おい!」

俺が声を掛けると、彼方は振り向いた。
清涼飲料水のCMのような爽やかな笑顔でこちらへ言う。

「ほら、早く!」

駆け出した彼方の背中を追うように、俺も走る。
校門を出ると、初夏の太陽が肌を突き刺した。
横風で半袖の白いシャツがはためいて、蝉の声が耳に響く。

どこまでも広い群青の空。

(ああ、来週から夏休みか)

俺はどこか他人事のように考える。
そして俺達は二人、アスファルトに雑草生えむしる田舎道を走った。

***

県立池谷口高校は、岡山市北区の池谷口にある高校だ。

岡山駅周辺の、田舎にしては賑やかな岡山市街地を取り巻く住宅地の外れに建っている。
偏差値は52くらい。
トップでもなければ底辺でもない、ごく普通の公立高校。
もっと先にいくとやわらかな稜線が続く山々と、瀬戸内の穏やかな海が周囲を取り囲む、いわゆる長閑な田舎───それが池谷口だ。
生活に困ることはない。
ホームセンターもあるし、カラオケもある。
たまにおしゃれなカフェやパン屋ができては、いつの間にか馴染んでいく。

そんな穏やかで平和なこの町が、俺は嫌いだった。

「アイス売り切れてなくてよかった」
「そうだな」

嬉しそうに言う彼方に頷く。
セブンには同じ高校の奴らが数人いたけど、どうにかアイスは残っていた。

俺たちはガリガリ君をそれぞれ齧りながら、堤防沿いを並んで歩く。
流れる旭川は川幅が広く、流れも緩やかだ。
海へと続く河口に近いからか、風が吹くとどこか生々しい潮の匂いがする。
アイスを齧ると、シャリ、シャリと軽快な音とともに爽やかな味が口に広がった。
冷たい甘さが少しだけ頭を冷やす。

食べながら俺は、横に歩く彼方に視線をやった。

いつの間にか追い越された身長は、俺の頭半個分高い。
すっと通った鼻筋に、切れ長の二重。
風に揺れるサラサラの黒髪も、汗ひとつ浮かべない横顔もやたら整って見える。

対する俺は、跳ねる癖っ毛。
顔は吊り目気味なのに厚めの唇で若干幼く見える、いわゆる普通の顔。
いや、この俳優並みの男の横にいるとブサイクのレベルに入るのかも。

そんな卑屈な思考になっていると、彼方はこちらを見てふっと笑った。

「何、こっち見て」
「いや?相変わらずイケメンで羨ましいなって。今回のテスト結果のとこでも、成績も顔も良くて榊くん最高〜とか女子に言われてたし?」

あ、少しトゲ入ったかも。
そんなことを思ったが、彼方は笑って言った。

「何だよそれ。俺は、未那都の顔好きだけど」
「は?どこが」
「目とか、ほっぺのほくろとか?かわいいなって」
「適当だな」
「そんなことないって。俺は本当に…」

そう言って、彼方はふと言葉を切って俯いた。

「っていうか、クラスの女子なんかわかってない奴らばっかりなんだから気にしなくていいよ」

必死に取りなしてくれようとする彼方に、少し良心が傷む。

こいつ自身は、本当にいい奴なんだ。

「まあ、ありがと」

彼方は暫く複雑そうな顔でそんな俺を見ていたが、ハッと思い出したようにカバンの中を探り出した。

「それよりさ、この前言ってたゲーム当選したんだよ。それ話したくて、今日」
「え⁉この前言ってたゲームって、まさか」

見つめる俺に、彼方はまた笑って言った。

「〝サマー・エンド・プロトコル〟」

夏を思わせるそのタイトル。
確か前に、彼方の部屋に行った時に話したやつだ。
俺は俄かに興奮する。

「VR体験できるってやつだよな⁉マジで⁉」
「そうそう」

彼方は嬉しそうに頷き、一枚の紙を取り出す。
俺もドキドキしながら、それを覗き込んだ。

***

『サマー・エンド・プロトコル』 当選のお知らせ

拝啓 この度は、弊社プロジェクト『サマー・エンド・プロトコル』へご応募いただき、誠にありがとうございました。厳正なる選考の結果、貴方様二名は本プロジェクトへの参加者として選出されましたことを、ここにご通知申し上げます。

『サマー・エンド・プロトコル』は、次世代型VR技術を用いた期間限定の大規模オンラインゲーム体験プロジェクトです。
本プロジェクトは、202X年7月19日から8月31日までの約一ヶ月半にわたり実施されます。

本ゲームはこの期間中にのみ存在し、終了と同時にすべてのデータは消去されます。

ご参加にあたり、専用VR機器一式は弊社より無償貸与いたします。また、プロジェクト終了時のランキングにおいて上位入賞者には、使用機器一式を贈呈いたします。
なお、本プロジェクトには以下の点が含まれます。

・参加者は全国より選抜された500名に限定されます
・ゲーム内における行動および選択は、すべて結果に影響します
・プロジェクト終了時、すべてのデータは消去されます

本プロジェクトの詳細および参加手続きにつきましては、同封のガイドラインをご確認ください。

これは、あなたの〝選択〟で結末が決まるゲームです。
この夏が、あなたにとって忘れられないものとなることを願っております。

株式会社VRテック サマー・エンド・プロトコル運営事務局

***

「本当だ!ガチじゃん!」

俺は思わず声を上げた。それを彼方は嬉しそうに見る。

「二人で応募したから両方当たるか不安だったけど、良かった。機器は夏休み前日に届いて、その時チュートリアルがあるみたい。
パソコンのメールの方に詳しいこと色々書いてあったから、これからうち来て一緒に見ない?」
「行く行く!」
「よし、じゃあ早く行こ」

俺が声を弾ませて頷くと、彼方は嬉しそうに笑って早足に歩き始めた。俺も浮き足立って足並みを揃える。
高二の夏休みと言っても、彼女もいない、帰宅部の俺には夏休みの宿題くらいしかやることはない。
だから彼方から話を聞いた時。
当たったら楽しそうだな、なんて思っていた。
でもまさか本当に当選するなんて。
ひと夏で終わるゲーム、なんて美しく儚いコンセプトにも興味をそそられた。

それに、あのキャッチコピー。

丘の上から山と広大な草原を見下ろすような主人公プレイヤーらしき人影と、薄紫の雲に見え隠れする夕暮れの星空。
そのPRムービーに浮かび上がる一言が、どこか切実で、俺の胸に引っかかりを残していた。

『たとえ世界が終わっても。
君は俺のそばにいて。』

***

旭川沿いの道を折れてしばらく行くと、住宅やら畑が途切れたところに、場違いみたいに大きな鉄筋造りの建屋が現れる。

榊精工だ。

中からは金属を削る甲高い音が断続的に響いて、キィン、と細く耳に刺さる音が、風に混じって外まで漏れていた。
灰色の外壁はところどころ色褪せシャッターには薄く錆が浮いている。

彼方と俺は足早にその前を通り抜け、さらに奥へ進むと道は急に静かになり、背の高い塀に囲まれた敷地が目に入る。
木製の重厚な門は、黒く塗られているはずなのに長い年月のせいか、色褪せて木目が見えていた。
彼方が慣れた手つきで門を押すと、ギィ、という低い音とともにゆっくりと開く。
中に入ると、正面には池があって、濁った水の中を鯉がゆっくりと泳いでいる。
その横を通り抜け、縁側の影を踏むようにして玄関へ向かう。
彼方がポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで錠を回すと、重い音がして玄関が開いた。
途端、よく知る彼方の家の匂いがふわりと広がってホッと安心感が湧く。

榊家に来るといつもこうだ。家に入るまでが緊張する。

「お邪魔します。…お母さん、まだ忙しいの?」
「うん。工場が今繁忙期みたいで、夜遅くまでやってるよ」
「大変だな」

そう言いながら玄関を上がり、階段を上がる。
二階の一区画のドアを開けると、そこは見知った彼方の部屋だ。
ベッドに勉強机、本棚の横にはリオネル・メッシのポスターが飾ってある。
シンプルな男の部屋。
俺はいつものように、ミニデスクの横の座布団に座ってカバンを置く。

彼方は早速ノートパソコンを取り出して、俺の隣に座った。

「スペックに合うパソコンがあったのも、当選した要因かもな。ほら、応募前に未那都の家のパソコンスペックも聞いただろ?」
「あー、そんなこともあったな…」

数ヶ月前。
このゲームについて彼方から聞いた時、二つ返事で応募しよう!と俺は返事をしたものの、応募は彼方がやってくれた。
俺のパソコンを見ながらスマホで何やら打ち込んでいたのを覚えている。
パソコンスペックのヒアリングなんてあったんだな、なんて思っていると、彼方は〝サマー・エンド・プロトコル〟とロゴが浮き上がる画面を表示して俺に見せた。

「ほら、これが当選者だけに見れるログインページ。後で未那都にもURL送る」
「おおっ、すご!」

***

サマー・エンド・プロトコル 参加者専用ログインページ

『サマー・エンド・プロトコル』は、VRテックによって開発された期間限定のクローズド型VRオンラインゲームです。
ゲームは 202X年7月19日から8月31日まで の間のみ存在し、終了と同時に、すべてのデータは消去されます。

この世界に残るものは、あなた自身の経験と記憶のみです。

■ログイン制限
本ゲームは、現実生活との共存を前提とした設計となっています。

・一日のプレイ可能時間:最大2時間
・未使用時間は最大14時間まで繰越可能

 限られた時間の中で、どのように行動するかが結果に大きく影響します。

***

ここまでパソコンの画面をスクロールして読んでから、俺は言葉を発した。

「初日以外みんな一日2時間限定、ってのがいいよな。じゃないと24時間ゲームしてるようなネット廃人しか上位いけねーし」
「夏季合宿とか、他の予定ができても遅れを取らないように繰越できるのもいいよね。逆に、限られた時間の中でどれだけ進められるかがネックだね」

それもそうか、と思いながら俺はパソコンの画面に目を戻した。

***

■チュートリアルについて
VR機器の到着日である 7月19日に、本ログインページおよびゲームへのアクセスが解放されます。
同時にチュートリアルが開始されます。
この日のみを事前準備日とし、プレイ時間の制限なくログインが可能です。

■フィールド構成
本ゲームは、期間中に段階的に新規フィールドが解放されます。
各フィールドでの行動および達成度は、総合スコアに反映されます。

■第一フィールド(7月20日公開)/ファンタジーRPG
剣と魔法を主体とした基本戦闘フィールド。
モンスターとの戦闘、素材の収集、装備の強化などを通じて、プレイヤーとしての基礎能力を習得します。
他プレイヤーとの協力も可能です。
以降のフィールド攻略に向けた準備段階となります。

■第二フィールド(8月1日公開)/カード迷宮攻略
構造が変化する迷宮フィールド。
進行はカード選択によって分岐し、選択結果に応じて展開が変化します。
取得・構築したカードの組み合わせ、および状況判断が攻略の鍵となります。

■第三フィールド(8月19日公開)/戦闘機バトル
三次元空間におけるリアルタイム戦闘フィールド。
個々の操作技術および判断力が直接的に反映されます。
本フィールドの戦績は、総合ランキングに大きく影響します。

■最終評価
最終日(8月31日)時点の総合スコアにより順位が決定されます。
上位50名の参加者には、本プロジェクトで使用した機材一式が贈呈されます。

■最後に
このゲームは、あなたのために用意された〝ひとつの夏〟です。
時間は限られています。
やり直しはありません。

▼LOGIN(7/19公開)

***

「…めっちゃ面白そう!」

目を輝かせて言う俺に、彼方は目を細めて笑った。

「だよな。RPGとかバトルとか、ワクワクする」
「わかる!どんな感じなのかな?しかもVRだろ⁉世界に入る感じ?めちゃ楽しみ!」

そんな俺にニコニコしたまま彼方は言った。

「俺も未那都とゲーム始めるの、楽しみ。なあ、ただやるだけじゃつまらないからさ。勝負しないか?」
「え?」

俺はビックリして彼方の方を見る。その顔にはどこか秘密をこっそり話す時のような、無邪気な笑みが浮かんでいた。

「どっちが上の順位で終われるか。…期末テストもさ、実は根に持ってるだろ」

言われて心臓が跳ねる。まさかバレてたなんて。さっと俺の頬に赤が差す。

「べ、別に。…今回、本気じゃなかったし」

言葉が尻窄みに小さくなる。
初めて正面切って『嫉妬してる』という事実を突きつけられ、唇を噛む。
見え透いた嘘だと分かっていても、それしか言えなかった。

そんな俺に彼方は飄々と言った。

「だからさ、今回は本気でやろう。夏が終わるまで。な、いいだろ?」

少し考える。
確かに、負けっぱなしでは俺の溜飲が下がらない。
挽回の機会は少しでも多い方がいい。
そう思って、俺は彼方の挑戦を受けることにした。

「…いいよ。じゃあ、8月31日のランク最終発表でさ、負けた方が言うことを聞く、とかどう?」

その言葉に彼方が小さく目を見張る。
と同時に、小さく笑って頷いた。

「いいよ。俺負けないし」
「なっ!ふざけんなよ…絶対勝つ!」
「おう。受けて立つ」

そう俺たちは笑い合って、この日は解散した。