推しとは仲良くできません

 あの後、帰宅した僕は、陸に眼鏡を返しそびれたことに気づいた。
 しかし返そうにも、陸の個人的な連絡先なんて知るはずがない。
 かといって事務所に連絡するのも、陸に迷惑がかかってしまうのではないかと気が引けた。
 どう返すのが一番いいのか考えた末にたどり着いた答えは、一つだった。

 来週末に行われる特典会へ行き、直接陸に返す。

 ただ、特典会の会場でプレゼントを手渡すことは禁止されているため、その場で堂々と渡すわけにはいかない。そのため、陸にこっそりと返したい旨を伝え、指示をあおぐことに決めた。
 それから僕は、渋谷で購入した雑誌をめくる。
 Nexe1が載っているのはたった1ページ。その中にメンバーの写真とインタビュー記事が凝縮されていた。
 僕は早速記事に目を通したが、結果的に、翔に関する話は見つからなかった。
 このことが、僕の中の疑念をより一層膨らませる。

 ――翔はグループ内でのいじめが原因で脱退したのではないか。

 もちろん、翔の話題がインタビュー記事のどこにも載っていないのは、単にインタビュアーが翔について質問しなかったからだ。あるいは、ページの都合で、泣く泣くカットされたのかもしれない。
 そう、頭では分かっている。
 しかし、どうしても僕の中に渦巻く不安や不信感が、「メンバーたちはわざと翔の話題を避けたのではないか」という思考に陥らせる。まるで、五人で翔を最初からいなかったものとして扱っているかのように。

 胸に、Nexe1に対する嫌悪感がふつふつと湧き上がってくるのを感じ、僕は慌てて思考を停止する。
 これらはあくまで僕のネガティブな妄想に過ぎないのだ。
 Nexe1を信じたい、その気持ちも僕の中には確かにあった。


 月曜日。
 この日は席替えがあった。
 クラスメイトたちがかすかに色めき立つこのプチイベントにより、僕と翔は離れ離れになってしまった。
 元々、少し視線をうつせば翔が見えるくらいの席だったのが、よりによって僕が一番前の席を引き当てたせいで、振り向いて視線を彷徨わせないと翔を見つけられない。
 「凛空!またよろしく!」
 そして何故お前はまたしても僕の隣の席なんだ、関口よ。

 昼休みになり、僕はふと後ろの席の会話が耳に入る。
 「ECHOどこにも売ってなくてさ、通販も売り切れだった」
 話しているのは、翔と普段仲がいい西田くんだ。
 そして、「ECHO」というのは、僕が先日購入した雑誌の名前だった。
 「あーなんか好きなバンドが載ってるんだっけ?」
 「そう。そのページ読みたいだけなんだけど。表紙がなんか人気の韓国アイドルらしくて、そのせいで売り切れっぽい」
 「……あのさ、ECHO探してる?僕持ってるけど、貸そうか?」
 西田くんと前に一度話した(と言っても「また明日」と挨拶を交わしただけだが)経験値が僕の背中を後押しし、僕は勇気を出して話の輪に入る。
 「え!?いいの!?てかよく買えたな」
 「あー、うん。渋谷の本屋で」
 「え、わざわざ買いに行ったん?」
 「えっとー……」
 「てか基村って、K-POP好きだったんだ!」
 どうやら、表紙のK-POPアイドルが好きで、雑誌を購入したのだと勘違いされているらしい。
 こうして僕は西田くんに雑誌を貸すこととなった。
 西田くんからの感謝の言葉を浴びながら、僕はふと、離れた席に座る翔と目が合う。
 しかし翔は珍しく目をそらしてきた。
 普段は微笑みの一つでも返してくれるはずなのに……考えすぎだろうか。

 放課後。
 僕はいつものように関口とくだらない雑談を交わしながら、昇降口へ向かった。
 すると下駄箱のところで、「凛空くん」と呼び止められる。
 声の主は翔だった。
 「あ、俺お邪魔?」
 関口が空気を読んでその場から離れようとするのを、翔が制止した。
 「いや、すぐ終わるから。凛空くん、ちょっと……」
 翔が手招きし、廊下の隅へ僕を誘導する。
 「ごめん、急に」
 「いや……えっと、どしたの?」
 「来週の土曜って空いてる?」
 「えっ」
 「ゆっくり、話したくて」
 翔からの誘いに、僕の心は一瞬で舞い上がった。
 しかし「来週の土曜」という言葉が、少し遅れて僕の頭に入ってくる。
 まずい、という感情と共に、つい「あっ……」という声が口から漏れた。
 「用事、ある?」
 「う、うん。ごめん……その次の日とかは?」
 「あー、その日は家族との予定が入ってて。……じゃあ、また誘うね」
 「ごめん……」
 翔は「気にしないで」と言うと、そのまま僕の元から去っていった。
 離れて見ていた関口が僕に「大丈夫そ?」と声をかけるが、僕はその問いに答えられるほどの余裕を失っていた。
 来週の土曜。その日は、Nexe1の特典会がある。
 そして僕はその日、特典会に参加し、陸に借りた眼鏡を返す予定があった。
 今思えば、特典会が終わってから翔と会えばいいだけの話だ。しかし、翔から「来週の土曜日」を提案された瞬間、つい気が動転してしまった。
 それは、たまたま予定が重なったから、などという単純な理由ではない。
 胸の奥からうしろめたさにも似た感情が湧きあがってきたからだ。
 陸と会ったことは翔には伝えていない。
 それだけじゃない。
 Nexe1のワンマンライブの話題も、聡志さんと一緒にビラ配りを見に行ったことも、ワンマンライブに行こうか迷っていることも、翔には何一つ話していなかった。
 隠す理由はどこにもない。
 それでも、翔がいないNexe1に、今の僕が関わっていることを知れば、翔を傷つけてしまう気がした。
 別に僕が今のNexe1を推そうが、推し変しようが、翔は気にしないかもしれない。でももし、ほんの少しでも翔が気にしてしまう可能性があるのなら……翔を1mmも傷つけたくない。
 だから僕は、ここ最近の間に起きた出来事を翔に話せずにいた。
 そしてそんな気持ちを抱えたまま、翔からの誘いを断り、Nexe1の現場に行くことに、僕はどうしようもないうしろめたさを感じてしまったのだ。
 そもそも……翔は何故わざわざ土曜日に僕を誘ったのだろう?ゆっくり話したいと言っていたが。
 思えばここ最近、翔とゆっくり話す機会がめっきり減っていた。
 席替えで翔との距離が離れてしまったように、僕と翔の心の距離も徐々に離れていってしまっている気がした。


 それから翔と話す機会がないまま、特典会当日を迎えた。
 会場に到着した僕は、まず物販の列に並ぶ。
 女性だらけの列に並ぶのには慣れたものだと思っていたが、数か月ぶりとなると少し緊張した。
 それから僕は、生写真セットを購入する。これを買うことで、特典会参加券を手に入れることができるのだ。
 この日は午後1時からフリーライブがあり、ライブが終了した後に特典会が実施されることとなっていた。
 フリーライブは文字通り無料なので、特別チケットを購入する必要はない。ただ、もし前方の優先エリアで観覧したい場合は、整理券待機列に並び、整理券を獲得する必要がある。
 今回、僕の目的は特典会に参加することだったため、整理券の列には並ばず、ライブは優先エリア外でゆっくり見ることにした。
 長く伸びる整理券待機列を横目に、僕はスマホを取り出す。
 通知が一件。聡志さんからだ。
 『行きたかったんだけど今日は無理そう。楽しんできて!』
 僕は今日、事前に聡志さんに「今日のイベント参加しますか?」とメッセージを送っていた。しかし聡志さんは用事があり、参加ができないらしい。
 周りを見回すと、ほとんどが女性だった。
 若い男性アイドルグループの現場というのは、大抵こういうものだ。その事実を受け入れてはいるものの、やはり、女性たちから送られる珍しいものを見るような視線には未だ慣れなかった。
 恐らく彼女たちに悪意はない。例えば、人混みの中で一人だけ目立つ服装の人がいると、つい視線が向いてしまう。そんな程度のことなのだろう。

 午後1時。
 フリーライブが始まる。
 僕は優先エリアの後方にポジションを構えた。
 ステージに五人が現れる。アイドル衣装を身にまとう彼らを見るのは久しぶりだった。
 披露したのは五曲。どれも聞きなじみのある曲。そもそも、Nexe1は僕の知る限りオリジナル曲をこの五曲しか持っていない。それ以外を披露するとなれば、事務所の先輩グループの曲をカバーするくらいだ。

 翔のいない、五人のフォーメーション。

 それが思ったよりもハマっており、またしても得体の知れない嫌悪感が僕の胸を突き刺す。
 ファンたちの間に、翔がいないことを悲しむような空気感はなく、五人のNexe1のパフォーマンスを心から楽しんでいる。
 その光景が、僕にはだいぶ堪えた。
 翔が脱退してから数か月が経つ。それだけの時間が経っているのだから、メンバーやファンが五人のNexe1に慣れているのは当然と言えば当然なのだが、翔が脱退したあの日から時間が止まっている僕には、目の前の光景をすぐに受け入れることは不可能だった。

 ライブが終わると、少し時間を挟み、特典会の待機列が形成される。
 僕は陸の列に並んだ。
 人気のメンバーはすぐに特典券が終了する。
 Nexe1は比較的メンバーの人気格差がないグループだったが、今日の会場の様子を見ていると、紫の衣服やアイテムを身に着けたファンが多い気がした。
 紫は陸のメンバーカラーだ。

 特典会が始まり、列は少しずつ短くなっていく。
 メンバーがいるスペースはカーテンで仕切られており、待機列から中の様子は見えない。
 それでも、順番が近づくにつれ、ファンと話すメンバーの声だけは聞こえてくる。
 久しぶりに感じるこの緊張感に、僕の心拍は自然と速くなっていた。

 いよいよ僕の番が回ってくる。
 「あっ」
 スペースに入ってすぐ、陸が僕を見て驚きの声を上げる。
 しかし、そばに剥がしのスタッフがいるからか、すぐに冷静な態度を取り戻し「ありがとう」とポストカードを手渡してきた。
 「陸、あの、眼鏡……」
 スタッフや、外で待機するファンに会話を聞かれる恐れもあるため、僕はなるべく小声かつ抽象的な言葉で伝えようとする。
 すると陸は、僕の言わんとすることを理解してくれたようだった。
 「この近くでおすすめの場所?若葉中央公園って分かる?前に動画のロケでも使ったことある場所なんだけど。意外と人も少なくて穴場だよ」
 若葉中央公園で待っていて、ということか。
 即座に理解した僕は「分かった、教えてくれてありがとう」と陸の演技に乗る。
 「お時間でーす」
 剥がしのスタッフが後ろから僕に声をかける。
 「じゃあ、これからも頑張って」
 「ありがと、りっくん。これからもずっと俺のこと推してね」
 陸から投げかけられた言葉に、僕はどう返せばいいか分からず、中途半端な会釈をして数十秒の特典会を終えた。
 陸との特典会は、ある意味では緊張したが、翔と話す時ほどのドキドキは感じなかった。
 限られた時間の中で、翔への思いを目いっぱい伝える。
 そしてそれに翔が反応してくれる。
 その時間がたまらなく好きで、その時の僕らしくない僕が、僕は結構好きだったんだと、あらためて気づかされた。

 それからしばらくすると、Nexe1のSNSの公式アカウントが特典会終了の旨を投稿した。
 その投稿を確認した僕は、すぐに陸が指定した公園へと向かった。
 以前、Nexe1がその公園で動画用のロケをしていたのは僕も知っている。確か、公園で六人が缶蹴りやケイドロなど、昔ながらの遊びをするという企画だった。
 その動画の中で、翔はメンバーたちと無邪気に笑い合っていた。
 あんな微笑ましい映像の裏で、彼らの関係が冷え切っていたなんて、とてもじゃないが信じられない。
 ……でも、信じられないからと言って、それが事実じゃないとは限らない。

 彼らが当時、動画を撮影していた地点はここだろうか。
 ちょっとした聖地巡礼のように、動画に映っていたと思しき場所をうろうろしていたところ、「りっくん」と僕を呼ぶ声が聞こえた。
 見ると、帽子を目深にかぶった陸が足早にこちらに駆け寄ってきていた。
 「ごめん、こんなとこに呼び出して」
 「いや、こっちこそ。眼鏡返しそびれてたから」
 「それでわざわざ特典会に?」
 「あーうん。事務所に連絡するのは、迷惑かかるかなって」
 「ふーん」
 何やら不満げな表情をする陸の心情が読めず、僕は思わず首を傾げる。
 「えっと、こんな形で返すのも迷惑だった……?」
 「いや、それは全然いいけど。特典会でりっくんが来てくれた時、てっきり僕に推し変したのかなって」
 「え、まさか!」
 「まさか!は失礼じゃない?」
 僕は慌てて謝罪しながら、借りていた眼鏡をバッグから取り出す。
 汚れや傷がつかないよう、この日はハンカチに包んで持ち運んでいた。
 「これ、返すね。ありがとう」
 「どういたしまして」
 「じゃあ」
 「待ってりっくん」
 その場から立ち去ろうとした僕を、陸が呼び止める。
 「え?」
 「もう翔のことは忘れて」
 「……え?」
 陸の言葉に、僕の心臓は一気に冷たくなった。
 「翔じゃなくて、今度からは俺を見てほしい。俺を推してよ。後悔させない」
 「……なんで、そんなこというの」
 翔を忘れろって?なんだよそれ。
 自分の中で、怒りの感情が膨れ上がっていくのを感じた。
 「翔はもうアイドルじゃないだろ。りっくんはさ、アイドルだった翔が好きだったんじゃないの?アイドルを推したいんだったら、翔じゃなくて現役の俺でいいんじゃ……」
 「いいわけないだろ!」
 胸の奥に抑え込んでいたモヤモヤした感情が、一気にあふれ出した。
 「僕は翔が好きだよ。アイドルじゃなくなっても好きだよ。だから、翔より陸を好きになることなんて絶対ない。ていうか、翔を忘れろって何?ひどいよ……そんなに翔のことが嫌い?翔が何をしたって言うの?グループを追い出されたってだけでも腹が立って仕方ないのに、これ以上翔を傷つけるようなことしないでよ!!」
 気付いたら、涙があふれていた。
 そしてその涙をきっかけに、今まで大切にしていたNexe1との思い出が、音を立てて崩れてしまいそうになる。
 「ちょ、ちょっと待って!」
 しかし、陸の声が、崩壊をすんでのところで止めた。
 「翔を追い出した?え?何言ってるの?ちょっと話が見えないんだけど……」
 「誤魔化さないでよ。陸が……Nexe1の他のメンバーが、翔をいじめてたんでしょ」
 「は!?なにそれ!?なんでそんな話になってるわけ?」
 「……え?」
 予想外の陸の反応に、僕は思わず反撃の言葉を止める。
 目の前でわたわたと大慌てする陸の反応は、「翔をいじめていた悪者」からは程遠いものだった。
 「……翔は、いじめとか、グループ内の人間関係の悪化で脱退する羽目になったんじゃないの?」
 「そんなわけないじゃん!翔は自分から脱退を選んだんだよ。だって……」
 そこで陸は言葉を止める。
 「だって、何?」
 「いや……俺の口からは話せない」
 「翔の脱退理由が知りたい。公式サイトに書かれた脱退理由は、ただの建前でしょ?本当の理由があるんだよね?」
 「それは……」
 言い淀む陸に、僕が次の言葉を投げかけようとしたその時だった。

 「凛空くん!」

 後ろから呼びかけられる。僕の大好きな人の声だ。
 「翔くん!?」
 「翔!?」
 僕と陸が翔の名前を呼ぶのは、ほぼ同時だった。
 「二人とも、何してるの?」
 「えっと……」
 「陸、どういうこと?」
 陸を鋭く睨みつける翔の様子を見て、僕は慌てて弁解の言葉を述べる。
 「前に僕が渋谷で困ってた時、たまたま陸が助けてくれて。その時に借りっぱなしになってたものを返すために、時間を作ってもらったんだ」
 「え……そう……なの?」
 「うん。翔くんはなんでここに?」
 「いや、俺は……たまたま、というか」
 「へー。たまたまねぇ……」
 先ほどまでの威勢を失い、しどろもどろな返答をする翔を見て、陸がニヤニヤした表情を浮かべる。
 「じゃあ、俺は用事も済んだことだし帰るよ。じゃあね、りっくん、翔」
 そう言うと、陸は僕たちに軽く手を振り、その場を去っていった。
 空気を読んで、わざと僕たちを二人きりにしてくれたようだ。
 「……えっと、ほんとにたまたま?」
 僕は改めて翔に問いかける。
 すると翔はしばらく目を泳がせた後、降参と言わんばかりにため息をつき、話し始めた。
 「最近の凛空くんの様子を見て、不安になったんだ」
 「不安?僕何かしたっけ?」
 「いや、特別何かしてたってわけじゃないんだけど。実は前に、街中で凛空くんを見かけて」
 「え?いつ?」
 「3週間前くらいかな。Nexe1のファンの男の人と一緒にいたよね。確か、海里のファンの人?」
 「あー!え、あの時見てたの?」
 「見てたっていうか、それは本当に偶然」
 「そっか。えっと、それがどうかした?」
 「それだけじゃなくて。凛空くん、ECHO買ってたじゃん?」
 何故それを知っているのか、と聞こうとしたが、すぐ理由に思い当たる。恐らく、僕が西田くんに雑誌を貸そうとした場面を見ていたのだろう。
 「凛空くん、Nexe1目当てであの雑誌買ったんでしょ?」
 「あぁ、うん……まぁ……」
 「その時点でだいぶ不安だったんだ。それで、あえて今日を指定して、会えないかって誘ったんだけど、凛空くんはそれを断った。だからまさかと思いつつ、今日会場に行ってみたら、凛空くんの姿が見えたから」
 「え、今日イベントの会場に行ってたの!?」
 「行ってたって言っても、遠目から見てただけだよ。ファンの子たちにバレたら大変だし」
 「あぁ……えっと、もしかして、不安って……」
 「そう。凛空くんがNexe1をまた本格的に推し始めたんじゃないかって。それが不安っておかしいよね。本来なら喜ぶべきことなのに。でも、なんか自分の中で、凛空くんは俺のいないNexe1には興味がないんじゃないかって、驕り……みたいなものがあって」
 「驕り……?」
 「あーもう、つまりね、言ってしまえば、凛空くんが俺以外を推すのが嫌だった。それなのに、凛空くんのこと追いかけてたら、陸と二人きりで会ってる現場を見ちゃったもんだから」
 「追いかけてたの!?いや、てか陸と会ってたのはほんと誤解というか、深い意味はなくて」
 「あー追いかけてたってストーカーみたいだよね!ごめん!あと、陸の件はもういいんだ。俺の勘違いって分かったから」
 お互い慌てふためきながら弁解をし合う自分たちがあまりにも滑稽で、僕たちは思わず吹き出してしまう。
 「……でもさ、陸となんか、言い合いしてなかった?」
 「あっ」
 その場面も見られていたのか。
 僕はどう取り繕おうかと頭を巡らせる。
 しかし、目の前の翔の真剣な表情を見て、小手先だけの言い訳は通用しないと悟った。
 そのため僕は観念し、陸が自分に「推し変しないか」と持ち掛けたこと、そして僕がいじめ疑惑を問い詰めたことを、正直に打ち明けることにした。
 「……そうだったんだ」
 「確認したいんだけど、いじめはなかったんだよね?」
 「もちろん!ないない、あり得ないよ。みんな最後まで俺の味方でいてくれたし!」
 その翔の言葉に、僕は少し引っかかりを覚える。
 「味方でって……脱退する直前に何かあったってこと?」
 「あ……それは……」
 「教えてほしい。ずっと気になってたんだ。翔くんがグループを脱退した……アイドルを辞めた本当の理由」
 翔が僕の目を見る。
 その目には一瞬迷いの色が浮かんだ。
 しかし、すぐにその迷いを振り払うように、翔の目に覚悟の色が宿る。
 「……ある画像が流出したんだ」
 翔はそう言うと、スマホを取り出す。
 そして一枚の画像を開き、僕に見せた。

 そこに写ったのは、翔が見知らぬ男と手をつなぐ姿だった。