推しとは仲良くできません

 終礼を告げるチャイムが校舎に響く。
 椅子を鳴らす音、友達同士で話す声。それらが混ざり合う中、僕も教科書を鞄にしまい、帰る支度を整える。
 すると、隣の席から肩を軽くつつかれた。
 「帰ろうぜ、凛空」
 帰宅部である僕は、同じく帰宅部仲間である関口と毎日一緒に帰っていた。
 席を立ちながらふと、「そういえば翔は結局何部に入ることにしたのだろう」との疑問が頭に浮かんだ。
 僕は、翔の方をちらりと見る。どうやら、バスケ部の男子生徒と話をしているようだった。
 (やっぱバスケ部なのかなぁ)
 三時間目の体育の授業を思い出す。
 しかし、その記憶が芋づる式に僕の醜態を思い出させ、僕は急いで頭に浮かびかけた記憶を振り払った。
 だが、僕の脳みそは頑固なようで、今度は保健室での光景が頭に浮かぶ。

 保健室で、翔が僕の頬に触れた、あの瞬間の光景――。

 同年代の男子に顔を触られるのなんて初めてだった。普通の友達同士で、あんなスキンシップはするものなのだろうか?

 「おーい、凛空?凛空ー?」
 関口の声で現実に引き戻される。
 危ない。なんてことを考えているんだ僕は。
 顔が火照るのを感じ、僕は関口にバレないよう顔を背けながら、急いで教室を出た。

 保健室でのあの場面。
 僕はつい、キスシーンみたいだ、なんて思ってしまった。

 「あ、いけね!今日委員会の仕事あったんだった」
 昇降口を出かけたところで、関口がハッとしたように声を上げる。
 「忘れてたのかよ」
 「うん。わり、凛空!俺行くわ」
 僕は、関口が校舎内へ引き返すのを見送り、一人で学校を後にした。
 学校の最寄駅までは、歩いて大体15分くらい。そして、駅前を通り過ぎて5分ほど歩いたところに僕の家がある。

 僕は家までの道を歩きながら、ふと翔のことを思い浮かべる。翔は今頃バスケ部で、仲間たちと汗水を流しているのだろうか。きっと、すぐ試合に出してもらえるんだろうな。そしたらこっそり試合を見に行こうか。でも推しが出る試合なんて無料で見ていいものなのか?いや、そもそも、既に体育で推しが出る試合は間近で見ているのだが。あ、いけない、また体育の時のことを思い出してしまう……!

 「凛空くん!」
 そんなことを長々と考えていた時だった。今聞こえるはずのない声が僕の耳に入ってきて、僕は思わず足を止める。
 そしてゆっくり振り返ると、僕の目に映ったのは、こちらに駆け寄ってくる大好きな推しの姿だった。
 翔は今、部活中では……?
 あぁ、そうか。あまりに翔のことを考えすぎて、幻まで見るようになったか。
 「凛空くん、一緒に帰ろう」
 幻ではなかった。目の前で息を弾ませているのは、紛れもない翔だった。
 「えっ……え、え?」
 「え?」
 「え?」
 無意味な「え?」の応酬のあと、僕は恐る恐る翔に尋ねる。
 「……部活は?」
 「部活?いや、入ってないよ。凛空くんもでしょ?」
 「そうだけど……でもめちゃめちゃスカウトされてたよね?」
 「あー……うん。でも、全部断った」
 「断った?なんで?」
 「そこまで興味なかったってのもあるし……凛空くんが帰宅部なら、俺も入んなくていいかなって」
 そう爽やかな笑みを浮かべて言う。
 「あ、あぁ……へぇ……そう、なんだ」
 それは、どういう意味?
 僕はつい期待してしまう。
 翔は僕と一緒に帰るために、部活に入らない決断をしたんじゃないか、なんて。
 ……いや、そんなわけないか。
 少し天然気味な翔のことだ。きっと、そこまで深い意味はないのだろう。
 「凛空くん家こっちなの?」
 「あぁ、うん。駅の近くで」
 「そうなんだ。俺は駅から電車で帰るんだ」
 「へぇ。電車通学なんだ」
 「そう、俺、今住んでるのが……」
 「あっ!ストップ!」
 「え?」
 僕は思わず翔の言葉を遮る。
 「言わなくていい!言わなくていい!ていうか、家の位置バレしそうな情報はなるべく言わない方が……!」
 僕が大慌てて言うのを、ポカンとした顔で見ていた翔だったが、それからすぐ、堪えきれなくなったように吹き出した。
 「ねぇ。普通友達同士で『位置バレ』とかいう単語使わないから」
 「あっ……」
 確かにそうだ。クラスメートの家の場所がバレることを気にするなんて、普通はおかしい。
 ……とはいえ、やはり翔は今でも僕の推しなのだ。
 推しの家の場所などトップシークレット。ファンが知っていい情報ではない。
 「なんか、凛空くんがファンで良かった」
 「え?」
 「現役時代も、そうやって気遣ってくれてたんだね」
 「……ファンとして当然、だと、思うけど……。推しって、手の届かない場所にいるものだから。ファンは絶対推しに迷惑かけちゃいけないし、推しを傷つけるようなことも絶対しない」
 「そっか」
 翔が歩くスピードを緩める。
 ゆっくり話がしたい、とその歩幅が伝えていた。
 「凛空くん、やっぱり、その……、推しと一緒に学校に通うって、いや?」
 「えっ」
 予想外の言葉に僕は思わずたじろぐ。
 翔はわざと冗談っぽく言っているようだったが、その目に不安が宿っているのを僕は見逃さなかった。
 「嫌ではない。嫌ではないよ。でも、その、どうすればいいか分からないというか」
 「いつも通りでいいよ。多分気を遣ってくれてるんだと思うんだけど、いつもの凛空くんでいい」
 「いつもの……?」
 「特典会の時、めっちゃ話してくれるじゃん。あの時の感じ」
 「いやっ、それは……!」
 そうか、翔の中では、特典会の時の僕が「いつもの凛空」なのか。
 僕は当時の自分を思い出し、穴があれば秒速で飛び込みたいほど恥ずかしくなった。

 というのも、僕は特典会では毎回、推しと話す内容を、事前に頭の中で反芻しながらその場に臨んでいた。
 たった数十秒の時間を有意義に使うため、僕は言いたいことをその時間に目いっぱい詰め込んでいた。それこそ、必死すぎるほどに……。
 その姿は、クラスメートが見たらドン引きするくらいには、僕らしくないんだろうなぁ、と思う。
 でもその「僕らしくない自分」が、僕は結構好きだった。
 翔と話すその数十秒間が、何よりも楽しかった。翔に思いを伝えようと必死になる自分もひっくるめて、僕にとってはかけがえのない時間だったのだ。

 「リアルであの感じで話してたらヤバくない?」
 翔は、あの時の僕の姿をどう捉えていたんだろう。そう思いながら、翔に問いかける。
 「そう?俺は嬉しかったけどね」
 あ、嬉しかったんだ。
 僕は翔の答えにほっとする。

 そんな会話をしているうちに、僕たちは駅へと到着した。
 もっとゆっくり歩けばよかった、などと考えてしまう自分がいて、すかさずもう一人の自分が「この贅沢者!推しと一緒に帰れただけで十分だろ」と僕の頭をぶん殴る。
 「えっと……」
 じゃあ、またね。
 そう言わなければいけないはずなのに、言葉が出なかった。
 翔ともう少し一緒にいたい、と思ってしまう強欲な自分がいた。

 「そこの店、行ったことある?」
 翔の言葉に、僕はうつむいていた顔を上げる。
 翔が指さす先には、最近駅前にできたクレープ屋さんがあった。
 「いや。ない、かな」
 「ちょっと食べてかない?」
 そういえば、翔は甘いものが好きなんだっけ。
 事務所のプロフィールの「好きな食べ物」の欄に、「甘いもの全般」と書かれていたのを思い出す。
 「いいよ。食べてこう」
 「やった!」
 「……可愛い」
 翔が僕の方を見る。
 そのきょとんとした顔を見て、僕はここでようやく、心の声が漏れていたことに気づいた。
 「あっ……!ごめん、なんでもない」
 「可愛い?」
 そう言って少しあざといポーズをとる翔を見て、僕は眩暈がしそうになる。
 今目の前にいる男の子を、ただのクラスメートだと思うのはどう考えても無理だ。
 翔はあまりにもアイドルすぎる。

 「いちごクレープかな……いやでもバナナもいいな。俺、結局王道が一番好きなんだよね」
 「クレープに王道とかあるの?」
 「え、この二つが王道じゃない?」
 「いや、そうなのかな……僕、あんまりクレープって食べなくて」
 「えーじゃあさ、いちごとバナナ一つずつ頼んで、シェアしよう」
 「あぁ。うん、いいよ」
 それから翔は、慣れた様子でクレープを二人分注文する。
 クレープが出来上がる工程を見ながら、翔は「生地を焼く道具、野球部が校庭をならすやつに似てるね」とか「クレープ屋さんって毎日まかないでクレープ食べられるのかな?羨ましい」とか、楽しそうに話をしていて、途中から僕はクレープよりもそんな翔の横顔に釘付けになっていることに気付き、慌てて目をそらした。

 それからクレープが出来上がると、翔がいちごクレープ、僕がバナナクレープを受け取る。翔にいちごクレープはとても似合っていた。
 「あ、ねぇ、写真……」
 そう言いながらスマホを取り出す翔だったが、すぐに「あ……」と言って、そのスマホをしまった。
 「ん?」
 「……なんでもない」
 「写真、撮ろうか?」
 「あー……ううん、いいんだ。撮っても載せるとこないしね」
 あぁ、そうか。
 今までの翔は、ブログやSNSに載せるため、写真を撮るのが習慣になっていたのだろう。
 職業病というやつなのだろうか、と僕はぼんやり思う。
 翔のアイドルとしての意識の高さが垣間見えると同時に、何故翔はアイドルを辞めたのか、という疑問がここにきて再び頭に浮かんだ。

 「ん!うっま!凛空くんのは?」
 「え、あぁ」
 美味しそうにクレープを食べる翔の姿を見て現実に引き戻された僕は、翔にならいクレープに口を付ける。
 「うん、美味しい」
 「ほんと?じゃあ、はい!」
 翔が自分のクレープを僕に差し出す。
 ここにきてようやく僕は、先程翔が言った「シェアしよう」の意味を理解した。
 「え、あ、えっと……」
 「凛空くんのもちょうだい」
 「あ、はい」
 僕は混乱状態のまま、手に持っていたバナナクレープを翔に差し出す。
 すると翔は、僕が手に持ったクレープにかじりついた。
 「バナナもうま~。ほら、凛空くんもいちご食べなよ」
 僕はとりあえず、翔が口を付けていない箇所をかじる。
 「美味しいでしょ」
 「うん……」
 嘘だった。味なんて分かるわけない。
 緊張のせいで食事の味がしなかったという表現をよく聞くが、なるほど、これがそれか……と僕は初めての体験を味わった。
 「凛空くん、口ついてる」
 翔が僕の口元を見ながら笑うのを見て、僕はあわてて口を拭う。
 しかし、そう言う翔の口にもチョコがついていた。
 「翔くんもついてるよ」
 「え!?どこ?」
 「右……あ、違う、翔くんから見たら左」
 翔は指で口の端をぬぐうが、なかなかチョコが取れない。
 「とれた?」
 「いや……」
 「ええ?なんでぇ?」
 恥ずかしそうに口元を隠す推しが可愛くて、僕は思わず笑みがこぼれる。
 「そこじゃなくて、ここ」
 僕はチョコがついた場所を示すため、自分の口の横を指差す。
 「ここだよね?」
 「だから、逆だって」
 その瞬間僕たちは、一向にとれないチョコレートと、一生左右に振り回される自分たちが滑稽すぎて、思わず吹き出した。
 「あははは、ていうか、普通にスマホのカメラで確認すればいいじゃんね」
 「それはそう」
 おまけに、手に持っていたクレープのチョコソースが手に垂れてきていることも相まって、僕たちはプチパニックに陥り、さらに笑いが止まらなくなった。
 この瞬間の僕と翔は、どこからどう見ても”普通のクラスメート”だった。
 それが不思議であり、それでいて幸せな時間だと思えた。

 「付き合ってくれてありがとう。また明日」
 「うん、また明日」
 「……あのさ、凛空くん」
 翔は踵を返しかけていたのを一旦止め、僕に向き直る。
 「え?」
 「……俺が……ううん。いいや、ごめん。じゃあ、またね」
 「あ、うん」

 翔は明らかに何かを言おうとしていた。
 僕は人の顔色を読みすぎてしまう癖があり、翔の少し不安そうな表情、そして“僕に対して言いづらいこと”という2点から、なんとなく何が言いたいのか察しがついてしまった。
 しかし、それに追及する勇気はなかった。
 僕にとっても、それは聞くのに勇気がいる内容だったから。

 だから僕は翔の「またね」に応じて、手を振り返す。
 そして駅に向かう翔の後ろ姿を見送った。
 翔との時間に対する名残惜しさのせいか、その背中から目を離せなかった。
 すると駅の入り口に差し掛かったところで、翔が突然振り返る。
 そして僕と目があった翔は僕にもう一度手を振った。

 ――俺がアイドルを辞めた理由、気になる?

 翔の声で、僕の脳が架空の台詞を再生する。

 気になるよ。
 でも、やっぱりそれを聞く勇気はないんだ。
 それを聞いた途端、翔との思い出が全て崩れ落ちてしまいそうで、怖いから。

 それから僕は翔の姿が見えなくなるまで、その背中を見つめていた。


 翔と過ごした放課後を経て、僕たちの関係は変化した。
 ……などということはなく、相変わらず僕は翔と目が合うたびに緊張し、教室ではまともに話すこともできず、結局僕の話し相手は隣の席の関口だけだった。
 僕にとって、あの放課後の出来事は夢であったかのようなフワフワした感覚だった。
 考えてもみれば、推しと一緒に下校して、クレープを食べるなんてこと、普通だったらあるわけがない。数か月前の僕に言ったら、鼻で笑われるだろう。
 だからこそ、あの時翔と大笑いしたことが、どうしても現実とは思えなくて、”ただのクラスメート”の関係になりかけた僕たちの関係値は、僕のせいでリセットされてしまった。
 また、関口の委員会の仕事も毎日あるわけではないため、あの日以降は再び関口と一緒に帰る、いつもの落ち着いた放課後が戻ってきた。


 翔が転校してきてから一か月が経とうとしていた。
 翔はクラスメートとすっかり打ち解けた様子で、いつも楽しそうに過ごしている。
 そして僕と翔は相変わらず、微妙な距離を保ちながら”クラスメート”として振舞っていた。
 ……と言っても、距離ができてしまっているのは100%僕が原因なのだが。

 そんなある日。
 その日の日直である僕は、前の授業で使用した資料を資料室まで運ぶ役目を担うことになった。
 量が多かったため、関口に手伝ってもらおうと思ったが、どうやら関口は英語の宿題をやっていなかったらしく、この休み時間の間に急いで終わらせるらしい。

 資料が入った段ボールを両手で抱えながら、僕は廊下を歩く。
 段ボールで視界を半分ほどふさがれているせいで、時折前から歩いてくる生徒に気付かずぶつかりそうになる。
 そのたびに「すみません」と謝る羽目になり、「やはり関口に手伝ってもらうべきだったか……いや、そもそも関口以外の友達がいない僕も僕だ」と無駄な自己嫌悪に陥った。

 二階の教室から、一階の資料室へ向かうため、僕は階段を下りる。
 段ボールに邪魔され足元が見づらいこともあり、僕はゆっくりと階段を下りた。
 しかし、そんな努力もむなしく、階段の中ほどまで来たところで、段ボールがわずかに傾いた。
 「あっ……!」
 とっさに抱え直そうとした拍子に重心が前へ流れ、体がバランスを崩す。

 ――やばい、落ちる。

 そう覚悟した、その時だった。
 「危ない!」
 背後から伸びてきた腕が、僕の体をしっかりと支える。
 腰のあたりに回された腕に引き寄せられ、傾いた体勢が一瞬で立て直された。
 「大丈夫?」
 振り返ると、少し息を切らした翔が、心配そうな表情で僕を見つめていた。
 「う、うん、ありが……」
 そこまで言いかけたところで、僕は自分の体と翔の体が密着していることに気づく。
 離れなくては……!
 そう思うものの、階段の途中に立っているため、下手に動くと翔を巻き込んで階段を転がり落ちる羽目になる。
 流石にそんなことに翔を巻き込むわけにはいかない。
 「ありがとう、だ、大丈夫だから」
 僕はなんとか平静を装い、そう告げる。
 すると翔はようやく僕の体から手を放した。
 「一人で運ぶの大変だろうなって思って、後追いかけてきた」
 「え、そうなの?」
 翔が自分のことを見てくれていたという事実に、僕は思わず頬がゆるむ。
 「手伝うよ。貸して」
 そう言うと、翔は僕の持っていた段ボールを強引に奪い、階段を降り始めた。
 「そんな、いいのに」
 「凛空くん小柄なんだから、こんな重いの持てないでしょ」
 「身長そんな変わんないよね」
 「んん??なんて?」
 冗談めかして怒ったような反応を返す翔が可愛くて、僕は思わず笑ってしまう。

 無事資料室に到着し、先生からのミッションを翔と共に達成した僕は、翔に「戻ろうか」と声をかけた。
 「ねえ凛空くん」
 「え?」
 翔に呼び止められ、僕は足を止める。
 「この前の放課後、楽しかった」
 「あぁ、うん。……僕も」
 「俺さ、あんまああいうのやったことなくて。放課後に友達と……みたいな」
 「あぁ……」
 翔は中学三年生で事務所からスカウトされた後、練習期間を経て、Nexe1としての活動を開始した。きっと自由に遊ぶ時間は、他の同級生たちと比べて少なかったのだろう。
 「だから、この前すごい楽しかった」
 「うん」
 「青春って感じ?」
 「うん……」
 翔は青春を味わってみたかったから、アイドルを辞めたのかな?
 そんな考えが、ふと頭をよぎる。
 いや、違う。翔にとってアイドル活動もまたきっと青春だったはずだ。
 そんな軽い気持ちで活動を辞めるとは思えなかった。
 「だからさ、今度一緒に出掛けない?」
 「うん……うん??」
 流れで思わず返事をしてしまったが、ちょっと待て。
 今、何と言った?
 「休みの日に一日遊ぼうよ」
 「えっ……僕と?」
 「うん、凛空くんと、俺。二人で」
 「二人で!?」
 「そう」
 「デっ……」
 デートじゃん、と言いかけた言葉を、どうにか飲み込んだ。
 「そう、デート」
 バレてた。
 「いやいやいや、そ、それはっ」
 「まあデートってのは冗談だけどさ。友達として、遊ばない?」
 「ほ、他の人誘うのは?」
 「みんな休みの日も部活だよ。あと、俺はクラスでは凛空くんが一番気心知れた仲だし。付き合いも長いしね」
 またそうやって僕の喜ぶことを……。
 しかし、推しとデート……二人で遊びに行くなんて、許されていいのだろうか。
 「嫌ならいいけど」
 「い、嫌じゃない!……です……」
 「ほんと?じゃあとりあえず連絡先交換しない?」
 「え、いいの?」
 「いいでしょ。てか連絡先交換しないと、不便じゃない?」
 それはそうなのだが、推しのプライベートの連絡先を知るということへの罪悪感に支配され、僕はなかなか首を縦に振れなかった。
 「ねぇ、また余計な事考えてるでしょ?」
 翔にはそんな僕の思考がお見通しのようだ。
 「じゃあもう、分かった!これはデートでも、友達と遊びに行くのでもありません」
 「え?」
 「凛空くんは、厳正なる抽選の結果、僕との一日デートイベントの権利が当たりました」
 「ん?は?え?」
 「推しとの疑似デートイベントです、推しを一日独占できる権利です。おめでとうございます」
 「ちょ、ちょっと待って」
 「待たない。ね、こういうていならいいでしょ?」
 「そんなスペシャルすぎるイベントあるか……?」
 「はい、細かいことは考えない!そういうわけだから。あ、僕が今から教える連絡先も、イベント用に用意したアカウントだから教えてOKってことで」
 「……そういうてい?」
 「そういうてい」
 「えぇ……」
 「はい、これ俺の連絡先」
 結局僕は流されるがまま、翔と連絡先を交換し、一方的に疑似デートイベントとやらの日程を伝えられた。

 その日の帰宅後。
 『土曜日、楽しみにしてるね』
 猫のスタンプと共に送られてきた翔からのメッセージを見て、僕はベッドの上でもだえる。

 今週末、僕は推しとデートをするらしい。
 特典会の時の比ではないくらい、僕の心臓は大きく脈打っていた。