絶対幸せにならないで!

「おい……ちょっと佐藤、」

頬にゴワっとした感覚がして、晴先輩がティッシュを僕の目に押し付けたんだと、そして自分が泣いていたんだと気づいた。ずっとしまってきた想いは自分の中だけで閉じ込めておくには大きすぎて苦しかった。あの頃から全く色褪せていなくて、

「ステキな人です……虹くんは」

想いは、久しぶりに空気に触れると溢れ出す。

「僕は別に虹くんと付き合えなくたっていい。虹くんが誰を好きでも、僕の気持ちは変わらないから」
「佐藤……」
「僕は虹くんが好きで、虹くんにはずっと笑っていてほしい。それだけです」

生徒会室の無機質な静けさは僕の想いを冷たく笑った。震える唇を噛んでいると、優雅に空を飛ぶカラスが一声鳴いた。
目的地はあるのに、地図がない。当たり前に冒険はできない。そんな無力感が全身を襲った。
晴先輩はなにも言わず、ただ僕を見ていた。きっと困らせてる、そう思った僕は苦し紛れの笑顔を向け、なるべく明るい声を作って言う。

「晴先輩、この話は忘れてください」
「え?」
「僕はたまに訳のわからないことを口走ってしまう癖があるんです。すいません」

教室の後ろの机で作業を再開する。並べられたプリントを一枚ずつ取ってホチキスで止め、全校生徒分のパンフレットを作る単純な反復作業。

「おい佐藤、」
「副会長ー、そろそろ会議ー!おねがーい!」

美優さんが顔を出す。行ってください、と目をやると晴先輩はやっと教室を出て行った。
なにか言おうとしてたよな。
静まり返った教室、紙の擦れる音、窓から差し込む夕日。1人はやっぱり心地よい。机に残るチョークの粉を人差し指でサッと取ると、細かな粉がますます広がり、ため息をつく。




「佐藤空はいるか?」

次の日、僕は教室を覗き込む人影に目を疑った。

「……晴先輩?」

「話がある」

先輩は僕の机の前に立つといつになく真剣な表情でそう告げた。不思議に思いつつ素直に先輩について行くと、下の階の誰も使っていない第三会議準備室へと連れていかれた。

「先輩どうしたの?生徒会の手伝いならLINEで、」
「君の話した提案、乗るよ」

ドアを閉め、背を向けたまま晴先輩はきっぱりと言った。

「え?」
「九条と付き合ってほしいと言ったな?」
「え……言った、けど……」

一瞬の静寂が永遠にも感じた。ゴクリと唾を飲み込む音がやけに耳の奥で響く。

「俺は九条と付き合う。だから、」

晴先輩の目は本気だ。

「協力してくれ」

僕は圧倒されながらもその目をしっかりと掴んだ。期待と不安と得体の知れない濁った感情で心は騒がしいのに、体は思ったように動かない。

「なんで……」
「なんでって、お前が言い出したことだろ?」
「それはそう、だけど……」
「迷いがあるなら断ってくれ。そしたらこの話は全部忘れるから」

晴先輩はどっちを望んでいるんだろう。ただ静かに、僕の返事を待っている。

「……やります」

晴先輩は僕の目から視線を逸らさない。数秒後、ゆっくりと頷く。
僕の好きな人。僕の好きな人に相応しい人。そして僕。
虹くんの幸せのために僕らは手を組んだ。