「時間ずらしたのにめっちゃ混んでるなー」
僕らの住む沼島市に新しいラーメン屋が出来た。東海地方に初上陸とあって激混みが予想されたから、しばらく経ってから行こうと前々から約束していたのだ。この日を待ちわびていた。虹くんと2人でラー……
「そら、聞いてる?」
「え?あー、うん。オープンして3ヶ月経ってるのにね」
「うん。まぁー、とりあえず並ぼっ?」
語尾が跳ねる癖がかわいい。僕は口元を押さえ『30分待ち!ラーメン御神丸最後尾』と掲げられた看板のところへ並んだ。
「えー、30分も待つのー?だるー」
「ぜんぜん進まねーな」
「座りたいんだけどいい加減」
「早くしてよー」
前後の列の面々はそんな文句ばっかりだった。たしかに今日は快晴で13時ともなれば少し暑い。それに行列に並ぶことは誰にとっても楽しいものではないだろう。
「焦らしてくるねー」
……ん?
横を見ると虹くんはパンダの親子がプリントされたアイボリーのTシャツをパタパタさせて空気を送り込んでいた。
虹くんっていつも変なTシャツ着てるよなぁ。パンダに失礼だけどそんなことを思う。
「虹くん、並ぶのめんどくさいでしょ?」
「え?そうかなー」周りとは違う能天気な声。
「めんどくさいっちゃ、めんどくさいけど」
「けど?」
「さんざん待たされてから食べた方がなんか、おいしく感じるんじゃない?」
そんなことないかー、虹くんは自分で自分にツッコミを入れた。
「待たされた方が……?おいしく……?え?」
虹くん理論は今日も謎だ。
「なんていうかジェットコースターと同じだよ」
「というと?」
「待ち時間にさ、怖いなーとか言いながら、乗ってる人の悲鳴とか聞いて待つ時間を含めて、ジェットコースターの醍醐味?みたいな」
全世界に発信したい。あの防災無線で話したい。そんなバカなことを考えた。
「じゃあ虹くんは、」
「ん?」
「UFOキャッチャーとかもお金の無駄って思わない人でしょ?」
僕が言うと、そうねー、と虹くんは顎に手を当てた。
「うん、あれは取れるか取れないかのドキドキにお金がかかってるんだよ、知らんけど」
適当じゃん、と返すとうん、と虹くんは笑う。それから学校の課題の話や髪の毛のワックスの種類の話、何ヶ月に1回美容院に行くべきかというなんともどうでもいい話をしながら待っていた。
「次、2名様どうぞー」
扉が開くと焦がしねぎの匂いが一気に鼻を包み込み、いよいよだと心が跳ねる。
「ほらね?」
虹くんはパッと僕の方を振り返る。
「あっという間だったでしょ?」
満席の店内は騒々しく、店員がせわしなく行き来していた。少しベタつくテーブルにうわ、と思いながら、僕は2人分水を注いだ。
「えっとー、ここの売りはなんだっけ?」
メニューと睨めっこする虹くんに僕は答えた。
「味噌ラーメンだよ」
「へぇ、じゃあそれにしようかな」
白い呼び出しベルを押すと慌ただしく店員がやって来た。
「味噌ラーメン2つでお願いします」
「かしこまりましたー」
虹くんはそう言って去っていく店員の背中にちょこっと頭を下げた。
「楽しみだなぁ」
お願いだから味噌ラーメン、絶対おいしくあれよ。頼むから。虹くんをがっかりさせるんじゃねぇぞ。
「おいしかったー、さすが御神丸」
店を出ると虹くんは幸せそうに伸びをした。結果、味噌ラーメンはめっちゃくちゃおいしかった。文句なし。ふいに時計を見ると15時を過ぎていた。
「この後どうするー?」
虹くんはもう少し遊ぶつもりらしい。当たり前のように聞いてきて僕は無意識に口元が綻んだ。
「じゃあさ、」
「うん」
「ゲームセンター行かない?」
いいね、と虹くんは早速地図を出してショッピングモールを検索し出す。
「やっぱ近いのはひまわりモールかー」
「うん」
「行こう、そら」
ひまわりモール内にあるゲームセンターに着くと、虹くんは目をキラキラさせていた。
「これやろうぜ」虹くんが指差したのは今ちょうど映画をやっているアニメのキャラクターだった。おそらくウサギ。うん、多分ウサギ。小さい目にだらしなく開いた口からよだれを垂らしていた。そう、虹くんはこういう変な……じゃなくて個性的なキャラクターが好きなのだ。虹くんはレバーを操作しながらしゃがんでみたり、横から位置を調整する。UFOキャッチャーなんてアームの力が緩いからめったに取れるはずがないのに、毎回毎回祈るようにボタンを押す虹くんを見て少し笑ってしまった。真剣なその顔がたまらなく愛おしくて。
「ちょっとそらもやってみてよー」
「え?」
「ほらほらこっち!」
レバーを握って構えると僕のすぐ後ろに虹くんは立つ。背が低い虹くんは見えなかったのか、僕の肩を持って顔を横に出した。虹くんが触れている、そう思うと指先が急に震えてきた。
「お、いけいけ」
「あ、え?」
「え?」
どうせ無理だろうと適当にやったがどういうわけかタグがアームの爪に引っかかって、ぬいぐるみはいとも容易く取れてしまった。僕たちはえ?なんで?と語彙力を失っていたがすぐにやったー、と喜びを分かち合った。
「やったなそら!すごいや!」
大袈裟に喜ぶ虹くんにさっとぬいぐるみを差し出す。
「……え?」
「あげるよ」
「いいの?」
「うん。虹くんそのキャラ好きなんでしょ?」
うん、と虹くんはまるで赤ちゃんを抱くように優しくそれを受け取って愛おしそうに眺めた。
「ピョン助……かわいい」
ピョン助とやらに向けられた目。いつか誰かをこんな風に見つめたりするのかな。僕は思わず唾を飲み込んだ。それから虹くんは謎に小さいブレスレットのUFOキャッチャーを永遠とやっていた。100円で3回できるらしい。おそらく小学生の女の子向けのキラキラしたビーズでできたブレスレット。僕はその様子を見守りながらついに踏み込むことにした。
「……そういえばさ、」
「ん?」目を大きく開けて位置調整をする虹くんは目を移さず答えた。
「彼女とは……最近どうなの?」
心臓の鼓動が速い。周囲の音が一気に遠くなったような気がした。数秒の沈黙が数分にも感じる。
「あー、実は今喧嘩中でさー」
「え、どうして?」
衝撃的事実に戸惑いなく聞く。
「本当は今日デートしようって言われてて。そらと遊ぶ予定があるから来週にしようって言ったら怒っちゃってさっ」
それから電話もメールも無視ー、と虹くんはため息をついた。
気持ちがぐちゃぐちゃになった。彼女と僕で僕を選んでくれたのはうれしい。だけどそのせいで彼女と喧嘩になった。僕は喜んでいいのか、どうなのか、全くわからない。
「今日僕と来てよかったの……?」
「当たり前じゃん、最初に約束してたんだし」
虹くんはそういう人だ。先に約束した方を優先する。たとえ彼女でも、人に優先順位をつけたりはしない。もちろん先に約束してたのが彼女なら、僕が断られていただろう。
「大丈夫なの……?」
「あさって会うから学校で謝るつもりだよ。理由はなんであれ機嫌を損ねちゃったからねー」
虹くんは何か難しい倫理にぶつかっているような顔をした。困り果てている。しばらく僕もなんて言葉をかけたらいいのかわからなくて手を握ったり開いたり、落ち着かなかった。
「……よしっ、取れた!そら!」
「え?」
虹くんはニコニコして僕にブレスレットを差し出す。ピンク、赤、透明、キラキラしたラメ……
「ピョン助のお礼。俺UFOキャッチャーヘタだからこんな物しか取れなかったけど」
いらなかったら捨ててよ、軽く言って虹くんは額の汗を拭った。
「あ、ありがとう……」
一生大切に、いや、家宝にする。僕はブレスレットを強く握ってポケットにそっとしまった。
「そろそろ帰ろうかー」
「そうだね」
帰り道、休日だからかやたらとカップルとすれ違った。仲良さげに、笑い合いながら通り過ぎていく。
「そらー?」
「ん?」
「今度映画見に行こうよ、ピョン助が出てるやつ」
「……うん」
僕と虹くんはカップルじゃない。ましてや虹くんには彼女がいて、僕はただの友達だ。それでも僕はそんなカップルを蹴散らすほどに堂々と胸を張る。ステップを踏む虹くんの姿を一秒たりとも逃さないように目に焼き付けた。
僕らの住む沼島市に新しいラーメン屋が出来た。東海地方に初上陸とあって激混みが予想されたから、しばらく経ってから行こうと前々から約束していたのだ。この日を待ちわびていた。虹くんと2人でラー……
「そら、聞いてる?」
「え?あー、うん。オープンして3ヶ月経ってるのにね」
「うん。まぁー、とりあえず並ぼっ?」
語尾が跳ねる癖がかわいい。僕は口元を押さえ『30分待ち!ラーメン御神丸最後尾』と掲げられた看板のところへ並んだ。
「えー、30分も待つのー?だるー」
「ぜんぜん進まねーな」
「座りたいんだけどいい加減」
「早くしてよー」
前後の列の面々はそんな文句ばっかりだった。たしかに今日は快晴で13時ともなれば少し暑い。それに行列に並ぶことは誰にとっても楽しいものではないだろう。
「焦らしてくるねー」
……ん?
横を見ると虹くんはパンダの親子がプリントされたアイボリーのTシャツをパタパタさせて空気を送り込んでいた。
虹くんっていつも変なTシャツ着てるよなぁ。パンダに失礼だけどそんなことを思う。
「虹くん、並ぶのめんどくさいでしょ?」
「え?そうかなー」周りとは違う能天気な声。
「めんどくさいっちゃ、めんどくさいけど」
「けど?」
「さんざん待たされてから食べた方がなんか、おいしく感じるんじゃない?」
そんなことないかー、虹くんは自分で自分にツッコミを入れた。
「待たされた方が……?おいしく……?え?」
虹くん理論は今日も謎だ。
「なんていうかジェットコースターと同じだよ」
「というと?」
「待ち時間にさ、怖いなーとか言いながら、乗ってる人の悲鳴とか聞いて待つ時間を含めて、ジェットコースターの醍醐味?みたいな」
全世界に発信したい。あの防災無線で話したい。そんなバカなことを考えた。
「じゃあ虹くんは、」
「ん?」
「UFOキャッチャーとかもお金の無駄って思わない人でしょ?」
僕が言うと、そうねー、と虹くんは顎に手を当てた。
「うん、あれは取れるか取れないかのドキドキにお金がかかってるんだよ、知らんけど」
適当じゃん、と返すとうん、と虹くんは笑う。それから学校の課題の話や髪の毛のワックスの種類の話、何ヶ月に1回美容院に行くべきかというなんともどうでもいい話をしながら待っていた。
「次、2名様どうぞー」
扉が開くと焦がしねぎの匂いが一気に鼻を包み込み、いよいよだと心が跳ねる。
「ほらね?」
虹くんはパッと僕の方を振り返る。
「あっという間だったでしょ?」
満席の店内は騒々しく、店員がせわしなく行き来していた。少しベタつくテーブルにうわ、と思いながら、僕は2人分水を注いだ。
「えっとー、ここの売りはなんだっけ?」
メニューと睨めっこする虹くんに僕は答えた。
「味噌ラーメンだよ」
「へぇ、じゃあそれにしようかな」
白い呼び出しベルを押すと慌ただしく店員がやって来た。
「味噌ラーメン2つでお願いします」
「かしこまりましたー」
虹くんはそう言って去っていく店員の背中にちょこっと頭を下げた。
「楽しみだなぁ」
お願いだから味噌ラーメン、絶対おいしくあれよ。頼むから。虹くんをがっかりさせるんじゃねぇぞ。
「おいしかったー、さすが御神丸」
店を出ると虹くんは幸せそうに伸びをした。結果、味噌ラーメンはめっちゃくちゃおいしかった。文句なし。ふいに時計を見ると15時を過ぎていた。
「この後どうするー?」
虹くんはもう少し遊ぶつもりらしい。当たり前のように聞いてきて僕は無意識に口元が綻んだ。
「じゃあさ、」
「うん」
「ゲームセンター行かない?」
いいね、と虹くんは早速地図を出してショッピングモールを検索し出す。
「やっぱ近いのはひまわりモールかー」
「うん」
「行こう、そら」
ひまわりモール内にあるゲームセンターに着くと、虹くんは目をキラキラさせていた。
「これやろうぜ」虹くんが指差したのは今ちょうど映画をやっているアニメのキャラクターだった。おそらくウサギ。うん、多分ウサギ。小さい目にだらしなく開いた口からよだれを垂らしていた。そう、虹くんはこういう変な……じゃなくて個性的なキャラクターが好きなのだ。虹くんはレバーを操作しながらしゃがんでみたり、横から位置を調整する。UFOキャッチャーなんてアームの力が緩いからめったに取れるはずがないのに、毎回毎回祈るようにボタンを押す虹くんを見て少し笑ってしまった。真剣なその顔がたまらなく愛おしくて。
「ちょっとそらもやってみてよー」
「え?」
「ほらほらこっち!」
レバーを握って構えると僕のすぐ後ろに虹くんは立つ。背が低い虹くんは見えなかったのか、僕の肩を持って顔を横に出した。虹くんが触れている、そう思うと指先が急に震えてきた。
「お、いけいけ」
「あ、え?」
「え?」
どうせ無理だろうと適当にやったがどういうわけかタグがアームの爪に引っかかって、ぬいぐるみはいとも容易く取れてしまった。僕たちはえ?なんで?と語彙力を失っていたがすぐにやったー、と喜びを分かち合った。
「やったなそら!すごいや!」
大袈裟に喜ぶ虹くんにさっとぬいぐるみを差し出す。
「……え?」
「あげるよ」
「いいの?」
「うん。虹くんそのキャラ好きなんでしょ?」
うん、と虹くんはまるで赤ちゃんを抱くように優しくそれを受け取って愛おしそうに眺めた。
「ピョン助……かわいい」
ピョン助とやらに向けられた目。いつか誰かをこんな風に見つめたりするのかな。僕は思わず唾を飲み込んだ。それから虹くんは謎に小さいブレスレットのUFOキャッチャーを永遠とやっていた。100円で3回できるらしい。おそらく小学生の女の子向けのキラキラしたビーズでできたブレスレット。僕はその様子を見守りながらついに踏み込むことにした。
「……そういえばさ、」
「ん?」目を大きく開けて位置調整をする虹くんは目を移さず答えた。
「彼女とは……最近どうなの?」
心臓の鼓動が速い。周囲の音が一気に遠くなったような気がした。数秒の沈黙が数分にも感じる。
「あー、実は今喧嘩中でさー」
「え、どうして?」
衝撃的事実に戸惑いなく聞く。
「本当は今日デートしようって言われてて。そらと遊ぶ予定があるから来週にしようって言ったら怒っちゃってさっ」
それから電話もメールも無視ー、と虹くんはため息をついた。
気持ちがぐちゃぐちゃになった。彼女と僕で僕を選んでくれたのはうれしい。だけどそのせいで彼女と喧嘩になった。僕は喜んでいいのか、どうなのか、全くわからない。
「今日僕と来てよかったの……?」
「当たり前じゃん、最初に約束してたんだし」
虹くんはそういう人だ。先に約束した方を優先する。たとえ彼女でも、人に優先順位をつけたりはしない。もちろん先に約束してたのが彼女なら、僕が断られていただろう。
「大丈夫なの……?」
「あさって会うから学校で謝るつもりだよ。理由はなんであれ機嫌を損ねちゃったからねー」
虹くんは何か難しい倫理にぶつかっているような顔をした。困り果てている。しばらく僕もなんて言葉をかけたらいいのかわからなくて手を握ったり開いたり、落ち着かなかった。
「……よしっ、取れた!そら!」
「え?」
虹くんはニコニコして僕にブレスレットを差し出す。ピンク、赤、透明、キラキラしたラメ……
「ピョン助のお礼。俺UFOキャッチャーヘタだからこんな物しか取れなかったけど」
いらなかったら捨ててよ、軽く言って虹くんは額の汗を拭った。
「あ、ありがとう……」
一生大切に、いや、家宝にする。僕はブレスレットを強く握ってポケットにそっとしまった。
「そろそろ帰ろうかー」
「そうだね」
帰り道、休日だからかやたらとカップルとすれ違った。仲良さげに、笑い合いながら通り過ぎていく。
「そらー?」
「ん?」
「今度映画見に行こうよ、ピョン助が出てるやつ」
「……うん」
僕と虹くんはカップルじゃない。ましてや虹くんには彼女がいて、僕はただの友達だ。それでも僕はそんなカップルを蹴散らすほどに堂々と胸を張る。ステップを踏む虹くんの姿を一秒たりとも逃さないように目に焼き付けた。

