絶対幸せにならないで!

とはいっても新学期は忙しくて手紙のことを後回しにしてしまっていた。エプロンの下に着るワイシャツを長袖にしようか悩む今日この頃。気づけば夏にも秋にもどっちつかずの季節になった。

「ありがとうございましたー」

寮の近くで始めたカフェのアルバイトも半年もすれば板についてくる。お会計を済ませ、お客さんにお辞儀をするとカランというドアベルの音が鳴り響く。窓の外には濃い緑の葉が生い茂っていて、日差しも日々攻撃力が増している。

「九条くーん。次、休憩行ってきて」
「はい」

奥のスタッフの休憩所に入るとソファーにふんぞり返っている人影が見える。

「よっ、九条」

同じ年のアルバイトである佐倉はスマホから目を離さずサッと手を上げた。

「よー、おれも休憩ー」

反対側のソファーに座り、コンビニで買ったパンをかじりながらインスタを開いた。特に見るものもないけど、友達のストーリーを見て適当にいいねを押していく。おすすめにはそらの通う駿河経済大学の広告が出ていた。そういえば最近そらはどうしてるんだろう。そう思ってなんとなくそらのアカウントを探す。特に意味はなかった。

「ん……?」

そらが投稿?
日付は4月6日。随分前だ。

『同クラよろしく』

4人で肩を組んでいる写真にそう添えられている。そらは右から2番目でみんなカメラではなく変顔をしてる一人を見て笑っていた。瞬間、言葉では言い表せない感情が襲ってきた。思わず歯を食いしばるような、拳を握りしめてしまうような、なにかを思い切り投げつけたい衝動に駆られるようなよくわからない感情。その楽しそうな笑顔が衝撃だった。
こんな写真あったっけ……?
そらが自分から離れていく感覚。手を伸ばしても届かない場所。

——Aくん、きみを好きになってから7年が経ちました

写真を見た瞬間、止まっていた時間が再び動き出すようだった。わかっていたのに見て見ぬふりをしてきた、あること。

「なあ、佐倉」
「んー?」

佐倉は寝転がったままだ。

「もし好きな人がいて、その気持ちがさ、勝手に相手に知られちゃってたらどう思う?」
「……はい?」
「だから、自分の知らないところで見たり聞いたりして勝手に相手が知ってたら」

そんなの嫌じゃね、と佐倉は即答した。

「やっぱり……」

おれが考え込むと佐倉は目を輝かせた。わざとらしくおれの横に座って見つめてくる。

「えー?なんですかぁー?恋の悩み?」
「そんなんじゃないよ」

恋なんかじゃ、ないよね?

おれはそらという親友と卒業式の日の出来事、そして手紙のことを洗いざらい佐倉に話した。心の奥に閉じ込めていたこと、そんなロングストーリーを時折佐倉は眉をひそめたり、驚いたり、頭を抱えながら聞いていた。

「へえー、親友がワンチャン自分にありえないくらい片思いしてた説、か……」
「今さらだけどさ。なあどう思う?」

佐倉は机にあるお菓子を勝手に食べ始めた。

「どう思うって、それは九条次第だろ?」
「え?」
「だって向こうは何も知らないんだろ?九条が気にしなければ流れる話じゃん」

佐倉の言うことは至極真っ当な意見だった。おれが気にしているだけといえばだけだ。知らないふりをして忘れれば何もなかったことになる。

「てか初めて聞いたわその話。卒業式のときの話だろ、なんで今?」

たぶん、なにかが変わってしまうのが怖かったんだ。深入りしたら戻って来れなくなりそうで、頭の片隅にあっても目を逸らしてきた。

「なんかインスタの投稿今見つけて……思い出したっていうか、ずっと目をつぶってきたことは自覚してて、なんか久しぶりに顔見たらさ、やっぱりもやもやするっていうか……」

佐倉はしばらく考えてから一言。

「元カノ現象じゃん」

一瞬、音がなくなる。その言葉は嫌な感じで耳に残った。なんかよくわからない、受け入れたくない違和感だ。

「元カノ現象?」
「え、よく言うじゃん、知らない?元カノのストーリーとか見てさ、うわー、俺の知らないあの子だって思うやつ」

なんともいえないんよねー、と佐倉はチョコパイの袋を開けた。

「別にもう好きじゃないし、そいつがどこでなにしていようが自分には関係ないのに気になる。それに似てない?」
「うーん」
「まあその人は元カノじゃないのか」
「そうなんだよ、そういうんじゃなくてさー」
「じゃあ知らん」

喉に小骨が刺さったみたいにずっと頭に残る。深いため息が漏れると佐倉は軽く笑った。

「そんなに気になるなら本人にズバリ聞いちゃえば?」
「え?」
「だって考えても答えを持ってるのはその人だけじゃん」
「そうなんだけど……向こうはもう終わらせてる?っていうか、終わりみたいな感じだし。時代遅れ感が……」
「じゃあ自分だけ悩みながらこれからも接していくのかよ?」

なにも言えなかった。

「親友なんだろ?そんな簡単に離れていかないさ」

おれはハッとした。踏み込むことでそらが離れていくのが怖かったのかもしれないと気づいた。そらを失いたくなかったんだ、おれ。だからこんなに悩んでいる。
佐倉は他人事のように適当に続けた。

「そしたら九条が感じてるものがなんなのかはっきりするし、ケジメもつけれる。万事解決だろ?」