絶対幸せにならないで!

元気にしてるかな、晴先輩。僕が受験生だったから今年は会えなかったけど。僕は懐かしさと共にゆっくりと目を開ける。ちょうど1年前と同じ場所にいた。

「今年は黄色か……」

ツンとコサージュを軽く弾いた。毎年変わるらしいコサージュの色、今年は薄黄色らしい。パールが小さく散りばめられている。

「そらー、ルート確保!こっちこっち!」

虹くんは学ランにネックウォーマーをし、寒さ対策万全な格好で手招きをする。
2時間前、今日は卒業式だというのに今から学校に行こうという謎の電話が入り、僕はわけがわからないままついて行った。

「ねえ、なにするの?」
「今日は高校最後の日なんだよー?日の出見ようよ」

虹くんは西グラウンドの端の塀をひょいっと登り、あとに続く僕に手を差し伸べる。

「日の出って元旦に見るやつじゃん」
「おれ今年見れなかったからさー、インフルで」
「そうだったね……」

西棟の手入れされていない外の階段を上がりきったところ、小さなスペースに出ると僕らはそこにあったコンクリートの窪みに腰掛けた。

「長かったなー、3年間。楽しかったけど」

虹くんはそう言って太陽が顔を出すのを待っている。まだ日の出までは15分あるっていうのに。まだ薄暗い、顔に触れる空気が肌寒い。

「長かったね」

晴先輩の卒業後、当たり前に虹くんと先輩をくっつけよう作戦は幕を閉じた。そして僕の恋も。それからは親友として僕は変わらず虹くんのそばにいた。

「虹くんはいつ引っ越し?」
「明後日だよ」
「はやー」
「そらは?」
「僕はまだ全然。来週とか?」

虹くんは推薦で東京の私立大学に合格し、僕は一般で公立の経済大学に合格。県内にあるものの、電車で1時間半ほどかかるため大学近くの学生マンションでの一人暮らしが始まる。ずっと一緒にいたのに、これからは東京の虹くんとざっと250kmの距離になる。

「おれさ」
「ん?」
「そらと高校一緒でよかった」

虹くんはそう言って僕の目を見た。

「高校生活、1人になることなかったなーって思って。落ち込んでるときも迷ってるときもいつもそらがいたから結局全部楽しくなってたから」

声を出さずに笑う。必死だったあの頃を思って僕は過去の自分が恥ずかしく、愛おしく思った。

「お、もうすぐ日の出だ!」

虹くんはパッと日の差し込む方を見る。徐々に眩いほどの光が闇を吹き飛ばして支配していく。世界の始まりと錯覚するくらいの神秘的な美しさに思わず息を呑んだ。虹くんはただ静かにその様子を眺めていた。

「……僕、虹くんに出会えてよかった」

ひとり言とも取れる自然に出た言葉に虹くんは軽く笑う。

「出会えてって、スケール大きすぎ……えっ!?そら?」

気づけば涙が溢れ出ていた。日の出の効果だろうか、虹くんとの出会いから今日までのことが映画のように脳内で流れたからか、すべてを浄化するように、清算するように、今そのすべてが思い出へと書き換えられていく。

「え、なんで?ちょっと大丈夫?」

虹くんはポケットからハンカチを取り出して僕の目に押し付けた。肩をそっと持って僕が話すまで待ってくれる。その優しさのそばにいられるのも今日が最後。

「いや、なんかっ……今日で虹くんと一緒に、いれるの……最後なんだなって思ってさっ……それだけだったら、大丈夫……だったのにっ……朝日が綺麗で、なんか……なにこれ……」

おもろ、と虹くんは言っていつものようにニコニコしていた。

「ははっ、ちょっとー、泣くことないじゃーん!」

虹くんは僕の顔を上げさせ、マフラーを巻き直す。崩れた髪を整えてくれていたとき、なんでだろう、さらに目の奥が熱くなってきて、とうとう僕はその胸に顔を埋めてしまった。

「おおっ!なにしてんのもー!」

静かに抱きついて泣く僕を虹くんは何も気にする様子もなく背中をさすった。これが最後、最後のチャンスなんだからいいよね。そう自分に言い聞かせる。僕は頑張ったよ。この先、虹くんが誰と出会おうが、付き合おうが、結婚しようが、僕以上に虹くんを愛する人は、いない。その揺るぎない自信と事実だけで僕は生きていけると思った。人を限りなく愛した実績を僕は手に入れた。

「ねえ見てよ」

その声に見ると、夜明けの空に虹が架かっていた。朝霧に太陽が差し込んでいてとてもきれい。

「……高校生で見たの初めてかも」

僕も虹を見るのは久しぶりだった。

「卒業祝いかな」

虹くんの言葉に僕はまだ視界の端が馴染む中頷いた。
東京はどんな街なのだろう。僕は考える。大学で新しい出会いをして、20歳になって、お酒を知って、就活に追われて……虹くんはどういう人生を歩んでいくんだろうか。いつか僕の手に届かないくらい、先へと進んでしまうのか。遥か遠く、豆粒くらいしか見えないけど赤い屋根が見える。ラーメン御心丸は今年でオープン三年目を迎えるらしい。馴染みの景色もお店も懐かしいと思う日がいつか来るんだろうか。
風になりたい。いつでも飛んでいける風に。

「そら!」
「ん?」

返事をした瞬間、グッと肩を寄せられた。虹くんの腕が背中に、肩にぴったりとくっついて止まる。

「卒業記念!はい笑ってー!」

呼吸の音すら聞こえる。笑い声も喉から響いているのがわかるくらいに、僕らはゼロ距離で写真を何枚か取った。

「実行委員とかもう来てるんじゃない?寒いから教室入れてもらおー」

パッと離れると触れられた肩をなぞる。この先なにがあるかなんて誰にもわからない。きみは変わってしまうかもしれないけど、

「……虹くん」

僕は絶対に変わらないから伝えたいんだ。

「ん?」
「ありがとう」
「え?なにが?」
「そのー、なんていうか、3年間?」
「うん、こちらこそ。ていうかはやくない?卒業式これからー」

とりあえず受付のある下駄箱に向かおうとカバンを持つと、中身がドサっと散らばる。

「わあっ!!」
「うわ、またやったよ」

虹くんはやれやれと幼稚園生を宥めるかのように僕の頭をポンと撫でて散乱した荷物を拾ってくれた。

「そらのおっちょこちょいは結局治らなかったか」

それから数時間後、卒業式が始まった。18歳の春、桜が咲き乱れていた。