「ただいまより、令和7年度、琥珀乃高校卒業式を始めます」
季節は過ぎ、3月1日。怒涛の1年はあっという間だった。これだけ濃い1年も、時間が過ぎればその思い出は薄まってしまうのだろうか。
「卒業証書授与。3年1組代表、佐々木晴」
僕は後ろの在校生の椅子に座りながら首を伸ばしてステージを見た。久しぶりに見る晴先輩。僕は息を呑んだ。
「佐々木先輩かっこいいー」
「卒業しちゃうのかー、残念」
卒業生の席には美優さんの姿も見える。僕は生徒会室での日々を走馬灯のように思い出していた。
「校歌斉唱。卒業生、在校生、起立!」
体育館の床の振動が足の裏を伝い全身に広がっていった。ピアノの音が春の風に乗って漂い、ひとつになった声が揺れる。
「写真撮ろー、こっちこっち!」
「疲れたー。長げぇよ、まじ腰痛い」
「吹部は中庭に集合してくださーい」
卒業式が終わると思い出を語り合う卒業生、涙を流す在校生が入り乱れ騒がしかった。僕はそんな喧騒の中、指定された部室棟の壁に寄りかかってある人を待つ。
「佐藤」
顔を見た瞬間、あの頃の時間が動き出す。
「遅いですよ」
学ランの胸ポケットに赤のコサージュを付けた晴先輩が立っていた。
「悪い悪い。写真の列が途切れなくってな」
「え、自慢ですか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
僕はチェッとわざとらしく毒ついた。
「久しぶりですね、晴先輩」
「ああ」
「受験は?どうだったんですか?」
聞かずとももうわかってしまった。顔からうれしさが漏れ出ている。
「受かったんですね!」
おう、と晴先輩は答えた。晴先輩は結局、有名私大の推薦をやめ、そこの一般受験もやめ、国公立に志望を変えたという。4月からは関東で有名な国公立の工学部に進学するらしい。
「かなり危なかったけどな。冬から自習室借りて朝から夜まで……もう受験はしたくない」
「これから一人暮らしですよね?」
「そう、明日引っ越し」
「はやくないですか!?」
「入学説明会があるんだ。それから寮の部屋の……」
へぇー、と僕は聞きながら制服の土埃を払った。
「興味ないだろお前」
「あるフリした方がいいですか?」
「お前から聞いたんだろ、お前から!リスニングのように聞き流すな!」
ははっ、僕は語気強めな口調に思わず笑ってしまう。
「……なんだ?」
「なんか、晴先輩ってかんじ」
「なんだそれ」
そうだ、と僕は改まって晴先輩と向き合った。
「先輩、あの時、振ってくれてありがとうございました」
「え?」
晴先輩はん、と眉をひそめる。
「お前を振った覚えはないけど?」
「違いますよ、えっと、ほらあのー、作戦ですよ」
そのことか、と晴先輩は納得したような顔をした。
「晴先輩のおかげで僕は自分の気持ちを、本当の気持ちをたしかめようと思えたんです」
「それで……?」
息を吸う。堂々と胸を張って。これは決して悲しいことなんかじゃない。
「虹くんを諦めました」
晴先輩は僕の言葉を聞いて、瞬きをひとつした。それからゆっくりと笑う。桜にも負けない、すべてを包み込むような笑顔だった。
「考えたんです。僕は虹くんと普通のカップルみたいに付き合ったり別れたり、いつか失ってしまうような関係を望んでいなかった。臆病なんですよきっと」
飛び込む勇気もない。そんな脆い関係なんていらない。ずっと側にいられる方がずっといい。
「それでも……一生分の恋ができて幸せでした」
「佐藤らしい選択だな、びっくりしたけど」
「あの日、生徒会室で晴先輩と出会えてよかった」
その言葉に先輩は目を丸くする。驚いているようだった。
「ありがとうございました」
それを伝えたかった。晴先輩と出会って、僕は前に進むきっかけを得ることができたのだから。
「佐藤、こちらこそありがとう」
「……え?」
なんで僕が感謝をされるのかわからなかった。基本迷惑をかけっぱなしで文句のひとつやふたつ言われる覚悟をしてたのに。
「実は俺、あんなに一緒にいたのに佐藤がなにを考えてるのかずっとわからなかった。まあ、行動も考えも基本謎だったし」
「え、悪口ですか」
「ちがうわ、俺が言いたいのは……」
その目は僕の瞳を捉えて離さない。
「佐藤は十分人に"与えられる"人だと思うんだ」
「えっ……」
衝撃的な言葉だった。
「信じなさそうだから言っとく。証拠は俺。少なくとも俺は佐藤に救われたから」
群衆Aにスポットライトが当たる瞬間。目を逸らしたくなるほどの光から僕はもう逃げたりしない。
「……信じますよ」
しばらくして晴先輩は頷いた。
「今日はやけに素直だな」
「いつも素直です」
やれやれ、と先輩は呆れた顔をして空を見上げる。伸びをする先輩を僕は目に焼き付けた。
「帰って来たら連絡してください、ご飯行きましょう」
先輩の奢りで、と付け足す。晴先輩はおい、と僕の肩を軽く小突いた。前を歩き出そうとした先輩は唐突に僕の名前を呼んだ。
「あ、そうだ佐藤」
振り返った先輩はおもむろに胸のコサージュを取り、僕の胸ポケットにさす。
「佐藤も、卒業おめでとう」
すぐに理解して、
「ありがとうございます」
とバカみたいと笑った。
季節は過ぎ、3月1日。怒涛の1年はあっという間だった。これだけ濃い1年も、時間が過ぎればその思い出は薄まってしまうのだろうか。
「卒業証書授与。3年1組代表、佐々木晴」
僕は後ろの在校生の椅子に座りながら首を伸ばしてステージを見た。久しぶりに見る晴先輩。僕は息を呑んだ。
「佐々木先輩かっこいいー」
「卒業しちゃうのかー、残念」
卒業生の席には美優さんの姿も見える。僕は生徒会室での日々を走馬灯のように思い出していた。
「校歌斉唱。卒業生、在校生、起立!」
体育館の床の振動が足の裏を伝い全身に広がっていった。ピアノの音が春の風に乗って漂い、ひとつになった声が揺れる。
「写真撮ろー、こっちこっち!」
「疲れたー。長げぇよ、まじ腰痛い」
「吹部は中庭に集合してくださーい」
卒業式が終わると思い出を語り合う卒業生、涙を流す在校生が入り乱れ騒がしかった。僕はそんな喧騒の中、指定された部室棟の壁に寄りかかってある人を待つ。
「佐藤」
顔を見た瞬間、あの頃の時間が動き出す。
「遅いですよ」
学ランの胸ポケットに赤のコサージュを付けた晴先輩が立っていた。
「悪い悪い。写真の列が途切れなくってな」
「え、自慢ですか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
僕はチェッとわざとらしく毒ついた。
「久しぶりですね、晴先輩」
「ああ」
「受験は?どうだったんですか?」
聞かずとももうわかってしまった。顔からうれしさが漏れ出ている。
「受かったんですね!」
おう、と晴先輩は答えた。晴先輩は結局、有名私大の推薦をやめ、そこの一般受験もやめ、国公立に志望を変えたという。4月からは関東で有名な国公立の工学部に進学するらしい。
「かなり危なかったけどな。冬から自習室借りて朝から夜まで……もう受験はしたくない」
「これから一人暮らしですよね?」
「そう、明日引っ越し」
「はやくないですか!?」
「入学説明会があるんだ。それから寮の部屋の……」
へぇー、と僕は聞きながら制服の土埃を払った。
「興味ないだろお前」
「あるフリした方がいいですか?」
「お前から聞いたんだろ、お前から!リスニングのように聞き流すな!」
ははっ、僕は語気強めな口調に思わず笑ってしまう。
「……なんだ?」
「なんか、晴先輩ってかんじ」
「なんだそれ」
そうだ、と僕は改まって晴先輩と向き合った。
「先輩、あの時、振ってくれてありがとうございました」
「え?」
晴先輩はん、と眉をひそめる。
「お前を振った覚えはないけど?」
「違いますよ、えっと、ほらあのー、作戦ですよ」
そのことか、と晴先輩は納得したような顔をした。
「晴先輩のおかげで僕は自分の気持ちを、本当の気持ちをたしかめようと思えたんです」
「それで……?」
息を吸う。堂々と胸を張って。これは決して悲しいことなんかじゃない。
「虹くんを諦めました」
晴先輩は僕の言葉を聞いて、瞬きをひとつした。それからゆっくりと笑う。桜にも負けない、すべてを包み込むような笑顔だった。
「考えたんです。僕は虹くんと普通のカップルみたいに付き合ったり別れたり、いつか失ってしまうような関係を望んでいなかった。臆病なんですよきっと」
飛び込む勇気もない。そんな脆い関係なんていらない。ずっと側にいられる方がずっといい。
「それでも……一生分の恋ができて幸せでした」
「佐藤らしい選択だな、びっくりしたけど」
「あの日、生徒会室で晴先輩と出会えてよかった」
その言葉に先輩は目を丸くする。驚いているようだった。
「ありがとうございました」
それを伝えたかった。晴先輩と出会って、僕は前に進むきっかけを得ることができたのだから。
「佐藤、こちらこそありがとう」
「……え?」
なんで僕が感謝をされるのかわからなかった。基本迷惑をかけっぱなしで文句のひとつやふたつ言われる覚悟をしてたのに。
「実は俺、あんなに一緒にいたのに佐藤がなにを考えてるのかずっとわからなかった。まあ、行動も考えも基本謎だったし」
「え、悪口ですか」
「ちがうわ、俺が言いたいのは……」
その目は僕の瞳を捉えて離さない。
「佐藤は十分人に"与えられる"人だと思うんだ」
「えっ……」
衝撃的な言葉だった。
「信じなさそうだから言っとく。証拠は俺。少なくとも俺は佐藤に救われたから」
群衆Aにスポットライトが当たる瞬間。目を逸らしたくなるほどの光から僕はもう逃げたりしない。
「……信じますよ」
しばらくして晴先輩は頷いた。
「今日はやけに素直だな」
「いつも素直です」
やれやれ、と先輩は呆れた顔をして空を見上げる。伸びをする先輩を僕は目に焼き付けた。
「帰って来たら連絡してください、ご飯行きましょう」
先輩の奢りで、と付け足す。晴先輩はおい、と僕の肩を軽く小突いた。前を歩き出そうとした先輩は唐突に僕の名前を呼んだ。
「あ、そうだ佐藤」
振り返った先輩はおもむろに胸のコサージュを取り、僕の胸ポケットにさす。
「佐藤も、卒業おめでとう」
すぐに理解して、
「ありがとうございます」
とバカみたいと笑った。
