絶対幸せにならないで!

「おれ初沖縄だったんですよねー、飛行機乗ったのも」
「あんま旅行とかしないのか?」
「うーん、大体本州で完結しちゃうかな」

先週行った修学旅行のお土産を晴先輩に渡そうと僕と虹くんは生徒会室に訪れた。渡すだけかと思いきや、虹くんは突然机を動かし始め、いつの間にか3人で輪になってお菓子会が始まっていた。たしかに持っていくお菓子の量が晴先輩1人分としては多すぎると思ったけど。

「佐藤は沖縄、どうだった?」
「どうだった……って別に。楽しかった……?」
「ははっ、なんで疑問形?」

虹くんはタルトを口に運んだ。毒々しい紫色のタルトはかなり有名な沖縄土産らしい。

「おれ、そらと班が違かったからあんまり一緒にいられなかったんだよねー」
「うん……」
「そらの班はどこ行ったのー?」
「えっと、水族館とシュノーケル体験とあと……」

虹くんの言う通り、僕はあまり虹くんに会えなかった。綺麗な海を見ても、異国みたいな街の電灯を見ても、有志たちによる余興を見ても、虹くんとゴミ捨て場を散歩する方が多分楽しかったと思う。

「聞きましたよ、去年は4日間全部雨だったとか」
「そうなんだよ、おかげでお土産もほとんど買えなくて一生館内で過ごしてた」
「もしかして先輩雨男……?」

虹くんは少し小馬鹿にしたように晴先輩に問いかける。

「そんなことは、」
「あ、雨……」

僕が窓の外を見てつぶやくと、虹くんと晴先輩も僕の目線の先へと目をやる。空はグレーの水分を多く含んだ雲で覆われていた。

「先輩、マジで雨男じゃないですか」
「え、この雨俺のせいなの!?」

意義ありとばかりに先輩はおかしいおかしいと騒ぎ出した。僕と虹くんはそのたび根拠のない論理で先輩をねじ伏せる。こんなに純粋に笑えるのは、やっぱり虹くんがいるからだとその横顔を見る。

「やば、雨強くなってない?」

虹くんは口をあんぐりと開ける。

「見てよそら!向こう側の雲!もう真っ暗だよ」

お開きにしようと片付けを始めたところで虹くんがひょこひょこと近づく。

「ねえそら。大事なもの忘れてるって」

耳にかかった吐息に体がビクッと反応した。

「ああ、そっか」

少し遅れてカバンから神社の袋を取り出して虹くんに見せると満足そうに頷いた。晴先輩の合格祈願のお守りだ。これをメインで渡すためにここに来たんだ。机を戻す晴先輩を呼ぼうとした瞬間、虹くんが僕の腕を引っ張る。

「一緒に渡そっ?」

小さな声、上目遣い。心臓を撃ち抜かれるところだった。

「晴先輩」
「ん?」

振り返った先輩にお守りの入った小袋を2人で持って差し出す。

「おっ、びっくりした……」
「今年、じゃなくて来年、受験——」

僕と虹くんは目を合わせる。

「せーのっ……」
「頑張ってください!」
「えー、くれるのか?これ」

先輩は水色のお守りを大事そうに眺めて笑う。これだけは、と僕と虹くんは自由時間に合流して買いに行ったものだ。いろんな色の中から晴先輩っぽい色とデザインを話し合って折半して買った。

「さ、帰りましょうー!」

虹くんは伸びをして先頭を歩く。軽やかにステップを踏んでいた。

「佐藤、ありがとな」
「絶対受かってくださいよ。虹くんを悲しませないでくださいね」
「相変わらずお前の世界は九条を中心に回ってるのな」

晴先輩は呆れたように首を振った。

「そういえば、佐藤傘持ってるのか?」
「うん、一応。普通の傘。先輩は?」
「俺は折りたたみ常備してるからな。九条は持ってるのか?」
「え、知りません。持ってないかも」

虹くんは天気予報とかこまめにチェックしなそうだし、折りたたみなんて持ってる感じじゃないよな……
僕はいいこと思いついた!と手を叩きたくなる衝動を我慢し、晴先輩に小声で言う。

「せ、先輩!僕の傘と交換してください!」
「え、なんで?」
「多分虹くん傘持ってないです」
「なんでわかるんだ?」
「大体持ってこないんですよ、虹くんは。いつも持ち主不明のビニール傘を借りてるイメージしかないですから」
「でもなんで交換?」

晴先輩は頭がいいはずなのに、恋愛になると一気に偏差値が下がるのはなぜなんだ。

「相合傘!大きい傘持ってた方に入るでしょ普通」
「え、俺がやるの?」
「当たり前でしょう!」

もたもたする先輩の傘を奪い、自分の傘を押し付ける。下駄箱につくと案の定虹くんはカバンを漁りながらあー、と残念そうな声を上げた。

「傘忘れたわ……どうしよ、」
「虹くん!」

僕の声に驚いてビクッとする虹くんの肩を掴み晴先輩の隣に連れていく。

「ん?どうしたそら?」
「あ、えっとほら、雨強いしビニールじゃ耐えきれないかもだから、晴先輩の傘に入れてもらったら?」
「いやそんな雨強くな、」

言いかける晴先輩を睨みつけて黙らせる。虹くんはいいんですか、と目をキラキラさせ、晴先輩にぺこりと頭を下げた。

「うわー、寒っ!」

雨の匂い。外へと足を踏み出すと靴下は水分を吸収して歩くたびに嫌な感じがする。

「先輩、もう少し寄ってください。濡れますよー」
「お、おう……」

横目で2人を見る。お似合いの2人で、僕は目を離せなかった。どんどん雨粒は大きくなって、強度の弱い折りたたみ傘は打ち付けられ軋んだ。ボトボトという音が、雨の軌道が、僕とそして2人の空間を遮断した。

「傘傾いてますってもう!はははっ」
「悪いな、こうか?」
「それじゃ先輩が濡れるじゃないですか!」

虹くんは傘を持つ晴先輩の手を上から掴んで調節する。

「うんうん、この角度!」

おかしな感覚だった。水に溶けるはずもないのに酸素が足りない。少し、ほんの少しだけど、呼吸がしづらい気がした。気のせいだよな。

「ハヤブサパーク……」

その日は刻々と近づいている。手を伸ばして雨に触れると、重い雨粒が容赦なく打ち付ける。濡れないように寄り添う2人を見て、僕は傘なんて放り投げてあえて濡れたい気分だった。