絶対幸せにならないで!

「こんにちは、先輩」

次の日、僕が指定した沼島市の鶴羽(つるは)神社に晴先輩は現れた。

「こんにちはじゃなくて。作戦会議って言ったよな?」
「作戦会議はしますよ。でもその前に神様にお願いしておきましょう」
「は?」
「僕らは圧倒的に不利な状況にいるんです、困った時は神頼み。僕らの純粋な願いを聞いてもらうんです!」
「俺たちの願いは純粋なのか……?」

僕はやる気のない晴先輩の背中を押して鳥居をくぐらせる。鶴羽神社は地元では中くらいの規模で観光客もちらほらといた。砂利を踏むたびなる音が気持ちよかった。僕らは神様の御前で深く礼をして手を合わせる。
虹くんが幸せになりますように。
僕が目を開けると、晴先輩はまだ何かを願っていた。ゆっくりと目を開けた先輩は神妙な面持ちで唇を噛み締める。

「ところでさ、この神社のご利益知ってるか?」

出口へと向かう最中、晴先輩は聞いていた。

「ご利益?知りませんけど」
「ここは子宝の神様だぞ、縁結びじゃなくて。見当違いの願いは、」
「じゃあ当たらずも遠からずですね。いいじゃないですか」
「……ずっと思ってたけど、佐藤ってポジティブだよな。好きな人に彼女がいても、キス現場を目撃しても全然落ち込まないし」

僕らは近くのファミレスへと向かっていた。手持ち扇風機がほしい。風がないので気温よりも暑く感じて額に汗が滲み出ていた。

「落ち込まないことはないですよ。ただ、」
「ただ?」
「落ち込む自分も好きになりたいんです」

いつか、虹くんが教えてくれたこと。

「落ち込んだり、自分がダメな人間だとか思ってもいい。ただその自分を、自分だけは嫌いにはならないようにしようと思っているだけです」

そのままが僕らしい。そのままの自分でいいのだから。

「……強いな」
「え?」
「うらやましいよ、俺には真似できないな」

晴先輩はそう言って遠くを見つめていた。12時の鐘が鳴りファミレスに向かう。ドアを開けると、人工的な風と涼しさが濡れた肌着を乾かした。




「で、作戦なんですけど」

僕らは店の端のテーブル席にいた。

「なんでしたっけ……単純接触効果?」

おいおい、と晴先輩は呆れ顔でハンバーグを切る。

「めっちゃシンプルだな、作戦ってそれか?」
「まあ、そうですね……いろいろ考えたんですけどそれしかないと思う」

シンプルイズベスト。下手な小細工より馬鹿正直にまっすぐに。あの体育祭もろもろで僕は自分の目に狂いはなかったことを確信した。晴先輩と虹くんはどことなく似ている。違うベクトルで素晴らしい人間なんだと思う。
僕は注文したピザを切り分け、冷ましている間にスマホを開いて晴先輩に見せた。

「見てくださいこれ」
「なにこれ……好きな人を振り向かすための10ヶ条、好きな人に恋人がいる編……?」

晴先輩はスマホを押し返し、ため息をついた。

「佐藤、俺は心配だよ。お前絶対詐欺に引っかかるタイプだな」
「じゃあ先輩はなにか作戦があるって言うんですか?」
「作戦って言ってもな……」
「ほら、ないじゃないですか」
「うーん……シンプルにいくなら、遊びに誘うか?」

え、と僕はピザを持つ動きを止める。シンプルだけど大胆に出たものだ。いや、そのくらいの方がいいのか……

「3人で遊園地にでもって誘うのはどうだ?」

いい作戦だと思ったが僕はある障害にぶつかる。

「あー、行けると思いますけどかなり先になると思います」
「なんで?」
「彼女ですよ。休日は彼女の予定がたぶん1、2ヶ月先まで埋まってます。前に僕もご飯誘ったけど断られました」
「そっか……」
「ただ先に言ったもん勝ちなんで、早めに言って予定を入れれば大丈夫です」
「その様子だと九条の心を動かすのはかなり難しそうだな」

なんで、と僕は先輩に問いかけた。

「だって俺たちが入る隙もないほど彼女と会ってるってことだろ?順調ってことだし、なかなか好きじゃないと無理だろ、ずっと一緒とか」
「そういうもんですか」
「多分?」
「でも……」

僕はストローを噛む。噛み跡が無数にプラスチックに付いていた。

「諦めるわけにはいきません」
「ほんとにいいのか、このまま続けて」

晴先輩はフォークを置き、改まって聞いてきた。

「はい」

そう、と先輩は食事を再開する。

「やめたいですか?」
「いや、俺は佐藤の提案に乗ったときからずっとついていくって決めてるから」

先輩の言葉は僕を全身支えてくれるような包容力があった。

「今LINEしてみます?虹くんに」
「え、なんて」
「今度晴先輩とハヤブサパークに行かない?っと、送信!」

あっさりと送信できた。吹き出しが画面に表示される。

「ちょ、本当に送ったの?」
「え、うん」

すると5分後、虹くんから返事が来た。

「は、晴先輩!見て!」

僕は興奮したままスマホを晴先輩に見せる。

『えーいきたい!再来月なら空いてるよ!』

ウサギが縄跳びをしているスタンプとともに送られてきた文面を見て、晴先輩も言葉を一瞬失った。

「神社の効果出てますね、気合い入れてきましょう!」
「お、おう……」

拳を出すと晴先輩は控えめにそれに応えた。




「晴先輩って受験どこ受けるんですか?」
「まだ決まってないな、推薦取れれば関東に行きたいけど」

ファミレスを出て駅までの道をのんびりと歩いていた。4時近くなっていくらか涼しくなる。

「晴先輩なら取れますね」
「簡単に言うなよー、適正面接とかプレゼンが結構大変なんだ」
「ふーん」僕は話しながら誰かに見られている気配を感じた。ファミレスを出たときからずっと違和感はあったけど……

後ろを振り返ると、どうした、と晴先輩も足を止める。

「あの電柱に隠れている人、なんかずっとこっち見てるんですけど」
「人?どこだ……え」

晴先輩は急に動揺し始めた。逃げるわけでもなく顔をキョロキョロとさせている。

「りゅ、龍一?」
「え、りゅういち!?」

たしか晴先輩のストーカー元カレ……僕が大きな声で名前を呼んでしまったからか、龍一と呼ばれた男は電柱の影から姿を現し、ちょこちょこと側へ寄ってくる。

「晴くん、その子だれ?」

僕は龍一とやらをマジマジと見る。その名前から男臭い感じの人を想像していたが、見た目はだいぶ幼めだ。茶髪で目はパッチリ、背も僕と同じくらいの普通の男子高校生って感じだ。晴先輩情報によると2個下の1年生らしい。

「あ、あー、後輩の佐藤くん。ちょっと前に生徒会の手伝いに、」
「彼氏?」
「ち、違う!」

僕はあらぬ疑いをかけられ、失礼なくらい高速で否定する。こういうめんどくさそうなやつに恨まれるとさらにめんどくさい。

「晴くん、なんで電話でないの?ぼくの話も聞かずに別れるとかぼくまだ納得してないから!」
「わかったわかった、落ち着いて、な?」
「落ち着かない!なんで電話ブロックしたのー!ちゃんとぼくの話聞いてさ、ぼくのなにがいけなかったのか教えてよー、もー!やだぁー!」

道路の隅で急に駄々をこね泣き出す龍一に僕は申し訳ないがドン引きした。完全にテレビで見る修羅場ってやつだ。

「先輩、こんなめんどくさいやつと付き合ったんですか?」

小声で晴先輩に語りかけると、先輩は悪かったな、と肩を落とした。

「普段はこんなんじゃないんだけどな、スイッチ入るといつもこうなんだ」

僕はため息をついて先輩を押し退け、龍一の肩を持つ。

「はいはい、泣くなって。晴先輩は別に君のこと嫌いってわけじゃないんだから」

「そうなの?」

龍一はパッと顔をあげ晴先輩を見ると、晴先輩はそうだよ、と伏し目がちに頷く。

「んんっ、で、龍一くんだっけ?君は晴先輩が好きなの?」
「うん……でも振られた」
「じゃあしょうがないね。でも晴先輩も君を嫌いじゃない、ただ付き合えなくなっただけだろ?」
「そうだけど……」
「好きなんだろ?だったら、」

龍一の肩を持つ手に力を込める。

「晴先輩を困らせてはダメだ」

え、と龍一の潤んだ瞳が揺れる。

「晴先輩の幸せを願ってあげて。今度は友達っていう関係で仲良くしていけばいいじゃないか」
「友達……」

わかったようなわかってないような顔をしていた。ただ涙は止まって、戸惑いの表情を向ける。

「うん、友達。そうだな、じゃあ……」
「……」
「気持ちの整理がつくまでは晴先輩に会わないこと」
「え、そんなのむり!絶対むり!」

振り返って晴先輩を見るとサラッと視線を逸らされた。ビビりすぎだ、いつもの頼もしさはどこいったんだ。

「じゃあ2人では会わないこと。どうしてもの時は僕を呼んでよ。3人なら、」
「おい、待てよ佐藤」
「こう言わないと一生これですよこいつ」

晴先輩は今までに聞いたことないくらいの深いため息をついた。

「……わかったよ」

しばらく納得できないと暴れたが、最終的に龍一はLINEの友達追加画面を僕に見せた。なんかめんどくさい役割を引き受けてしまったような気がするが、なるべく考えないようにしよう。それからは晴先輩に龍一、間に僕を挟んで3人で駅へと向かう。




「へぇー、そらくんって7年も好きな人がいるの?」
「……まあ」

だから付き合えただけでも幸せと思うべき、と伝えたかった。

「でも告白しないなんてただのチキンじゃん!拗らせてるだけじゃない?」

こめかみの血管がブチっと切れる。

「あん?」
「おい、龍一!」

晴先輩がすかさず止めに入る。

「ぼくならすぐ告白するけどねー、頭で考えてても答えでないし」
「あんたは行動しすぎなんだよ、よくそんなお気楽でいられるね」
「お気楽ってなんだよ!お気楽って!」
「浅ーい恋しかしてないんじゃない?」
「くっ……」

龍一は嫌悪感を最大限に込めた顔で僕を睨んだ。

「ちょっと、晴くん!なんなのこの人!」
「はい、みんな落ち着こうね。ディベートは感情的になっちゃダメだ」
「晴くんと会うのにこの人がついてくるのマジでありえない!」
「じゃあ会うな」
「いやだ!」
「あーもうめんどくさいなー、騒ぐのやめてくれる?」
「じゃあ真ん中にいるのやめてよ!ぼくらの間に入らないで!」
「それはダメだよ、君はもう晴先輩と付き合ってるわけじゃないんだから。失恋立ち直り期間だろ?」
「勝手に決めないでよ!」

そうこう言い合っているうちに駅に着き、晴先輩を送る。最悪なことにこいつと2人になってしまった。

「ぼくに勝ったつもりかよ」
「なんだよ勝つって。別に君と争ってるつもりはないし、僕は晴先輩の友達で好きなわけじゃないし、」
「あっそ、ぼくもう帰るし」
「方向そっちなんだな」

そうだけど、と僕を睨んで角を曲がろうとする龍一に声をかけた。

「龍一!」
「なに?」龍一は敵意丸出しで振り返る。
「僕も多分同じだ」
「は?」
「君の気持ちがわかる気がする。だからつらくなったら話してよ」
「……なにいってんの」

夕日が龍一の顔をオレンジに照らす。幼さだけ、見た目だけ、あくまで見た目だけ少し虹くんに似ていた。

「僕もわかんないや、じゃあな」

自分でもなんてそう言ったのか。スマホを取り出してカメラロールを開く。僕、虹くん、晴先輩。僕らの関係はなんだ。橋を渡って下の川を覗く。水の流れる音にしばらく目をつぶって深呼吸をした。
龍一の素直さが少し羨ましい。