そういえば、まだ自己紹介すらしてなかった。
僕は灯に向き直る。
「えっと…松田 千冬っていいます。よろしく!あ、こっちも千冬って呼んでくれていいから」
「分かった、千冬ね。ボクは矢野 灯。改めてよろしく」
伸ばされた手に自分の手を重ねる。
繋いだ灯の手がポカポカと温かくて、心がほんのりと安らいでいくのを感じた。
「それで…どう?何か怒りとか愚痴とか浮かびそう?」
手を離し、灯に問いかける。
彼は少し考える素振りをした後、首を横に振った。
「ボクはそういうの思いつかないかな」
「そっか…」
確かに会話を盗み聞きした限りだと、不満を持っているのは恋人…いや、元恋人の方に思えた。
でも…。
灯に問題があるようには思えない。
「その、聞いていいか分からないけど…灯と恋人さんは何が理由で別れたの?」
その問いかけに灯がうつむく。
マズい、嫌な事を聞いちゃったかも。
あたふたと慌てて口を開く。
「あ、いや…無理に聞くつもりはなくて__」
そう言いかけた瞬間、灯の口が動いた。
「恋人っぽい事…できないんだ、ボク」
呟いた灯の顔は、少し寂しそうに見えた。

