残り香の湯、雨のジンガ

 あれほど狂おしく世界を焼き尽くしていた夏が、音を立てて引き潮のように去っていく。


 空はいつの間にか高く透き通り、庭に響く声は蝉時雨から、どこか寂しげな秋の虫の音へと移り変わっていた。


 二人が都会へと戻る日の朝、私は縁側に立つシィカお姉ちゃんに一枚の短冊を手渡した。


「これ……最後の一首です。お姉ちゃんに見てほしくて」


 お姉ちゃんは「ありがとう」と微笑み、その細い指先で短冊を受け取った。
 以前の私が書く歌は、どれも「清流」や「青空」といった、綺麗で無害な言葉ばかりを並べた優等生的なものだった。けれど、今の私の筆が選んだのは、それとは全く違う、湿度と重みを孕んだ言葉たちだった。


夕立の あとの残り香 重たかり 言葉にならぬ 喉の渇きよ


 お姉ちゃんは、その一首を黙って見つめていた。
 そこに込められた、あの雨の日の午後の、湯気に混じった秘密。触れてしまった猛々しい熱と、それを飲み干したいと願った渇き。


 お姉ちゃんは何かを察したように一瞬だけ睫毛を震わせ、それから、今までで一番優しい、そして一人の女性として対等な眼差しを私に向けた。


「……いい歌ね、ワカハ。本当に、強くなった」


 庭の向こうで、荷物を積み終えたダニエウがこちらを見て手を振っている。
 私は彼と目が合うと、小さく、けれどしっかりと頷いた。あの日、彼が私を「蕾」と呼び、守ってくれたこと。その代わりに私が彼の熱に触れ、大人になる準備を始めたこと。二人だけの沈黙の約束が、秋の風の中で静かに溶け合った。


「お姉ちゃん、私、もっと強くなるね。この歌に負けないくらい」


 走り出した車が、坂道の向こうに見えなくなるまで私は手を振り続けた。
 排気ガスの匂いが消え、静寂が戻った庭。私は一人、裸足になって芝生の上に立った。


 ザッ、ザッ。


 私は一人でジンガを刻み始める。


 シィカお姉ちゃんから教わった、繊細で奥深い言葉の響きを胸に。
 ダニエウから教わった、大地を揺らす力強いリズムを体に。


 腰を低く落とし、視線を前方へ。
 ステップを踏むたびに、あの夏の風呂場に残っていた、重く、苦しく、けれど愛おしい熱が、私の体の中で再燃するのを感じる。


 私はもう、ただ憧れをなぞるだけの子供ではない。
 この熱を一生忘れない。