残り香の湯、雨のジンガ

 その夜、私は昼間の稽古ですっかり使い古してしまった短歌のノートを、お姉ちゃんの家に忘れてきたことに気づいた。


 明日の朝になればいい。そう自分に言い聞かせても、書いたばかりの、あの熱を帯びた言葉たちが、暗い部屋で一人にされているのが耐えられなかった。
 月明かりのない、濃密な闇が支配する夜だった。


 勝手知ったる縁側から、忍び込むように家の中へ入る。廊下はしんと静まり返っていたが、奥の寝室の方から、微かな、けれど確かな「音」が漏れていた。


 ピチャリ、という湿った音。


 そして、昼間に聞いたジンガの呼吸よりも、ずっと深く、荒々しい喘ぎ。
 私は、廊下の暗がりに縫い止められたように動けなくなった。


 突き当たりの障子に、中の明かりが影を落としている。そこに映し出されていたのは、私が知る「日常」とはかけ離れた、おぞましくも美しい光景だった。


 ダニエウの、岩のように巨大な影。


 その背中を、折れそうなほど細い、白い腕が必死にしがみついている。シィカお姉ちゃんの腕だ。


 墨を磨り、短歌を綴る、あんなに気高く清らかだったはずの指先が、褐色の巨躯に爪を立て、欲望を掻きむしるように動いている。


「あ……っ、ダニエウ……、もっと……」


 聞こえてきたのは、お姉ちゃんの声だった。
 けれど、それは私が憧れていた風鈴のような涼やかさなど微塵もなく、熱に浮かされ、何かに蹂躙されながら、それを悦びに変えているような、動物的な、淫らな鳴き声。


 ドサリ、という肉体同士がぶつかり合う重い音が響くたび、私の心臓は嫌な音を立てて跳ねた。


 大好きな、誰よりも美しかったお姉ちゃんが、あの異国の獣に喰い尽くされている。汚されている。そう思いたいのに、障子に映る彼女の影は、私が見たこともないほど激しく「生きて」いた。


 不意に、自分の体に異変を感じて、私は息を呑んだ。


 衝撃に震える指先。けれど、Tシャツの下、中学生にしては育ちすぎていた私の胸の先端が、期待するように、熱く、硬くなっていたのだ。


 お姉ちゃんを蹂躙している、あの巨大な存在。
 その重さを、熱さを、もし私が受け止めたら——。


(……最低だ、私)
 込み上げてきたのは、激しい自己嫌悪だった。


 憧れのお姉ちゃんが「女」の顔を見せていることに絶望しながら、同時に自分の中にある「女」が目覚め、その光景を貪ろうとしている。


 私はノートを手に取ることも忘れ、逃げ出すようにその場を去った。
 裸足で踏みしめた夜の芝生は、雨を予感させるほど、湿って重かった。