世界を望みはしないけど

  ✻ ✻ ✻


 男は売人として逮捕された。アズサは店での立場が悪くなったとみてすぐに店を辞める。というか薬物使用者として事情を聴かれていて検挙も近いらしい。
 防カメを検証した結果、むしろ斎からぶつかったことはバレた。警察から注意されたのだが「急いでて……見た目が怖いお兄さんだったんで動転したんですぅ」との主張が通り無罪放免だった。

 橘の部屋のソファにどっかと座った斎は、最上階の窓から外をながめる。そして悠々とのたまった。

「スタンガンは株式会社 TSUKASA 装備の純正品だし。何も問題ないのよ」
「私がお嬢を想って渡した物を、こんな風に使うなんてひどいです」

 橘の恨み言はねちっこかった。
 斎に与えたのはあくまで防犯のための物。それがこっそり改造済みで出力がわずかに上がっていたりすることは橘しか知らない。思いがけず威力を検証できたのは棚ボタだが警察にバレなくてよかった。

「防犯用品を攻撃的に使用してはなりませんよ、お嬢。我が社の評判にかかわります」
「世間的には身を守ったように見えてるでしょ」
「本当にお嬢はああ言えばこう言う……」

 うめく橘をながめて斎は楽しげだった。大きな男が困っているのは好きなので。
 グジグジ文句を言われても、今回ちゃんと友だちの恨みを晴らし目的は達した。なんの問題もない。

「……お嬢」

 うつむいていた橘がボソリとつぶやいた。斎はチラリと視線をやる。

「なあに」
「お出掛けしたいところ、と言っていたのはどこなんですか」
「……ああ」

 橘から計画の時間などを聞き出すのに使った方便。なんとなく探りを入れられている雰囲気なのは、騙されたと疑っているのかもしれない。
 背を丸めたまま、斎の様子をうかがう橘。傷ついた捨て犬を思わせてかわいそう。そんな姿に斎はキュンとなった。なんだかいいぞ、こういうの。

「……マッチョカフェ」

 だから無茶ぶりしてみた。橘の目が点になる。

「は?」
「だから、マッチョ店員さんが売りのカフェ。なんか楽しいかも、て思ったんだけどひとりだと、ねえ……」

 モジモジと言ってみる。内心は笑いをこらえていた。橘みたいなでかい男がマッチョに囲まれたらどんなだろう。
 しばらく無言だった橘は、やっと声を絞り出した。

「お嬢……それは、ちょっと承服しかねます」
「え……ダメ?」

 斎はことさらあざとく上目づかいにしてみた。だが橘はにべもない。

「駄目です。よその男の筋肉なんかに目をくれるお嬢は見たくない。そんなに筋肉がいいなら私のをいくらでも」
「ちょ、ちょっと待った!」

 橘がシャツのボタンを外し始め、斎は悲鳴をあげる。冗談が通じないな、もう!
 だけどチラ見えた胸筋はたしかにパッツリ盛り上がっていて――。




 ――そして斎はその後、とりあえずパステルピンクの可愛いカフェに橘を付き合わせた。



    了