遼一は背が高く、全体的に厚みがあるといった印象だった。
といっても、決してふくよかというわけではない。肩や二の腕など、白装束の上からでも分かるほどに筋肉質で、一言で表すとガタイがいいのだ。
「これ片付ければいいの? 俺やるよ」
言うが早いか、遼一はあっさりと舟を持ち上げた。
一人で小脇に抱えてのっしのっしと歩く様子に、朔と二人して目を瞠る。
「すごいね、鬼人でもないのに……」
「俺、ぜったい一人じゃ持ち上げられない……」
「あはは、高校大学と、アメフトやってたかんねー」
さすがに鉄骨は跳ねのけらんなかったけどさ、と遼一は苦く笑う。
暗くなった山道を登りながら、遼一は「ちょっと聞いてよ」と口を尖らせた。
「なぁなぁ、俺の死因、何だと思う?」
たぶん、当てらんないと思うけど。
そう呟く遼一に、宗介は前を歩く朔と顔を見合わせる。
「まさかのね、鉄骨の下敷き」
「わぁ……」
「いきなりさ、空から鉄骨が落ちて来たの、もうびっくりよ。そんなことってある……?」
確かにそれは、予想だにしない死因だった。宗介は思わず言葉を失ってしまう。
いわく、彼はなんと仕事帰りに、建設中のマンションから落ちてきた鉄骨の下敷きになって死んだらしい。まだ二十八歳の身空だったという。
「そりゃあ、今日ちょっと風強いな? くらいは思ってたけどさあ。いつも通り、駅から家までの帰り道をさ、スマホでソシャゲやりながら歩いてただけだぜ?」
ビュオッて重たい風切り音が聞こえて、ふっと街灯の明かりが翳って、見上げたら何かいろいろ降ってきてたんだよ、と遼一は言う。
「いやもうね、さすがに『あ、これ死ぬわ』って思ったよ。だけど、不思議なもんでさぁ。死ぬかもって思って、いざ『死にました』と言われるとさ、あぁそうかって……もう納得するしかないっていうか」
「……分かります。俺もそうだったから」
遼一の言葉には、宗介も苦笑するしかない。
ここに来たばかりのことを思い返せば、同意せずにはいられなかった。
「俺も、事故に遭ったんですけど……気づいたら、家族みんなでこの場所にいたんです。だからあの時は、みんな一緒なら、まぁいっかって」
「そうかぁ、家族みんなで……」
「まぁ、俺だけ生き残っちゃって、今は植物状態みたいなんですけどね」
宗介は肩をすくめて、へらりと笑ってみせる。
自分の境遇を語るのも、もうすっかり慣れたものだ。
変わったことといえば『臨死体験中』が『植物状態』と、ちょっと具体的になっただけ。
たったそれだけの違いのはずなのに、やっぱり胸の奥は晴れなくて、宗介はそっと息を呑み込むばかりだ。
◇◆◇
塞いだ気分を紛らわすように、宗介はいつも通りに台所に立つ。
今日の献立は、マカロニのミートソースグラタンとポトフだ。
けれど、遼一が大食漢だというのなら、品数を増やしてみてもいいかもしれない。
茹でたマカロニにオリーブオイルを絡めながら、宗介はそんなことを考える。
「……とりあえず、決まってるものから先に片付けていこ」
耐熱の器にマカロニを敷き詰め、その上にあらかじめ作っておいたミートソースをたっぷりとかけ、ピザ用チーズを重ねる。あとはオーブンに任せておけば、グラタンは焼き上がりを待つだけだ。
次はポトフに取りかかる。じゃがいも、にんじん、玉ねぎの皮を剥き、キャベツ共々ざっくり大雑把に切っていく。
ポトフはごろっとした野菜の存在感があってこそ。あまり小さく切ってしまうと、すぐに煮崩れしてしまう。
それから、ソーセージから染み出るうまみも忘れてはならない。食べ応えがあるように、気持ち大きめにカットして、多めに鍋へ投入していく。
あとはじゃがいもがほっくりするまで、じっくりコトコト煮込んでいけばいい。
さて、問題はあともう一品だ。
スープ系はお腹にたまらないし、炭水化物はグラタンのマカロニがあるからと、ご飯も今日は炊いていない。
どうしようかと冷蔵庫を覗き込むと、使いかけの生クリームが目に留まった。
足の早い生クリームは、早めに使い切ってしまうに越したことはない。
「うん、カルボナーラにしよう」
パスタなら量の調節も簡単だから、遼一の胃袋にも対応できそうだ。マカロニとパスタは親戚だけれど、急拵えだし、味もかけ離れているから許してほしい。
大鍋でパスタを茹でる傍らで、短冊切りにしたベーコンをフライパンでカリカリになるまで炒めていく。
生クリームと粉チーズ、黒こしょうを加え、チーズが溶けるまで弱火でじっくり煮詰めれば、キッチンにはたちまち濃厚なソースの香りが広がった。
そうこうしているうちに、オーブンが焼き上がりを報せてくるので、朔を呼び寄せる。
「朔、これ運んでくれる? 熱いから──」
「みとんをつけて、でしょ?」
振り向けば、すでに両手にミトンをはめた朔がばんざいのポーズで待ち構えている。
なんだかレッサーパンダの威嚇みたいだ。その仕草が可愛くて、宗介は思わず破顔した。
朔はこういうところが、本当に愛おしい。
「ちぃずが、ぷくぷく呼吸してるね」
じっと覗き込む視線の先では、程よく焦げ目のついたきつね色のとろけたチーズが、まだふつふつと小さな音を立てている。
「呼吸かぁ。うん、そうかも」
朔の表現に笑いながら、宗介は茹で上がったパスタをフライパンに移して、ソースと一緒に混ぜ合わせていく。塩で味を調えてから火を止め、卵黄を加えて全体に手早く絡めれば、カルボナーラも完成だ。
仕上げにポトフを器に盛りつければ、夕飯の支度は整った。
そわそわと落ち着かない様子だった遼一の前に、湯気を立てる料理が次々と並んでいく。
「なにこれ、めっちゃ旨そうなんだけど……!」
遼一は目を輝かせながら、料理に釘付けになっている。
「え、これ全部、男子高校生が作ったの!? 俺てっきり、ザ・男飯みたいなのが出てくるのかと思ってた……。え、これ食っていいの? ほんとに?」
「あはは、お口に合えばいいんですけど」
期待にうずうずしている様子が微笑ましくて、思わず宗介も口元が綻んだ。
宗介と朔も着席すれば、遼一は待ちきれないといった様子で手を合わせる。
「んじゃ、いただきまーす!」
そんな声を合図に、賑やかな夕食の時間が始まった。
といっても、決してふくよかというわけではない。肩や二の腕など、白装束の上からでも分かるほどに筋肉質で、一言で表すとガタイがいいのだ。
「これ片付ければいいの? 俺やるよ」
言うが早いか、遼一はあっさりと舟を持ち上げた。
一人で小脇に抱えてのっしのっしと歩く様子に、朔と二人して目を瞠る。
「すごいね、鬼人でもないのに……」
「俺、ぜったい一人じゃ持ち上げられない……」
「あはは、高校大学と、アメフトやってたかんねー」
さすがに鉄骨は跳ねのけらんなかったけどさ、と遼一は苦く笑う。
暗くなった山道を登りながら、遼一は「ちょっと聞いてよ」と口を尖らせた。
「なぁなぁ、俺の死因、何だと思う?」
たぶん、当てらんないと思うけど。
そう呟く遼一に、宗介は前を歩く朔と顔を見合わせる。
「まさかのね、鉄骨の下敷き」
「わぁ……」
「いきなりさ、空から鉄骨が落ちて来たの、もうびっくりよ。そんなことってある……?」
確かにそれは、予想だにしない死因だった。宗介は思わず言葉を失ってしまう。
いわく、彼はなんと仕事帰りに、建設中のマンションから落ちてきた鉄骨の下敷きになって死んだらしい。まだ二十八歳の身空だったという。
「そりゃあ、今日ちょっと風強いな? くらいは思ってたけどさあ。いつも通り、駅から家までの帰り道をさ、スマホでソシャゲやりながら歩いてただけだぜ?」
ビュオッて重たい風切り音が聞こえて、ふっと街灯の明かりが翳って、見上げたら何かいろいろ降ってきてたんだよ、と遼一は言う。
「いやもうね、さすがに『あ、これ死ぬわ』って思ったよ。だけど、不思議なもんでさぁ。死ぬかもって思って、いざ『死にました』と言われるとさ、あぁそうかって……もう納得するしかないっていうか」
「……分かります。俺もそうだったから」
遼一の言葉には、宗介も苦笑するしかない。
ここに来たばかりのことを思い返せば、同意せずにはいられなかった。
「俺も、事故に遭ったんですけど……気づいたら、家族みんなでこの場所にいたんです。だからあの時は、みんな一緒なら、まぁいっかって」
「そうかぁ、家族みんなで……」
「まぁ、俺だけ生き残っちゃって、今は植物状態みたいなんですけどね」
宗介は肩をすくめて、へらりと笑ってみせる。
自分の境遇を語るのも、もうすっかり慣れたものだ。
変わったことといえば『臨死体験中』が『植物状態』と、ちょっと具体的になっただけ。
たったそれだけの違いのはずなのに、やっぱり胸の奥は晴れなくて、宗介はそっと息を呑み込むばかりだ。
◇◆◇
塞いだ気分を紛らわすように、宗介はいつも通りに台所に立つ。
今日の献立は、マカロニのミートソースグラタンとポトフだ。
けれど、遼一が大食漢だというのなら、品数を増やしてみてもいいかもしれない。
茹でたマカロニにオリーブオイルを絡めながら、宗介はそんなことを考える。
「……とりあえず、決まってるものから先に片付けていこ」
耐熱の器にマカロニを敷き詰め、その上にあらかじめ作っておいたミートソースをたっぷりとかけ、ピザ用チーズを重ねる。あとはオーブンに任せておけば、グラタンは焼き上がりを待つだけだ。
次はポトフに取りかかる。じゃがいも、にんじん、玉ねぎの皮を剥き、キャベツ共々ざっくり大雑把に切っていく。
ポトフはごろっとした野菜の存在感があってこそ。あまり小さく切ってしまうと、すぐに煮崩れしてしまう。
それから、ソーセージから染み出るうまみも忘れてはならない。食べ応えがあるように、気持ち大きめにカットして、多めに鍋へ投入していく。
あとはじゃがいもがほっくりするまで、じっくりコトコト煮込んでいけばいい。
さて、問題はあともう一品だ。
スープ系はお腹にたまらないし、炭水化物はグラタンのマカロニがあるからと、ご飯も今日は炊いていない。
どうしようかと冷蔵庫を覗き込むと、使いかけの生クリームが目に留まった。
足の早い生クリームは、早めに使い切ってしまうに越したことはない。
「うん、カルボナーラにしよう」
パスタなら量の調節も簡単だから、遼一の胃袋にも対応できそうだ。マカロニとパスタは親戚だけれど、急拵えだし、味もかけ離れているから許してほしい。
大鍋でパスタを茹でる傍らで、短冊切りにしたベーコンをフライパンでカリカリになるまで炒めていく。
生クリームと粉チーズ、黒こしょうを加え、チーズが溶けるまで弱火でじっくり煮詰めれば、キッチンにはたちまち濃厚なソースの香りが広がった。
そうこうしているうちに、オーブンが焼き上がりを報せてくるので、朔を呼び寄せる。
「朔、これ運んでくれる? 熱いから──」
「みとんをつけて、でしょ?」
振り向けば、すでに両手にミトンをはめた朔がばんざいのポーズで待ち構えている。
なんだかレッサーパンダの威嚇みたいだ。その仕草が可愛くて、宗介は思わず破顔した。
朔はこういうところが、本当に愛おしい。
「ちぃずが、ぷくぷく呼吸してるね」
じっと覗き込む視線の先では、程よく焦げ目のついたきつね色のとろけたチーズが、まだふつふつと小さな音を立てている。
「呼吸かぁ。うん、そうかも」
朔の表現に笑いながら、宗介は茹で上がったパスタをフライパンに移して、ソースと一緒に混ぜ合わせていく。塩で味を調えてから火を止め、卵黄を加えて全体に手早く絡めれば、カルボナーラも完成だ。
仕上げにポトフを器に盛りつければ、夕飯の支度は整った。
そわそわと落ち着かない様子だった遼一の前に、湯気を立てる料理が次々と並んでいく。
「なにこれ、めっちゃ旨そうなんだけど……!」
遼一は目を輝かせながら、料理に釘付けになっている。
「え、これ全部、男子高校生が作ったの!? 俺てっきり、ザ・男飯みたいなのが出てくるのかと思ってた……。え、これ食っていいの? ほんとに?」
「あはは、お口に合えばいいんですけど」
期待にうずうずしている様子が微笑ましくて、思わず宗介も口元が綻んだ。
宗介と朔も着席すれば、遼一は待ちきれないといった様子で手を合わせる。
「んじゃ、いただきまーす!」
そんな声を合図に、賑やかな夕食の時間が始まった。
