エゴ上等。自己満足にだって意味はあるのだと、八尋に教えてもらった。
だから宗介は、自分のエゴを通させてもらう。
「その人のためだけに作るご飯、か……」
冷蔵庫の前に立ち、ひとり呟く。
一品きりというのも味気ない。できれば品数も多く、多くの手間を掛けられるものがいい。うんと面倒くさいことを、たくさん。
「なぁ朔、たとえば……お弁当を持って、舟って乗れるのかな」
傍らに佇む朔に話しかける。答えはすぐに返ってきた。
「舟のうえでぜんぶ食べきっちゃうのなら、ん、だいじょうぶ」
朔はすでに腕まくりをしていて、手伝う準備は万端といった様子だ。
その頼もしい姿に、宗介は笑ってうなずく。
「そっか……それじゃあ、うん、お弁当を作ろう」
「おてつだいは、まかせて」
「ん、ありがとな」
冷蔵庫の中をひと通り確認した宗介は、カウンター越しにリビングへと目を向ける。
そこには、所在なさげに立つ誠二の姿があった。
「あ、あの、私は本当に、そこまでして頂くわけには……」
誠二はしどろもどろに、そんな遠慮の言葉を口にする。
けれど宗介はそれを遮り「俺がそうしたいだけです」ときっぱり告げた。
「悪いですけど、あなたに拒否権はありません」
誰かの代わりでも、ついででもない。ちゃんと、自分のためだけに作られたご飯を食べてもらわなければ、こちらの気が済まない。
あんな歪んだ満足で、川を渡っていかれてたまるか。
「どうしてもっていうのなら、こう考えてください。これは俺や俺の家族に対する、罪滅ぼしなんだって」
「罪、滅ぼし……」
誠二はそう呟いて、ぐっと言葉を詰まらせた。
我ながら、ずるい言い方だとは思う。
けれど、こう言えばきっと、誠二は断れないと分かっていた。
だから宗介は、あえてそんな言い方をする。
「そう、ですか……分かりました、きみのご厚意に甘えます」
誠二は観念したように、小さく頭を下げる。
宗介はそれに頷き返して、ひとまず座っているように促した。
「ちなみに、誠二さん。おかずのメインは、焼き魚と揚げ物だと、どっちがいいですか?」
誠二の表情を窺いながら、そう問いかける。
誠二は少し考えてから「どちらかといえば、揚げ物でしょうか……」と控えめに答えた。
「じゃあ、卵焼きは? 甘いのとしょっぱいのだと、どっちが好きですか?」
「家のは確か、しょっぱいのだったかと……」
「俺、実家の味がどうだったかじゃなくて、誠二さん自身の好みを聞いてます。誠二さんも、しょっぱい方が好きですか?」
「……職場で食べた、仕出し弁当に入っていた卵焼きは、甘かったですが美味しかったです……甘い方が、好きだったのかもしれません」
「じゃあ、甘い方にします。白ごはんのお供は? しゃけと梅と昆布だったら?」
「では、しゃけで……」
「嫌いな野菜はありますか?」
「いえ、特には……」
矢継ぎ早の質問攻めに、誠二は戸惑いながらもひとつひとつ答えていく。
そうして、好みのヒアリングをあらかた終えたところで、宗介はよしとうなずいた。
まずは炊飯ジャーに、お米をセットする。
次に、冷蔵庫から鮭の切り身と卵、それから鶏肉を取り出す。野菜室からはいんげん豆とじゃがいもを。ひと通り調理台の上に並べたら、頭の中で効率の良い手順を組み立てていく。
まずは、味を染み込ませたいものから先に仕込んでいこう。
唐揚げ用に、鶏肉を二かけ分切り出してポリ袋に入れ、下味をつける。
次いでじゃがいもを賽の目に切り、電子レンジで加熱。これはコロッケ用だ。
「朔、これ潰してくれる?」
宗介は、電子レンジから取り出した耐熱ボウルを朔に手渡す。
「あらかた潰したら、いったん声かけて」
「ん、わかった」
お立ち台に登った朔は、木べらでじゃがいもを黙々と潰し始めた。
その間に、宗介はいんげんを塩茹でして、粗熱をとる。
三等分に切って、すりごまと調味料で和えれば、一品目の出来上がりだ。
「ねぇ宗介、おいも、こんなかんじ?」
「ん、そうそういい感じ」
差し出されたじゃがいものペーストに、宗介はバターと粉チーズ、塩を加える。
ひき肉はなし。じゃがいもだけの、シンプルなコロッケだ。
「よし、じゃあもうちょっと混ぜて」
「わかった。だけどこれ、なにを作ってるの?」
「これはね、コロッケ」
「……ころすけ?」
聞き慣れない響きだからか、朔の復唱は某国民的アニメのキャラクター名になった。
舌足らずなその響きに、宗介はつい悪戯心を起こす。
「最後に、なりって付けてみて」
「ころすけなり?」
「っふ……!」
カウンター越しのリビングから、誠二が小さく吹き出す音が聞こえる。
宗介がそちらに目をやると、誠二は取り繕うように咳払いをした。
「いえ、すいません。でも……きみは、随分と古いものを知っているんですね」
「言われてみれば、ぜんぜん世代じゃないかも。俺、どこで知ったんだろ」
「私でさえ、ちょっと世代からは外れますよ」
互いに顔を見合わせて、苦笑し合う。国民的アニメは世代を飛び越えるから凄い。
事故の加害者と、被害者と、おまけに鬼人。
奇妙な取り合わせの三人が、今は同じ場所にいる。それが何だか不思議だった。
宗介は気を取り直して、再び調理台に向かう。
タネを混ぜ終わったなら、二口サイズほどの小判形に整えて衣をつけていく。
溶き卵にくぐらせ、パン粉をまぶせば、まずひとつめが出来上がり。
すると、足元からじっと視線を感じる。
「朔もやりたい?」
「……うん、やりたい」
朔は宗介の手元を熱心に見ながら、こくこくと頷く。
そういえば弟妹たちも、この作業はやりたがったっけ。
たぶん泥団子をこねるみたいに見えて、楽しそうだと思ったんだろう。
懐かしい記憶が重なって、宗介はくすりと笑みを零す。
「じゃあ、衣付けもお願いしようかな」
朔は真剣な面持ちで、たどたどしい手つきながらも一つずつ成形していく。
その様子を横目に、宗介は油の準備に取り掛かった。
タネの量はごくごく少量だから、そう時間はかからない。油が適温になる頃には、バットの中には小さなコロッケが三つ並んでいた。
二つはお弁当に入れて、残る一つはあとで朔に味見させてあげよう。
これは誠二のための料理だけれど、味見は例外。キッチンに立つ人の特権だ。
油が飛び跳ねないように、そっとコロッケを油に入れれば、シュワワーと音を立てて白いコロッケが油に浮かぶ。衣がきつね色に色付いてきたら、菜箸でひっくり返していく。
形を崩さないように、細心の注意を払って慎重に。
コロッケを油から引き上げたなら、今度は唐揚げの番だ。
ポリ袋に片栗粉を入れて振り、こちらも衣をつけて揚げていく。
コロッケも、唐揚げも──正直なところ、たった二、三個ずつのためだけに揚げ物をするなんて、普通ならまずやらない。
お弁当に入れる揚げ物なんて、たいていは冷凍食品で済ませてしまうものだ。
けれど今回ばかりは、目一杯、手間をかけることにこそ意味がある。
だから、これでもかというほどに、面倒くさい作業を全部つめ込んでやろう。これはもう意地だ。
「朔、次はこっちお願いできる?」
グリルで焼いた鮭から、皮と骨を取り除き、身をほぐす作業を朔に託す。
その間に、宗介は卵焼きだ。卵を割り入れ、白身を切るように溶きほぐす。
調味料を加えてから、一手間だけれど、今回は卵液をザルで濾してみた。
白身が分離して残っていると、切った断面は白い渦を巻いて綺麗なかわりに、ちょっと口当たりが悪くなるからだ。見た目をとるか、食感をとるか。一長一短だよなと苦笑する。
あとは、フライパンを熱してくるくると丁寧に巻いていく。
最後に包丁で均等に切り分ければ、卵焼きも完成だった。
ひと通り作り終わったなら、あとは冷ますだけ。
おかずを集めて載せた平皿と、タッパーの半分に敷き詰めた白ごはん。
それぞれを、朔と二人でパタパタと扇いで冷ましていく。そんな時のことだった。
「……宗介は、優しいね」
朔がこちらを見上げ、ぽつりと呟く。
その言葉に、宗介は苦笑して朔の頭を撫でた。
「朔のおかげだよ」
「ぼく?」
きょとんとした顔で、朔が首を傾げる。宗介はこくりと頷いた。
「村人を恨まないっていう、朔が側にいたから踏みとどまれた」
優しいから許せるんじゃなくて、優しくなりたいから許す。
それだってきっと、そう悪いことじゃない。
朔が隣にいてくれたから、そう思えた。
「だから、ありがとな」
「……うん、どういたしまして」
トン、と軽く寄りかかれば、朔は照れくさそうにぐりぐりと額を押し付けてくる。
それがくすぐったくて、宗介は小さく笑みを零した。
だから宗介は、自分のエゴを通させてもらう。
「その人のためだけに作るご飯、か……」
冷蔵庫の前に立ち、ひとり呟く。
一品きりというのも味気ない。できれば品数も多く、多くの手間を掛けられるものがいい。うんと面倒くさいことを、たくさん。
「なぁ朔、たとえば……お弁当を持って、舟って乗れるのかな」
傍らに佇む朔に話しかける。答えはすぐに返ってきた。
「舟のうえでぜんぶ食べきっちゃうのなら、ん、だいじょうぶ」
朔はすでに腕まくりをしていて、手伝う準備は万端といった様子だ。
その頼もしい姿に、宗介は笑ってうなずく。
「そっか……それじゃあ、うん、お弁当を作ろう」
「おてつだいは、まかせて」
「ん、ありがとな」
冷蔵庫の中をひと通り確認した宗介は、カウンター越しにリビングへと目を向ける。
そこには、所在なさげに立つ誠二の姿があった。
「あ、あの、私は本当に、そこまでして頂くわけには……」
誠二はしどろもどろに、そんな遠慮の言葉を口にする。
けれど宗介はそれを遮り「俺がそうしたいだけです」ときっぱり告げた。
「悪いですけど、あなたに拒否権はありません」
誰かの代わりでも、ついででもない。ちゃんと、自分のためだけに作られたご飯を食べてもらわなければ、こちらの気が済まない。
あんな歪んだ満足で、川を渡っていかれてたまるか。
「どうしてもっていうのなら、こう考えてください。これは俺や俺の家族に対する、罪滅ぼしなんだって」
「罪、滅ぼし……」
誠二はそう呟いて、ぐっと言葉を詰まらせた。
我ながら、ずるい言い方だとは思う。
けれど、こう言えばきっと、誠二は断れないと分かっていた。
だから宗介は、あえてそんな言い方をする。
「そう、ですか……分かりました、きみのご厚意に甘えます」
誠二は観念したように、小さく頭を下げる。
宗介はそれに頷き返して、ひとまず座っているように促した。
「ちなみに、誠二さん。おかずのメインは、焼き魚と揚げ物だと、どっちがいいですか?」
誠二の表情を窺いながら、そう問いかける。
誠二は少し考えてから「どちらかといえば、揚げ物でしょうか……」と控えめに答えた。
「じゃあ、卵焼きは? 甘いのとしょっぱいのだと、どっちが好きですか?」
「家のは確か、しょっぱいのだったかと……」
「俺、実家の味がどうだったかじゃなくて、誠二さん自身の好みを聞いてます。誠二さんも、しょっぱい方が好きですか?」
「……職場で食べた、仕出し弁当に入っていた卵焼きは、甘かったですが美味しかったです……甘い方が、好きだったのかもしれません」
「じゃあ、甘い方にします。白ごはんのお供は? しゃけと梅と昆布だったら?」
「では、しゃけで……」
「嫌いな野菜はありますか?」
「いえ、特には……」
矢継ぎ早の質問攻めに、誠二は戸惑いながらもひとつひとつ答えていく。
そうして、好みのヒアリングをあらかた終えたところで、宗介はよしとうなずいた。
まずは炊飯ジャーに、お米をセットする。
次に、冷蔵庫から鮭の切り身と卵、それから鶏肉を取り出す。野菜室からはいんげん豆とじゃがいもを。ひと通り調理台の上に並べたら、頭の中で効率の良い手順を組み立てていく。
まずは、味を染み込ませたいものから先に仕込んでいこう。
唐揚げ用に、鶏肉を二かけ分切り出してポリ袋に入れ、下味をつける。
次いでじゃがいもを賽の目に切り、電子レンジで加熱。これはコロッケ用だ。
「朔、これ潰してくれる?」
宗介は、電子レンジから取り出した耐熱ボウルを朔に手渡す。
「あらかた潰したら、いったん声かけて」
「ん、わかった」
お立ち台に登った朔は、木べらでじゃがいもを黙々と潰し始めた。
その間に、宗介はいんげんを塩茹でして、粗熱をとる。
三等分に切って、すりごまと調味料で和えれば、一品目の出来上がりだ。
「ねぇ宗介、おいも、こんなかんじ?」
「ん、そうそういい感じ」
差し出されたじゃがいものペーストに、宗介はバターと粉チーズ、塩を加える。
ひき肉はなし。じゃがいもだけの、シンプルなコロッケだ。
「よし、じゃあもうちょっと混ぜて」
「わかった。だけどこれ、なにを作ってるの?」
「これはね、コロッケ」
「……ころすけ?」
聞き慣れない響きだからか、朔の復唱は某国民的アニメのキャラクター名になった。
舌足らずなその響きに、宗介はつい悪戯心を起こす。
「最後に、なりって付けてみて」
「ころすけなり?」
「っふ……!」
カウンター越しのリビングから、誠二が小さく吹き出す音が聞こえる。
宗介がそちらに目をやると、誠二は取り繕うように咳払いをした。
「いえ、すいません。でも……きみは、随分と古いものを知っているんですね」
「言われてみれば、ぜんぜん世代じゃないかも。俺、どこで知ったんだろ」
「私でさえ、ちょっと世代からは外れますよ」
互いに顔を見合わせて、苦笑し合う。国民的アニメは世代を飛び越えるから凄い。
事故の加害者と、被害者と、おまけに鬼人。
奇妙な取り合わせの三人が、今は同じ場所にいる。それが何だか不思議だった。
宗介は気を取り直して、再び調理台に向かう。
タネを混ぜ終わったなら、二口サイズほどの小判形に整えて衣をつけていく。
溶き卵にくぐらせ、パン粉をまぶせば、まずひとつめが出来上がり。
すると、足元からじっと視線を感じる。
「朔もやりたい?」
「……うん、やりたい」
朔は宗介の手元を熱心に見ながら、こくこくと頷く。
そういえば弟妹たちも、この作業はやりたがったっけ。
たぶん泥団子をこねるみたいに見えて、楽しそうだと思ったんだろう。
懐かしい記憶が重なって、宗介はくすりと笑みを零す。
「じゃあ、衣付けもお願いしようかな」
朔は真剣な面持ちで、たどたどしい手つきながらも一つずつ成形していく。
その様子を横目に、宗介は油の準備に取り掛かった。
タネの量はごくごく少量だから、そう時間はかからない。油が適温になる頃には、バットの中には小さなコロッケが三つ並んでいた。
二つはお弁当に入れて、残る一つはあとで朔に味見させてあげよう。
これは誠二のための料理だけれど、味見は例外。キッチンに立つ人の特権だ。
油が飛び跳ねないように、そっとコロッケを油に入れれば、シュワワーと音を立てて白いコロッケが油に浮かぶ。衣がきつね色に色付いてきたら、菜箸でひっくり返していく。
形を崩さないように、細心の注意を払って慎重に。
コロッケを油から引き上げたなら、今度は唐揚げの番だ。
ポリ袋に片栗粉を入れて振り、こちらも衣をつけて揚げていく。
コロッケも、唐揚げも──正直なところ、たった二、三個ずつのためだけに揚げ物をするなんて、普通ならまずやらない。
お弁当に入れる揚げ物なんて、たいていは冷凍食品で済ませてしまうものだ。
けれど今回ばかりは、目一杯、手間をかけることにこそ意味がある。
だから、これでもかというほどに、面倒くさい作業を全部つめ込んでやろう。これはもう意地だ。
「朔、次はこっちお願いできる?」
グリルで焼いた鮭から、皮と骨を取り除き、身をほぐす作業を朔に託す。
その間に、宗介は卵焼きだ。卵を割り入れ、白身を切るように溶きほぐす。
調味料を加えてから、一手間だけれど、今回は卵液をザルで濾してみた。
白身が分離して残っていると、切った断面は白い渦を巻いて綺麗なかわりに、ちょっと口当たりが悪くなるからだ。見た目をとるか、食感をとるか。一長一短だよなと苦笑する。
あとは、フライパンを熱してくるくると丁寧に巻いていく。
最後に包丁で均等に切り分ければ、卵焼きも完成だった。
ひと通り作り終わったなら、あとは冷ますだけ。
おかずを集めて載せた平皿と、タッパーの半分に敷き詰めた白ごはん。
それぞれを、朔と二人でパタパタと扇いで冷ましていく。そんな時のことだった。
「……宗介は、優しいね」
朔がこちらを見上げ、ぽつりと呟く。
その言葉に、宗介は苦笑して朔の頭を撫でた。
「朔のおかげだよ」
「ぼく?」
きょとんとした顔で、朔が首を傾げる。宗介はこくりと頷いた。
「村人を恨まないっていう、朔が側にいたから踏みとどまれた」
優しいから許せるんじゃなくて、優しくなりたいから許す。
それだってきっと、そう悪いことじゃない。
朔が隣にいてくれたから、そう思えた。
「だから、ありがとな」
「……うん、どういたしまして」
トン、と軽く寄りかかれば、朔は照れくさそうにぐりぐりと額を押し付けてくる。
それがくすぐったくて、宗介は小さく笑みを零した。
