「さて、取り掛かるか……」
テーブルの上にあるのは、お湯に浸った大量の栗。
宗介は腕まくりをして、台所に立つ。
栗ごはんは皮をむく作業こそ大変だけれど、手間をかけてでも味わいたいと思える、秋を存分に感じられる一品だ。
栗の皮むきのポイントは、事前にお湯に浸けて、皮を柔らかくしておくこと。
お湯から取り出した栗の、ざらざらしたおしりの部分は包丁で落として、そこから硬くツヤのある皮をはがし取っていく。それから、残った渋皮は包丁で丁寧にむき取る。
むいた栗は、すぐに水を張ったボウルへ。アクを抑えるためだ。
この栗はごんぎつね──ではなく、朔が山で採ってきたものだった。
朔は渡し守としての仕事の合間に、何かと山の幸を持ってくるようになった。おずおずと、だが確かに期待に満ちた目で、宗介に採ってきたものをそっと差し出すのだ。
とりわけ秋は、栗や柿、あけび、鮎など、山の実りが豊富で腕が鳴るところだ。
宗介が家族を見送ってから、はや数ヶ月。
季節は巡り、春から夏を過ぎ、秋になった。
現世で宗介が目を覚ますことはなく、あいも変わらず三途の河原に留め置かれる日々だ。
けれど、だからといって、ただ無気力に過ごしているわけでもない。
陽葵を見送ってから、宗介は意識的に朔や八尋、はたまた亡者とも関わるようになった。その最たる交流の場が、日々の食事である。
あれからというもの、朔も手を焼く亡者がいると、最終手段として食事の場に連れてくるようになっていた。
「ぼくは八尋みたいに、うまく口車にのせて渡らせることができなくて……だけど、宗介のご飯をたべたら、みんな前向きになってくれるから」と朔はいう。
「できることなら、すこしでも前向きな気持ちで舟にのってほしいんだ」と。
宗介としても、一緒に食卓を囲んでくれる人が増えるのは、作り甲斐があるというもので。
料理を一緒に食べてほしい宗介と、渡りたがらない亡者に手を焼く朔。
「すっかり朔の補佐役だなぁ」とは、八尋の言だ。
お互いに持ちつ持たれつで、今ではすっかり、相互扶助の関係に落ち着いていた。
料理をするのは、家族のためになるから好きだった。
酒の肴を作れるのは、母が喜ぶから。甘いおやつを作れるのは、妹や弟が喜ぶから。
その全員がいなくなってしまったことで、一度は包丁を握る理由がなくなった。
けれど今は、朔や八尋が喜んでくれる。そして時折、亡くなってしまった人が川を渡る背中を、ほんのちょっと押してあげられることもある。そんな日常の中に、宗介はなんとか自分の存在意義を見出している日々だ。
ひと通り栗をむき終えた宗介は、水にさらした栗を前に考える。
炊き込む栗をカットするかどうかは好みだけれど、今日はどちらにしようか。
栗を切らずに丸のまま炊き込めば、ごろっと贅沢な仕上がりに。ひとつを三等分くらいに切れば、食べやすい仕上がりになるだろう。
宗介はしばらく思案して、今回は前者を選択する。どうせなら、朔が小さな口で一生懸命に頬張る様が見てみたい。
炊きあがればほくほくと柔らかくなるのだから、大きくても食べにくいということはないだろう。今回は豪快にいってしまおうと、炊飯ジャーに思い切りよく投入する。
浸水させておいたお米に塩を足して味をつけて、炊飯ボタンをぽちりと押せば、ご飯に関してはあとは待つだけだ。
「……そうだ、最後にお酒をかけるのもアリかも」
炊きあがりに料理酒をほんの少しふりかけ、ちょっと蒸らすのもいいかもしれない。お酒のコクと風味がプラスされて、八尋も喜びそうだ。
宗介はひとつ頷いて、くるりと方向転換をする。さて、次に取り掛かるのは肉じゃがだ。煮物はしっかりと味を染み込ませるために、時間には余裕を持っておきたい。
じゃがいもは皮をむき、一口大に切って水にさらす。玉ねぎはくし切りにして、にんじんは乱切りに。しらたきは塩をふって手で揉み、水洗いしてから湯通ししたものを、食べやすい長さに切っておく。
牛肉を軽く炒め、色が変わったら玉ねぎ以外の材料も加えて更に炒め、酒と水を加えて煮立ってきたところでアクを取る。それから頃合いを見て、玉ねぎを投入。玉ねぎは火が通り過ぎると、煮崩れしてしまうからだ。
あとは砂糖とみりん、醤油を加え、落とし蓋をしてじっくりと煮詰めるだけ。そうこうしているうちに、最近ではすっかり聞き慣れた、軽い足音がとたとたと近づいてくる。
宗介は頭だけ振り返って、背後に言葉を投げかけた。
「お疲れさま。今日は早かったな」
「うん。きょうは亡者が少なかったから。それに、乗りたがらないひともいなかった」
「そっか。珍しいな」
「うん。だけど、未練がないのはいいこと、だよね」
そう言って朔は、分かりにくいけれど小さく顔を綻ばせる。
頭を撫でてやると、片目を瞑ってされるがままだ。
「じゃあ、茶碗蒸しは三つでいいかな」
宗介はあらかじめ作っておいた卵液を冷蔵庫から取り出し、三つの器に均等に注いだ。
それからラップをかけて、電子レンジに入れる。きちんと蒸してもいいところだけれど、その分コンロがあくので、少し凝ったこともできるからだ。
幸いなことに八尋の姿はまだない。肉じゃがも、まだ少し時間がかかりそうだ。
鍋に火をかけて、宗介は茶碗蒸しにかける餡を作り始めた。
テーブルの上にあるのは、お湯に浸った大量の栗。
宗介は腕まくりをして、台所に立つ。
栗ごはんは皮をむく作業こそ大変だけれど、手間をかけてでも味わいたいと思える、秋を存分に感じられる一品だ。
栗の皮むきのポイントは、事前にお湯に浸けて、皮を柔らかくしておくこと。
お湯から取り出した栗の、ざらざらしたおしりの部分は包丁で落として、そこから硬くツヤのある皮をはがし取っていく。それから、残った渋皮は包丁で丁寧にむき取る。
むいた栗は、すぐに水を張ったボウルへ。アクを抑えるためだ。
この栗はごんぎつね──ではなく、朔が山で採ってきたものだった。
朔は渡し守としての仕事の合間に、何かと山の幸を持ってくるようになった。おずおずと、だが確かに期待に満ちた目で、宗介に採ってきたものをそっと差し出すのだ。
とりわけ秋は、栗や柿、あけび、鮎など、山の実りが豊富で腕が鳴るところだ。
宗介が家族を見送ってから、はや数ヶ月。
季節は巡り、春から夏を過ぎ、秋になった。
現世で宗介が目を覚ますことはなく、あいも変わらず三途の河原に留め置かれる日々だ。
けれど、だからといって、ただ無気力に過ごしているわけでもない。
陽葵を見送ってから、宗介は意識的に朔や八尋、はたまた亡者とも関わるようになった。その最たる交流の場が、日々の食事である。
あれからというもの、朔も手を焼く亡者がいると、最終手段として食事の場に連れてくるようになっていた。
「ぼくは八尋みたいに、うまく口車にのせて渡らせることができなくて……だけど、宗介のご飯をたべたら、みんな前向きになってくれるから」と朔はいう。
「できることなら、すこしでも前向きな気持ちで舟にのってほしいんだ」と。
宗介としても、一緒に食卓を囲んでくれる人が増えるのは、作り甲斐があるというもので。
料理を一緒に食べてほしい宗介と、渡りたがらない亡者に手を焼く朔。
「すっかり朔の補佐役だなぁ」とは、八尋の言だ。
お互いに持ちつ持たれつで、今ではすっかり、相互扶助の関係に落ち着いていた。
料理をするのは、家族のためになるから好きだった。
酒の肴を作れるのは、母が喜ぶから。甘いおやつを作れるのは、妹や弟が喜ぶから。
その全員がいなくなってしまったことで、一度は包丁を握る理由がなくなった。
けれど今は、朔や八尋が喜んでくれる。そして時折、亡くなってしまった人が川を渡る背中を、ほんのちょっと押してあげられることもある。そんな日常の中に、宗介はなんとか自分の存在意義を見出している日々だ。
ひと通り栗をむき終えた宗介は、水にさらした栗を前に考える。
炊き込む栗をカットするかどうかは好みだけれど、今日はどちらにしようか。
栗を切らずに丸のまま炊き込めば、ごろっと贅沢な仕上がりに。ひとつを三等分くらいに切れば、食べやすい仕上がりになるだろう。
宗介はしばらく思案して、今回は前者を選択する。どうせなら、朔が小さな口で一生懸命に頬張る様が見てみたい。
炊きあがればほくほくと柔らかくなるのだから、大きくても食べにくいということはないだろう。今回は豪快にいってしまおうと、炊飯ジャーに思い切りよく投入する。
浸水させておいたお米に塩を足して味をつけて、炊飯ボタンをぽちりと押せば、ご飯に関してはあとは待つだけだ。
「……そうだ、最後にお酒をかけるのもアリかも」
炊きあがりに料理酒をほんの少しふりかけ、ちょっと蒸らすのもいいかもしれない。お酒のコクと風味がプラスされて、八尋も喜びそうだ。
宗介はひとつ頷いて、くるりと方向転換をする。さて、次に取り掛かるのは肉じゃがだ。煮物はしっかりと味を染み込ませるために、時間には余裕を持っておきたい。
じゃがいもは皮をむき、一口大に切って水にさらす。玉ねぎはくし切りにして、にんじんは乱切りに。しらたきは塩をふって手で揉み、水洗いしてから湯通ししたものを、食べやすい長さに切っておく。
牛肉を軽く炒め、色が変わったら玉ねぎ以外の材料も加えて更に炒め、酒と水を加えて煮立ってきたところでアクを取る。それから頃合いを見て、玉ねぎを投入。玉ねぎは火が通り過ぎると、煮崩れしてしまうからだ。
あとは砂糖とみりん、醤油を加え、落とし蓋をしてじっくりと煮詰めるだけ。そうこうしているうちに、最近ではすっかり聞き慣れた、軽い足音がとたとたと近づいてくる。
宗介は頭だけ振り返って、背後に言葉を投げかけた。
「お疲れさま。今日は早かったな」
「うん。きょうは亡者が少なかったから。それに、乗りたがらないひともいなかった」
「そっか。珍しいな」
「うん。だけど、未練がないのはいいこと、だよね」
そう言って朔は、分かりにくいけれど小さく顔を綻ばせる。
頭を撫でてやると、片目を瞑ってされるがままだ。
「じゃあ、茶碗蒸しは三つでいいかな」
宗介はあらかじめ作っておいた卵液を冷蔵庫から取り出し、三つの器に均等に注いだ。
それからラップをかけて、電子レンジに入れる。きちんと蒸してもいいところだけれど、その分コンロがあくので、少し凝ったこともできるからだ。
幸いなことに八尋の姿はまだない。肉じゃがも、まだ少し時間がかかりそうだ。
鍋に火をかけて、宗介は茶碗蒸しにかける餡を作り始めた。
