隼斗くんを初めてちゃんと見たのは、去年の夏終わりくらいのことだった。
うっかり部室で寝過ごしてしまって、最終下校時刻のチャイムで目が覚めた。慌てて帰ろうと思ってグランドの横を通ったとき、だいぶ陽が落ちかけている薄暗がりの中で、グランドに立っている人を見かけた。
よく見ると足元にボールらしき影があり、サッカーゴールの遥か前方から、その人は少しの助走のあとボールを思いっきり蹴った。まるでボールは意思があるかのように美しいカーブを描き、勢いよくゴールネットを揺らした。
(すごい、すごい!)
「おーい、鷹白ー! もう帰るぞー!」
「隼斗、いつまでやってんだよー! もうボール見えねーだろー!」
「おー! もう上がるー!」
チームメイトに声をかけられているのを見て、彼が鷹白隼斗くんだと気づいた。噂のサッカー部のホープは彼のことだったのか。
隼斗くんは最後にドリブルからのシュートをするようで、ゴールから距離をとった。
僕は急いでカメラを取り出していた。
駆けだす彼、夕焼け、紅く染まる空の下で、足を振り抜くシルエット。
連写みたいに何度もシャッターを切った。誰かを、この人を撮らなくてはと搔き立てられたのは初めてだった。
その時の写真はお世辞にも上手いといえるものではなかった。風景と人物では撮り方が違う。ましてや動きのある人は技術のない人には上手く撮れない。
でも、僕にとってその写真は宝物になった。ちょうどその頃、僕はちょっとスランプに陥っていて、思ったように写真が撮れていなかったけど、このことがあってから、撮りたいものをまたちゃんと見られるようになった。
そのあと撮った写真が屋上に続く階段からの空の写真だった。
タイトルは「天国へいたる空」。
***
「すげぇな~、やっぱユキの写真はすごい。見て、これ、俺めっちゃかっこいい」
「ふふ、うん。隼斗くんは、かっこいいよ。見て」
昨日の写真に見入っている隼斗くんに素直に頷く。そして僕は生徒手帳にいつも挟んでいる宝物の写真を取り出して見せた。
「これ、俺?」
「そう、昨日言った、こっそり撮った写真。動きのある人を撮ったの初めてで、ブレブレだけど、僕の宝物なんだ。ひとりで練習してた隼斗くんがすごく、かっこよくて、どうしても撮りたくなって。そんなこと思ったの初めてだったんだ」
「いい写真だな」
ああ、やっぱり好きだ。この人が。
お世辞にもうまい写真とは到底いえない。でも僕にとってはかけがえのないものだ。それを欠片もこの人は否定しない。
「僕、隼斗くんの写真、部活じゃなくてもいつでも撮っていいの?」
「え、あ~、さっきのか。いいよ、ユキなら」
「なんで?」
「ん?」
「僕、友達でもないのに、写真個人的に持ってたら嫌じゃない?」
「いや、そんなことは」
「僕! もう、純粋に隼斗くんの写真撮れないよ。きっと見たら分かっちゃう」
「何が、分かるの?」
「僕の気持ち、きっと写真からでも伝わっちゃう。僕、隼斗くんが好き。ごめん急に、昨日知り合ったような人に言われても、それこそキモいよね。でも……」
「待って!」
すごい勢いで言葉を遮られた。
やっぱり受け入れてもらえるわけないか。当然だろうと思うけど悲しいのが事実。せめて理由くらい聞いてほしかった。
「好きって言った? 俺のこと?」
「う、うん」
「まじか……マジかぁ~~もう!」
「ご、ごめんね、キモかったよね、ほんと、ごめっ」
そんなに嘆かれるといたたまれなくて、立ち上がろうとしたら引き留めるように、不意に抱きしめられた。
「俺から告ろうと思ってたのに!」
「え?」
なに? 今回こそ聞き間違い?
「俺の方が先にユキのこと好きだったのに! ああ~好きになってもらってから告ろうと思ったのが間違いだった。昨日言っときゃよかった。そしたらさっきみたいなのも起こんなかったかもしれないし」
「え、え? どういうこと?」
なんか自分に都合のいいことばっかり聞こえてきて、夢なんじゃないかと思えてきた。
朝、起きて夢じゃなかったと確認したはずだけど、やっぱりまだ目覚めてない?
「ごめん。俺、昨日、会う前からユキのこと実は知ってたんだ」
「ふぇ?」
***
ユキの写真は運動部の中では評判がよかった。誰が撮っているか、ちゃんと知ってる人はいないみたいだったけど、写真そのものはよく話題に上がっていた。
「お前の写真すっげー、かっけぇよ? まじで」
「撮った奴、隼斗の動きよく見てると思うよ」
チームメイトにそう言われて見てみた部活動の広報誌の写真は確かに生き生きとしていて、自分で見てもちょっとかっこいいなと思うほどだった。
誰が撮った写真だろうと思って見たら、下の方に小さく撮影者の名前が載っていた。
『撮影=黒川由稀』
くろかわゆき? ゆうき、か? 男か女かも分からない。でも、その名前はすごくはっきり頭にインプットされた。
それから少しあと、その名前をもっと大々的に見ることになった。
***
「去年、何かのコンテストで大賞を獲ったっていう作品が玄関ホールに飾られてた。写真の良し悪しなんて俺にはさっぱり分からないけど、その作品はすごかった。とにかくすごくて、俺、圧倒されて勝手に涙が出たのは初めてだった。横に撮影者の名前見つけて納得したな」
そう言って見せられたのはスマホの待ち受け。
昨日、一瞬見えたのは見間違えじゃなかったのだ。
隼斗くんの待ち受け画面は、「天国へいたる空」の写真だった。
「うそ……」
「嘘じゃない。それから本格的に黒川由稀が気になって、よく観察してたら写真部の腕章つけてる奴に気づいて、ユキのことよく見てたんだ。いつも真剣にカメラ構えてて、いい写真撮ってもらえるように俺も負けてらんねぇと思った。どの写真もうまいけど、俺の写真は特別いい感じに撮れてる気がしたから、こいつは俺のことどう思ってるんだろうってずっと気になってたんだ。昨日は最後に目が合った気がして、待ってたら会えたりしないかなと思ってたら、ぶつかってくるからびっくりした」
まさか、ずっと僕が隼斗くんを見ていると思ってたけど、隼斗くんも僕を見ていたなんて思いもしなかった。
「俺、ひとりで黙々と撮影したり作業したりしてるユキの姿見てて、いいなと思ってたんだ。たぶん好きなんだろうなって。それで昨日話してみたら、好きだって確信して、絶対付き合いたいと思って、俺のこと好きになってもらってから告ろうと思ってたのに。まさか先越されると思わんかった。っておい、ユキ? 聞いてる?」
「……ふぇ、き、きいてる、けど。ちょっと処理できなくて」
僕が無反応だったからか、聞いてるのかと顔を覗き込まれた。
だから、イケメンのドアップはやめてってば。
あ、やめてって言ったわけじゃなかった。
「僕のこと好きなんて、そんなの、ほんとに? 僕、このとおり顔も中身も平凡どころか、思ったこともはっきりすぐ言えないような鈍くさい奴だよ。それでもいいの?」
「いいよ、ユキのタイミングで話せばいいんだから。つか、自覚ないみたいだけどユキ結構言いたいこと顔に出てるし、写真に撮ってくれたら言葉にできない思いも伝わるだろ。それに顔も可愛いし」
「ど、ど、どこが!?」
「全体的にこじんまりしてて、なんか、んー、ハムスターみたい?」
それ、褒めてるのか? いや、でもそれを可愛いと思ってくれてるんだからいいか。
好きな人が自分を好きで、可愛いなんて思ってくれるのは奇跡のようなものだ。
昨日までとっても遠くにいると思っていた人だったのに。レンズ越し、決して届かないところにいる人だと思っていた。それが、今こんなに近くで自分に好意を伝えてくれているなんて。
この喜びをなんて言葉にしたらいいんだろうか。
「もうひとつ、言葉にしなくても想いを伝える方法教えようか?」
「な、なに?」
「シー」
(あ、昨日見た、すっごい柔らかい笑顔だ)
ちゅっ。
なんて見惚れていたら、いつの間にかすぐ間近まで迫っていた隼斗くんの唇が僕の唇に重なっていた。
「!?!?!?」
「あはは、かわいい~」
僕は金魚のように口をパクパクするだけで何も言い返せない。しかも、ぎゅっと抱きしめられて、手も足も出ない。
ああ、困った。こんなことされ続けてたら、甘やかされて駄目な人間になりそう。
でも仕方ない。国宝級イケメンがこんなに蕩けたような顔で見てくるのは、きっと僕だけなんだから。
僕もしっかり想いを伝えることにするよ。
「隼斗くん、大好き」
ちゅうっ。
「あはは!」
昨日の林檎みたいな顔よりもっと顔を赤くした隼斗くん。
みんなのエースじゃない、僕だけの恋人は、どうやらかっこいいだけでなく、とっても可愛いみたい。
うっかり部室で寝過ごしてしまって、最終下校時刻のチャイムで目が覚めた。慌てて帰ろうと思ってグランドの横を通ったとき、だいぶ陽が落ちかけている薄暗がりの中で、グランドに立っている人を見かけた。
よく見ると足元にボールらしき影があり、サッカーゴールの遥か前方から、その人は少しの助走のあとボールを思いっきり蹴った。まるでボールは意思があるかのように美しいカーブを描き、勢いよくゴールネットを揺らした。
(すごい、すごい!)
「おーい、鷹白ー! もう帰るぞー!」
「隼斗、いつまでやってんだよー! もうボール見えねーだろー!」
「おー! もう上がるー!」
チームメイトに声をかけられているのを見て、彼が鷹白隼斗くんだと気づいた。噂のサッカー部のホープは彼のことだったのか。
隼斗くんは最後にドリブルからのシュートをするようで、ゴールから距離をとった。
僕は急いでカメラを取り出していた。
駆けだす彼、夕焼け、紅く染まる空の下で、足を振り抜くシルエット。
連写みたいに何度もシャッターを切った。誰かを、この人を撮らなくてはと搔き立てられたのは初めてだった。
その時の写真はお世辞にも上手いといえるものではなかった。風景と人物では撮り方が違う。ましてや動きのある人は技術のない人には上手く撮れない。
でも、僕にとってその写真は宝物になった。ちょうどその頃、僕はちょっとスランプに陥っていて、思ったように写真が撮れていなかったけど、このことがあってから、撮りたいものをまたちゃんと見られるようになった。
そのあと撮った写真が屋上に続く階段からの空の写真だった。
タイトルは「天国へいたる空」。
***
「すげぇな~、やっぱユキの写真はすごい。見て、これ、俺めっちゃかっこいい」
「ふふ、うん。隼斗くんは、かっこいいよ。見て」
昨日の写真に見入っている隼斗くんに素直に頷く。そして僕は生徒手帳にいつも挟んでいる宝物の写真を取り出して見せた。
「これ、俺?」
「そう、昨日言った、こっそり撮った写真。動きのある人を撮ったの初めてで、ブレブレだけど、僕の宝物なんだ。ひとりで練習してた隼斗くんがすごく、かっこよくて、どうしても撮りたくなって。そんなこと思ったの初めてだったんだ」
「いい写真だな」
ああ、やっぱり好きだ。この人が。
お世辞にもうまい写真とは到底いえない。でも僕にとってはかけがえのないものだ。それを欠片もこの人は否定しない。
「僕、隼斗くんの写真、部活じゃなくてもいつでも撮っていいの?」
「え、あ~、さっきのか。いいよ、ユキなら」
「なんで?」
「ん?」
「僕、友達でもないのに、写真個人的に持ってたら嫌じゃない?」
「いや、そんなことは」
「僕! もう、純粋に隼斗くんの写真撮れないよ。きっと見たら分かっちゃう」
「何が、分かるの?」
「僕の気持ち、きっと写真からでも伝わっちゃう。僕、隼斗くんが好き。ごめん急に、昨日知り合ったような人に言われても、それこそキモいよね。でも……」
「待って!」
すごい勢いで言葉を遮られた。
やっぱり受け入れてもらえるわけないか。当然だろうと思うけど悲しいのが事実。せめて理由くらい聞いてほしかった。
「好きって言った? 俺のこと?」
「う、うん」
「まじか……マジかぁ~~もう!」
「ご、ごめんね、キモかったよね、ほんと、ごめっ」
そんなに嘆かれるといたたまれなくて、立ち上がろうとしたら引き留めるように、不意に抱きしめられた。
「俺から告ろうと思ってたのに!」
「え?」
なに? 今回こそ聞き間違い?
「俺の方が先にユキのこと好きだったのに! ああ~好きになってもらってから告ろうと思ったのが間違いだった。昨日言っときゃよかった。そしたらさっきみたいなのも起こんなかったかもしれないし」
「え、え? どういうこと?」
なんか自分に都合のいいことばっかり聞こえてきて、夢なんじゃないかと思えてきた。
朝、起きて夢じゃなかったと確認したはずだけど、やっぱりまだ目覚めてない?
「ごめん。俺、昨日、会う前からユキのこと実は知ってたんだ」
「ふぇ?」
***
ユキの写真は運動部の中では評判がよかった。誰が撮っているか、ちゃんと知ってる人はいないみたいだったけど、写真そのものはよく話題に上がっていた。
「お前の写真すっげー、かっけぇよ? まじで」
「撮った奴、隼斗の動きよく見てると思うよ」
チームメイトにそう言われて見てみた部活動の広報誌の写真は確かに生き生きとしていて、自分で見てもちょっとかっこいいなと思うほどだった。
誰が撮った写真だろうと思って見たら、下の方に小さく撮影者の名前が載っていた。
『撮影=黒川由稀』
くろかわゆき? ゆうき、か? 男か女かも分からない。でも、その名前はすごくはっきり頭にインプットされた。
それから少しあと、その名前をもっと大々的に見ることになった。
***
「去年、何かのコンテストで大賞を獲ったっていう作品が玄関ホールに飾られてた。写真の良し悪しなんて俺にはさっぱり分からないけど、その作品はすごかった。とにかくすごくて、俺、圧倒されて勝手に涙が出たのは初めてだった。横に撮影者の名前見つけて納得したな」
そう言って見せられたのはスマホの待ち受け。
昨日、一瞬見えたのは見間違えじゃなかったのだ。
隼斗くんの待ち受け画面は、「天国へいたる空」の写真だった。
「うそ……」
「嘘じゃない。それから本格的に黒川由稀が気になって、よく観察してたら写真部の腕章つけてる奴に気づいて、ユキのことよく見てたんだ。いつも真剣にカメラ構えてて、いい写真撮ってもらえるように俺も負けてらんねぇと思った。どの写真もうまいけど、俺の写真は特別いい感じに撮れてる気がしたから、こいつは俺のことどう思ってるんだろうってずっと気になってたんだ。昨日は最後に目が合った気がして、待ってたら会えたりしないかなと思ってたら、ぶつかってくるからびっくりした」
まさか、ずっと僕が隼斗くんを見ていると思ってたけど、隼斗くんも僕を見ていたなんて思いもしなかった。
「俺、ひとりで黙々と撮影したり作業したりしてるユキの姿見てて、いいなと思ってたんだ。たぶん好きなんだろうなって。それで昨日話してみたら、好きだって確信して、絶対付き合いたいと思って、俺のこと好きになってもらってから告ろうと思ってたのに。まさか先越されると思わんかった。っておい、ユキ? 聞いてる?」
「……ふぇ、き、きいてる、けど。ちょっと処理できなくて」
僕が無反応だったからか、聞いてるのかと顔を覗き込まれた。
だから、イケメンのドアップはやめてってば。
あ、やめてって言ったわけじゃなかった。
「僕のこと好きなんて、そんなの、ほんとに? 僕、このとおり顔も中身も平凡どころか、思ったこともはっきりすぐ言えないような鈍くさい奴だよ。それでもいいの?」
「いいよ、ユキのタイミングで話せばいいんだから。つか、自覚ないみたいだけどユキ結構言いたいこと顔に出てるし、写真に撮ってくれたら言葉にできない思いも伝わるだろ。それに顔も可愛いし」
「ど、ど、どこが!?」
「全体的にこじんまりしてて、なんか、んー、ハムスターみたい?」
それ、褒めてるのか? いや、でもそれを可愛いと思ってくれてるんだからいいか。
好きな人が自分を好きで、可愛いなんて思ってくれるのは奇跡のようなものだ。
昨日までとっても遠くにいると思っていた人だったのに。レンズ越し、決して届かないところにいる人だと思っていた。それが、今こんなに近くで自分に好意を伝えてくれているなんて。
この喜びをなんて言葉にしたらいいんだろうか。
「もうひとつ、言葉にしなくても想いを伝える方法教えようか?」
「な、なに?」
「シー」
(あ、昨日見た、すっごい柔らかい笑顔だ)
ちゅっ。
なんて見惚れていたら、いつの間にかすぐ間近まで迫っていた隼斗くんの唇が僕の唇に重なっていた。
「!?!?!?」
「あはは、かわいい~」
僕は金魚のように口をパクパクするだけで何も言い返せない。しかも、ぎゅっと抱きしめられて、手も足も出ない。
ああ、困った。こんなことされ続けてたら、甘やかされて駄目な人間になりそう。
でも仕方ない。国宝級イケメンがこんなに蕩けたような顔で見てくるのは、きっと僕だけなんだから。
僕もしっかり想いを伝えることにするよ。
「隼斗くん、大好き」
ちゅうっ。
「あはは!」
昨日の林檎みたいな顔よりもっと顔を赤くした隼斗くん。
みんなのエースじゃない、僕だけの恋人は、どうやらかっこいいだけでなく、とっても可愛いみたい。
