言葉より雄弁な僕らの恋愛事情。

翌日、僕は足取りも軽く学校に向かった。
夢かと思うような貴重な邂逅も、スマホを見れば交換した連絡先が確かに入っていて、何度見ても現実だと教えていたし、目覚めてもそれは変わらなかったのだ。
それから昨日、出力した隼斗くんの写真の素晴らしかったこと!
早く、部室に持って行きたい。みんなに見てほしい。
写真部の活動だから、もちろん隼斗くんだけじゃなく、サッカー部のみんなの活躍を撮ってはいる。でも、やっぱり隼斗くんの写真は断トツで多いし、出来も良かった。この中から選りすぐりの物を新聞部に渡して、広報用の記事を書いてもらうことになっている。
早く放課後にならないかと、うきうきしていた昼休み。
僕は教室で母さんの作ってくれた弁当を食べていた。
周りは友達同士で机をくっつけて弁当を食べていたり、購買に買いに行ったり。はたまた、さっさと食べ終わった人たちは固まって喋っていたり、ふざけて遊んだりして、まばらな人数が教室にはいた。
ひとり黙々と弁当を食べている僕には特に誰も興味を示したりしない。いつものことだ。
けれど、今日はいつもと違うことが起こってしまった。

僕は部室に持って行く写真の束を眺めながら、箸を進めていた。

(昨日隼斗くんにも見られた写真、やっぱこれか、最後のミドルシュートかな。どっちもかっこいい~)

一番大きく掲載してもらう写真は、やっぱりエースが得点しているところがいいだろう。
そんなことを考えながら見ていると、ふざけて遊んでいたうちの一人が僕の机に思いっきりぶつかったのだ。

「あっ!」

ぶつかられた勢いで置いていた写真の束が床に散らばってしまった。

「いって~! おい、ざけんな、まじでww」
「いや、まず黒川に謝っとけよ、さすがに」
「あ? わりぃわりぃ」
「あっ、あ、だ、大丈夫です」

僕は急いで写真を拾おうと立ち上がった。
けれど、それより先にぶつかってきた人が写真を1枚拾い上げた。

「なんこれ、鷹白じゃん」
「あ、ありがと、返し……」
「え、つか、鷹白ばっかじゃね?」

ふざけて突き飛ばした方の人も来て写真を拾い上げた。
確かに上の方に隼斗くんの写真ばかり固めていたけど、彼だけということはないはず。
そう言いたいのに、言葉を発するより先に、他の人たちが集まってきて喋り出してしまう。

「え、なになに?」
「いや、黒川がなんか鷹白の写真持ってて」
「何それ、うわほんとだ、鷹白くんばっかりじゃん」
「え、なにストーカー?」
「きも」
「ち、ちがっ」

決して邪な気持ちで撮っているわけじゃない。
これは写真部への依頼があったからで、写真部の活動の一環なのだ。
そう言いたいのに、喉の奥で声が固まったように何も発することができない。
背中に嫌な汗が伝って、内臓が変な具合にせり上がった。

「え~、これ盗撮?」
「犯罪じゃん」
「うそ気持ち悪い」
「いくら鷹白くんが有名人でも無断で撮るとかないでしょ」
「しかもこんなに沢山ありえなくない? 謝りなよ」
「そうだよ、謝れ」

待って、待ってよ。そんなに早く喋らないで。
僕が写真部だってみんな知らないでしょ。僕に話をさせて、聞いてよ。違うんだってば。
言いたいことはあるのに、ただ突っ立っているようにしか見えない僕をみんなが責め立てるから、余計に何も言えなくて気持ちばかり焦る。
だからスマホが何度も通知を知らせていることに僕は気がついていなかった。

「謝れ!」
「何を?」

緊迫した空気に似合わない、カラっとした声が聞こえて、みんな一斉に教室の入り口に視線を向けた。

「うわ、こわっ。つか何やってんの?」

隼斗くんは険悪な雰囲気を物ともせず、悠々と教室に入ってきた。
なんで、ここに隼斗くんがいるんだろう。彼のクラスは反対の校舎なのに。

「ユキ、何してんの?」
「え、あ……」

昨日みたいに隣に立って、少し屈んで顔を覗き込まれる。
何って、僕は別に、何もしてなくて。周りが勝手にって言いたいのに。
思考回路がショートしてうまく言葉が返せない。

「そ、そいつが! 鷹白くんの写真いっぱい持ってて。盗撮はよくないって話してて」
「そうそう、だから謝った方がいいって」
「鷹白くんも、キモいよね? そんな奴」
「は?」

隼斗くんが一言発しただけで空気がピリッとした。
口々に言い募っていたクラスメートが同時に押し黙る。

「は? キモいわけなくね、だってユキは写真部だもんな。ただ部の活動してて何がキモいんだよ。どうせそんなことも知らねーで言ってんだろ? 人の話聞けよ、お前らのがキモいわ」

空気が凍りついて、みんなは固まってしまった。
代わりのように僕の喉は活動を再開した。

「は、隼斗くん、なんで、ここに……?」
「昼飯。一緒に食おうと思ってメッセ送ってんのに、返事来ないからさ。来ちゃった」

来ちゃったって、そんな人懐っこい犬みたいな顔で言われても。そんな何てことないみたいな態度されても。
泣いちゃいそうだよ。
僕は咄嗟に下を向いて顔を隠した。絶対、目が潤んでる。なんで、そんな優しいの。

「はい。じゃあ行こう、ユキ」

手渡されたのは、いつの間に拾い集めたのか写真の束で。
僕の左手に握らせると、それごと僕の手を握って外に促される。

「つーか、ユキが俺の写真撮んのは、部活じゃなくてもいつでもオッケーだから。今後、変に突っかかんのやめてね、はい、解散」

隼斗くんは教室の扉をくぐりながら、クラスメートに釘を刺して出ていく。
え、それは僕も聞いてないけど。個人的に写真撮っていいの? なんで?
友達でもないのに、なんで僕は、いいの?
聞けないまま手を引かれて連れてこられたのは、屋上に上がる階段だった。

(あ、ここ)

屋上には出られないけど、階段までは上がってもよくて、ここの窓から見える空がとても綺麗なのだ。去年、コンテストで賞をもらったのは、ここから見た空を撮った写真だった。

「あ、悪い。弁当、途中っぽかったのに、そのまま連れ出しちった」
「全然、いいよ、大丈夫」
「じゃあ、俺のパン一緒に食お」

階段に並んで座って、隼斗くんは持っていた袋から菓子パンやら総菜パンやらを取り出す。「はい」と渡されて、写真を持っていない方の手で受け取る。

「隼斗くん、さっきは、ありがと。あの……」
「別に。そんなことよりさ、写真見せてよ、昨日のだろ?」
「あ、うん」

言われたとおり束ごと差し出すと、隼斗くんは一枚一枚感想を言いながら繰っていく。
その言葉にしない気遣いが本当にありがたくて、僕は言葉に詰まった。あんなまるでイジメられてるみたいなところ、見られたくなかった。
友達がいないことと、イジメられていることは全く別のことだ。自分に悪いところがないと思っていても、イジメられているような場面は好意のある人には見られたくない。
そう、隼斗くんだから余計に見られたくなかった。もう自分の心を無視するのは無理だ。
憧れだけじゃない。今だって、隣にいるだけでドキドキしてる。
僕は、隼斗くんが好きだ。