「じゃ、そろそろ帰るか」
鼓動がどうにか平静を取り戻した頃、改めて鷹白くんが当然のように誘ってくる。
そうだ、もともとそれでああいう話になったんだった。
だけど、本当に僕と帰ってしまっていいのだろうか。
「サッカー部のみんなと帰ったりしなくていいの?」
「ああ、なんかみんな打ち上げ? 行くらしい。俺は今日はパス」
「なんで? 鷹白くん今日の主役じゃないの?」
「……それより、もっと大事な用ができたから」
「そうなんだ」
優勝の打ち上げより大事な用事なんて早く帰らなくてはいけないんじゃないだろうか。
こんなところで僕とのんびり話していて大丈夫なのかな。
「行くぞ」
「あ、うん」
鷹白くんが歩き出したので、僕もカメラをバッグにしまってから、並んで歩き始めた。
まさか、鷹白くんの隣を歩いて家に帰る日が来るなんて思いもしなかった。ついさっきまで、彼はカメラ越しに見るだけの遠い存在だったのに。
しばらくふたりして黙って並んで歩いていると、同じペースなのに少しずつ間が開いてきて、僕は少し歩みを速めた。
特別チビではないが、鷹白くんと並ぶと足の長さが歴然たる差なのだから仕方ない。
「悪い、歩くの速かったか?」
「ううん、僕の足が短いだけだから、大丈夫」
「……そっか」
鷹白くんは頷いただけだったけど、さりげなく足を運ぶ速度を緩めたのがわかった。
優しい。こういうことが自然とできるのがモテるところなんだろうな。
なんて冷静に分析してみるが、僕自身胸がときめいてしまっている。
なんか、さっきから心臓が勝手な動きを繰り返していて困る。
こんなはずじゃなかったんだけどな。ただ憧れてただけだったんだけどな。
あの時から。
「黒川のさ、下の名前なんて読むの? ゆき?」
「名前? ゆうきだけど」
そういえば、というように鷹白くんが尋ねてくるので、僕は首を傾げた。
あれ、名前はネーム札を見て分かってるはずじゃないのかな。
ローマ字で書いてあるんだけど。
「ふぅん、ゆうきね。ゆきって呼ぶ奴いる?」
「え? んー、いないと思う」
名前を呼ばれるほど親しい友人はほぼいない。いても苗字を呼び捨てにされていると思う。
「じゃあ俺はユキって呼ぶね」
「う、うん。いいよ」
じゃあって何だろうと思うけど、あまりに嬉しそうに言われるから口を差し挟むのも申し訳ない気がする。その笑顔に逆らえる人なんているのだろうか。
まあいいか、呼び方なんてなんでも。鷹白くんが呼びたいように呼んでもらった方がいいだろう。
問題は痛いほど高鳴ってしまう僕の心臓くらいのものだ。
「俺のことは隼斗って呼んでよ」
「えぇ!? い、いやいや」
いやいや、好きなように呼ばれるのと呼ぶのじゃ全然話が違う。急に僕が名前呼びなんておかしくない? いや別に同級生だからおかしくはないのか。
でもでも、つい数十分前まで知り合いですらなかったのに? ていうか、今も友達ではないし、ただの高校と学年が同じなだけの奴なんだけど。コミュ力が高い人ってみんなこうなのかな、恐るべし。
「嫌なの?」
「いや! って、また同じ流れ! そうじゃなくて、友達でもないのに、その、名前で呼んだりしていいのかなって」
「あー……友達、か。関係性に関係なくさ、呼びたいように呼び合ったらよくない? 俺はユキに名前で呼んでほしい」
「うっ、わ、わかった……隼斗くん」
そんなふうに言われたら頷くしかない。
いや、嘘。名前で呼んでほしいって言われて、僕だって名前で呼びたいって思った。
僕たち友達になったってことでいいのかな。違うか、さっきの感じだと、友達じゃなくても呼び方は自由に決めればいいってことだ。
じゃあ今は知人くらい? さっきまで何の接点もない他人同士だったのだからすごい進歩だ。
別にだから何ってことじゃない。この心臓が高鳴ってうるさいのに、名前を付ける必要があるかよく分からないし、付けない方がいいって直感で分かる。
自覚したら、きっと苦しくなるだけだ。僕はつとめて思考を隅に追いやった。
それからは、世間話とか部活のことやお互いのことを話していたら、あっという間に目的地に着いた。
「あ、僕の家、ここ」
「お、そっか。すぐ着いちゃったな」
時間にして40分くらい。話し足りない気持ちはあるけど、大会帰りで疲れている隼斗くんを引き留めるわけにはいかないし、それに何か大事な用があるって言っていた。
「隼斗くんの家はまだ向こうなの?」
「ん? いや、通り過ぎた」
「えぇ!? なんで言ってくれなかったの」
「ユキと喋んの面白くて、ま、いいかと思って」
またそういうことをさらっと言う。もう、うるさい、静まれ心臓。
大事な用だってあるはずなのに、僕とのお喋りを優先させたんだなんて、都合よく解釈するのはやめた方がいい。分かってる、わかってる。
「な、連絡先交換しようぜ」
「あ、う、うん!」
スマホを取り出した隼斗くんに促されて、僕も急いでスマホをポケットから取り出す。
そのときチラっと見えた隼斗くんの待ち受けが、見覚えのある写真だったような気がしたけど、一瞬すぎて定かじゃない。
(あの写真……? まさかね)
「じゃあな、また明日」
「ま、また明日!」
連絡先を交換して、玄関先で手を振って、隼斗くんが来た道を戻っていくのを見送った。
嬉しい。明日、学校で会って話す機会なんてたぶんないだろうけど、それでもまたって言ってくれるんだ。
ああ、心臓が痛い。
僕は思わず、玄関先にへたりこんでしまった。
ただ憧れてるだけだったのに。憧れてるだけだったはずなのに。
今度からどんな写真が撮れてしまうんだろうって、今から気が気じゃない。
鼓動がどうにか平静を取り戻した頃、改めて鷹白くんが当然のように誘ってくる。
そうだ、もともとそれでああいう話になったんだった。
だけど、本当に僕と帰ってしまっていいのだろうか。
「サッカー部のみんなと帰ったりしなくていいの?」
「ああ、なんかみんな打ち上げ? 行くらしい。俺は今日はパス」
「なんで? 鷹白くん今日の主役じゃないの?」
「……それより、もっと大事な用ができたから」
「そうなんだ」
優勝の打ち上げより大事な用事なんて早く帰らなくてはいけないんじゃないだろうか。
こんなところで僕とのんびり話していて大丈夫なのかな。
「行くぞ」
「あ、うん」
鷹白くんが歩き出したので、僕もカメラをバッグにしまってから、並んで歩き始めた。
まさか、鷹白くんの隣を歩いて家に帰る日が来るなんて思いもしなかった。ついさっきまで、彼はカメラ越しに見るだけの遠い存在だったのに。
しばらくふたりして黙って並んで歩いていると、同じペースなのに少しずつ間が開いてきて、僕は少し歩みを速めた。
特別チビではないが、鷹白くんと並ぶと足の長さが歴然たる差なのだから仕方ない。
「悪い、歩くの速かったか?」
「ううん、僕の足が短いだけだから、大丈夫」
「……そっか」
鷹白くんは頷いただけだったけど、さりげなく足を運ぶ速度を緩めたのがわかった。
優しい。こういうことが自然とできるのがモテるところなんだろうな。
なんて冷静に分析してみるが、僕自身胸がときめいてしまっている。
なんか、さっきから心臓が勝手な動きを繰り返していて困る。
こんなはずじゃなかったんだけどな。ただ憧れてただけだったんだけどな。
あの時から。
「黒川のさ、下の名前なんて読むの? ゆき?」
「名前? ゆうきだけど」
そういえば、というように鷹白くんが尋ねてくるので、僕は首を傾げた。
あれ、名前はネーム札を見て分かってるはずじゃないのかな。
ローマ字で書いてあるんだけど。
「ふぅん、ゆうきね。ゆきって呼ぶ奴いる?」
「え? んー、いないと思う」
名前を呼ばれるほど親しい友人はほぼいない。いても苗字を呼び捨てにされていると思う。
「じゃあ俺はユキって呼ぶね」
「う、うん。いいよ」
じゃあって何だろうと思うけど、あまりに嬉しそうに言われるから口を差し挟むのも申し訳ない気がする。その笑顔に逆らえる人なんているのだろうか。
まあいいか、呼び方なんてなんでも。鷹白くんが呼びたいように呼んでもらった方がいいだろう。
問題は痛いほど高鳴ってしまう僕の心臓くらいのものだ。
「俺のことは隼斗って呼んでよ」
「えぇ!? い、いやいや」
いやいや、好きなように呼ばれるのと呼ぶのじゃ全然話が違う。急に僕が名前呼びなんておかしくない? いや別に同級生だからおかしくはないのか。
でもでも、つい数十分前まで知り合いですらなかったのに? ていうか、今も友達ではないし、ただの高校と学年が同じなだけの奴なんだけど。コミュ力が高い人ってみんなこうなのかな、恐るべし。
「嫌なの?」
「いや! って、また同じ流れ! そうじゃなくて、友達でもないのに、その、名前で呼んだりしていいのかなって」
「あー……友達、か。関係性に関係なくさ、呼びたいように呼び合ったらよくない? 俺はユキに名前で呼んでほしい」
「うっ、わ、わかった……隼斗くん」
そんなふうに言われたら頷くしかない。
いや、嘘。名前で呼んでほしいって言われて、僕だって名前で呼びたいって思った。
僕たち友達になったってことでいいのかな。違うか、さっきの感じだと、友達じゃなくても呼び方は自由に決めればいいってことだ。
じゃあ今は知人くらい? さっきまで何の接点もない他人同士だったのだからすごい進歩だ。
別にだから何ってことじゃない。この心臓が高鳴ってうるさいのに、名前を付ける必要があるかよく分からないし、付けない方がいいって直感で分かる。
自覚したら、きっと苦しくなるだけだ。僕はつとめて思考を隅に追いやった。
それからは、世間話とか部活のことやお互いのことを話していたら、あっという間に目的地に着いた。
「あ、僕の家、ここ」
「お、そっか。すぐ着いちゃったな」
時間にして40分くらい。話し足りない気持ちはあるけど、大会帰りで疲れている隼斗くんを引き留めるわけにはいかないし、それに何か大事な用があるって言っていた。
「隼斗くんの家はまだ向こうなの?」
「ん? いや、通り過ぎた」
「えぇ!? なんで言ってくれなかったの」
「ユキと喋んの面白くて、ま、いいかと思って」
またそういうことをさらっと言う。もう、うるさい、静まれ心臓。
大事な用だってあるはずなのに、僕とのお喋りを優先させたんだなんて、都合よく解釈するのはやめた方がいい。分かってる、わかってる。
「な、連絡先交換しようぜ」
「あ、う、うん!」
スマホを取り出した隼斗くんに促されて、僕も急いでスマホをポケットから取り出す。
そのときチラっと見えた隼斗くんの待ち受けが、見覚えのある写真だったような気がしたけど、一瞬すぎて定かじゃない。
(あの写真……? まさかね)
「じゃあな、また明日」
「ま、また明日!」
連絡先を交換して、玄関先で手を振って、隼斗くんが来た道を戻っていくのを見送った。
嬉しい。明日、学校で会って話す機会なんてたぶんないだろうけど、それでもまたって言ってくれるんだ。
ああ、心臓が痛い。
僕は思わず、玄関先にへたりこんでしまった。
ただ憧れてるだけだったのに。憧れてるだけだったはずなのに。
今度からどんな写真が撮れてしまうんだろうって、今から気が気じゃない。
