言葉より雄弁な僕らの恋愛事情。

(え、え、待って、待って? なんでこんなところに鷹白くんが!? てか、僕、いま鷹白くんにぶつかったの!? ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!)

と思っているのだけど、驚きすぎて何も言葉になっていない。目を見開いて、金魚みたいに口をパクパクするだけの、不審人物になってしまっている。
いや、このままじゃだめだ。
とにかく全力で謝罪をしなくては、と思って勢いよく頭を下げようとした。そのとき。

「あのさ、それって……」
「??」

鷹白くんが何かを指さす。つられて指が示す方向に視線を向けて、再度目を見開く。
カメラのデータ画面を開きっぱなしだった。

「っ!!? あ、こ、これは、あのっ」

画面は鷹白くんがボールを絶妙な角度で蹴っている、自分でもナイスショットだと思う写真ではあるけど、本人に凝視されることはもちろん想定していない。
上手い言い訳が咄嗟に出てくることもなく、僕はしどろもどろになる。
鷹白くんからしたら、自分の写真を見ながらニヤニヤ歩いている奴なんて変態だし、そんなのにぶつかられるなんて、どんな悪夢だ。
きっと、軽蔑した目で見られるに違いない。鷹白くんにそんな目で見られたらちょっと、いやしばらく、もうだいぶ立ち直れない。
僕は怖くてぎゅっと目をつむって、断罪されるだろうその時を待った。

「すっげぇ、よく撮れてる! これ俺、すげぇ、かっこよくない?」
「ふぇ?」
「あ、ナルシすぎた?(笑) でも、まじイイ写真だと思うんだけど。な?」

怒られるとか引かれるとかじゃなくて、僕は今褒められたのだろうか。
信じられないが恐る恐る目を開けると、にこやかにこちらに話を振ってくる鷹白くんの姿があった。

「そ、そう! そうなの! これ、すごくよく撮れてて、今日は鷹白くんの良いショット特にいっぱいあるんだけど、これは一二を争うベストショットで、他にもっ……あっ、ごめ」

しまった。調子に乗って喋り過ぎた。
鷹白くんが写真を肯定的に見てくれたからって思わず、馬鹿か僕は。
だいたい、見ず知らずの奴が自分の写真を大量に撮ってるなんてキモさしかない。いや、普通にキモいしヤバい奴すぎるだろう。
僕は慌ててハッと口をおさえたけど、鷹白くんはきょとんと首を傾げた。

「何が? 写真、すげぇうまいな、もっと見せてよ」
「え!? あ、ありがとう。あの、僕、城南高校写真部で、今日の試合撮る役で、だからいっぱい撮ってるけど、あの、別に変なことはしてなくて、えっと」
「分かってるよ、ちゃんと腕章つけてるじゃん」
「ああ! そっか、そうだった!」

言われてみればそうだった。公式に写真係だと分かるように、写真部がつくった『城南高校写真部』というロゴ入りの腕章をしていたんだった。
そうか、だから普通に鷹白くんが喋りかけてくれたのか。でなければ、完全に僕は不審人物だろう。
そう納得しながら、ハッと気が付いた。それより、もっと早く言うべき大事なことがあるじゃないか。

「あ! 鷹白くん!」
「なに?」
「優勝とインターハイ出場決定、おめでとう! すごくかっこよかったです!」

僕が笑って言うと、鷹白くんは虚を突かれたような少し驚いた顔をしたけど、すぐにフッと微笑んだ。

「おお、ありがとう」
(うっ、まぶしい! あぁ~今シャッターチャンスだったのに!)

イケメンの爽やかスマイルにやられそうになりながら、今の笑顔も撮りたかったと瞬時に惜しくなってしまうのだから、自分のオタクっぷりに呆れる。
いや、でもこんな素晴らしい微笑みを記録に残しておかないなんて選択肢、僕じゃなくたって存在しないはずだ。
だって、鷹白くんはサッカーしてる姿も最高にかっこいいけど、顔面も国宝級にイケメンなのだ。ただそこに立っているだけで、モデル張りにイケてるのだから、並大抵の人間はカメラを構えずにはいられない。
あ、でもそれじゃあ盗撮か。盗撮はよくない。

「俺、今から帰るとこなんだけどさ」
「…………」
「そっちも帰り? ……おーい?」
「……えっ!? あ、ああ、うん。今から帰るところ」

危ない。思考に没頭しすぎて鷹白くんの声を聞き落とすところだった。
こういうところが、僕が友達ができないところなんだろう。
僕が反応するのを待ってくれるあたり、鷹白くんは顔だけでなく性格も本当に良いらしい。
今日は日曜日だからそのまま家に帰るつもりだ。学校に行ってもどうせ誰かいるだろうし、データを置きに行ってもいいけど、ベストショットを家のパソコンにもこっそり落としておきたいから。

「ふぅん、黒川、家どのへん?」
「え、と……西小のあたり、だけど」
「同じ方向だ。じゃあ一緒に帰ろうぜ」
「ぅええ!?」

今、なんて言った? 一緒に帰る? 誰が? 誰と?
僕が? 鷹白くんと?
いやいや、そんな馬鹿な。聞き間違いだよ。
あれ、そういえば僕、名乗ったっけ? 名前言ってないのに、なんで僕の名前知ってるんだろう。あ、カメラバッグにネーム札つけてるから、それ見たのかな。そうだよね、鷹白くんが僕の名前なんて知ってるはずないもんね。
なんて、ちょっと現実逃避してみるが、目の前の男は相変わらずそこにいる。

「俺と帰るの嫌か?」
「い、嫌!? いやいや!」
「? 嫌なの?」
「い、いやっ……じゃなくてっ! 嫌じゃない、嫌じゃないけど、き、緊張するっていうか」
「同級生相手になんで緊張すんだよ」
「え、それは、だって」
「ん?」

ちょ、近い近い近いっ! 覗き込まないでっ。
イケメンの生のドアップなんて耐性がないからやめて!
ていうか、そのイケメンっぷりを無自覚に振りまくから緊張するんだって!

「た、鷹白くんは、僕の憧れなんです」
「憧れてんの? 俺に? ふぅん、なんで?」

なんでと来たか。正直、憧れられる要素しかないと思うんだけど、本当に分からないのか、わざと分からないふりをして聞いてるのか。僕には分からない。

「……かっこいいから」
「どこが? 顔?」

自分から顔って聞けるとこがすごい。思わず宇宙猫顔になりそう。
さすが国宝級イケメンは言うことが違う。

「ま、それは冗談だけ……」
「え、顔もかっこいいよ」
「なんだ、……顔かよ」

答えを考えている間に冗談にされてしまいかけたから、慌てて頷く。
頷いたのに、なんでちょっと残念そうなの? ていうか、顔は冗談だったの? マジのイケメン過ぎて冗談になってないけどね?
鷹白くんはちょっとムスッとしてしまった。
僕は、考えたり、言葉にしたりするのに時間がかかってしまうから、相手が待てずに話を切り上げられてしまうことがよくある。だからコミュニケーションを取るのを、僕からも諦めてしまっていた。
でも、こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。鷹白くんと一対一でちゃんと会話できることなんて、もうないかもしれないんだから、伝えたいことを伝えておかなくちゃ。
なんだか不満げな鷹白くんを直視できなくて、下を向いて、でも勇気を出して僕は言った。

「あ、あのね! 鷹白くんの、顔、も、かっこよくて憧れるんだけど、サッカーしてる姿がすごくかっこよくて。あの、競技してるときも勿論かっこいいんだけど、だから写真いっぱい撮ってるし、でもそれだけじゃなくて。
サッカーに対する姿勢っていうのかな、考え方っていうか。鷹白くんがエースって呼ばれるのすごく分かるんだ。そこに居てくれたら安心する。誰よりも努力してて、誰よりも周りのことを見てるから、みんなが安心してボールを預けれるんだと思う。意思がはっきりしてて、頼りがいがあって、だからかっこよくて、僕すごく憧れて、て……鷹白くん? 大丈夫?」
「え!? なにが!?」
「なにって、顔、真っ赤だよ? 大丈夫? 熱中症?」
「いや、いやいや!」
「嫌?」
「っじゃなくて! 大丈夫、全然、何ともないから。ていうか、分かった、黒川の考えは分かったから、もうオッケー」

一生懸命どうにか言葉にしながら下ばかり見ていて、ふと鷹白くんの反応が気になって顔を見たら、林檎みたいな顔をしていたからびっくりした。
しかも指摘したら、何故か分からないけど大慌て。いつになく早口で捲し立てられて、これにもびっくりした。
どうしたんだろう、本当に大丈夫だろうか。

「そ、そう? あの、それでね、僕、謝らないといけないことがあって」
「ふぅーー。で、謝る? なにを?」

あ、呼吸を整えて落ち着いたみたい。
いつもの鷹白くんだ。

「今日とかね、撮影係のときはいいんだけど、普段の部活のときに、実は写真撮ったことがあるんだ、ごめんなさい」
「ああ、そんなこと。いいよ、むしろ勝手に撮る奴ばっかりだから」

全然気にしていないというように首を振る鷹白くん。僕は、ほっと胸を撫で下ろした。
言わなかったら分かるはずないんだけど、こうして直接話せる機会があるのに言わないのは、ずるいことのような気がしたのだ。
よかった、怒られなくて。あの写真はすごく大事な写真だから、消せって言われたら悲しいどころではなかった。
そう安堵を噛み締めていた束の間、僕の方に一歩すっと彼が近づいたかと思うと、

「黒川はいいやつだな」

ポンっと、頭に手を置かれた。
ん?
ぽんぽんって頭を二度ほど撫でられて、微笑まれた。
いつもの爽やかな笑顔じゃなくて、今までファインダー越しにも見たことないような、ふわっとした柔らかい笑顔。
ボンっと、今度は僕の顔が真っ赤になった。

「う、わぁ///」

分かってた。分かってたつもりだったけど、イケメンの破壊力を舐めてた。
というか、これはイケメンだからってだけの問題ではない。
今まで見たことのない優しげな笑み。
そんな顔されたら、ナニかを勘違いしそうになるんだけど。
僕は早鐘を打つ鼓動をどう落ち着かせればいいのだろうかと、初めての体験にしばらく困惑するしかなかった。