ファインダー越しの、

「じゃあデータかフィルムを消してくれないか」
 廊下疾走事件のあと、担任たちが去り改めて切り出した。
「っ、いやだ」
 真崎は強情だった。
 謝る割には自らの意志を通そうとしたことに絶句し、不快感に眉を顰める。
「ご、ごめん、その、家宝に、したい」
 ――かほう?
 とっさに文字が浮かばず頭の中にはてなマークが駆け巡る。
「それは……家の宝?」
 こくこくと頭を上下に振りきらきらした目でこちらを伺う姿に昔飼っていたゴールデンレトリーバーを重ねた。くせっ毛のもこもこした髪の具合も似ている。
「なんで、そこまで」
 問われると思っていなかったのか、きょとんとした顔をした真崎は「綺麗だったから……」と戸惑うように繰り返した。
 気恥ずかしくなってきてこほんと咳をつき、
「自分で言うのもなんだけど、跳べてない写真だろうし撮られるのも、その、恥ずかしい、かもしれない」
「ご、ごめんなさい。いじってやろうっていう気持ちはなくて。本当はずっと、一年の頃から撮りたかったんだ。……気が付いたらシャッターを切ってた」
 勝手なことばかり言って俺の気持ちは無視かとむっとしたものの口からは何も出なかった。
「由良がきらきらしてて本当に綺麗だったから、一瞬を切り取っておきたくて」
 ふにゃっとした顔で笑う真崎に、綺麗綺麗と連呼され、なぜだかぎゅっと心臓を掴まれた気分になった。経験したことのない感情に居心地の悪さを感じる。
 真崎は背負っていたリュックを下ろすと硬質のクリアファイルを取り出した。
 そこには俺の写真がしっかり納められていた。
 ――既にプリントアウト済みだったか。
 真崎の行動力を舐めていた。顔を引き攣らせつつ怖々とファイルを受け取る。
 躍動と静止。
 口をわずかに開け、虚空をまっすぐ見つめている自分の姿があった。こちらと目が合うことはなく、ただ上空を向いている。しなやかな筋肉と汗の質感が爽やかで鮮やかで、傾いたバーも躍動感を演出している。
 あのときの風、葉の擦れる音。
 ……俺は、こんな……
「……上手だね、写真」
 真崎はえへへと屈託のない笑顔を見せる。今まで同じクラスにならなかった彼のことをよく知らないが、こんなに素直に感情が出るタイプだと思っていなかった。
 カメラマンが違えば、きっと異なる表現になるのだろう。真崎の目を通すと俺は水を得た魚のように空を跳ぶ。
 だからこの提案は気まぐれだった。
「家宝というのはよくわからないけれど、この現物の写真1枚だけならどうぞ。でも他の人に見せないでね。データは消して。真崎は新聞部だって聞いたけど、そこでは使わないで。約束してほしい」
 早口で捲し立てると、目を白黒させながらやくそく……と真崎は小さく呟き、忙しなく頭を上下に振る。
 じゃあ、と踵を返すと真崎は「あ、待って」と追いかけるようについてくる。犬に懐かれるというより、ひよこについて来られる親鳥の気分だ。ひよこの方が図体はでかいが。
「また、写真を撮ってもいい……?昨日は勝手に撮ってごめんなさい。……今度は、許可をもらいたい」
 反省しているならなぜ今朝は逃げたのか。俺が了承すれば、それは俺を被写体とすることを許したことになる。恥ずかしい。やめてほしい。なら、断ればいい。
「……周りに人がいないときなら」
 自主練でもしないかぎり、部活動で一人きりになることはない。なぜ曖昧に期待を持たせるようなことを言ったのか、自分でもわからなかった。