大広間はシャディ子爵が指示したこともあり、豪華な飾り付けが施されていた。
白いテーブルクロスに包まれたテーブルには飾り付けの燭台と花。そして茶菓子と、まだ空のティーカップたち。
それを挟む形で向かい合って座るのは、クラバス家とフィルノア家の面々。さらにその後ろには何人ものメイドが控えている。
「あらためて、ようこそ我が屋敷へ。今日は楽しんでくだされ」
「こちらこそご招待いただき感謝しますとも」
両家の当主が挨拶を交わす。パーティという名のお茶会がはじまる合図だ。
「今日の紅茶はわが娘アリアナの選りすぐりでしてな」
「ええ。ではお願いしますわ」
アリアナがぱんぱんと手を叩く。すると控えていたメイドのひとり、黒髪の《・・・》メイドが順番にカップに紅茶を注いでいく。途端にいい香りで周囲が満たされていく。
「ほう、これは言い香りだ。なあウォーレン」
「はい父上。毎日でも飲みたくなってきます」
「ははは、気が早いですぞウォーレン殿」
残念ですが、そんな未来は訪れませんことよ?
談笑する男性陣をよそに、アリアナはまたひとつ計画が成功に近づいたことに歓喜していた。
ほどなくして四人全員のカップが赤橙色の液体で満たされる。
「では、わたくし自慢の紅茶をどうぞ召し上がってくださいな」
「うむ、そうするとしましょう」
アリアナの言葉に続いて子爵と男爵、父親同士がまるで乾杯でもするかのようにカップを掲げる。アリアナとウォーレンも写し鏡の同じ動作を。
そしてほぼ同時にカップに口をつけた。
あとは、わたくしが紅茶を口に含んで咳きこめば――
「ぶっ! げほごほぉ!?」
だがアリアナの思考はハサミで切られたかのように切断された。眼前のウォーレンが突如声をあげたからだった。本当ならアリアナが出すはずだった声を。
「ど、どうしたんだウォーレン!?」
すかさず隣にいたゲバルト男爵が背中をさする。
「ごほっ、な、なんだか紅茶に変なものが、混ざっていて……」
「なっ……!?」
驚く一同。だがもっとも驚いていたのは、
ど、どういうことですの?
状況がわからない。プランでは紅茶自体には何も入れないはずだ。単にむせただけ? だけどそうは見えないし、現にウォーレンは何かが混入していたと言っている。
……ですが、問題はありませんわ。
少々手違いがあったようだが、問題はない。あとは自分が声を上げればいいだけだ。毒だ、いったい誰がこんなことを、と。
「毒だ!!」
しかしまたもアリアナの予想は裏切られる。先んじて、台詞が大広間に響いた。ティハナが叫んだのだとアリアナはすぐにわかったが、騒ぎになっている今や、誰が言ったなんてことは誰ひとり気にしてない。
だから次の言葉も、誰が言ったかではなく、その言葉が響いたことにこそ意味を持っていた。
「わたし見ました! アリアナお嬢さまが服から何かを取り出すのを!」
「なっ」
一瞬、大広間が静寂を取り戻す。だが本当に一瞬のことだった。ひと呼吸置く間もなく、騒ぎは再び沸き立つ。
「なんだと!?」
悲壮感のある声を上げたのはゲバルト男爵。対照的に隣にいるシャディ子爵は顔を真っ赤にしていた。
「アリアナ、どういうことだ!」
「いやですわお父さま。わたくし何も」
身の潔白を示そうとドレスをはためかせてみせる。だが次の瞬間だった。
ぽろり、と。ドレスから何かが床に落ちる。
それが何か液体の入った小瓶だということは、誰が見ても明らかだった。
「お前、これ……」
「ち、違いますわ! こんなのわたくし」
どういうことですの? これは本来あちらの、ウォーレンの荷物に忍ばるはずのもの。
まさか間違えた? わたくしのプランを? ステラが?
そう思ってメイドを見ようとしたが、叶わなかった。顔を真っ赤にしたシャディ子爵に肩をつかまれたからだ。
「何が違う! ならこの小瓶はなんだ!」
「そんな、そんなはずは」
「お前たち! この馬鹿者を今すぐにつまみ出せ!」
「何かの間違いですわ、わたくしはそんなつもりなど」
ばらばらと現れる屋敷の守る護衛の兵たち。本来であれば自分も護衛対象のはずなのに、シャディ子爵の命令ひとつで立場は百八十度変わってしまっていた。
「そんな、お父さま」
「お前にそう呼ばれる筋合いはない。アリアナ、お前はもう娘などではないわ!」
羽交締めにされる。身体にかかる力は今までされたことがないほど強く、当然抜け出すことなどできない。
「お父さま……お父さま!!」
衛兵に身体を捕まれながらも必死に手を伸ばす。だがアリアナの願いとは反比例するように父の姿は、フィルノア家の人間たちは、大広間は遠くなっていく。
そして大広間から連れ出され、締め出されそうかという瞬間、
「…………!」
彼女の目に、ひとりの少女が映る。真っ黒な髪をした。
その少女の――『人絶ち』の口が、ゆっくりと動く。
その唇はアリアナにはこう動いているように見えた。
――よかったな、これで縁は切れたぞ。
「あ……」
瞬間、アリアナの脳内をいろいろなことが駆け巡る。自分の言葉と、それから『人絶ち』の言葉。
『わたくしは自由に生きたいのですわ』
『……安くはないぞ』
嗚呼、そうか。自由とは――
その日、地方貴族クラバス家のご令嬢としてのアリアナは終わりを迎え――彼女が持つあらゆる縁はすべて絶ち切られたのだった。
白いテーブルクロスに包まれたテーブルには飾り付けの燭台と花。そして茶菓子と、まだ空のティーカップたち。
それを挟む形で向かい合って座るのは、クラバス家とフィルノア家の面々。さらにその後ろには何人ものメイドが控えている。
「あらためて、ようこそ我が屋敷へ。今日は楽しんでくだされ」
「こちらこそご招待いただき感謝しますとも」
両家の当主が挨拶を交わす。パーティという名のお茶会がはじまる合図だ。
「今日の紅茶はわが娘アリアナの選りすぐりでしてな」
「ええ。ではお願いしますわ」
アリアナがぱんぱんと手を叩く。すると控えていたメイドのひとり、黒髪の《・・・》メイドが順番にカップに紅茶を注いでいく。途端にいい香りで周囲が満たされていく。
「ほう、これは言い香りだ。なあウォーレン」
「はい父上。毎日でも飲みたくなってきます」
「ははは、気が早いですぞウォーレン殿」
残念ですが、そんな未来は訪れませんことよ?
談笑する男性陣をよそに、アリアナはまたひとつ計画が成功に近づいたことに歓喜していた。
ほどなくして四人全員のカップが赤橙色の液体で満たされる。
「では、わたくし自慢の紅茶をどうぞ召し上がってくださいな」
「うむ、そうするとしましょう」
アリアナの言葉に続いて子爵と男爵、父親同士がまるで乾杯でもするかのようにカップを掲げる。アリアナとウォーレンも写し鏡の同じ動作を。
そしてほぼ同時にカップに口をつけた。
あとは、わたくしが紅茶を口に含んで咳きこめば――
「ぶっ! げほごほぉ!?」
だがアリアナの思考はハサミで切られたかのように切断された。眼前のウォーレンが突如声をあげたからだった。本当ならアリアナが出すはずだった声を。
「ど、どうしたんだウォーレン!?」
すかさず隣にいたゲバルト男爵が背中をさする。
「ごほっ、な、なんだか紅茶に変なものが、混ざっていて……」
「なっ……!?」
驚く一同。だがもっとも驚いていたのは、
ど、どういうことですの?
状況がわからない。プランでは紅茶自体には何も入れないはずだ。単にむせただけ? だけどそうは見えないし、現にウォーレンは何かが混入していたと言っている。
……ですが、問題はありませんわ。
少々手違いがあったようだが、問題はない。あとは自分が声を上げればいいだけだ。毒だ、いったい誰がこんなことを、と。
「毒だ!!」
しかしまたもアリアナの予想は裏切られる。先んじて、台詞が大広間に響いた。ティハナが叫んだのだとアリアナはすぐにわかったが、騒ぎになっている今や、誰が言ったなんてことは誰ひとり気にしてない。
だから次の言葉も、誰が言ったかではなく、その言葉が響いたことにこそ意味を持っていた。
「わたし見ました! アリアナお嬢さまが服から何かを取り出すのを!」
「なっ」
一瞬、大広間が静寂を取り戻す。だが本当に一瞬のことだった。ひと呼吸置く間もなく、騒ぎは再び沸き立つ。
「なんだと!?」
悲壮感のある声を上げたのはゲバルト男爵。対照的に隣にいるシャディ子爵は顔を真っ赤にしていた。
「アリアナ、どういうことだ!」
「いやですわお父さま。わたくし何も」
身の潔白を示そうとドレスをはためかせてみせる。だが次の瞬間だった。
ぽろり、と。ドレスから何かが床に落ちる。
それが何か液体の入った小瓶だということは、誰が見ても明らかだった。
「お前、これ……」
「ち、違いますわ! こんなのわたくし」
どういうことですの? これは本来あちらの、ウォーレンの荷物に忍ばるはずのもの。
まさか間違えた? わたくしのプランを? ステラが?
そう思ってメイドを見ようとしたが、叶わなかった。顔を真っ赤にしたシャディ子爵に肩をつかまれたからだ。
「何が違う! ならこの小瓶はなんだ!」
「そんな、そんなはずは」
「お前たち! この馬鹿者を今すぐにつまみ出せ!」
「何かの間違いですわ、わたくしはそんなつもりなど」
ばらばらと現れる屋敷の守る護衛の兵たち。本来であれば自分も護衛対象のはずなのに、シャディ子爵の命令ひとつで立場は百八十度変わってしまっていた。
「そんな、お父さま」
「お前にそう呼ばれる筋合いはない。アリアナ、お前はもう娘などではないわ!」
羽交締めにされる。身体にかかる力は今までされたことがないほど強く、当然抜け出すことなどできない。
「お父さま……お父さま!!」
衛兵に身体を捕まれながらも必死に手を伸ばす。だがアリアナの願いとは反比例するように父の姿は、フィルノア家の人間たちは、大広間は遠くなっていく。
そして大広間から連れ出され、締め出されそうかという瞬間、
「…………!」
彼女の目に、ひとりの少女が映る。真っ黒な髪をした。
その少女の――『人絶ち』の口が、ゆっくりと動く。
その唇はアリアナにはこう動いているように見えた。
――よかったな、これで縁は切れたぞ。
「あ……」
瞬間、アリアナの脳内をいろいろなことが駆け巡る。自分の言葉と、それから『人絶ち』の言葉。
『わたくしは自由に生きたいのですわ』
『……安くはないぞ』
嗚呼、そうか。自由とは――
その日、地方貴族クラバス家のご令嬢としてのアリアナは終わりを迎え――彼女が持つあらゆる縁はすべて絶ち切られたのだった。
