次の日もティハナのメイドとしての生活は続いた。
なにゆえ使用人の仕事ばかりをしなければならないのか。ティハナとしては甚だ疑問だったが、アリアナ曰く「あとはわたくしの『計画』を当日に無事成功させるだけですわ。であればそれを確実なものにするために、貴女にはわたくしの使用人としての違和感を可能な限り消すことが肝要ではなくて?」ということらしい。
そんなわけで、今日はステラとともに朝から買い出しのために街へと出ていた。
……まったく、理屈が通っているというより自分の理屈を正しくするために他のことを歪めてるかんじだな。
店先でティハナが袋を抱えながら考えていると、中からステラが出てくる。彼女もまた両手に袋を持っていた。
「これで全部、か」
「はい」
袋の中には何種類もの果物、はたまためずらしい織物。すべてアリアナが急きょ所望したものだった。
「それでは、お屋敷にもどりましょうか……ティハナ?」
数歩進んだステラが歩みを止める。もうひとりのメイド、ティハナがその場から動いていなかったからだ。
「どうかなさいましたか?」
「……なあステラ」
ティハナがそうしている理由はひとえにひとつだった。要は納得していなかった。依頼を受けたとはいえ、自分がここまで振り回されていることに。
だったらどうしればいいか。彼女はいつだってその答えを持ち合わせている。
「少し寄り道していかないか?」
言うや否や、ティハナは返事を待たずして屋敷とは反対方向に歩き出した。さすがにステラもそれを無視して自分だけ帰るわけにはいかないのだろう、パタパタと小走りでついてくる。
そうして数分歩いた後のこと。
「お、ここだここだ」
果たして、ふたりは大通りの角にある一軒の店へとたどり着いていた。
「この街に来た時からずっと気になってたんだよな、このパン屋」
ティハナが言うように、中からは食欲をそそる香りが漂ってくる。まだ午前中ということもあって、焼きたてのパンもまだあるのだろう。
「さて、何にしようかなっと」
「ティ、ティハナ。いいのですか」
「別にいいでしょ。それに今は買い出しのお金が余ってるし、絶好のチャンスでしょ?」
完全なる寄り道と買い食い。しかもおつりを誤魔化してとなれば、いつも落ち着いた様子のステラもさすがに動揺を見せていた。
「で、ですがもしお嬢さまに見つかってしまったら」
「たしかに見つかってしまうかもしれない。だけどそのボクはボクの好きなようにやるだけだよ。君も、そうじゃないの?」
「…………」
ステラは何か憑き物が落ちたような表情になった。あるいは、腑に落ちたような。
そして、店に入るティハナを呼び止めるように、言う。
「……買います。私も、買います」
それぞれ気に入ったパンを買ったふたりは、近くの木陰で食べることにした。
「うん、うまい。やっぱりボクのにらんだ通りだ」
「はい、おいしいです」
小さくひとくちかじって、ステラが答える。まだ恐る恐るといった様子だが、そこにはたしかに満足感のようなものがあった。
ほどなくして、パンを食べ終える。穏やかな風が木を揺らし、木漏れ日に身体を預ける。
「……ステラはクラバス家で働いて長いのか?」
ふと、訊いてみることにした。そういえばアリアナの話は本人からこれでもかというほど聞かされたが、彼女に付き従うステラのことは何も知らなかった。
「ああ、もちろん言いたくないならいいんだけど」
誰にだって口にしたくないことはある。
だが果たして、彼女は語ってくれた。
「物心ついたころから、になります。親の借金の肩代わりとして」
「……そうか」
めずらしいことではない。地方貴族よりもさらに小さな、領地も持たないような貴族くずれか。あるいは破産した商人か。どちらにせよステラ本人が気づけばここで働いていたのだ、真偽は誰も知るまい。
「大変だな、あんたも」
使用人であれば最低限の生活と身分は保証される。だがそれだけだ。こうして常に雇い主のアリアナを優先して生きていかなければならない。
「いえ。私は私にできることをやるだけ、ですので」
ステラが静かに言う。たしかにその通りだと、ティハナは柄にもなく他人の言葉に同意した。
と、ステラが向き直り、再び頭を下げてくる。それはさっきまでよりも姿勢の整った一礼だった。
「ご依頼、よろしくお願いします」
「……ああ、言われなくてもそのつもりだ」
その言葉に『人絶ち』は遠くを見ながら答えた。
なにゆえ使用人の仕事ばかりをしなければならないのか。ティハナとしては甚だ疑問だったが、アリアナ曰く「あとはわたくしの『計画』を当日に無事成功させるだけですわ。であればそれを確実なものにするために、貴女にはわたくしの使用人としての違和感を可能な限り消すことが肝要ではなくて?」ということらしい。
そんなわけで、今日はステラとともに朝から買い出しのために街へと出ていた。
……まったく、理屈が通っているというより自分の理屈を正しくするために他のことを歪めてるかんじだな。
店先でティハナが袋を抱えながら考えていると、中からステラが出てくる。彼女もまた両手に袋を持っていた。
「これで全部、か」
「はい」
袋の中には何種類もの果物、はたまためずらしい織物。すべてアリアナが急きょ所望したものだった。
「それでは、お屋敷にもどりましょうか……ティハナ?」
数歩進んだステラが歩みを止める。もうひとりのメイド、ティハナがその場から動いていなかったからだ。
「どうかなさいましたか?」
「……なあステラ」
ティハナがそうしている理由はひとえにひとつだった。要は納得していなかった。依頼を受けたとはいえ、自分がここまで振り回されていることに。
だったらどうしればいいか。彼女はいつだってその答えを持ち合わせている。
「少し寄り道していかないか?」
言うや否や、ティハナは返事を待たずして屋敷とは反対方向に歩き出した。さすがにステラもそれを無視して自分だけ帰るわけにはいかないのだろう、パタパタと小走りでついてくる。
そうして数分歩いた後のこと。
「お、ここだここだ」
果たして、ふたりは大通りの角にある一軒の店へとたどり着いていた。
「この街に来た時からずっと気になってたんだよな、このパン屋」
ティハナが言うように、中からは食欲をそそる香りが漂ってくる。まだ午前中ということもあって、焼きたてのパンもまだあるのだろう。
「さて、何にしようかなっと」
「ティ、ティハナ。いいのですか」
「別にいいでしょ。それに今は買い出しのお金が余ってるし、絶好のチャンスでしょ?」
完全なる寄り道と買い食い。しかもおつりを誤魔化してとなれば、いつも落ち着いた様子のステラもさすがに動揺を見せていた。
「で、ですがもしお嬢さまに見つかってしまったら」
「たしかに見つかってしまうかもしれない。だけどそのボクはボクの好きなようにやるだけだよ。君も、そうじゃないの?」
「…………」
ステラは何か憑き物が落ちたような表情になった。あるいは、腑に落ちたような。
そして、店に入るティハナを呼び止めるように、言う。
「……買います。私も、買います」
それぞれ気に入ったパンを買ったふたりは、近くの木陰で食べることにした。
「うん、うまい。やっぱりボクのにらんだ通りだ」
「はい、おいしいです」
小さくひとくちかじって、ステラが答える。まだ恐る恐るといった様子だが、そこにはたしかに満足感のようなものがあった。
ほどなくして、パンを食べ終える。穏やかな風が木を揺らし、木漏れ日に身体を預ける。
「……ステラはクラバス家で働いて長いのか?」
ふと、訊いてみることにした。そういえばアリアナの話は本人からこれでもかというほど聞かされたが、彼女に付き従うステラのことは何も知らなかった。
「ああ、もちろん言いたくないならいいんだけど」
誰にだって口にしたくないことはある。
だが果たして、彼女は語ってくれた。
「物心ついたころから、になります。親の借金の肩代わりとして」
「……そうか」
めずらしいことではない。地方貴族よりもさらに小さな、領地も持たないような貴族くずれか。あるいは破産した商人か。どちらにせよステラ本人が気づけばここで働いていたのだ、真偽は誰も知るまい。
「大変だな、あんたも」
使用人であれば最低限の生活と身分は保証される。だがそれだけだ。こうして常に雇い主のアリアナを優先して生きていかなければならない。
「いえ。私は私にできることをやるだけ、ですので」
ステラが静かに言う。たしかにその通りだと、ティハナは柄にもなく他人の言葉に同意した。
と、ステラが向き直り、再び頭を下げてくる。それはさっきまでよりも姿勢の整った一礼だった。
「ご依頼、よろしくお願いします」
「……ああ、言われなくてもそのつもりだ」
その言葉に『人絶ち』は遠くを見ながら答えた。
