ティハナの目の前で、自身の身体よりもずっと大きい扉がゆっくりと開かれた。
「ここが大広間、ね」
出迎えるのは、視界におさまりきらないほどの広さの部屋。
「はい、当日は両家が向かいあう形で着席すると聞いております」
ステラの視線の先――部屋の中央には純白の布で覆われた長テーブルと、それを飾り立てるかのように置かれた豪奢な燭台。並んだ椅子たちもまた装飾が施されている。
『大広間は大切な客人をお迎えする時に使いますの』
そういえば、アリアナが言っていた。つまり、三日後に控えたフィルノア家を招待してのパーティは、クラバス家にとって重要なイベントであるということだ。
だが彼女は、アリアナは、その場を利用する『プラン』を練っている。
「本当にうまくいくでしょうか」
「それ、ボクに訊く? ステラもいじわる言うなあ」
「も、申し訳ありません」
「謝るようなことはないよ。依頼する側から不安に思われるのはいつものことさ」
そう返してもステラはまだ申し訳なさそうにしていた。まあ使用人が不用意なことを言えば叱責されることになるし、当然か。
「パーティ自体はお茶会で、クラバス家が用意した紅茶とお菓子で親交を深める……でいいんだっけ」
「はい」
話をもどす。それから歩いて、椅子の後ろに立った。リハーサルをするかのように。
「クラバス家とフィルノア家が着席して、ステラが淹れる」
「それを、ティハナさま……いえティハナに配膳していただく」
「そして紅茶を口にしたアリアナが叫ぶ。……紅茶に何かが混入している、と」
それこそがアリアナの『計画』だった。
「しっかしあのお嬢さまもなかなかえげつないことを考えるよね。毒混入の犯人にフィルノア家の跡取り息子を仕立て上げようとするなんて」
あるいはそれほどまでに結婚したくないか――
「そこで何をしているのかね?」
と、開いたままにしていた扉に人影が見えた。
反射的にティハナは身体を強張らせて警戒したが、隣のステラが首を垂れるのを見て力を緩める。彼が何者なのか、すぐさま理解したから。
「旦那さま」
ステラがそう呼んだ相手は燕尾服に身を包んだ男だった。この屋敷でそんな正装をすることが許されるのは、ひとりしかいない。
この男が領主シャディ・クラバス子爵。つまりはアリアナの父親、か。
「ん? そっちの使用人は見ない顔だな」
「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。本日より三日後のパーティまで臨時でお世話になることになりました、ティハナと申します」
言って、ステラの先ほどの動きを真似るかのような動作で頭を下げる。
「臨時? はて、そんな者を雇うよう言っていたかな……」
「はい。アリアナお嬢さまよりぜひにとお言葉をいただきまして」
「おお、そうかそうか! あの子がそんなことを!」
訝しむ表情から一転、子爵は上機嫌に笑う。
「今はパーティに向け、大広間の掃除をするよう仰せつかっております」
床を見続けているステラの隣で適当に言葉を並べる。この程度の嘘なら後から露見しそうになってもアリアナが口裏を合わせてくれるだろう。
「あの子もパーティを、彼との結婚を楽しみにしてくれているようでなによりだ。これで我がクラバス家も安泰だ」
「安泰、でございますか?」
ティハナは尋ねた。本来なら使用人を装っているのだから余計な会話はしない方がいいことはわかっている。そして『人絶ち』としても、必ずしも必要な情報ではない。だが訊くことにした。
「いやなに、財と権力をなすにしても今の我が領地だけではいささか限界がるのだよ。とくれば外に目を向けるしかない。そこで目をつけたのがフィルノア家は領内にある港というわけだよ。港といえば人と金の交わる場所だろう? 事実、フィルノア家の私腹の肥やしぶりといったら、身体にまで顕著に出ているからな」
よほど機嫌がいいのか、シャディ子爵はぺらぺらと話してくれた。その声はまるで歌でも歌うように高らかだった。あるいはメイドなど取るに足らない存在だからと、気にしていないだけなのかもしれないが。
……なるほどね。それがフィルノア家と縁を結びたがっている理由、ってわけか。
所詮貴族なんて、こんなものだ。
結局は自分たちの私利私欲しか頭にない。そのためなら家族であろうと駒として扱う。
事実、子爵はさっき話していて一度もアリアナを名前で呼んでいない。
「そういうわけだ。から、君たちも掃除は念入りに頼むよ。失礼があってはいけない」
ひとしきり話して満足したのか、そう言い残してシャディ子爵は出ていった。残されたのはティハナとステラというふたりのメイドと、沈黙だけ。
「……せっかくだし、軽く掃除でもするか」
静寂をティハナが破る。ああ言ってしまった手前、なにもしないでいたら変に怪しまれてしまうかもしれない。
「ここが大広間、ね」
出迎えるのは、視界におさまりきらないほどの広さの部屋。
「はい、当日は両家が向かいあう形で着席すると聞いております」
ステラの視線の先――部屋の中央には純白の布で覆われた長テーブルと、それを飾り立てるかのように置かれた豪奢な燭台。並んだ椅子たちもまた装飾が施されている。
『大広間は大切な客人をお迎えする時に使いますの』
そういえば、アリアナが言っていた。つまり、三日後に控えたフィルノア家を招待してのパーティは、クラバス家にとって重要なイベントであるということだ。
だが彼女は、アリアナは、その場を利用する『プラン』を練っている。
「本当にうまくいくでしょうか」
「それ、ボクに訊く? ステラもいじわる言うなあ」
「も、申し訳ありません」
「謝るようなことはないよ。依頼する側から不安に思われるのはいつものことさ」
そう返してもステラはまだ申し訳なさそうにしていた。まあ使用人が不用意なことを言えば叱責されることになるし、当然か。
「パーティ自体はお茶会で、クラバス家が用意した紅茶とお菓子で親交を深める……でいいんだっけ」
「はい」
話をもどす。それから歩いて、椅子の後ろに立った。リハーサルをするかのように。
「クラバス家とフィルノア家が着席して、ステラが淹れる」
「それを、ティハナさま……いえティハナに配膳していただく」
「そして紅茶を口にしたアリアナが叫ぶ。……紅茶に何かが混入している、と」
それこそがアリアナの『計画』だった。
「しっかしあのお嬢さまもなかなかえげつないことを考えるよね。毒混入の犯人にフィルノア家の跡取り息子を仕立て上げようとするなんて」
あるいはそれほどまでに結婚したくないか――
「そこで何をしているのかね?」
と、開いたままにしていた扉に人影が見えた。
反射的にティハナは身体を強張らせて警戒したが、隣のステラが首を垂れるのを見て力を緩める。彼が何者なのか、すぐさま理解したから。
「旦那さま」
ステラがそう呼んだ相手は燕尾服に身を包んだ男だった。この屋敷でそんな正装をすることが許されるのは、ひとりしかいない。
この男が領主シャディ・クラバス子爵。つまりはアリアナの父親、か。
「ん? そっちの使用人は見ない顔だな」
「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。本日より三日後のパーティまで臨時でお世話になることになりました、ティハナと申します」
言って、ステラの先ほどの動きを真似るかのような動作で頭を下げる。
「臨時? はて、そんな者を雇うよう言っていたかな……」
「はい。アリアナお嬢さまよりぜひにとお言葉をいただきまして」
「おお、そうかそうか! あの子がそんなことを!」
訝しむ表情から一転、子爵は上機嫌に笑う。
「今はパーティに向け、大広間の掃除をするよう仰せつかっております」
床を見続けているステラの隣で適当に言葉を並べる。この程度の嘘なら後から露見しそうになってもアリアナが口裏を合わせてくれるだろう。
「あの子もパーティを、彼との結婚を楽しみにしてくれているようでなによりだ。これで我がクラバス家も安泰だ」
「安泰、でございますか?」
ティハナは尋ねた。本来なら使用人を装っているのだから余計な会話はしない方がいいことはわかっている。そして『人絶ち』としても、必ずしも必要な情報ではない。だが訊くことにした。
「いやなに、財と権力をなすにしても今の我が領地だけではいささか限界がるのだよ。とくれば外に目を向けるしかない。そこで目をつけたのがフィルノア家は領内にある港というわけだよ。港といえば人と金の交わる場所だろう? 事実、フィルノア家の私腹の肥やしぶりといったら、身体にまで顕著に出ているからな」
よほど機嫌がいいのか、シャディ子爵はぺらぺらと話してくれた。その声はまるで歌でも歌うように高らかだった。あるいはメイドなど取るに足らない存在だからと、気にしていないだけなのかもしれないが。
……なるほどね。それがフィルノア家と縁を結びたがっている理由、ってわけか。
所詮貴族なんて、こんなものだ。
結局は自分たちの私利私欲しか頭にない。そのためなら家族であろうと駒として扱う。
事実、子爵はさっき話していて一度もアリアナを名前で呼んでいない。
「そういうわけだ。から、君たちも掃除は念入りに頼むよ。失礼があってはいけない」
ひとしきり話して満足したのか、そう言い残してシャディ子爵は出ていった。残されたのはティハナとステラというふたりのメイドと、沈黙だけ。
「……せっかくだし、軽く掃除でもするか」
静寂をティハナが破る。ああ言ってしまった手前、なにもしないでいたら変に怪しまれてしまうかもしれない。
