「望みどおり、取引先との縁は切れたぞ」
とある王国の地方都市、クラバス。地方貴族のシャディ・クラバス子爵が治める街の裏路地で、そんな声がぽとりと落ちた。
「確認……っていってもアンタが一番よくわかってるから必要ないか」
声の主は少女だった。とはいえその口調と服装――薄汚れた土色の外套、それから真っ黒なショートボブという出で立ちもあって、彼女を女性として認識する人は多くなかった。現に、眼前に立つ中年の男も気づいてはいなかった。
「ああ。なにせワシの目の前で憲兵に捕まったからな。ぐふふ、完璧だ。これでやっとヤツの店から搾取されることもなくなるわ」
男は脂肪たっぷりの身体をふるわせながら満足げに笑う。太まった指には宝石のついた指輪がいくつもはめられていた。
「さすがは噂に名高い『人絶ち』だな」
商談のたびに金をふっかけられる取引先との縁を切りたい。それが商人であるこの男の望みだった。男が依頼し、少女が受けるという関係。だがそれも終わりを迎えようとしていた。少女が取引先の店に忍び込み、男が前もって用意した違法取引の証拠を忍ばせる。あとは憲兵に通報して冤罪をつくりあげる――そんな形で、少女は依頼を完遂していた。あの取引先の男は牢屋に連れていかれ、二度と商人としての肩書きを持つことはないだろう。対象との縁はめでたく切れたわけだ。
「それじゃ、約束の報酬をもらおうか」
少女は言いながら、指を三本立てる。依頼を受けた時に立てた指は五本。前金から引いた額、つまりは成功報酬だ。
「あー、そのことなんだが……」
と、男がおずおずと持ちかける。
「もう少しその、代金をまけてもらうことはできんかのう?」
だが返ってきたのはたったひと言。
「ダメだ」
「しかしだな、さすがに高額すぎはせんか? 依頼した時も言っただろう?」
「だがアンタはそれを了承したうえでボクと契約したはずだ。今さら蒸し返すのは虫が良すぎるだろ。今すぐ払ってくれ」
「そ、そうは言ってもだな。これじゃあ店の経営が立ち行かなくなってしまう。せっかく依頼して競合がいなくなったのに」
少女にすがりつくように男が言う。そんなさま子に、少女は目を細めるだけ。
「それだけのことを依頼したってことなんだよ。人との縁を切るのはそう安くないってことだ。……それとも」
一拍置く。それから告げる。まるで刑を宣告するかのように。
「――ボクは暴露してもいいんだぞ? なんなら今から憲兵のところに行って洗いざらい話してこようか?」
「そ、それだけは勘弁してくれ!」
「なら、アンタがすべきことはわかるだろ?」
「ぐっ」
その言葉に、男は息を詰まらせるほかなかった。そこでようやく、男は痛感する。縁を切りたいと依頼をした時点で、逃れられない業を背負ったということに。
やがて男はその場にくずれ落ち、肩を落とす。
「……わかった、支払おう」
観念するように、そう言った。
報酬を受け取った少女はすぐさま裏路地から大通りに出た。人の往来に溶け込むようにして少女は歩く。右手には紙幣がたんまりと入ったカバン。そして左手を突っこんだポケットには、男がさっきまではめていた指輪たち。
この街で依頼を受けるなら……あと一件くらいってところか。
クラバスに来てからすでに二件の依頼を受けた。各地を転々としながらこの仕事を生業とする彼女にとって、ひとつの場所に落ち着くことはない。
まあ慌てなくてもいいか。今回得た報酬で金にはしばらく困らないし。のんびり過ごすのも――
「見事な手際でしたわ」
と、少女に背後から声が聞こえた。明らかに自分に向けて投げられたものだ。
無視しようとも思ったが、どこか憚られた。その声からやけに上品さを感じられたからだ。
振り返る。そこには真っ白なコートをまとった少女がいた。かたわらにはもうひとり、同じようにコートを羽織った少女を連れている。それだけで、彼女がただの街の人間でないことは容易に想像がついた。
彼女は言う。
「貴女が『人絶ち』ですわね? わたくしの縁を、切ってくださらない?」
とある王国の地方都市、クラバス。地方貴族のシャディ・クラバス子爵が治める街の裏路地で、そんな声がぽとりと落ちた。
「確認……っていってもアンタが一番よくわかってるから必要ないか」
声の主は少女だった。とはいえその口調と服装――薄汚れた土色の外套、それから真っ黒なショートボブという出で立ちもあって、彼女を女性として認識する人は多くなかった。現に、眼前に立つ中年の男も気づいてはいなかった。
「ああ。なにせワシの目の前で憲兵に捕まったからな。ぐふふ、完璧だ。これでやっとヤツの店から搾取されることもなくなるわ」
男は脂肪たっぷりの身体をふるわせながら満足げに笑う。太まった指には宝石のついた指輪がいくつもはめられていた。
「さすがは噂に名高い『人絶ち』だな」
商談のたびに金をふっかけられる取引先との縁を切りたい。それが商人であるこの男の望みだった。男が依頼し、少女が受けるという関係。だがそれも終わりを迎えようとしていた。少女が取引先の店に忍び込み、男が前もって用意した違法取引の証拠を忍ばせる。あとは憲兵に通報して冤罪をつくりあげる――そんな形で、少女は依頼を完遂していた。あの取引先の男は牢屋に連れていかれ、二度と商人としての肩書きを持つことはないだろう。対象との縁はめでたく切れたわけだ。
「それじゃ、約束の報酬をもらおうか」
少女は言いながら、指を三本立てる。依頼を受けた時に立てた指は五本。前金から引いた額、つまりは成功報酬だ。
「あー、そのことなんだが……」
と、男がおずおずと持ちかける。
「もう少しその、代金をまけてもらうことはできんかのう?」
だが返ってきたのはたったひと言。
「ダメだ」
「しかしだな、さすがに高額すぎはせんか? 依頼した時も言っただろう?」
「だがアンタはそれを了承したうえでボクと契約したはずだ。今さら蒸し返すのは虫が良すぎるだろ。今すぐ払ってくれ」
「そ、そうは言ってもだな。これじゃあ店の経営が立ち行かなくなってしまう。せっかく依頼して競合がいなくなったのに」
少女にすがりつくように男が言う。そんなさま子に、少女は目を細めるだけ。
「それだけのことを依頼したってことなんだよ。人との縁を切るのはそう安くないってことだ。……それとも」
一拍置く。それから告げる。まるで刑を宣告するかのように。
「――ボクは暴露してもいいんだぞ? なんなら今から憲兵のところに行って洗いざらい話してこようか?」
「そ、それだけは勘弁してくれ!」
「なら、アンタがすべきことはわかるだろ?」
「ぐっ」
その言葉に、男は息を詰まらせるほかなかった。そこでようやく、男は痛感する。縁を切りたいと依頼をした時点で、逃れられない業を背負ったということに。
やがて男はその場にくずれ落ち、肩を落とす。
「……わかった、支払おう」
観念するように、そう言った。
報酬を受け取った少女はすぐさま裏路地から大通りに出た。人の往来に溶け込むようにして少女は歩く。右手には紙幣がたんまりと入ったカバン。そして左手を突っこんだポケットには、男がさっきまではめていた指輪たち。
この街で依頼を受けるなら……あと一件くらいってところか。
クラバスに来てからすでに二件の依頼を受けた。各地を転々としながらこの仕事を生業とする彼女にとって、ひとつの場所に落ち着くことはない。
まあ慌てなくてもいいか。今回得た報酬で金にはしばらく困らないし。のんびり過ごすのも――
「見事な手際でしたわ」
と、少女に背後から声が聞こえた。明らかに自分に向けて投げられたものだ。
無視しようとも思ったが、どこか憚られた。その声からやけに上品さを感じられたからだ。
振り返る。そこには真っ白なコートをまとった少女がいた。かたわらにはもうひとり、同じようにコートを羽織った少女を連れている。それだけで、彼女がただの街の人間でないことは容易に想像がついた。
彼女は言う。
「貴女が『人絶ち』ですわね? わたくしの縁を、切ってくださらない?」
